愚者の哭き声 ― Answer to certain Requiem ―

譚月遊生季

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序章 前日譚

16. 作家

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 ロッド。
 ……と、泣きそうな声で呼ばれた気がした。

「……あ?」

 だが、振り返った先には誰もいない。ロー兄さんは、再び忽然と消えてしまったらしい。
 パソコンのモニターに視線を移す。キースからの返信は、ここ最近ぱったりと途絶えている。……仕事が忙しいのだろうか。

「……アン姉さん……」

 ほとんど呼ばなくなった名前を呟く。
 今から15年ほど前、ロジャーさんそっくりの姿で現れた「ロー兄さん」は、「アン」という名前が誰のものなのかすら分からなくなっていた。
 ……その時に、ようやく現実を受け入れた。……受け入れるしかなかった。彼女は死んで亡霊となり、過去を繰り返すだけの存在になったんだ。

 何が起こったのかは、俺にもわからない。聞いても答えてはくれないし、……下手に触ると、苦しい思いをさせてしまう。

 安らかな死を願えない俺を、許さなくていい。……ただ、せめて、もう一度あの笑顔を見せて欲しい。
 空虚な偽りの笑顔でなく……
 困ったような、呆れたような、……照れたようなあの表情かおが真実だったと、せめて、記憶に刻ませて欲しい。

 プリントしたばかりの原稿を本棚に置く。……読んだところで心に届いているかはわからない。それでも、初めてのファンだったあの人に読んでもらいたい。



 ***



「……なるほどね」

 物憂げな表情で、カミーユはため息をついた。相変わらず無駄に美形だ。目鼻立ちはくっきり整っているし、目元や口元にもシワ一つ見当たらない。緩くウェーブのかかった柔らかい髪は亜麻色。蒼く澄んだ瞳は深海のようなディープブルー。ただ、肌ツヤはよく見たらくすんでいる。徹夜のし過ぎだろうか。それとも、彼がそこら辺のアラフォーである証だろうか。……うん、どっちもだろうね。

「この空間がやばいことはよく分かったかな」

 そんなの誰だってわかっていることだ。今更すぎる情報をもっともらしく言わないでくれたまえ。
 無駄にキリッと構えるのもやめてくれ。期待してしまったじゃないか。

「ええー……だってそれくらいしか分からないし……。それに危険性を判断できるのも大事じゃないの?」

 それもそうだが、どれだけ危険でどんなふうに危険なのかわかってから言って欲しいね!
 キミのような美青年はナビゲート役にうってつけなんだからもう少し頑張って欲しいところだ。謎めいた雰囲気でミステリアスに新たな迷い人を誘導できるくらいには知識をつけてくれ。もしくは整理してくれ。

「安心してよサワ。喋らなかったらミステリアスな美青年だってよく言われるから」

 そうだね。確かに喋ったら色々と台無しだ。くそう、ドヤ顔で言われてしまった。さすがのボクもイラッと来たね。
 ノエル、そいつの座布団を没収してくれ。

「ザブトンって何よ。羊肉の仲間?こいつの横隔膜あたり取ってったらいいの? ……もしかして、ノエル……僕の口でないと喋れない……?」

 割とシャレにならない猟奇的なボケが聞こえた気がするが、マトンの仲間ではないね!まあ、フランス人にこのネタはそりゃあ通じないね!

「ノエル、聞き捨てならないんだけど……僕を羊に例えるのはなんか違う気がする。仮にもデザイナーなんだからもうちょっとしっくりくる動物と重ねて欲しいかな」

 キミのめんどくさいこだわりはこの際どうでもいい。ちゃんとした見解を語ってくれないかい?
 時間が無限とは限らない。……いつ、良くない事態が起こるのか、はたまたもう起こっているのか……何一つわからないんだから。

「んー……レヴィくんはちょっと様子がおかしかったし、グリゴリーのとこは長居したら首がグラグラしてくるし……。それでも、やばいって思ったことにどんどん首突っ込んで関わってくしかなさそう、かな」

 よいしょ、と立ち上がりながら、カミーユは言葉を続ける。

「……このままあの子を置いて死ぬのは、さすがに心配だしね」

 あの子……とは、取り残された弟のことだろう。大きく溜息をつき、彼は独り言のように、それでもしっかりと意志を持ってボク達に語りかけた。

「……そうだね。僕はやっぱり、色々片付けてから……ちゃんとした、満足のいく遺作を描きたいかな。手伝ってくれる?」

 ……もちろんだ。
 なんせボク達は、キミの腕を信頼して魂を預けているのだからね。

「……あ、そっか。ここが死者の集う場所なら……。…………。なんでもない」

 人間として、男としての悔恨が、蒼い瞳にわずかなためらいを宿す。
 ともかくまずは進もう。元より、ボク達に未来なんてものはない。……これから作り出さない限りはね。
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