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序章 前日譚
6. さまよう軍人
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痛い、痛い、痛い、頭が痛い。腹が痛い。何もかもが痛い。
意識がぐらついて訳が分からない。痛い、痛い、痛い痛い痛い。
身体を内側から蝕むような、気色の悪い感覚がある。この感覚はよく知ってる。何度弄ばれ、何度虐げられたかわかったもんじゃない。……こいつにだけは、この外道にだけは、好きにさせられない。
……ロジャー兄さんのことも、これ以上貶めさせたくない。
「……おや、ローランドか。まだ意識があったんだね」
「……ッ」
顔は分からないが、あのヘーゼルの瞳はよく知ってる。
苦しい。痛い。苦しい、苦しい、痛い、痛い痛い痛い。
「さっさと楽になればいいのに……強情だね、君も」
ああ、くそ、どうすりゃいい。考えろ、考えろ、少しでいい。隙が欲しい。こいつにやられるくらいなら、こいつに何か渡すくらいなら、なにか、なにかほかの、
「……ッ、ろなるど、にい、さん」
「ロジャーならともかく、君が私に勝てるとは思っていないよ」
ああ、調子に乗ってやがる。……油断してる。それなら……
それなら、そこに勝機がある。……むしろ、そこだけが狙い目だ。
「あん、たを、ころしたの……俺、なんだ……」
焼け爛れた顔面が目に入って、咄嗟にでたらめを口にした。
……明らかに、空気が変わる。
「……まさか、君に人を殺せるわけがない」
「どうだか……?」
ずきん、ずきんと、悲鳴をあげるように痛みが俺の全てを覆い尽くしていく。
見開いたヘーゼルの瞳は、確かに動揺していた。目は逸らさない。……はったりだと、本当は何も記憶にないと、バレるわけにはいかない。
「ロジャーが……殺させたんだろう?そうだろう?君にそんな大それたことができるわけが……」
自我が薄れていく、痛い痛い痛い痛い、ダメだ、まだ、まだいなくなれない。確かに死にたいと願った。これくらいなら死んだ方がマシだとすら思った。……けど、
ロジャー兄さんは、俺を助けてくれた。だから、まだ、諦められない。
なにか、なにか突破口は、
「……ああ、見つけた……」
背後からは別の声。……視界の端に、金髪の男が映る。喉元に空いた風穴からごぽりごぽりと血を溢れさせ、男はいびつに笑った。
「僕は……正義のために……」
ガチンと音を立て、頭の中で撃鉄が火花を散らした。……そうするしかないと、他に活路はないと、本能が最低の中の最善を選びとる。
痛みが掻き消え、同時に何かが剥がれ落ちた。
蝕んでいた悪意の代わりに、別のものが入ってくる。……あえて、抵抗せず受け入れた。
……懐かしい呼び声がする。呼ばれるまま、俺の魂は引き寄せられていく。
ごっそりと何かを削ぎ落とした感覚がある。代わりに、手に入れた感覚もある。
絡まりあった糸を辿るように、引きずられるように、呼んだ相手の元に向かう。……もう見飽きた弟の顔が、そこにあった。
「……あ、ロー兄さん!聞いてよ、教授が病気らしいんだけど、お見舞いに何買ったらいいのかわからなくて……」
ロブ……またクソどうでもいいことで呼びやがった……。こちとらそれどころじゃないんだけどな。
意識はモヤがかかったようにはっきりしない。……胸の内に潜んだのが何か、考える前に漂白されていく。
ちらりと、ガラスに映った姿を見る。
軍服姿のロジャー兄さんが、穏やかな笑みをたたえてそこにいた。……あれ? こんなに中性的な顔してたっけ、あの人。
いつものように能天気に、健やかに、何も気にせず日常を謳歌する弟が、また少しばかり憎らしくも思えた。
「ロー兄さんどう思う?やっぱり果物とか持って行くべきかな?」
「その人、なんの病気?」
「えーとね、糖尿病」
