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一章

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 誰かの衣擦きぬずれの音がする。
 目を開けると、だいぶ体がすっきりした気がして上体を起こす。

「おや、目を覚まされましたか? 丁度朝食の準備が整っておりますので、大丈夫そうでしたらお声がけ下さい」

 王宮の執事の方が丁寧に説明をしてくれる。

「あの、わたくしどれくらい?」
「倒れられたのは昨日でございますよ」
「そうですか」

 ありがとうございます、と言って会話を切り上げる。
 ふと自分の姿を見下ろすと、夜着に着替えさせてもらっていた。
 部屋を見渡すと応接セットの椅子の背もたれに、昨日着ていたドレスがかかっているのが見えた。

 トントン

「ジャン、入るぞ。メルティの様」バコン!
「坊っちゃま、私はまだ入室を許可した覚えはありませんよ。エルンスタ様はまだお支度が整っておりません。覗きは犯罪にございます」

 クリスがトレイで叩かれたまま目隠しをされている。
 その可笑しさに、思わずくすくすと笑ってしまっていた。

「……起きた、のか」

 トレイ越しに安堵の声が聞こえてきた。

「はい。おかげさまで、体の方はもうだいぶ良いみたいですわ」
「そうか。何か不足があれば言ってくれ、用意させる」
「ありがとうございます、クリス」

 一旦出直すという考えが頭の中から抜け落ちているのか、トレイ越しの会話は続いた。

「その、食事は食べられそうか?」
「はい。少し小腹は空いています」
「一緒に食べても?」
「はい」
「! ならここに持って来させる。待っててくれ」
「わかりました」

 返事をした途端、きびすを返して慌ててクリスは出ていった。



 わたくしが身支度を整えてもらい終わると、ワゴンで食事が運ばれてきた。
 いつのまにか、食事用のテーブルと椅子も運び込まれている。
 王宮の執事の方って有能なのねと感心していると、クリスがひょこっとドアから顔だけ出しているのが見えた。
 わたくしが席に着き始めているのを見て、ささっとテーブルに持ってきた花瓶と花を飾ってくれる。
 二人で取る初めての食事は、とても美味しくて力がみなぎってくるようだった。

 食事が終わると、食後のお茶を飲みながらクリスが今回の事件の発端を、教えてくれた。

「元々は、マルガレーテの父親である建設大臣の不正の証拠を追っていたんだ。だがなかなか尻尾が掴めなくてな」

 マルガレーテ様のお父上であるクララリッサ公爵は、自白と催淫の副作用のある違法薬物取引や高額賭博を行っていたが、やり方が狡猾こうかつで、決して証拠を残さなかった。
 そのうち幼馴染でもあるマルガレーテ様が、親公認でクリスに近寄ってきたらしい。
 後ろ暗いことをしているのに王族と縁続きになろうとしているのはなぜかーー。
 情報を集めていると、王宮内でわたくし馬鹿であると評判の第三王子ならぎょやすいのではと、大臣が娘の恋心を出汁にして結婚させ、義父となる事で裏で実権を握ろうと画策しているのがわかったそうだ。

「最初はマルガレーテを振って、別方向から証拠を集める予定だった。だがマルガレーテは諦めないし、君を狙いはじめていて……油断させてボロを出すのを待つしか無くなってしまったーー。王族の影も万能ではない……国が乱れるから、守る力は縁のあるものに命の危険がある時しか使えなくてな」

 それもあって半ば強引に婚約に持っていったし、マルガレーテも増長させざるを得なくて……近くで守ってやれなくてすまなかった、とクリスは謝った。

「わたくし、最初は王族の縁結びなんて荷が重いなぁって、思ってましたの。まさか自分へと縁を結ぶことになるとは思いませんでしたけど。……自分で選んだって、自覚してますし……守ってもらうだけとも思っていなかったので。もう謝らないでくださいませね」

 謝ってばかりだと、愛はなかったのかしら……なんて、疑ってしまいますわよ? と、ついでにちょっと拗ねて見せたら、彼は慌てて近くへやって来ると、わたくしを抱き上げてから応接セットに移動した。
 今はクリスの膝の間で、背後から抱き込まれてしまっている。

「意地悪だなメルティ、知ってて俺を慌てさせるなんて。……気に病むならもう謝らない、疑うなら行動で愛を示すが、どうする?」

 とても柔らかい声色こわいろで言いながら、クリスは左に流して軽く結えた髪の隙間からのぞく首筋に、ちゅっとキスをしてきた。

 ……からかい過ぎましたわ、照れ倒れてしまうかも……

 今度はわたくしの方が慌ててしまい、真っ赤になりながら困ってしまったのだった。
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