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第5話「どうしても南へ行きたいんだ…③『ヤツの狩りが始まった』」
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「うわあっ!」
「きゃあっ!」
最前列の運転席と助手席に座っていた伸田伸也と皆元静香が、ガソリンスタンドの爆発の閃光をフロントガラス越しに最初に目に浴び、真っ先に叫び声をあげた。
爆発炎上したガソリンスタンドは伸田達の乗る車から直線距離にして200mくらいだろうか…閃光の一瞬後、爆風が車に向かって押し寄せて来て、ワイパーで払い切れていないフロントガラスの雪を吹き飛ばした。
「ビシッ!」
飛んで来た何かの破片がフロントガラスに当たり、幸運にも粉々に割れはしなかったが、破片を中心としてガラスに蜘蛛の巣状にヒビが入った。もう一撃何かがぶつかれば、文字通り粉々になったフロントガラスは車内に飛び散ったに違いない。
「キャアッ!」
静香は頭を抱えて助手席に蹲り、運転席の伸田は静香を守ろうと彼女に覆い被さった。
「カンッ! カンカン!」
降り注いだ幾つもの破片が車の屋根に当たって音を上げる。
車内にいる6人全員が伏せた頭を両手で抱えていた。
車の停車している道路も爆発の振動で揺れていた。
伸田は、この男にしては賢明な判断で急ブレーキは踏まなかった。もし彼が急ブレーキを踏んでいたら、凍結した下り坂の路面で、車はスピンしてガードレールを突き破るか、崖に激突していたかも知れなかった。
伸田は慌てずにギアをチェンジして回転数を上げエンジンブレーキでスピードを落とし、フットブレーキはポンピングを多用したおかげで徐々に速度を落として山を下る急こう配のカーブを何とか乗り切って、ガソリンスタンドへの引き込み道路へと乗り入れる事が出来たのだ。
意外な事だが、何をやってもダメだと周りから言われ続ける伸田は、車の運転には非凡な才能を秘めていたのだ。この事は恋人の静香だけが知っていた。
「おい、大変だぜ! 警察…いや、消防に報せなきゃ!」
セカンドシートで恋人のエリを大きな身体で覆い隠していた幸田剛士がガバっと身を起こし、前方で突然生じた爆発を見ながら叫んだ。
「あんなの…僕、初めて見たよ…」
「私もよ… 怖いわ…」
サードシートでは須根尾骨延と恋人の山野ミチルが身体を寄せ合い、互いの手をしっかりと握りしめながら、茫然とした表情でつぶやいた。
「これで、ガソリンを補給出来なくなった。旅館まで、どうやってたどり着けばいいんだ…?」
身を起こした伸田が小さくつぶやいたのを聞いた恋人の静香が、スマホを握りしめて嗜める様に言った。
「ノビタさん! 何を呑気な事言ってるのよ! 今そんな事言ってる場合じゃないでしょ!
この爆発でガソリンスタンドで誰か人が死んでるかも知れないのよ。剛士さんが言った様に、急いで消防隊を呼ばなきゃ!」 そう言って静香はスマホで急いで119番にコールしようとしたが、液晶の通信状態を示す表示が『圏外』となっていた。
「さすがシズちゃんだな。俺は気ばかりあせって、分かっちゃいても実際に通報出来なかったけど…」
口でそう言いながらも、剛士は抱いていた恋人の水木エリの身体を擦り続けている。彼にとって今一番急を要するのは目の前の恋人、エリの事だった。
この時には、体育会系で元々身体の健康なエリはかなり回復し、低体温症のショック状態からも抜け出した様子だった。エリは自分を心配そうに見下ろしている剛士の顔を見上げ、まだ弱々しくだったが微笑んで見せた。
「ダメだわ、剛士さん… 私のスマホは『圏外』になってるし、ノビタさんのスマホも試してみたけど…同じキャリアの製品だからか、やっぱり『圏外』なのよ。剛士さんやスネオさんも確認してみて。」
静香が後ろの座席に座る者達を振り返って言った。
それを聞いた剛士は左手でエリの身体を擦り続けながら、右手で自分のスマホをポケットから取り出して確かめて見た。
「俺のもダメだ… 『圏外』になってる。お前達のはどうだ?」
剛士はそう言って、後ろの座席の二人の方を見て須根尾に尋ねた。そして、両手でのエリの身体のマッサージを再開する。
「僕とミチルのスマホもダメだよ。やっぱり山の中なのと、この吹雪が影響してるのかな…?」
須根尾が自分とミチルのスマホを両手で持ち、液晶画面を前の者達に向けて首を横に振った。
「そっか… ここ、結構山の中だからな…」
剛士がエリへのマッサージを続けながらつぶやいた。
