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第二十七話 姉の本音
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九百年前。
銀狐は、金狐にこう言った。
「許せへん。想うとったからこそ、許せへんのや」
昔から、銀狐は素直な感情を表に出す方ではない。
けれど、その日は違った。はらはらと悔し涙を流し、寝床で震えていたのだ。
変化の異変について、貫八に「呪い」をかけられたのだと気付いた日のことだった。
「素知らぬ顔して、うちのこと騙して影で笑っとったんや。思えば最後かてそうや。真心のない綺麗な言葉並べて、ホラ吹いて……! 今かて、結局一度も会いに来ぃひん……!」
その日以降、銀狐は男女問わず、様々な相手と一夜を過ごすようになった。
……忘れたかったのだ。
どうせ忘れられないくせをして、愛した思い出ごと、心に刺さった棘ごと、上書きして忘れてしまいたかったのだ。
そして、時が流れ、百数十年前。
貫八は、金狐にこう語った。
「許されようなんて、思ってません」
執着と情愛に燃える瞳は、真っ直ぐに銀狐のみを映していた。
「でも、わしは、どうしようもないくらい銀狐さんが好きです。どうしても諦めきれんし、どうしたって忘れられんのです。……わしの傍で、楽しそうに、嬉しそうに……幸せそうにしとって欲しいだけなんじゃ。ずっと、ずっと前から、それだけは誓って本心じゃ……!」
金狐は思った。
早う結婚しなはれ。
***
「帰る時なって、ようやっと解けたわ」
屋敷からの去り際。金狐はぽつりと呟く。背後の屋敷は、金狐の視点からも洋風から和風に見えるように戻っていた。
サングラスを取り、金狐はいとも容易く自らの姿を黒髪の巫女姿へと変化させる。現在は神社にて祀られ暮らしているため、この姿で境内を徘徊することも多いのだ。
あまりの変わりように、すれ違った抜け首が二度見をしているが、金狐の方は振り返ることなく歩き去った。
「色々めちゃくちゃやったけど、妾が本気出さんと解けへん程の術や。許したる」
にやりと笑い、金狐はそのまま森の奥へと消えていく。
「銀狐を裏切ったら、許さへんけどな」
その言葉は誰にも伝えることなく……弟と似たもの同士、いつまでも素直になれない姉は、自らが住む神社へと帰っていった。
***
一方、銀狐の屋敷。
嵐が過ぎ去り、付喪神たちがぐてぇと畳に転がる中、貫八は銀狐の肩を抱いて奥の部屋へと向かう。
「……こ、これは……」
「あー、たぶんこの後めちゃくちゃ……」
「銀狐さん、お幸せに……」
付喪神たちの囁き声を背に、二匹は襖の奥へと消えていった。
「……む」
直後。いち早く起き上がって台所に向かっていた輪島が、水瓶に浮かび上がった文字に気付く。
銀狐が遠隔で送る、「夕飯不要」の合図だ。
「……部屋で酒盛りですかな?」
深くは触れず、輪島は今日の分の食材を使い、ほかの付喪神たちに振る舞うご馳走を作り始めた。輪島の動きに従い、他の何人かも起き出して手伝いに来る。
休みたがる者も入れば、働くことに生きがいを見出す者もいる。
輪島は、今日ばかりは「それでいい」と思った。
「騒がしい一日でしたからな。たまには、労う夜があっても良いですな」
水瓶に、銀狐からの伝言が再び映る。
「お疲れさん」と。
輪島は肩を竦め、米と野菜を取りに貯蔵庫の方へと向かう。いつも嫌味な主だが、こういうところのおかげで嫌いになれないのだった。
銀狐は、金狐にこう言った。
「許せへん。想うとったからこそ、許せへんのや」
昔から、銀狐は素直な感情を表に出す方ではない。
けれど、その日は違った。はらはらと悔し涙を流し、寝床で震えていたのだ。
変化の異変について、貫八に「呪い」をかけられたのだと気付いた日のことだった。
「素知らぬ顔して、うちのこと騙して影で笑っとったんや。思えば最後かてそうや。真心のない綺麗な言葉並べて、ホラ吹いて……! 今かて、結局一度も会いに来ぃひん……!」
その日以降、銀狐は男女問わず、様々な相手と一夜を過ごすようになった。
……忘れたかったのだ。
どうせ忘れられないくせをして、愛した思い出ごと、心に刺さった棘ごと、上書きして忘れてしまいたかったのだ。
そして、時が流れ、百数十年前。
貫八は、金狐にこう語った。
「許されようなんて、思ってません」
執着と情愛に燃える瞳は、真っ直ぐに銀狐のみを映していた。
「でも、わしは、どうしようもないくらい銀狐さんが好きです。どうしても諦めきれんし、どうしたって忘れられんのです。……わしの傍で、楽しそうに、嬉しそうに……幸せそうにしとって欲しいだけなんじゃ。ずっと、ずっと前から、それだけは誓って本心じゃ……!」
金狐は思った。
早う結婚しなはれ。
***
「帰る時なって、ようやっと解けたわ」
屋敷からの去り際。金狐はぽつりと呟く。背後の屋敷は、金狐の視点からも洋風から和風に見えるように戻っていた。
サングラスを取り、金狐はいとも容易く自らの姿を黒髪の巫女姿へと変化させる。現在は神社にて祀られ暮らしているため、この姿で境内を徘徊することも多いのだ。
あまりの変わりように、すれ違った抜け首が二度見をしているが、金狐の方は振り返ることなく歩き去った。
「色々めちゃくちゃやったけど、妾が本気出さんと解けへん程の術や。許したる」
にやりと笑い、金狐はそのまま森の奥へと消えていく。
「銀狐を裏切ったら、許さへんけどな」
その言葉は誰にも伝えることなく……弟と似たもの同士、いつまでも素直になれない姉は、自らが住む神社へと帰っていった。
***
一方、銀狐の屋敷。
嵐が過ぎ去り、付喪神たちがぐてぇと畳に転がる中、貫八は銀狐の肩を抱いて奥の部屋へと向かう。
「……こ、これは……」
「あー、たぶんこの後めちゃくちゃ……」
「銀狐さん、お幸せに……」
付喪神たちの囁き声を背に、二匹は襖の奥へと消えていった。
「……む」
直後。いち早く起き上がって台所に向かっていた輪島が、水瓶に浮かび上がった文字に気付く。
銀狐が遠隔で送る、「夕飯不要」の合図だ。
「……部屋で酒盛りですかな?」
深くは触れず、輪島は今日の分の食材を使い、ほかの付喪神たちに振る舞うご馳走を作り始めた。輪島の動きに従い、他の何人かも起き出して手伝いに来る。
休みたがる者も入れば、働くことに生きがいを見出す者もいる。
輪島は、今日ばかりは「それでいい」と思った。
「騒がしい一日でしたからな。たまには、労う夜があっても良いですな」
水瓶に、銀狐からの伝言が再び映る。
「お疲れさん」と。
輪島は肩を竦め、米と野菜を取りに貯蔵庫の方へと向かう。いつも嫌味な主だが、こういうところのおかげで嫌いになれないのだった。
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