「うーん……じゃあ糖質はやめとこうか」
「……あっ、ほんとだ……」
……ロブ……。……ほんと、こいつ……。
意識がぐらついて訳が分からない。痛い、痛い、痛い痛い痛い。
身体を内側から蝕むような、気色の悪い感覚がある。この感覚はよく知ってる。何度弄ばれ、何度虐げられたかわかったもんじゃない。……こいつにだけは、この外道にだけは、好きにさせられない。
……ロジャー兄さんのことも、これ以上貶めさせたくない。
「……おや、ローランドか。まだ意識があったんだね」
「……ッ」
顔は分からないが、あのヘーゼルの瞳はよく知ってる。
苦しい。痛い。苦しい、苦しい、痛い、痛い痛い痛い。
「さっさと楽になればいいのに……強情だね、君も」
ああ、くそ、どうすりゃいい。考えろ、考えろ、少しでいい。隙が欲しい。こいつにやられるくらいなら、こいつに何か渡すくらいなら、なにか、なにかほかの、
「……ッ、ろなるど、にい、さん」
「ロジャーならともかく、君が私に勝てるとは思っていないよ」
ああ、調子に乗ってやがる。……油断してる。それなら……
それなら、そこに勝機がある。……むしろ、そこだけが狙い目だ。
「あん、たを、ころしたの……俺、なんだ……」
焼け爛れた顔面が目に入って、咄嗟にでたらめを口にした。
……明らかに、空気が変わる。
「……まさか、君に人を殺せるわけがない」
「どうだか……?」
ずきん、ずきんと、悲鳴をあげるように痛みが俺の全てを覆い尽くしていく。
見開いたヘーゼルの瞳は、確かに動揺していた。目は逸らさない。……はったりだと、本当は何も記憶にないと、バレるわけにはいかない。
「ロジャーが……殺させたんだろう?そうだろう?君にそんな大それたことができるわけが……」
自我が薄れていく、痛い痛い痛い痛い、ダメだ、まだ、まだいなくなれない。確かに死にたいと願った。これくらいなら死んだ方がマシだとすら思った。……けど、
ロジャー兄さんは、俺を助けてくれた。だから、まだ、諦められない。
なにか、なにか突破口は、
「……ああ、見つけた……」
背後からは別の声。……視界の端に、金髪の男が映る。喉元に空いた風穴からごぽりごぽりと血を溢れさせ、男はいびつに笑った。
「僕は……正義のために……」
ガチンと音を立て、頭の中で撃鉄が火花を散らした。……そうするしかないと、他に活路はないと、本能が最低の中の最善を選びとる。
痛みが掻き消え、同時に何かが剥がれ落ちた。
蝕んでいた悪意の代わりに、別のものが入ってくる。……あえて、抵抗せず受け入れた。
……懐かしい呼び声がする。呼ばれるまま、俺の魂は引き寄せられていく。
ごっそりと何かを削ぎ落とした感覚がある。代わりに、手に入れた感覚もある。
絡まりあった糸を辿るように、引きずられるように、呼んだ相手の元に向かう。……もう見飽きた弟の顔が、そこにあった。
「……あ、ロー兄さん!聞いてよ、教授が病気らしいんだけど、お見舞いに何買ったらいいのかわからなくて……」
ロブ……またクソどうでもいいことで呼びやがった……。こちとらそれどころじゃないんだけどな。
意識はモヤがかかったようにはっきりしない。……胸の内に潜んだのが何か、考える前に漂白されていく。
ちらりと、ガラスに映った姿を見る。
軍服姿のロジャー兄さんが、穏やかな笑みをたたえてそこにいた。……あれ? こんなに中性的な顔してたっけ、あの人。
いつものように能天気に、健やかに、何も気にせず日常を謳歌する弟が、また少しばかり憎らしくも思えた。
「ロー兄さんどう思う?やっぱり果物とか持って行くべきかな?」
「その人、なんの病気?」
「えーとね、糖尿病」
「うーん……じゃあ糖質はやめとこうか」
「……あっ、ほんとだ……」
……ロブ……。……ほんと、こいつ……。
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