そのエリが座り直して、マッサージを施してくれていた剛士の両手をそっと自分の身体からどけさせて言った。
「ありがとう、剛士。もういいわ。だいぶ気分が良くなったから。アタシ、服を着るわね。」
そう言って、まだ心配そうな表情の剛士の頬にキスをしたエリは、ヒッチハイカーと繰り広げた激しいセックスの最中、夢中で床に脱ぎ散らかしていた自分の衣服を拾い上げようと屈んだ。
「あら? このリュックって…」
「ん…? どうした、エリ?」
エリが怪訝そうにつぶやく声に、炎上するガソリンスタンドを見つめていた剛士が振り返った。 エリは足元に脱ぎ捨てていた服を身に着け始めていたが、それまで自分の服が被さって下に隠れるように置かれていた赤いリュックサックに気が付いたのだ。
「これって…? あの男の? ひっ! 何、このリュック! この赤黒い色って…ち、血じゃないの?」
そう言ったエリが恐ろしそうに、靴を履き終えた足で剛士の方へリュックを押しやった。
「お前、何言って… うっ…! 確かに、血の匂いと肉の腐ったような酷い匂いがしてやがる…」
形状や大きさは、男性というよりも女性向けのリュックのトップ部分の半分開いたスライドファスナーから、黒っぽい色をした道具の持ち手部分が外へ飛び出している。
「これ…確かにあのヒッチハイカーの持ち物だぜ。気味が悪いな… こんなの、窓から外へ放り出してやる。」
剛士がそう言った時だった。
「バーンッ!」
何かが上から車の屋根に落ちて来たのか、大きな衝撃音と共に、屋根の数か所が内側にたわみ、ボコッと飛び出して来た。 この車の屋根には乗員のスキー板等の荷物を固定するために装着されていた強固なルーフキャリアが補強となり、突然落ちて来た何かの衝撃で屋根全体が破壊される事は無かった。
「うわあっ!」
「な、何だ?」
「きゃあっ!」
「ギャギャギャーッ!」
車内にいた6人の男女が一斉に悲鳴を上げ、運転していた伸田が驚いてハンドルを切り損ねたため車は急激に蛇行したが、徐行に近い速度で坂道を下っていたので、なんとか伸田は車体をスピンさせずに元通りに立て直す事が出来た。
「お…おいっ! な、何か…上から車の屋根に落ちて来たぞ! 伸田! 車を発進させろ!」
剛士の叫び声に重なるようにして、車の屋根の上でガサゴソと何かが動く物音と振動が伝わって来る。
「な、何か…生き物が屋根に取り付いたんじゃ?」
「や、やめてよ! そんな、怖い!」
サードシートの須根尾と恋人のミチルが抱き合って震えながら口々に叫んだ。
「ブルルルンッ!」
伸田は残り少ないガソリンのために切っていたエンジンを再スタートさせた。
「みんな、しっかり掴まってて! 屋根の上に乗ったヤツを振り落とす!」
「ギャリリリーッ!」
伸田は車を急発進させると、すぐさまUターンして燃え盛るガソリンスタンドと逆方向の国道に向けて走り出した。
「うわっ!」
「うわわわーっ!」
「きゃああーっ!」
「ひぃーっ!」
車内の仲間達が上げる悲鳴には一切構わずに、伸田は路面の凍てついた国道に再び乗り入れると車をジグザグに走らせた。
「キキキキーッ!」
「おい、ノビタ! 無茶すんなよ!」
「そ、そうよ! ノビタさん!」
須根尾とミチルがサードシートから泣きそうな声で叫んだ。
「いや! か、構わねえから走り続けろ、ノビタ! お、俺が窓を開けて上を覗いてみる! ノビタ、何があっても絶対に車を止めるなよ。」
車内で一番勇敢な剛士が、自分の横の窓ガラスを開けようとした。
「あ、危ないよ… ジャイアンツ…」
「そうよ、剛士さん。やめて!」
最前列に座る伸田と静香が口々に言った。
「生き物だったら屋根から追い払わなきゃ、そのままにしてるのは危ねえだろ。
でも、何か突っつける棒みたいなもんはねえか…?」
そう言って皆に尋ねながら自分の足元を見た剛士は、先ほどエリの見つけた赤黒いリュックに目が留まった。リュックのファスナーから、中に納まりきらない何かの黒い持ち手部分が覗いている…
「これ、使えねえかな…?」
そうつぶやいた剛士は、リュックのトップ部分の半分開いたファスナーから覗いていた持ち手を掴んでリュックから引っ張り出した。
「な、何だ、こりゃあ!」
剛士がリュックから取り出したのは、刃渡り40㎝ほどもある変わった形状の刃をした山刀と呼ぶのが相応しい刃物だった。見たところ、重さからしてもズッシリとしてオモチャではなく本物の様である。
山刀の曲線を描いた形状の刃部分をジッと見つめた剛士は叫び声をあげた。
「うわ…こ、これ! 血だ! 血が付いてるぜ! それに、肉片と毛みたいなもんもこびり付いてやがるっ!
