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第一章 巴里の憂鬱
第2話「運命の刻」
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ドミニク・ド=シャトーエルヴェの手記。
革命期に旧バスティーユ監獄にて記されたとされる、若き貴族の手記だ。
一説によると、バスティーユ監獄跡地で記されたと言うのは後世の創作で、本来は別の地にて書かれたものだとも言われている。
けれど、おれにとってその手記が「どこで書かれたか」はそれほど重要じゃなかった。
そこに綴られたのは日記でも、怨嗟でも、懺悔でもない。
詩だ。
一目見て、おれはその詩の虜になった。
全て暗誦できるほど憶えても、詩人となり、彼の足跡を辿っても満足できないほどに。
だから、ここに来た。
暗がりの中を進む。
灯りすら見えない闇の中、おれの足は迷うことなく歩みを進めていた。
「『歩むしかない。その先に希望あらねど。歩むほかない。その先に絶望多かれど。川の流れは戻らず、時の流れもまた然り』」
彼が綴った詩を謳うように語れば、運命が向かう方角を指し示す。……いいや、運命がおれに背を向けようが、どれほど時間をかけても辿り着いてみせよう。
すべては、貴方に逢うために。
やがて、眼前に「それ」は現れた。
ボロボロに崩れた外壁は、城のようにも、牢獄のようにも、館のようにも見えた。
扉の代わりに、黒々と口を開けた闇を潜る。果てしないほど続く長い廊下を進み、簡素な扉の前に辿り着く。
「ここだ」という直感があった。
朽ちかけた扉を開き、足を踏み入れる。
壁が崩れ、塵芥が舞う部屋の中……「彼」は、古びた椅子に腰かけていた。
「……ああ……」
血の気の失せた肌には、ひび割れた陶磁器のごとく亀裂が走り、血のように赤い長髪がその上を覆っていた。
顔の上半分は目隠しをするように黒い布で覆われ、瞳の色は分からない。
変わり果てた姿だが、間違いない。おれには分かる。
彼がドミニク・ド=シャトーエルヴェ。正式な名はドミニク・ド=シャトーエルヴェ・フィリップ。……おれが、探し求めていた人だ。
ふらふらと近寄り、その髪に接吻を一つ。
ぎし、と古い椅子が軋み、ひび割れた指がわずかに宙をさまよった。
「だれ、だ」
人形のごとく鎮座していた躯が身じろぎ、掠れた声が静寂に染み入る。
ああ、ああ! これだ! 間違いない。これが、「ドミニク」の肉声……!
「……失礼いたしました。僕はラザール・セルヴェ」
乱れる呼吸をどうにか整え、敬愛する詩人の眼前に跪く。
キスをしようが跪こうが、おれの姿は彼に見えていないだろう。……けれど、おれだって芸術家の端くれだ。
物事には、見映えというものがある。
「100年後の時代より、貴方に逢いに参りました」
ひび割れた手を取り、亀裂だらけの甲にキスをする。
嗚呼……ようやく出逢えた。
おれの愛。おれの宿命。おれのすべて……!
思わず手が震える。再び吐息が乱れる。
ドミニクはわずかに身じろぎ、心ここに在らずと言った様子で言葉を紡いだ。
革命期に旧バスティーユ監獄にて記されたとされる、若き貴族の手記だ。
一説によると、バスティーユ監獄跡地で記されたと言うのは後世の創作で、本来は別の地にて書かれたものだとも言われている。
けれど、おれにとってその手記が「どこで書かれたか」はそれほど重要じゃなかった。
そこに綴られたのは日記でも、怨嗟でも、懺悔でもない。
詩だ。
一目見て、おれはその詩の虜になった。
全て暗誦できるほど憶えても、詩人となり、彼の足跡を辿っても満足できないほどに。
だから、ここに来た。
暗がりの中を進む。
灯りすら見えない闇の中、おれの足は迷うことなく歩みを進めていた。
「『歩むしかない。その先に希望あらねど。歩むほかない。その先に絶望多かれど。川の流れは戻らず、時の流れもまた然り』」
彼が綴った詩を謳うように語れば、運命が向かう方角を指し示す。……いいや、運命がおれに背を向けようが、どれほど時間をかけても辿り着いてみせよう。
すべては、貴方に逢うために。
やがて、眼前に「それ」は現れた。
ボロボロに崩れた外壁は、城のようにも、牢獄のようにも、館のようにも見えた。
扉の代わりに、黒々と口を開けた闇を潜る。果てしないほど続く長い廊下を進み、簡素な扉の前に辿り着く。
「ここだ」という直感があった。
朽ちかけた扉を開き、足を踏み入れる。
壁が崩れ、塵芥が舞う部屋の中……「彼」は、古びた椅子に腰かけていた。
「……ああ……」
血の気の失せた肌には、ひび割れた陶磁器のごとく亀裂が走り、血のように赤い長髪がその上を覆っていた。
顔の上半分は目隠しをするように黒い布で覆われ、瞳の色は分からない。
変わり果てた姿だが、間違いない。おれには分かる。
彼がドミニク・ド=シャトーエルヴェ。正式な名はドミニク・ド=シャトーエルヴェ・フィリップ。……おれが、探し求めていた人だ。
ふらふらと近寄り、その髪に接吻を一つ。
ぎし、と古い椅子が軋み、ひび割れた指がわずかに宙をさまよった。
「だれ、だ」
人形のごとく鎮座していた躯が身じろぎ、掠れた声が静寂に染み入る。
ああ、ああ! これだ! 間違いない。これが、「ドミニク」の肉声……!
「……失礼いたしました。僕はラザール・セルヴェ」
乱れる呼吸をどうにか整え、敬愛する詩人の眼前に跪く。
キスをしようが跪こうが、おれの姿は彼に見えていないだろう。……けれど、おれだって芸術家の端くれだ。
物事には、見映えというものがある。
「100年後の時代より、貴方に逢いに参りました」
ひび割れた手を取り、亀裂だらけの甲にキスをする。
嗚呼……ようやく出逢えた。
おれの愛。おれの宿命。おれのすべて……!
思わず手が震える。再び吐息が乱れる。
ドミニクはわずかに身じろぎ、心ここに在らずと言った様子で言葉を紡いだ。
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