【完結済】『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』

譚月遊生季

文字の大きさ
29 / 57
第一章 少年の日々

0-16(A).『咲いた花、そして空の鳥へ捧ぐ物語』より「Corvo-Ⅰ」

しおりを挟む
 ページ上の付箋:
「アルマン・ベルナールド版独自の展開」



 ***
 


「……お前……っ、どうやって入ってきたんだよ……!」

 生き物のようにうねる水に膝まで絡め取られながら、カークは悔しげに舌打ちした。

「紛れたんだよ。他の魔術使いたちにね……。生まれつき才能がなくても、今はこの通り。……薬がなきゃ生きられないけどね」

 闇夜に紛れた刺客は、掴みどころのない笑顔で語る。

「……ッ!」

 部屋を満たした「水」を風の刃で切り裂き、カークは辛うじて抜け出す。
 刃はそのまま相手に向かうが、水膜が吸い取るように刺客……ジャンを守った。

「君はいいよね。パロマリタの血筋自体は大したことないのに……君だけは違った。捨て子に身を落とした僕とは大違いだよ」

 いくら鈍感なカークとはいえ、滲み出す情念に気付かないはずもない。

「……「そっち」も珍しいな。ルマンダの逆か」

 その名を出した途端、ジャンの顔色が変わった。

「……ああ、アイツね。……僕と同じ孤児院の出で……どうしてこうも違うんだろうね。売られた僕と、成り上がったアイツ……神様って、酷なことをするものだと思わないかい?」

 羨み、妬み、怒り、あらゆる負の感情の中、

「……友達だと、思っていたのに」

 哀しみが、彼の動きを鈍らせる。
 その隙を見逃さなかったのはカークではなく、背後から飛んできた氷の槍……ルマンダの、魔術だった。
 足元を縫い止められ、ジャンは歯噛みしながら背後を見やる。

「酷いじゃないか、ルイン。昔馴染みだろ……?」
「私はそのような名ではない。王を殺めに来た以上、覚悟はできていよう」
「ああ、そう。……君だって、少し違えば僕と同じだったはずなのに」

 口惜しそうに告げ、苦し紛れに水の弾丸を飛ばす。
 あっさりと氷の盾で阻まれ、万策は尽きた。

「……モーゼは裏切ったんだね。賢い奴だから、殺されたー……なんて、噂を偽装することぐらい簡単だ」

 恨み言を吐きながらも、ジャンは死を覚悟したのだろう。手を下ろし、大人しくなる。
 だが、ルマンダは……いや、「私」は告げた。

「……ジャン、できれば……君を殺したくない」

 カークが目を見開く。……それも、当然だ。
 普段の「私」なら、絶対にそのようなことは言わない。

「……ルイン? どんな風の吹き回し?」
「僕が、「今は」ルインだからだ。……参謀として不要とされている方が、「ルイン」」

 私の名はルイン・クレーゼ。
 ルマンダの中に潜んだ、もう一つの「自我」だ。
 彼のいるところなら、私も必ず存在する。

「…………。まさか、君がそこまで追い詰められてたとはね」

 ジャンは、静かにため息をついた。

「……腐った王権からの独立……とか言ってるけど、ヴリホックは結局、この土地の実権を握りたいだけさ……。……まあ、今の王より有能なのは確かだろうけど」
「……ハーリス王は、飾りにされてるだけだ。そんな言い方……」
「カーク。その言い方も、「私」なら不敬だと言うかもしれない」
「…………本当に別人なんだな」

 カークの私を見る目が、悲しげな色を帯びる。

「……それで? 殺さないっていうなら、僕をどうするつもり?」
「簡単だ。ヴリホックの兵士に、ザクスという男がいる。話ができないか」
「……アイツをこっち側に引き抜きたいって? まあ、あのバカなら扱いやすいかもしれないけど……何でまた?」

 半ば投げやりなジャンに、私は告げた。

「……レヴィ……いや、君にとってはモーゼか。……彼が、ザクスの生存を望んでいるからだ」

 ーー長生きできねぇな、あいつ

 間近で聞いたその言葉を、私は忘れていない。

「…………そんなの、僕だって……。……よく分からないけど、僕に拒否権なんかないんだろ。それくらいわかる」
「……良いのかよ」

 カークが、困った顔で問うてくる。確かに、「ルマンダ」ならこんなことは絶対にしない。

「すぐ、王に話をつける。そうしたら、「私」の方も納得するはずだ」
「……確かに、ハーリス王の言うことならあいつは逆らわないだろうけど……」
「頼めるか、カーク」
「……分かったよ。ひとっ走り行ってくる」

 フェニメリルという大国が崩壊寸前だとするなら、そこに生きる私たちは、どう羽ばたくべきか。
 答えはまだ出ていない。それでも、ジャンを死なせたくはなかった。

「……裏切るかもしれないよ」
「やめた方がいい。「私」に殺される」
「はは……確かに」

 俯いたジャンの視線には、水浸しの床がある。
 ぽたりと、波紋が広がった。



 ・ツバメよ、どこへ行くのですか
 傷ついた羽を、休めないのですか
「ぼくは、ここでは凍え死にます」
 かなしみに満ちた声色で ふわりと飛び上がって
「さようなら、友よ」
 なら、あたたかい寝床を探しましょう
 やわらかな敷布を敷き詰めて、眠って

 ーーわらべうたより



 ***



 ジョージ・ハーネス版との大きな相違点は5つ上げられる。
「魔術」というファンタジー要素がジョージ・ハーネス版より格段に多い。もう少し想像力豊かな筆者が書いたのだろうね。
 また、「Pause-Corvo」が存在せず、代わりに「Corvo」単体で「Strivia」や「Eaglow」のように副題になっている。それに伴ってか、ジャンの人物造形や設定にも変化があるね。……生存しているところを見るに、なにか思い入れがあったのだろう。
 そして、ルインがルマンダの演技ではなく別人格とされている。……このあたりは、モデルになった人物との「接点」の違いが色濃く出ているのかもしれないね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...