あのヒッチハイカーの野郎、これで何を切りやがったんだ…?」
剛士の発した大声に、運転する伸田以外の全員の目が彼の手にした山刀に吸いつけられた。チラッとだが、一瞬伸田もルームミラーで剛士の手に目をやった。
車内にいる6人全員の関心が不気味な刃物に移り、一時ではあったが、凍り付いた路面上での走行に対する恐怖と屋根の上の存在を忘れていた。
「ジャイアンツ… そ、それ…獣の体毛じゃないよ。人間の髪の毛みたいだ… って事は…」
サードシートから身を乗り出して山刀の刃部分を見つめた須根尾が、ガタガタ震えながら剛士に言った言葉の意味に思い当たった車内の全員が恐怖で震えあがった。
「ああ…アイツなら、この山刀をつかって人殺しくらい…やりかねねえな。」
剛士は震えながら、手に持った山刀を取り出したリュックに恐る恐る戻した。
「この気持ち悪い山刀とリュック… すぐにでも車から放り出したいところだけど、警察に届けた方がいいな。
何かの事件の証拠になるかもしれねえ。」
そう剛士がつぶやいた時だった…
「バリーンッ!」
突然、剛士の左横の窓ガラスが破裂するような音を立てて内側に割れ、破片が車内に飛び散った。
「うわっ!」
「きゃあああっ!」
驚愕の叫び声を上げながらも剛士はスポーツマンならではの持ち前の反射神経を発揮し、何が起こったか分からないまま左手に持っていたリュックで、自分と隣に座るエリの身体を飛び散るガラスの破片から庇おうと構えた。
すると次の瞬間、破られた窓の外から大きな手がヌッと車内に伸びて入って来たかと思うと、剛士が左手に持ったリュックをいきなり掴み、ひったくる様に強い力でグッと外へと引っ張った。
何者かに掴まれたリュックのショルダーハーネスが剛士の左手首に捲き付いまま、驚くほど強い力で窓の外へと引っ張られていった。
身長185㎝で体重100kgもある巨漢の剛士の身体が強い力で軽々と引きずられ、左腕を窓外に突き出した姿勢のまま勢いよくドアにぶつかった。
「ガッシーン!」
「痛えっ!」
剛士が苦痛の叫び声を上げた。
「ジャイアンツ! そのリュックを放すんだよ!」
サードシートから身を乗り出した須根尾が、引っ張られる剛士の身体にしがみついて大声で叫んだ。隣に座る小柄なミチルが健気にも須根尾の身体に抱きついて踏ん張っている。
「スネオ! みんなっ! 助けてくれえっ! 腕を掴まれたんだ! 引っ張られるっ!」
剛士の隣に座るエリも、恋人を渡してなるものかと剛士の身体に抱きついて自分の方へと引っ張る。慌ててシートベルトを外し助手席から後ろ向きに身を乗り出した静香も、剛士の身体を引き出されないように必死にしがみついた。
「バツンッ!」
「うぎゃあーっ!」
何が起こったのか、気味の悪い音が聞こえたのに引き続き、けたたましい悲鳴を上げた剛士の身体が外部から引っ張られる力を突然失い、仲間達に引き戻され勢いよく反対側に座るエリの身体の上に倒れ込んだ。
「た、助かったね、ジャイ…」
須根尾が剛士に声を掛けようとした時だった。
「ぎぃやああーっ! 俺の…俺の左手があっ!」
車内に倒れ込んだ剛士は右手で自分の左前腕部を押さえ、セカンドシート上でエリの身体に重なって喚き散らしながらのたうち回っている。
「おい、ジャイアンツ! そ、その腕!」
須根尾が指さした剛士の左手首から血が噴き出していたが、そこから先にあるべきはずの左手が無くなっていた。着ていた服の袖ごと鋭利な刃物でスパッと切断された様な状態だった。
切断された左手首を押さえる剛士の右手の指の間から、押さえ切れずに迸った真っ赤な血が噴水の様に車内に降り注いだ!
