愚者の哭き声 ― Answer to certain Requiem ―

譚月遊生季

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序章 前日譚

10. 錯綜

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 俺は……私?は?僕は?誰だろう。
 自分がわからない。
 思い出したくて、ぼんやりとした記憶を手繰り寄せ、繋ぎ合わ……せ……

「あ、」

 ぼろりと零れて散っていた赤黒くて生暖かいモノは、目の前に転がって骨の突きだした断面をさらけ足していたモノは、
 俺の──

 継ぎ合わせようとしても、噛み合った瞬間の痛みに耐えられない。

 ──あんたが死ねば良かったんだ……!

 母さんの言葉が、隙間をさらに引き裂いて、「俺」をばらばらにしていく。
 どろりと、何か、代わりのものが入り込む。……抗えなくて、飲まれていく。

「ろじゃー、にいさん……」

 ごめんな、兄さん。こんなことになるなら、ゆっくり眠らせてやれば良かった。
 ……だけど、だからこそ、まだ、俺はいなくなれない。
 兄さんを、兄さんの意志を、まだ消させたくない。

 思考にノイズが走る。痛みが、熱が、記憶を粉々に砕く。

 父さんと、話した日のことと、
 兄さんと、話した日のことが、混ざり合う。

 ──ナタリーも、昔は美しかった。今も外見は美しいが、心は醜く歪んだものだ。……私ですら、あいつをもう愛せない。だから、あんな暴言は忘れた方が身のためだ。……お前は私の子だよ

 残念なことにな、と、飲み込んだ言葉を、俺に向けた視線が教えてきた。……かつて父さんは、痩せ気味の俺の身体を、使用人に「情けない」と語っていたらしい。
 ……父さんも母さんも、俺の身体を疎んでいた。痛い、これはダメだ、この記憶は、まだ、ダメだ。
 否定され、ぐにゃりと歪んだ記憶が別の形にすり変わる。

 ──ローザは、昔は美しかった。だが、今は随分と醜く……

 違う、そうじゃない、違う、違う、違う、兄さんはそんなこと言わない。だって、2人ともいつまでも仲睦まじくて、愛し合っていて……




 ──さぁ、それは君がそう思っていただけかもしれないよ?




 この、声は、この、低くて甘ったるくて、絡みつく声は、
 忘れたくても忘れられない、ロナルド義兄にいさんの声だ。

 ──この空間のことはまだわからないけれど、自我や意志が力を持つとはよくわかった。……そして、君がどれほど中途半端な存在かどうかもね。苦しいだろう?楽になりたいだろう?……なら、もういいじゃないか。

 意識に染み渡るよう、自我を溶かすよう、生暖かい声が覆いかぶさってくる。……身を委ねる方が楽だと錯覚させるように。

「いやだ」

 理由はわからない。けれど……けれど、俺には待っていた未来があった。……そのはずなんだ。今は、わからないけど、思い出せないけど、でも、

 ──君にそんなもの、ある訳がないだろう。……そうだね。あんな悲惨な生を辿っているのだから、笑える方がおかしい。

 嘲笑っている、と言うよりは、哀れんでいる声だった。……珍しく、情を感じた。



 ──なぁ、いい加減にしろよ。嫌がってるじゃないか。



 その声は、俺の内側から響いた。
 ……内に潜んだ何かが、俺の代わりに語る。

「僕にも、まだわからないことだらけだけど……君が悪だってことだけはよくわかった」

 パチリ、と、誤った形のピースが無理にはめ込まれる。
 そこで、また、俺の意識は溶けて沈んだ。
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