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序章 前日譚
11. Robertの日記
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──これは、ある少年の悔恨。
7月27日
ロー兄さんが事故にあった。
病院に行くと、ICUから出られない様子だった。……目の前で苦しそうに血を吐いて、緊急手術に連れていかれた。
心配だけど、きっと、すぐに良くなってくれる。そうだよね?兄さん。
たくさん血吐いてたけど、死んじゃったりしないよね?
7月28日
処置は、朝方に終わったらしい。真っ白な顔をしていて、機械に繋がれて、話すこともできなかった。
父さんが仕事から帰ってきて、同じ血液型だからと輸血を手伝っていた。普段ほとんど話さないけど、こういうところは優しいと思う。
お医者さんから何か聞いた母さんが、「そんなの死んだ方がマシだ」と叫んでいた。何があったんだろう。
7月29日
幼馴染のロッド兄さんから電話が来た。しばらく会ってなかったから、その時は嬉しかった。
母さんは、兄さんが死んだって教えたらしい。まだ病院で頑張ってるのに、酷いと思う。
ロッド兄さんも、酷いよ。殺された……なんて、冗談でも言わないで。変なこと言わないでよ。
兄さん、まだ、生きてるもん。……きっと、帰ってきてくれるもん。
7月30日
隣の家では、ロナルド兄さんが仕事から帰ってきたらしい。
母さんは何事か詰め寄って、父さんに止められていた。……母さんは、長男の兄さんが死んでからちょっと変だ。昔は優しかったのに。
ロナルド兄さんが、また、いつもみたいに長男の方……ロジャー兄さんについて何か言い出した。なんだか、最近はずっと頭が痛い。
8月1日
昨日は、日記を書くの忘れてた。
隣の家、ちょっと前から家出や失踪で騒ぎがあったけど、お母さんの死体が庭で見つかったらしい。ロナルド兄さんも警察に呼ばれてた。
8月2日
嘘だ。ローザ姉さんは、そんなことしない。ちょっと意地悪だけど、僕のこと可愛がってくれたもん。
8月4日
昨日、また書くの忘れてた。
兄さんはまだ帰ってこない。
病院ではローランドって名前じゃなくて、アンドレアの方で呼ばれてるのが新鮮だった。
本当は女の人だけど、母さんは男の子になりたいんだって何度も言ってて……。
本人は性別について聞くと、微妙な顔をしてた……はず。
色々とややこしいんだなって分かってたけど……本当は、ずっとアン姉さんって呼びたかった。
だってうちの家族、名前がみんなややこしい。
僕がロバート、長男の兄さんがロジャー、ロジャー兄さんの奥さんがローザ、そのお兄さんがロナルド(僕は時々ロン兄さんって呼ぶ)、その弟がロデリック(僕はロッド兄さんって呼ぶ)。
それで、僕をロブって呼ぶ次男(本当は長女)の兄さん(本当は姉さん)がローランド。それで、本名はアンドレア。名付け親が全員同じ人だとはいえ、あんまりだと思う。アン姉さんって呼んでいいなら、そっちの方が呼びやすい。
……半分以上、最近会えてない人ばかりだな。
寂しいな。また、みんなで集まれないのかな。
……ロジャー兄さん……なんで、死んじゃったの……?
8月7日
昨日、教会で葬式があった。
……誰の葬式だったか、もう、考えたくない。もう、やだ。
もう、何もかも考えたくない。
8月10日
休暇が終わるまでに、兄さん、元気になってくれるかな。
教会で聞いたけど、お腹に赤ちゃんがいたらしい。事故の時に死んじゃったみたいだけど……父親、誰なんだろう。
男の人になりたいけど妊娠してたってこと……なのかな……。どうして……?
8月11日
ロナルド兄さんが、最近おかしい。
僕に、ひどいことばかり言ってくる。
8月16日
もうすぐ、学校が始まる。
……僕は新しい学年に上がるのに、兄さんはまだ、目を覚ましてくれない。
8月20日
また、ロー兄さんの手術があった。
後、何回か繰り返さないといけないらしい。
……兄さんはまだ、目を覚ましてくれない。
8月21日
ロナルド兄さんが怖い。
8月24日
全部、嘘だったらよかったのにな。
8月27日
休みはまだあるけど、もう、寮に行くことにした。
母さん怖いし、隣の家も様子おかしいし、父さんも仕事始まるし、ロー兄さんはずっと眠ったままだし、もう、この家にいたくない。
この日記も、家の引き出しにしまっておく。もうすぐパブリックスクールを受験するんだし、しっかりしないと。
1月17日
帰りたくなかったけど、誕生日だし、帰ってきた。身長も伸びたし声変わりもしたから、使用人もみんなびっくりしてた。
ロー兄さんも、帰ってきた。
9月頃、母さんが病院で亡くなったって電話してきたけど、なんだ、嘘じゃないかって……思いたかった。
久しぶりにハグした体が冷たくて、抱き着いたところから崩れそうな感触で、あ、これ「死体」なんだって……
もう考えるの、やめよう。
1月25日
日記、つけるのやめようと思う。
ばあやに燃やしてもらうよう頼んだ。
……何もかも忘れてしまおう。
***
2002年1月を最後に途切れた、ハリス家末弟ロバートの日記。
ハリス家使用人サマンサが書棚に仕舞っていたものを、アンダーソン家長女ローザが引き取ったのは、15年ほど経過してからのことだった。
7月27日
ロー兄さんが事故にあった。
病院に行くと、ICUから出られない様子だった。……目の前で苦しそうに血を吐いて、緊急手術に連れていかれた。
心配だけど、きっと、すぐに良くなってくれる。そうだよね?兄さん。
たくさん血吐いてたけど、死んじゃったりしないよね?