転げ回る剛士の左腕から噴き出す血の雨が、下敷きになっているエリに豪雨の様に降り注ぐ。見る見るうちに剛士もエリも血だるまになっていく。
「キャーッ! 何? 何なのよコレ? 剛士っ! 冗談やめてよっ!」
「きゃあーっ!」
「剛士君!」
「ス、スネオ! とにかく、ジャイアンツの左手を止血しろ! そのままじゃ失血で死んじまうぞ!」
セカンドシートで生じた凄惨な光景に、恐怖の悲鳴を上げる静香とミチルの声を遮るように、伸田がルームミラーに映る須根尾に向かって大声で叫んだ。
「分かった!」
そう叫んで須根尾が、キョロキョロと止血するための布などを探した。
「スネオさん、これ使って!」
助手席から静香が叫んで、自分の膝にかけていたブランケットを剛士の身体に被せた。須根尾がそれを剛士の切断された左手首に被せ、自分のズボンから引き抜いたベルトを使って左上腕部をきつく縛って圧迫し、応急の止血処置を施した。
切断された手首に被せたブランケットの色が、すぐに血を吸って真っ赤に染まっていく。
エリと重なったまま、のたうち回っていた剛士の身体の動きは止まったが、今度は引き攣った様な痙攣を起こし始めていた。
腕の切断面から吹き出す血の噴水は止まったが、エリも須根尾も剛士の血を浴びて顔も身体も血まみれとなっていた。
「ダメだ、ノビタ! ジャイアンツの身体がショック状態を起こして痙攣してる。どんどん身体から体温が下がっていくみたいだ。早く病院に連れて行かなくちゃ!」
そう叫ぶ須根尾に伸田も叫び返す。
「分かってるさ、そんな事! でも、まだ何かが屋根の上にいるんだよ!」
伸田の訴える叫び声に全員が恐怖した。そうだった… 屋根に取り付き、破れた窓から突き出していた剛士の左手首を無残にも切断した何者か… スパッと一刀の元に切断された剛士の左手首の切り口からして、熊などの野生の動物では有り得なかった。
屋根に飛び乗った人間の何者かが鋭い刃物で手首を切断したのだろうと、車内の全員に容易に想像がついた。
恐らく切断には、剛士が車外に捨てようとしたリュックに入っていた山刀を用いたのだろう…そいつは何者か…? 答は簡単だった。リュックの持ち主… 全員の頭に共通して浮かんだそいつの姿があった。
「あのヒッチハイカーだわ! きっと、リュックを取り返しに来たのよ!」
痙攣する剛士の身体を抱きしめているエリが金切り声で叫んだ。破られた窓から吹き込む吹雪を伴った風の唸るような音に、大声で叫ばなければ他の者の耳に聞こえないのだ。
「みんな! 何かに掴まってろ! アイツを屋根から振り落とす!」
伸田はそう叫ぶとハンドルを左右に切って蛇行運転を始めた。剛士を除いた全員がシートベルトを掛け、座席を力を入れて掴む。剛士の身体はセカンドシートの足元に転がした。
ときおり、蛇行する車の屋根の端に上に乗った何者かの車にしがみつく手や靴の先が見え隠れした。
普段は仲間からグズでノロマと言われる伸田だったが、車の運転だけは素晴らしいテクニックを発揮した。凍結した山道での命がけの運転だった。自分を含めた6人の命が懸かっているのだ。伸田は歯を食いしばりながら必死で運転を続けた。
「ドンッ!」
大きな音を立てて、伸田の目の前のフロントガラスに何かが叩きつけられてズルズルと滑り落ち、右のワイパーに引っかかって一緒に動き出す。と同時に、物体から出た真っ赤な液体がワイパーの動きにつれてフロントガラスに塗りつけられていく。
「キャアーッ!」
伸田よりも先に、ワイパーに止まった物体の正体を認識した静香が叫び声を上げた。
「うわあっ! て、手だっ!」
静香に引き続き、伸田も叫ぶ。
ワイパーに引っかかってフロントガラス上を一緒に動いているのは、切断された剛士の左手だった。曲がったまま硬直した指先がワイパー引っかかっているのだ。
伸田は蛇行運転を続けながらワイパーの動きを一旦止め、もう一度『最強』の速さで動かした。すると、引っかかっていた指先がようやく外れ、振り落とされた剛士の左手は車の左後方の吹雪の中に飛ばされて消えて行った。
ワイパーの動きでフロントガラスに塗りたくられて広がった血が拭われていくが、すでに血の大部分がカチカチに凍結していたのですぐには拭い切れなかった。
「ダメだ… もうガソリンが無い。Eランプ(エンプティランプ)が点灯し始めた。まだ完全に走れなくなったわけじゃ無いけど、旅館までは到底たどり着けないし、あの爆発したガソリンスタンド以外の給油所まで行くのも絶対に無理だ。ロードサービスどころか、俺達には助けを呼ぶ手段も無い…」
運転者の伸田が絶望的なつぶやきを漏らした。もちろん他の者達には聞こえない様に小さな声でである。こんな状況で、恐怖に怯えている仲間達に更なる不安を追加する事など彼には出来なかったのだ。
