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しおりを挟むその時も最初から険悪なわけじゃなかった。
抱きしめられて顔も見てないのに安心して、その腕を握り返すとふらつく身体を支えてくれる。
「何した……?」
「見えただろ、野暮なこと聞くなよ」
俺はゆっくりと顔をあげるが暗くてよく見えない。声の感じから当然怒ってはいるだろうけど抱きしめる腕は優しい。背を向けているせいで榊李恩の声だけが静かな駐車場に響いた。
「王子が遅いから今回俺はそいつを助けたんだぜ?酔ってこの寒空の下うずくまって寝始めたのを車に入れてやったんだ」
こればっかりは俺の不注意としか言いようがない。不意に抱きしめる腕が強くなった。それと同時に榊の香りがして、そういえばあいつのコートを羽織ったままだ。
「だからって人の物に手を出していい訳じゃないよ」
「そんなに睨むなよ。そそられるもんにキスの一つや二つ、お前だってさんざんやってきたことだろ」
「……はあ」
大きくため息をついた暮刃先輩は自分が着ていたコートを脱ぐと俺が肩にかけていた榊のコートを脱がして交換する。一瞬で香りが入れ替わり、ようやく落ち着く。
「返す」
投げ返すと一歩前に出た榊李恩が受け取る。肩にかけ怪しく笑った。
「可愛いなあ、お前のお姫様は。それに勘もいい」
失敗したかも。
あんまり突き詰めた話をするべきじゃなかった。
ないものねだりはおそらくあっている。
とにかく、頭は痛いしこんな格好だしこっ酷く怒られるのは覚悟しておこう、そしてちゃんと謝らないと。だからなるべく早く暮刃先輩と話がしたいんだけど今暮刃先輩の支えなしで立つこともままならない。
「今回は優が助けられた、それは感謝するよ……でも、2度と触るな」
俺の気持ちが伝わっているんじゃないかと思うくらい丁度良く、半分抱えられるような形で裏口へと歩き出す。
「王子に飽きたら俺のとここいよ、優夜」
「何言って….あり得な」
「いいから」
いちいち癪に触る言い方をするものだから、頭も痛いし少しやけになって言い返すとついに抱き上げられ強制的に連れて行かれる。ドアが閉まる直前まで榊李恩が面白そうに笑っていた。
屋内に入り冷たい風が途絶えてようやく震えが治まった。明るい通路でようやく暮刃先輩の顔がはっきりと見え、まだ当然いつもの笑顔はない。
連れて行かれたのは控え室のような所で他のスタッフが使う場所らしかった。備え付けのソファに下されると名前を呼ばれる。
「優」
「え」
突然顎を持ち上げられ、唇を服の袖でめちゃくちゃ拭かれる。
何これ、榊李恩菌除去か。
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