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第三章 誰も寝てはならぬ

第4話「信じるのはよいことだ、信じないのはもっとよいことだ」※

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 フェルドをソファに寝かせて上から毛布をかけ、一人で部屋から出る。

「……お、どうだった!」

 グーフォの質問には、「夜、部屋に呼ばれた」と返しておく。
 本当は呼ばれてねぇけど、どうせほぼ毎晩顔出してるしな。嘘は言ってねぇ。

「やるじゃねぇか。ダリネーラはビアッツィにとって上客だしな。これを機に、更に関係が深まるかも……」

 その言葉に、頭の片隅で何かが引っかかった。

「……そういや、妙だな」
「ん? 何がだよ」

 アリネーラ家次男フェルディナンドの暗殺は、本人がどうにか生還したとはいえ、深刻な後遺症を負わせた時点でほぼ成功と言っていい。
 ……そうなりゃ、俺らの次の「番犬」はしくじったことになる。が、前回の奴らは去年普通に帰ってきたし、今年も新しい「番犬」が派遣されている。

 そりゃ、暗殺されかけたことは表沙汰おもてざたにしにくい。一度殺されかけたとなりゃ、「侮る」奴らも多くなる。
 だが……うちのファミリアとの関係が「一切変わらない」ってのはさすがにおかしい。

「グーフォ、『少尉殿』が起きたら、丁重に見送ってやってくれ」
「おお、あの手抜き野郎がついに仕事にやる気を出したか……。了解ベーネ、健闘を祈るぜ」

「仕事」にやる気を出したわけじゃねぇが……まあ、そういうことにしておくか。
 ……さて、去年帰ってきた「番犬」も、俺と同じ「調査員」の任務についてたはずだ。
 話を聞きに行くかね。



 ***



 雑魚寝部屋に戻った頃には、日は落ちていた。
 あれだけ濃密な一日を過ごしたのに、まだ半日も経ってねぇってのは不思議なもんだ。

「ジョルジョ」

 仕事から帰ってきた新兵、「ジョルジョ・カスターノ」に声をかける。配属された部隊は違うが、部屋は訓練兵の時と変わらず同じになった。
 ジョルジョはふわぁと欠伸あくびをしつつ、「おう、なんだい?」といつもの間の抜けた声で返す。

「話がある」

 すると「ジョルジョ」は「ははぁ」と顎に手を当て、ニヤリと笑った。

贔屓ひいきにしてる『娼婦』についてのネタだな?」
「…………まあ、な」

 そういう言い訳をしてたのは俺だが、他人にあいつを「娼婦」と言われるのはなかなかにしゃくだ。
 ……つか、こいつ絶対分かって言ってるよな。
 部屋の隅に移動すると、「ジョルジョ」はこともなげに透明な防音壁を作り出した。「魔術」の調査が俺たちの任務なのはそうだが、覚えるの早ぇな、こいつ……。

「『三年前』のことだ。当時の『番犬』の中に、あんたもいただろう」

 そういうと、「ジョルジョ」は察したように「ああ」と小さく呟いた。
 さすがは「カラスコルヴォ」と呼ばれてるだけはある。こいつは頭の回転も早けりゃ、とぼけるのも嘘をつくのも一流だ。……騙されねぇよう、じっくり話を聞かねぇとな。

「詳しくは言えねぇが……俺達は、ちゃんと『彼女』の言う通りに仕事をしたんだぜ?」
「……!」

「彼女」。
「番犬」に指示を出してるのは、領主の後妻であるエレオノーラだ。領主は、任務に当たる奴らの顔や名前すら知らないとも聞いたことがある。
 次期領主候補と目されているのは、次男フェルディナンドと三男フィリポ。前者は先妻の子で、後者は後妻の子。
 ……片方が消えることで、得をするのは……?

「てめぇが……毒を投げ込んだのか?」

 あくまで冷静に、声を荒らげないように、「ジョルジョ」を問いつめる。

「早とちりしなさんな。俺たちは『彼女』の命令で間抜けな使用人のクビを切った。……それだけだよ」

 ……。なるほどな。
 フェデリコが「実行犯」だと思ってた使用人は、濡れ衣を着せられた生贄いけにえだった。
 本来の下手人は後妻か、それともフィリポか……共犯の可能性だってある。

 つまり……フェルドを殺そうとした相手は、まだ生きてるってことだ。

「……上等だ」

 あいつが生を諦めていたとしても、高潔に死ぬことを求めていたとしても、俺は許さねぇ。
 エゴだってのは分かってるが、俺は元より悪党だ。

 俺があいつに教えてやる。
 復讐したっていい。好きに生きたっていい。
 道を踏み外したって構いやしねぇ。

「生きてりゃどうとでもなる」ってな……!