だが、隣りの助手席に座る静香は伸田のつぶやきを聞き逃さなかった。
「ノビタさん… お願いよ、そんな事言わないで…」
「ごめんよ、シズちゃん。とにかく、もう一度あの燃えてるガソリンスタンドに向かってみよう。そのうち、必ず消防や警察が来るはずだ。それに…このままエンジンが停止したら、みんな凍えてしまう。
特にジャイアンツが失血で危ない。火の傍なら、取りあえず凍える事は避けられるだろうし、スタンドで何か通信手段も見つかるかもしれない。」
伸田は車内のみんなにそう告げた。
「僕はノビタに賛成だよ。車の事はお前に任せる。とにかく、早くジャイアンツを病院に連れて行かなきゃ…」
そう言いながら須根尾は少しでも吹雪の侵入を防ぐために、応急処置として割られた窓を車に積んであったビニールシートとガムテープで塞いでいる。 気を失っている剛士の身体はブランケットや毛布でくるんだ上に、エリが少しでも温めようと自分の身体を密着させて抱きしめていた。
「バリーンッ!」
「キャアーッ! 助けて! スネオ君!」
今度は後部ドアのリアガラスが外から叩き割られ、サードシートに座っていたミチルの細い首が侵入して来た大きな手に掴まった。
「ぐえっ、た…助…けて…」
苦しそうな声で隣にいる恋人の須根尾助けを求めながら、小柄なミチルの身体がガラスを割られたリアウィンドーから外へと引きずり出されていく。
ミチルは自分の首を掴む大きな手を左手の爪で搔きむしりながら、右手を恋人の須根尾に向けて必死に伸ばした。思い切りバタつかせて空を蹴り続けるミチルの左足から履いていた靴が脱げ落ちて飛んた。
「うわあっ! ミチルーッ! ミチルを離せーっ!」
ミチルの上半身はすでに窓の外に引きずり出された。セカンドシートにいた須根尾がサードシートに戻り、必死にてミチルの暴れる脚に縋り付く。須根尾は恋人ミチルの両脚を自分の両腕でかかえ込み、両足で座席を踏ん張って必死で引き戻そうとする。
それはまるで、ミチルの身体を使った綱引きの様なものだったが、右腕一本だけでミチルを引っ張る力に全身の力を込めて抗おうとする須根尾の必死の抵抗も全く通用しないのだ。ミチルと共にどんどん引きずられていく。
「うわああー! 助けてくれっ! ノビター!」
「スネオーッ!」
「スネオさん!」
「スネオ君っ!」
剛士を除いた伸田に静香、それにエリの3人が須根尾の名を必死に叫ぶ。
だが仲間達の叫びも空しく、ミチルの身体はすでに車外へと消え、今では須根尾の胸までがリアウィンドーの外へと引きずり出されていた。
「バツンッ!」
胸まで外に出ていた須根尾の身体が気味の悪い音と共に一度大きく弾んだかと思うと、不思議な事に引きずり出されていく動きが止まり、代わりに車内に残ったままの須根尾の身体が激しく痙攣し始めた。
しかし、その痙攣も十数秒ほど続くと止まり、それからは全く動かなくなった。
「おい、スネオ! どうした⁉ ミチルちゃんは?」
伸田が車を走らせながらルームミラーに映る須根尾の身体に呼びかける。しかし、須根尾からの返事は無く…身体もピクリとも動く事は無かった…
「ノビタさん、私が見てくる! エリちゃんは剛士さんとそのままにしてて。」
意を決した静香が、助手席からセカンドシートを越えてサードシートまで移った。そこにはミチルの姿はすでに無く、胸から上を外に出した須根尾のぐったりとして動かない身体があるだけだった。
「スネオさん… ねえ、スネオさんってば!」
静香が須根尾の身体に手を掛けて、外に出ていた胸から上の部分を引き戻しにかかる。男としては小柄だとは言っても、動かない須根尾の身体は静香にはとても重く感じられた。
強く引き、やっと須根尾の身体を車内へ引き戻した静香が、この世のものと思えないほどの叫び声を上げた。
「ぎゃああーっ! ひいいぃーっ!」
驚いた伸田がルームミラーで覗いた時には、叫び声を上げた静香が意識を失ったのか、サードシートに倒れるところだった…
「おい! シズちゃん! どうしたんだよ⁉ エリちゃん、頼むよ! シズちゃんを見てやって!」 そう言った伸田がルームミラーに映るエリの方を見た時、すでに剛士の身体をセカンドシートに静かに横たえたエリは、サードシートに身を乗り出して静香の様子を覗き込んでいた。
そして、エリが凍り付いた様に動きを止めたままなのを、伸田が不審に思った次の瞬間…
「うげええーっ!」
突然身体を二つ折りにしたエリが、サードシートの床に向けて激しく嘔吐した。そして、そのまま何度も吐き続けた。
「どうしたんだよ、エリちゃんまで!
