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第三章 誰も寝てはならぬ

第5話「全ての悪が害になるとは限らない」

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 フェルディナンド曰く、「長期療養の必要がある」とはマローネ中尉から何度も言われていたらしい。
 健康診断の結果、「志願兵だったらまず落とす」レベルの状態だと言われている……とも。
 ……が、断ったと。

 あれだけ懐いている中尉相手でも、フェルディナンドは自分の意志を曲げなかったわけだ。
 親から強いられた生き方のまま、「名門」の誇りのために死ぬつもりでいた。……いいや、打ち砕かれた自分の誇りのために、我が子を孕ませようとする狂った親父への、せめてもの反抗のために……とも、言えるのかもしれねぇな。

「……私は、誰に何と言われても、自らの生き方を変えるつもりはない」

 ベッドの中。俺の腕の中でさえ、フェルドはそう語った。
 だいぶ迷いは見えてきたが、強情な野郎だ。……こりゃ、普通の説得は難しそうだね。

「お前を殺そうとした相手は、まだ生きてる」

 ……仕方ねぇ。
 ここで、例のカードを切るか。

「……何?」

 予想通り、反応が変わった。

「療養……ってのを口実にすりゃ、ダリネーラの屋敷を調べられる。誰がお前を『暗殺』しようとしたのか……この際、ハッキリさせとこうぜ」
「……もう過ぎた話だ。家の恥部を暴くことにメリットなどない」

 おいおい……こりゃ重症だな。
 こいつ……殺されかけたことを憎むより、家のメンツを気にしてやがる。
 ……それだけ、自分の命に価値を見出してねぇってことか。

「よく考えてみろよ。あのファミリアに、お前が顔を立てて死んでやるだけの価値があるか?」
「……。それは……」

 よし、よし。迷ってるな。いい感触だ。
 後は……そうだな。中尉に頼んでみるか。

「療養」って体裁じゃなく、「任務」って体裁にすりゃ、こいつも納得するだろうからな。



 ***



 ……てなわけで、数日後。
 俺は、フェルディナンドと共にダリネーラの屋敷へと帰ってきた。

 中尉に「いったん帰省させるために、ダリネーラ邸付近の調査任務を出して欲しい」と頼んでみたところ、「任せてちょうだい!」と元気よく言ってくれた。
 あくまで「付近」だ。こうすりゃ、実家への滞在が合理的になる。

 中尉は任務を口実にした療養だと思ってるから、付き添いには新兵の俺だけを任命した。善意を利用した形にはなるが、あいつの問題は善意や好意だけじゃどうにもならねぇ。嘘も方便。汚ぇ手だろうがいくらだって使ってやる。

 あの馬鹿フェルドは、そうでもしなきゃ救えねぇ。

「……久しぶりですね。フェルディナンド」
「……ええ、『母上』」

 出迎えたエレオノーラと、フェルディナンドの挨拶は他人行儀な上にぎこちない。一言二言で終わっちまうのも、冷めきった関係を感じさせた。
 エレオノーラは以前より少し老けた気もするが、五人産んでる歳とは思えねぇ若さと美しさを保っている。金色の髪も、未だに輝いてるしな。……俺の金髪は少々くすんでるが、こっちはずっとピカピカだ。

 まあ、フェルドの黒髪のが綺麗だがな。

「こちらは部下の『ジャコモ・ドラート』です」
「ジャコモです! 少尉殿にはいつもお世話になっております!」

 ビシッと敬礼し、ハキハキと挨拶をする。
 フェルドが一瞬だけ冷めた目で見てきたが、世話になってんのは事実だろ。主にムスコがよ。

「……? 以前、どこかでお会いしましたか」

 やべ、覚えてんのかよ。
 やれやれ……男前ってのも困ったもんだね。

「まさか。奥様のような方と知り合いでしたら、夢の中でだって忘れませんよ」
「あら、お上手」

 ニコリともせず「お上手」と言われた。隣のフェルディナンドの表情筋も微動だにしない。
 ……クソが……盛大にスベっちまった……。

「屋敷の敷地内で『魔獣』の痕跡を探る可能性もあります。その旨、ご理解ください」
「構いません。お仕事、いつもご苦労様です」

 あくまで事務的なやり取りのみで、息子と義母のやり取りは終わった。……仲が冷えてるのは間違いなさそうだが、これだけじゃ何とも言えねぇな。
 ジョルジョは、エレオノーラが使用人に濡れ衣を着せたと語っていた。……さて、奴は実行犯なのか、黒幕なのか、それとも「うちの子」を庇っただけなのか……。



