上 下
64 / 80
一章

64

しおりを挟む
 誰かの衣擦きぬずれの音がする。
 目を開けると、だいぶ体がすっきりした気がして上体を起こす。

「おや、目を覚まされましたか? 丁度朝食の準備が整っておりますので、大丈夫そうでしたらお声がけ下さい」

 王宮の執事の方が丁寧に説明をしてくれる。

「あの、わたくしどれくらい?」
「倒れられたのは昨日でございますよ」
「そうですか」

 ありがとうございます、と言って会話を切り上げる。
 ふと自分の姿を見下ろすと、夜着に着替えさせてもらっていた。
 部屋を見渡すと応接セットの椅子の背もたれに、昨日着ていたドレスがかかっているのが見えた。

 トントン

「ジャン、入るぞ。メルティの様」バコン!
「坊っちゃま、私はまだ入室を許可した覚えはありませんよ。エルンスタ様はまだお支度が整っておりません。覗きは犯罪にございます」

 クリスがトレイで叩かれたまま目隠しをされている。
 その可笑しさに、思わずくすくすと笑ってしまっていた。

「……起きた、のか」

 トレイ越しに安堵の声が聞こえてきた。

「はい。おかげさまで、体の方はもうだいぶ良いみたいですわ」
「そうか。何か不足があれば言ってくれ、用意させる」
「ありがとうございます、クリス」

 一旦出直すという考えが頭の中から抜け落ちているのか、トレイ越しの会話は続いた。

「その、食事は食べられそうか?」
「はい。少し小腹は空いています」
「一緒に食べても?」
「はい」
「! ならここに持って来させる。待っててくれ」
「わかりました」

 返事をした途端、きびすを返して慌ててクリスは出ていった。



 わたくしが身支度を整えてもらい終わると、ワゴンで食事が運ばれてきた。
 いつのまにか、食事用のテーブルと椅子も運び込まれている。
 王宮の執事の方って有能なのねと感心していると、クリスがひょこっとドアから顔だけ出しているのが見えた。
 わたくしが席に着き始めているのを見て、ささっとテーブルに持ってきた花瓶と花を飾ってくれる。
 二人で取る初めての食事は、とても美味しくて力がみなぎってくるようだった。

 食事が終わると、食後のお茶を飲みながらクリスが今回の事件の発端を、教えてくれた。

「元々は、マルガレーテの父親である建設大臣の不正の証拠を追っていたんだ。だがなかなか尻尾が掴めなくてな」

 マルガレーテ様のお父上であるクララリッサ公爵は、自白と催淫の副作用のある違法薬物取引や高額賭博を行っていたが、やり方が狡猾こうかつで、決して証拠を残さなかった。
 そのうち幼馴染でもあるマルガレーテ様が、親公認でクリスに近寄ってきたらしい。
 後ろ暗いことをしているのに王族と縁続きになろうとしているのはなぜかーー。
 情報を集めていると、王宮内でわたくし馬鹿であると評判の第三王子ならぎょやすいのではと、大臣が娘の恋心を出汁にして結婚させ、義父となる事で裏で実権を握ろうと画策しているのがわかったそうだ。

「最初はマルガレーテを振って、別方向から証拠を集める予定だった。だがマルガレーテは諦めないし、君を狙いはじめていて……油断させてボロを出すのを待つしか無くなってしまったーー。王族の影も万能ではない……国が乱れるから、守る力は縁のあるものに命の危険がある時しか使えなくてな」

 それもあって半ば強引に婚約に持っていったし、マルガレーテも増長させざるを得なくて……近くで守ってやれなくてすまなかった、とクリスは謝った。

「わたくし、最初は王族の縁結びなんて荷が重いなぁって、思ってましたの。まさか自分へと縁を結ぶことになるとは思いませんでしたけど。……自分で選んだって、自覚してますし……守ってもらうだけとも思っていなかったので。もう謝らないでくださいませね」

 謝ってばかりだと、愛はなかったのかしら……なんて、疑ってしまいますわよ? と、ついでにちょっと拗ねて見せたら、彼は慌てて近くへやって来ると、わたくしを抱き上げてから応接セットに移動した。
 今はクリスの膝の間で、背後から抱き込まれてしまっている。

「意地悪だなメルティ、知ってて俺を慌てさせるなんて。……気に病むならもう謝らない、疑うなら行動で愛を示すが、どうする?」

 とても柔らかい声色こわいろで言いながら、クリスは左に流して軽く結えた髪の隙間からのぞく首筋に、ちゅっとキスをしてきた。

 ……からかい過ぎましたわ、照れ倒れてしまうかも……

 今度はわたくしの方が慌ててしまい、真っ赤になりながら困ってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

婚約破棄され家を出た傷心令嬢は辺境伯に拾われ溺愛されるそうです 〜今更謝っても、もう遅いですよ?〜

八代奏多
恋愛
「フィーナ、すまないが貴女との婚約を破棄させてもらう」  侯爵令嬢のフィーナ・アストリアがパーティー中に婚約者のクラウス王太子から告げられたのはそんな言葉だった。  その王太子は隣に寄り添う公爵令嬢に愛おしげな視線を向けていて、フィーナが捨てられたのは明らかだった。  フィーナは失意してパーティー会場から逃げるように抜け出す。  そして、婚約破棄されてしまった自分のせいで家族に迷惑がかからないように侯爵家当主の父に勘当するようにお願いした。  そうして身分を捨てたフィーナは生活費を稼ぐために魔法技術が発達していない隣国に渡ろうとするも、道中で魔物に襲われて意識を失ってしまう。  死にたくないと思いながら目を開けると、若い男に助け出されていて…… ※小説家になろう様・カクヨム様でも公開しております。

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...