いったい何が起きたんだよ⁉ 落ち着いて話してくれ!」
時折りルームミラーで後方を見て運転を続けながら、何が何だか分からない伸田はイラついた叫び声を上げた。
ようやく吐き気が収まったのか、エリが蒼白な顔に涙を流しながら伸田に向かってつぶやいた。
「うう… ノビちゃん… スネオ君のく、首が… うえっ!」
エリにまた吐き気が襲ってきた様だった。
「スネオの首が…? どうしたんだよ? しっかりしろ!」
伸田がエリを叱咤しながら先を促す。
「ううう… スネオ君の… 首が無いの… おええっ!」
エリはそこまで言うと、また吐き始めた。だが、もう胃液以外に吐く物など残っていないだろう…
「スネオの? 首が無い…? そんな…」
伸田は目の前が真っ暗になった。
剛士の左手首の切断に続いてミチルがさらわれ、そして今度は須根尾が首を切断されて殺された…
「何てこった… 畜生! いったい、俺達が何したってんだよ… みんな…俺の大事な親友達なんだぞ…
くっそおおおおーっ!」
伸田は親友達の身に起こった不幸を思って泣きながら叫んだ。
須根尾には、剛士と一緒に小さい頃からよくいじめられた。でも、自分と静香を合わせた4人はずっと親友だった。みんなのマドンナである静香を射止めた自分を、剛士も須根尾も何やかや言いながら結局は祝福してくれたのだった。
「ノビタさん! しっかりして! ねえ、何か聞こえない? あれ…ミチルちゃんの泣き声じゃないかしら!」
伸田が親友を思って泣いている間に、いつの間にか静香が意識を取り戻していたのだ。
しかも驚いた事に、彼女は気丈にも首を切断された須根尾の遺体をサードシートの座席に座らせてシートベルトを掛けて固定し、予備のブランケットで首の無くなった遺体の上半身を覆ってやっていた。
自分にとっても幼少時からの親友の死で彼女自身もショックを受けているだろうに、静香はそれだけの事を一人でやってのけたのだった。何という精神力と死者に対する慈愛に満ちた行動力だろうか…
セカンドシートに戻ったエリは、剛士の身体を抱きしめて震えていた。
須根尾の遺体の処置を終えた静香が、助手席に座り直してシートベルトを掛けながら伸田に対して話しかけてきたのだった。
「ご、ごめんよ…シズちゃん。全部君にやらせちゃって…
それで、何だって…? ミチルちゃんの泣き声? じゃあ、彼女はまだ生きてるのか?」
伸田が横目で静香を見ながら、希望を込めた声で聞いた。須根尾を失った今、彼の恋人であるミチルだけでも助かってくれたなら…車内の誰もがそう思った。
「ええ… 吹雪の音に混じって、何か『パン、パンッ、パンッ!』ていう音と、ミチルちゃんの泣き声か呻くような声が聞こえた気がしたんだけど…」
はっきりとした自信が無いのか、愛らしい眉間にしわを寄せた静香は首を捻りながら言った。
「いや、シズちゃん… アタシにも聞こえたよ。
あれは、この車の屋根の上で…スネオ君を殺したケダモノ野郎が、ミチルの事を犯してやがるんだ! アイツの、あのでっかいチンポでミチルが犯されて泣いてるんだ…」
さっきまで狂ったように、その男と性交を繰り返していたエリが言うのだから現実味があった。二人の女性が聞いているのだ、気のせいで片付ける訳にはいかなかった。。
「何て事を… アイツは狂ってる。アイツは邪魔な男は虫けらのように殺して、女は誰かれ構わず犯さないと気が済まないのか…?
