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29 切っ掛け
しおりを挟む「百年くらい前かな、まだ私が子供だった頃……」
三人は龍神に誘われ、庭園で茶を飲んでいた。
そこは水辺に囲まれた、見たことの無い花が咲き乱れる美しい庭園だった。
花の香りのする、不思議な茶を飲みながら龍神の話を聞く。
「人界に興味があってね。よく下界におりて遊んでいたんだ」
その日も、人間の子供になりすまし遊んでいたのだが、うっかり足を滑らせ崖から落ちてしまった。
頭をひどく打ち付け、意識が朦朧とする。
龍神の子供とはいえ、まだ子供だった蒼龍はどうすることもできない。
頭からどくどくと血が流れているのがわかった。
さすがに、もう駄目かと思った時。
“大丈夫だよ”
優しい声が聞こえ、そのまま意識を失った。
目が覚めた時、自分の傍にひとりの青年が倒れていた。
確かに頭から血を流していたはずなのに、今は痛みすら感じない。
その青年との出会いが切っ掛けで、霊薬師という存在を知った。
「驚いたよ。まさか人間にそんな神のような仕業ができる者がいるなんてね」
蒼龍はその青年をいたく気に入り“竜の宮”に招待すると、彼はこの場所に自生する珍しい植物にとても興味を示した。
それが薬の原料。しかも人界のものより質のいい原料になるという事をつきとめる。
彼が人界と竜の宮を自由に行き来できるようにすると、薬の原料を調達に度々訪れるようになった。
「彼が亡くなるまで五年くらいかな。こうしてよく、一緒にお茶を飲んだものだ。それ以来、霊薬師は特別にここへの出入りを許可してるんだ」
蒼龍は、自分の話を黙って聞いていた白銀と玄を見て「ああ、その従者もね」と付け加えた。
「そうだ。これが目的で来たんでしょ? ちょうど最近何枚か剥がれたんだよ」
蒼龍はそう言うと、懐から深い紫色の小さな巾着を取りだし桔梗に渡した。
「いつも有り難うございます」
桔梗はそれを受けとると、不思議そうにそれを見る白銀に気がつく。
「龍神の鱗だ。これを薬に少量入れるだけで薬の効果が数倍になる」
桔梗の薬がよく効くのはこれのおかげだったのかと、白銀は妙に納得した。
そこへ、少女が盆に菓子を持ってきた。
「ありがとう」と蒼龍が優しく声をかけると、少女は頬を赤らめお辞儀をし去っていった。
「前来た時には居ませんでしたね」
少女の背中を目で追いながら桔梗が言うと、蒼龍は困ったように頭を掻いた。
「うん、最近連れてきたんだ」
「……連れてきたとは?」
玄が眉をひそめる。まさか、人間の子をさらっている訳ではないだろう。
「……人間は日照りが続いたり、逆に雨が何日も続くと、神への供物として子供や若い女を川に流すだろう?」
玄がハッとし、目を見開く。
「あの子達は、いわば人柱にされた子たちだよ。魂が浄化されるまで、ここで私の世話をしてもらっている」
「子供を川に流すのか? なんでそんな酷いことをするんだ?」
白銀は不愉快そうに顔をしかめた。
「ほんとうだね。そんな事をしたって私は何の関与もできないのに……。彼らは無駄に殺されたんだ」
流れる沈黙。
皆、沈んだ気持ちになり一点を見つめる。玄だけが無言で茶をひとくちすすった。
「あー、なんか暗い話になっちゃったね。桔梗たちはすぐには帰らないんだろう? 今日は泊まっていくといい。建物の中も好きなように散策してくれていいから」
蒼龍はそう言うと、「さ、食べよう」と皆に菓子を勧めた。
※
「桔梗、これでいいか?」
桔梗は白銀と一緒に、竜の宮でしか採取できない薬草を集めていた。
「ああ、充分だ。次はこの花を頼む。毒のある棘があるから気を付けろよ」
桔梗の指示で、言われた花を探す。
それはすぐに見つかった。棘に気を付けながらそっと青い花の部分だけを採る。
花を首の部分で折る度に、甘い香りがした。
その香りが昨夜の桔梗を思い出させた。
白銀の指が頬を撫でると、くすぐったそうに肩を竦め、その手に桔梗は自分の手を重ねる。華奢で柔らかな白い手は、力を入れるとすぐに折れてしまうんじゃないかと思える程で……。
「──痛っ!!」
指先の痛みで我に返った。見ると、ぷくっとした血の玉が徐々に大きくなる。
回想の余韻から、中々頭が抜け出せない白銀はそれをぼーっと眺めていると。
「何をしてるんだ、馬鹿者!!」
桔梗の声が近くで聞こえたかと思うと、いきなり手をとられた。
「──あっ……」
棘の刺さった指に口をつけ、桔梗はそのままちゅっと吸い上げる。
「んぅ……っ」
白銀の口から吐息のような声が漏れる。
桔梗の柔らかい唇は血を吸い上げてはそれを吐き出しを繰り返している。
白銀は顔が熱くなっていくのを感じていた。
息がうまくできない。桔梗の唇が指先に当たる度、白銀の身体の力が抜けていくようだった。
「命までは取らないが、この毒は早く抜かないと身体が痺れてくるんだ……これからは気を付け……」
白銀の腕が桔梗の背にまわされる。
腕に力を込めると、その身体は簡単に白銀の胸にすっぽりと収まった。
「し……ろがね……?」
いきなり抱きすくめられ、桔梗の頭は真っ白になった。
白銀の体臭が鼻をかすめる。嫌な匂いじゃない……むしろ……。
ドクンと心臓が鳴った。
慌てて両手を白銀の胸にあて身体を離そうとしたが、その力強さにびくともしない。かえって力を込められ、更に密着するかたちになってしまった。
「離してくれ……」
掠れた声で、そう言うのが精一杯だった。
「嫌だ」
耳元で小さく聞こえた声で、彼にも余裕が無いことがわかる。
白銀の心臓の音がする。鼓動が早い。きっと自分も同じだろうなと思った。
しばらくそのままの体勢でいた。たまに白銀が桔梗の髪に鼻を押し付けてくるのがくすぐったかった。
不意に抱き締める腕の力が抜ける。少し身体が離れると、白銀は両手で桔梗の頬を両側から包んだ。
自然と彼の顔を見上げる。
────なんて顔をしてるんだ。
今まで見せたことの無い表情。
切なさと緊張が入り交じったような顔は、じっと桔梗を見下ろしている。
ゆっくりと白銀の顔が近づいてきた。
頬を包む両手は震えていた。
唇同士が触れるまであと僅かという時だった。
「────っ!!」
桔梗の両手が白銀の身体を押し返した。
「ききょ……」
「駄目なんだっ!!」
押し返したまま、桔梗は顔を見られず下を向く。
「こんな事をしたら、別れが益々辛くなってしまう……」
「……別れって……俺、お前の傍にずっといるつもりだけど」
出会って間もない時に言っていた。
白銀が安心して暮らせる場所が見つかるまで同行すると。
桔梗はその事を言っているのだろうと白銀は思っていた。
「駄目だ……ずっと一緒には……いられない。お前は最初に言ったとおり自分の暮らせる場所を探すんだ」
白銀の胸から、桔梗の手が離れる。
「こういう事は、もう止めてくれ……」
桔梗は、集めた薬草の入った竹かごを抱えると、ひとり蒼龍の屋敷へと戻っていった。
「一緒に居られないって……何だよそれ……」
白銀は暫くその場で立ち尽くすしかできなかった。
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