7月28日
処置は、朝方に終わったらしい。真っ白な顔をしていて、機械に繋がれて、話すこともできなかった。
父さんが仕事から帰ってきて、同じ血液型だからと輸血を手伝っていた。普段ほとんど話さないけど、こういうところは優しいと思う。
お医者さんから何か聞いた母さんが、「そんなの死んだ方がマシだ」と叫んでいた。何があったんだろう。
7月29日
幼馴染のロッド兄さんから電話が来た。しばらく会ってなかったから、その時は嬉しかった。
母さんは、兄さんが死んだって教えたらしい。まだ病院で頑張ってるのに、酷いと思う。
ロッド兄さんも、酷いよ。殺された……なんて、冗談でも言わないで。変なこと言わないでよ。
兄さん、まだ、生きてるもん。……きっと、帰ってきてくれるもん。
7月30日
隣の家では、ロナルド兄さんが仕事から帰ってきたらしい。
母さんは何事か詰め寄って、父さんに止められていた。……母さんは、長男の兄さんが死んでからちょっと変だ。昔は優しかったのに。
ロナルド兄さんが、また、いつもみたいに長男の方……ロジャー兄さんについて何か言い出した。なんだか、最近はずっと頭が痛い。
8月1日
昨日は、日記を書くの忘れてた。
隣の家、ちょっと前から家出や失踪で騒ぎがあったけど、お母さんの死体が庭で見つかったらしい。ロナルド兄さんも警察に呼ばれてた。
8月2日
嘘だ。ローザ姉さんは、そんなことしない。ちょっと意地悪だけど、僕のこと可愛がってくれたもん。
8月4日
昨日、また書くの忘れてた。
兄さんはまだ帰ってこない。
病院ではローランドって名前じゃなくて、アンドレアの方で呼ばれてるのが新鮮だった。
本当は女の人だけど、母さんは男の子になりたいんだって何度も言ってて……。
本人は性別について聞くと、微妙な顔をしてた……はず。
色々とややこしいんだなって分かってたけど……本当は、ずっとアン姉さんって呼びたかった。
だってうちの家族、名前がみんなややこしい。
僕がロバート、長男の兄さんがロジャー、ロジャー兄さんの奥さんがローザ、そのお兄さんがロナルド(僕は時々ロン兄さんって呼ぶ)、その弟がロデリック(僕はロッド兄さんって呼ぶ)。
それで、僕をロブって呼ぶ次男(本当は長女)の兄さん(本当は姉さん)がローランド。それで、本名はアンドレア。名付け親が全員同じ人だとはいえ、あんまりだと思う。アン姉さんって呼んでいいなら、そっちの方が呼びやすい。
……半分以上、最近会えてない人ばかりだな。
寂しいな。また、みんなで集まれないのかな。
……ロジャー兄さん……なんで、死んじゃったの……?
8月7日
昨日、教会で葬式があった。
……誰の葬式だったか、もう、考えたくない。もう、やだ。
もう、何もかも考えたくない。
8月10日
休暇が終わるまでに、兄さん、元気になってくれるかな。
教会で聞いたけど、お腹に赤ちゃんがいたらしい。事故の時に死んじゃったみたいだけど……父親、誰なんだろう。
男の人になりたいけど妊娠してたってこと……なのかな……。どうして……?
8月11日
ロナルド兄さんが、最近おかしい。
僕に、ひどいことばかり言ってくる。
8月16日
もうすぐ、学校が始まる。
……僕は新しい学年に上がるのに、兄さんはまだ、目を覚ましてくれない。
8月20日
また、ロー兄さんの手術があった。
後、何回か繰り返さないといけないらしい。
……兄さんはまだ、目を覚ましてくれない。
8月21日
ロナルド兄さんが怖い。
8月24日
全部、嘘だったらよかったのにな。
8月27日
休みはまだあるけど、もう、寮に行くことにした。
母さん怖いし、隣の家も様子おかしいし、父さんも仕事始まるし、ロー兄さんはずっと眠ったままだし、もう、この家にいたくない。
この日記も、家の引き出しにしまっておく。もうすぐパブリックスクールを受験するんだし、しっかりしないと。
1月17日
帰りたくなかったけど、誕生日だし、帰ってきた。身長も伸びたし声変わりもしたから、使用人もみんなびっくりしてた。
ロー兄さんも、帰ってきた。
9月頃、母さんが病院で亡くなったって電話してきたけど、なんだ、嘘じゃないかって……思いたかった。
久しぶりにハグした体が冷たくて、抱き着いたところから崩れそうな感触で、あ、これ「死体」なんだって……
もう考えるの、やめよう。
1月25日
日記、つけるのやめようと思う。
ばあやに燃やしてもらうよう頼んだ。
……何もかも忘れてしまおう。
***
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