アイツ…まさか、俺達の事を狩りの獲物か何かだと思ってるんじゃ…」
恋人である伸田のつぶやきを聞いた静香は、防寒着の上着の上から自分自身を抱きしめるようにしてガタガタと震え始めた。もちろん、それは寒さのためだけでは無かった。
「大丈夫だよ、シズちゃん… 大事な君を、あんな狂ったケダモノの好きにさせてたまるか!」
伸田が、静香勇気づける様に自分の決意を口にした時だった。
「バンッ!」
「うわ!」
「今度は何⁉」
鈍い衝撃音と共に、フロントガラスの上部に逆さまになったミチルの顔がへばりついた。その顔の両脇にだらりと垂れ下がった両手がフロントガラスを掻きむしっていた。かわいそうに全ての爪が剥がれて血まみれになった指先でミチルが掻きむしるため、蜘蛛の巣状にヒビの走ったフロントガラスは血でヌルヌルになり視界がさらに悪くなった。それだけでは無く、フロントガラスに張り付いたミチルの顔や両腕で前方の視界は惨憺たる状態となっているのだ。
「パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!」
ミチルの身体は逆さまにぶら下げられたまま、背後からヒッチハイカーに犯され続けているのだろう…男にピストンで激しく突かれる度に、フロントガラスから見えている彼女の顔や手もガクンガクンと大きく跳ねていた。その度にミチルの顔がフロントガラスにベタンベタンと叩きつけられる。
声は聞こえないが、彼女の口元が血の混じったヨダレを流しながら何かを訴えかける様に動いていた…
「た・す・け・て… ミチルちゃん、そう言ってるのよ!」
静香が泣きながら自分の両手を前に伸ばして、フロントガラス越しにガラス上を跳ね動くミチルの顔を指でなぞった。
「アイツを振り落とせば、ミチルちゃんまで凍った路面に叩きつけられる… どうすればいい…? 教えてくれ、スネオ…」
伸田はルームミラーでサードシートに固定された首の無い須根尾の遺体を見て、祈る様につぶやいた。
【次回に続く…】
「きゃあっ!」
最前列の運転席と助手席に座っていた伸田伸也と皆元静香が、ガソリンスタンドの爆発の閃光をフロントガラス越しに最初に目に浴び、真っ先に叫び声をあげた。
爆発炎上したガソリンスタンドは伸田達の乗る車から直線距離にして200mくらいだろうか…閃光の一瞬後、爆風が車に向かって押し寄せて来て、ワイパーで払い切れていないフロントガラスの雪を吹き飛ばした。
「ビシッ!」
飛んで来た何かの破片がフロントガラスに当たり、幸運にも粉々に割れはしなかったが、破片を中心としてガラスに蜘蛛の巣状にヒビが入った。もう一撃何かがぶつかれば、文字通り粉々になったフロントガラスは車内に飛び散ったに違いない。
「キャアッ!」
静香は頭を抱えて助手席に蹲り、運転席の伸田は静香を守ろうと彼女に覆い被さった。
「カンッ! カンカン!」
降り注いだ幾つもの破片が車の屋根に当たって音を上げる。
車内にいる6人全員が伏せた頭を両手で抱えていた。
車の停車している道路も爆発の振動で揺れていた。
伸田は、この男にしては賢明な判断で急ブレーキは踏まなかった。もし彼が急ブレーキを踏んでいたら、凍結した下り坂の路面で、車はスピンしてガードレールを突き破るか、崖に激突していたかも知れなかった。
伸田は慌てずにギアをチェンジして回転数を上げエンジンブレーキでスピードを落とし、フットブレーキはポンピングを多用したおかげで徐々に速度を落として山を下る急こう配のカーブを何とか乗り切って、ガソリンスタンドへの引き込み道路へと乗り入れる事が出来たのだ。
意外な事だが、何をやってもダメだと周りから言われ続ける伸田は、車の運転には非凡な才能を秘めていたのだ。この事は恋人の静香だけが知っていた。
「おい、大変だぜ! 警察…いや、消防に報せなきゃ!」
セカンドシートで恋人のエリを大きな身体で覆い隠していた幸田剛士がガバっと身を起こし、前方で突然生じた爆発を見ながら叫んだ。
「あんなの…僕、初めて見たよ…」
「私もよ… 怖いわ…」
サードシートでは須根尾骨延と恋人の山野ミチルが身体を寄せ合い、互いの手をしっかりと握りしめながら、茫然とした表情でつぶやいた。
「これで、ガソリンを補給出来なくなった。旅館まで、どうやってたどり着けばいいんだ…?」
身を起こした伸田が小さくつぶやいたのを聞いた恋人の静香が、スマホを握りしめて嗜める様に言った。
「ノビタさん! 何を呑気な事言ってるのよ! 今そんな事言ってる場合じゃないでしょ!