 ***



 夜、フェルディナンドの部屋の窓を叩く。
 フェルディナンドは無言で窓の鍵を開け、俺を招き入れた。……なんだか、懐かしい気分だな。昔も、よくこうやって忍び込んだっけか。

「……待ってたかい、俺のロンディネッタツバメちゃん

 そう声をかけると、藍色の瞳がわずかに揺れた。

「期待してたろ」
「期待、など……」
「へぇ、どうだかねぇ。下のお口がどうなってるか楽しみだ」
「ば……っ」

 フェルドは顔を真っ赤にし、何事か反論しようと口をぱくぱくさせる。
 ……何も言えてねぇってことは、今も濡れてんのかな。可愛いなこいつ。

「……なんてな。夕方散々抱いたし、無理はさせねぇよ」
「……な、なら余計なことを言うな!」
「ごめんごめん。お前の反応が可愛くて……いってぇ!!」

 調子に乗って口説いたら、思いっきり足を踏まれた。
 ガキの頃に比べて、照れ隠しが暴力的になったな、こいつ……。

「そうだな……。たまには夜更けまで、ゆっくり語らうのはどうだい?」

 そう問いかけると、フェルドは困ったように眉根を寄せ……
 泣き出しそうな顔を、見せた。

「……もう、これ以上……私を惑わせるな」

 その表情は、普段と明らかに違う。
 将校の仮面はがれ落ち、生身なまみの青年の姿が現れる。

「君が僕を愛し続ける保証なんてない。ほんの少し幸せを得たところで……それが永遠に続くわけじゃない……」

 まるで迷子の少年のように身体を震わせ、彼は言葉をつらねた。

「もう……もう、放っておいてくれ。期待するのも、信じるのも、後が辛いだけだ……!」
「信じなくていい」

 俺が即答すると、ラピスラズリの瞳が大きく見開かれる。

「『もうちょっとだけ楽しみたい』『また前みたいなことがやりたい』……そういうのの繰り返しでいいんだよ」

 そもそも役割とか、存在理由とか、難しく考えすぎなんだよな。
 ……別に、理由なんて良いじゃねぇか。「生きてるから生きてる」「好きだから好き」で充分だ。

「……ジュゼッペ……」

 フェルドはためらうような声音で、俺の「昔の名前」を呟く。

「……思い出してくれたんだな、フェルド」

 俺の言葉で、何かが決壊けっかいしたのか。
 大粒の涙が、フェルドの両眼から溢れ出した。

「……っ、う……、ううう……っ」

 何も言わず、強く抱き締める。
 俺よりも背の高いはずの相手が、今日はやけに小さく思えた。



「抱いて欲しい」と言われたので、寝室に移動する。
 どちらからともなく服を脱ぎ捨て、貪るように口付けた。

「は……っ、苦しくなったら、すぐに言えよ」
「……ああ……」

 熱に浮かされたような瞳が、俺を見つめる。
 俺がベッドに座ると、フェルドは自分から覆い被さるようにして竿を中に呑み込ませた。

「あ……っ」

 抱き合うようにして、深く繋がる。
 内側を抉り、奥を貫くたび、フェルドは気持ち良さそうに喘いで俺の背中に縋りついた。

「あっ、ン……ぁあっ、そこ……ぉ、あぁあッ」

 びくびくと震えるフェルドの竿を握り、上下にしごきながら抽挿ちゅうそうを繰り返す。

「うぁあっ、ンッ、んーーーーっ」

 背筋を反らし、フェルドは艶やかな髪を振り乱して身悶える。
 そのままフェルドの身体を押し倒し、相手の背中をベッドにつけた状態で精を注ぎ込んだ。

「──ッ、あ゛ーーーー、やべぇ……収まんねぇ……」
「は……っ、ぁ、なかで……っ、でて……ンッ、あぁあぁあっ!」

 イッてもイッても俺の昂りは収まらず、抜かないまま何度もフェルドの中で果てる。フェルドの媚肉もうねるように俺を包み込み、離さない。

「は……ぁ、はぁ……っ、フェルド……っ」
「あ……」

 幾度目かの吐精を経て、ようやくフェルドの中からしなびた魔羅が抜け出る。
 どちらからともなく指と指を絡め、見つめ合った。

「今後こそ……連れてってやるよ。ここじゃない、どこかに」

 フェルドは俺の言葉に目を見開き、葛藤するように視線をさまよわせる。

「僕は、性格が悪いぞ」
「知ってる。俺も別に良くねぇし」
「身体も……心も、健康とは言い難い」
「ちゃんと治そうぜ。良い医者はこっちでも探せる」
「本当に子どもが産める保証もない」
「それならそれでいいよ。二人でのんびり生きようぜ」

 頬を撫で、口付ける。
 フェルドは「……そうか」と呟き、しばらく押し黙った。

「変わらないな、君は」

 ようやく紡ぎ出された涙声は、震えていた。
 抱き締め、背中を撫でる。
 ……答えを急かしはしない。とざされた心を溶かすには、まだもう少しかかりそうだ。



***



 かつて、親父が俺をこっぴどく叱ったことがある。
 フェルドと駆け落ちをしようとした夜のことだ。当時は年寄りの説教だと思っていたが、今なら、親父が何を言いたかったのかよくわかる。


 ──良いか。今のお前の力じゃ、あの子を余計に不幸にするだけだ。我々の立場が危うくなれば、守ってやることすらできない

 ──あの子を救いたいなら、愛の力だけじゃ無理だ。強さだけでもまだ無理だ。……賢くなれ

 ──時代はいずれ変わる。お前が本気なら、趨勢すうせいの動きを見逃すな

 ──墜ちた雛を拾いたいのなら、羽根が癒えなくても、自力でエサが捕れなくても、最期まで世話をする覚悟がいる。……以前、教えたことだ


 ……そういや、俺が拾ったツバメも、結局低くしか飛べなかったな。親父には反対されたが、「親が拾わなかったらこのまま死ぬだろーが」と無理やり飼うことにしたんだったか。

 飛べるって信じるのは早くにやめた。
 飛べなくても、部屋ん中で出迎えてくれるだけで、可愛くて仕方なかったしな。

 ……そういや、フェルドには見せたことなかったな。
 まあ……「フェルド」って名前つけてたからなんだけどな……?
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