 連れ立って部屋に向かう途中、若いご令嬢と鉢合わせた。

「あら、フェルディナンドお兄様」

 歳の頃は17~8ぐらいか。そんならたぶん、長女のブリジッタだろう。
 母親と同じく長い金髪の、それなりに可愛い子だ。
 フェルドのが美人だけどな。

「久しぶりね。身体の方は……」
「こほん」

 ……と、話の途中で咳払いの声がする。
 振り返ると、いつの間にかエレオノーラが背後に着いてきていた。

 怖っ。

「……あー……ごめんなさいっ! お話したいのは山々なんだけど、用事を思い出しちゃった!」

 ブリジッタはそそくさと姿を消し、フェルドは特に何も言うことなく部屋へと向かう。エレオノーラの方も、無言でくるりと俺達に背を向けた。

「……え、な、何だよ、今の」
「いつものことだ。気にするな」

 ……おいおい。
 やっぱり狂ってんな、この家……。



 ***
  


 荷物を置き、一服する暇もなく食事の時間になった。

 結構良いモン食えるんじゃねぇかとワクワクしていたが……正直、味わうどころじゃなかった。

 無言だ。

 フェルディナンドも無言。エレオノーラも無言。長女のブリジッタ、隣に座る次女フェリチータ、更に隣の三女フランチェスカ……あ、やべ、四男のステファノを忘れてた。……とにかく、その場にいる全員が無言だ。
 全員が全員、無言でメシ食ってやがる。
 何だこの空気。食材は高級そうだが、これじゃ味分かんねぇよ。

 ちなみにフェデリコはいねぇ。……まあ、引きこもってるって話だしな。クソ親父……ファウスティーノは仕事、三男のフィリポは遊学中だったか。


「お母様」

 ……と、誰かが喋った瞬間。ピシッとその場に緊張が走る。何でだよ。喋るだけでそんなに緊張することあるかよ。

「フィリポお兄様も、今日帰られるのでは?」

 話しているのは、13歳くらいの女の子だった。見た目はブリジッタと同じく金髪で、全体的に少し色素が薄い。金髪碧眼の美少女……ってのは、こういう子を言うんだろう。

 まあ、ガキの頃のフェルドのが美少年だったけどな。

 ……で、えーと、誰だっけか。フェリチータとステファノが双子で15歳だから、三女のフランチェスカだな。たぶん。

「ええ。馬車が遅れているようですね」

 フランチェスカの質問に、エレオノーラは淡々と返す。
 再び、無言の時間が訪れた。
 やめろよ。気まずいだろ。もっとなんか喋れよ。
 このプロシュートうめぇな。どこ産? とか、うぉぉメインの肉でけぇ! とか、そういうのでいいだろ別に!! 普段なら「ケッお貴族様がよ」とか思うところだが、今ならそんな会話でも涙流して喜ぶね!!

 ……そんな中、カツカツと足音が響き、続いて青年らしき声も響いた。

「申し訳ありません、お母様。遅れてしまいました」

 金髪の貴公子が現れ、洗練された仕草で礼をする。
 こいつがフィリポか。こいつもフランチェスカと同じく金髪碧眼で、なおかつ表情も凛々しくて、絵に描いたような美男子だ。
 ……まあ、フェルドのが美形だけどよ。

「待っていましたよ、フィリポ。席に着きなさい」
「はい、失礼し……ま、す……?」

 ……と、フィリポの視線がフェルディナンドを捉え、固まる。……お。なんだ?

「フェルディナンド兄さん……? なぜ、ここに」
「いては困るのか」
「い、いえ、決してそういう訳では!」

 フィリポは狼狽うろたえつつ、席に座る。
 フェルディナンドとの問答も、なんつーか……仲良くなさそうなのはよくわかった。

「仕事で、この付近に用があるそうです。隣は部下の方だとか」
「あ、ああ……通りで、見ない顔だと思いました」

 エレオノーラは相変わらず淡々と語り、フィリポは再びチラッとだけフェルディナンドに視線を投げ、こちらも無言になる。
 ……ふーん、妙に慌ててるな。

「パリはいかがでしたか、フィリポ」

 エレオノーラの問いに、フィリポはすっと口角を持ち上げ、語り始めた。
 パリ……ってことは、フランスに行ってやがったのか。

「大したことありませんでしたよ。アリネーラの方がよっぽど良い」
「そうですか」

 ……うーん、片親しか繋がってないはずだが、この鼻につく感じ、似てやがるな……。
 いや、逆か。この家じゃ、会話自体が「そういうもの」で、そうやって話術を学んだから、二人とも「そんな感じ」なのかもな。

「パリの話、もっと聞きたいです」

 ……と、四男のステファノが楽しそうに言う。茶毛気味の黒髪に、青みがかった瞳……後はあんまり特徴がねぇ。
 こう言っちゃなんだが、他の兄弟姉妹に比べて「パッとしねぇな」って印象だ。

「何でも、面白い彫刻や絵画が……」
「ステファノ!」

 ブリジッタがたしなめるより前に、場の空気は凍りついていた。
 青ざめるステファノの隣で、双子の片割れであるフェリチータだけが手を止めず黙々と食事を続けている。フェリチータの方はフェルディナンドとはまた違う色合いで、濡鴉ぬれがらすのように見事な黒髪だ。サラサラしてそうな美髪と、整った物憂げな顔……将来、割と好みの美人になりそうだな。

 当然、フェルドには負けるだろうが。

 つか、ステファノとフェリチータは双子って話だが、あんまし似てねぇな……。

「……ステファノ」

 ……なんて、俺が現実逃避気味になっているうちに、エレオノーラが冷たい声で言い放つ。

「『彫刻』の話は、ここでは厳禁です」
「あ……は、はい。申し訳ありません……」

 縮こまり、再び無言になるステファノ。
 えっ、「彫刻」ってワードだけでダメなの? 地雷浅すぎねぇ?
 俺はマフィアだ。修羅場だってそれなりに経験したこともある。……だが……

 普通に怖ぇよこの空間……!
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