この爆発でガソリンスタンドで誰か人が死んでるかも知れないのよ。剛士さんが言った様に、急いで消防隊を呼ばなきゃ!」 そう言って静香はスマホで急いで119番にコールしようとしたが、液晶の通信状態を示す表示が『圏外』となっていた。
「さすがシズちゃんだな。俺は気ばかりあせって、分かっちゃいても実際に通報出来なかったけど…」
口でそう言いながらも、剛士は抱いていた恋人の水木エリの身体を擦り続けている。彼にとって今一番急を要するのは目の前の恋人、エリの事だった。
この時には、体育会系で元々身体の健康なエリはかなり回復し、低体温症のショック状態からも抜け出した様子だった。エリは自分を心配そうに見下ろしている剛士の顔を見上げ、まだ弱々しくだったが微笑んで見せた。
「ダメだわ、剛士さん… 私のスマホは『圏外』になってるし、ノビタさんのスマホも試してみたけど…同じキャリアの製品だからか、やっぱり『圏外』なのよ。剛士さんやスネオさんも確認してみて。」
静香が後ろの座席に座る者達を振り返って言った。
それを聞いた剛士は左手でエリの身体を擦り続けながら、右手で自分のスマホをポケットから取り出して確かめて見た。
「俺のもダメだ… 『圏外』になってる。お前達のはどうだ?」
剛士はそう言って、後ろの座席の二人の方を見て須根尾に尋ねた。そして、両手でのエリの身体のマッサージを再開する。
「僕とミチルのスマホもダメだよ。やっぱり山の中なのと、この吹雪が影響してるのかな…?」
須根尾が自分とミチルのスマホを両手で持ち、液晶画面を前の者達に向けて首を横に振った。
「そっか… ここ、結構山の中だからな…」
剛士がエリへのマッサージを続けながらつぶやいた。
そのエリが座り直して、マッサージを施してくれていた剛士の両手をそっと自分の身体からどけさせて言った。
「ありがとう、剛士。もういいわ。だいぶ気分が良くなったから。アタシ、服を着るわね。」
そう言って、まだ心配そうな表情の剛士の頬にキスをしたエリは、ヒッチハイカーと繰り広げた激しいセックスの最中、夢中で床に脱ぎ散らかしていた自分の衣服を拾い上げようと屈んだ。
「あら? このリュックって…」
「ん…? どうした、エリ?」
エリが怪訝そうにつぶやく声に、炎上するガソリンスタンドを見つめていた剛士が振り返った。 エリは足元に脱ぎ捨てていた服を身に着け始めていたが、それまで自分の服が被さって下に隠れるように置かれていた赤いリュックサックに気が付いたのだ。
「これって…? あの男の? ひっ! 何、このリュック! この赤黒い色って…ち、血じゃないの?」
そう言ったエリが恐ろしそうに、靴を履き終えた足で剛士の方へリュックを押しやった。
「お前、何言って… うっ…! 確かに、血の匂いと肉の腐ったような酷い匂いがしてやがる…」
形状や大きさは、男性というよりも女性向けのリュックのトップ部分の半分開いたスライドファスナーから、黒っぽい色をした道具の持ち手部分が外へ飛び出している。
「これ…確かにあのヒッチハイカーの持ち物だぜ。気味が悪いな… こんなの、窓から外へ放り出してやる。」
剛士がそう言った時だった。
「バーンッ!」
何かが上から車の屋根に落ちて来たのか、大きな衝撃音と共に、屋根の数か所が内側にたわみ、ボコッと飛び出して来た。 この車の屋根には乗員のスキー板等の荷物を固定するために装着されていた強固なルーフキャリアが補強となり、突然落ちて来た何かの衝撃で屋根全体が破壊される事は無かった。
「うわあっ!」
「な、何だ?」
「きゃあっ!」
「ギャギャギャーッ!」
車内にいた6人の男女が一斉に悲鳴を上げ、運転していた伸田が驚いてハンドルを切り損ねたため車は急激に蛇行したが、徐行に近い速度で坂道を下っていたので、なんとか伸田は車体をスピンさせずに元通りに立て直す事が出来た。
「お…おいっ! な、何か…上から車の屋根に落ちて来たぞ! 伸田! 車を発進させろ!」
剛士の叫び声に重なるようにして、車の屋根の上でガサゴソと何かが動く物音と振動が伝わって来る。
「な、何か…生き物が屋根に取り付いたんじゃ?」
「や、やめてよ! そんな、怖い!」
サードシートの須根尾と恋人のミチルが抱き合って震えながら口々に叫んだ。
「ブルルルンッ!」
伸田は残り少ないガソリンのために切っていたエンジンを再スタートさせた。
「みんな、しっかり掴まってて! 屋根の上に乗ったヤツを振り落とす!」
「ギャリリリーッ!」
伸田は車を急発進させると、すぐさまUターンして燃え盛るガソリンスタンドと逆方向の国道に向けて走り出した。
「うわっ!」
「うわわわーっ!」
「きゃああーっ!」
「ひぃーっ!」
車内の仲間達が上げる悲鳴には一切構わずに、伸田は路面の凍てついた国道に再び乗り入れると車をジグザグに走らせた。
「キキキキーッ!」
「おい、ノビタ! 無茶すんなよ!」
「そ、そうよ! ノビタさん!」
須根尾とミチルがサードシートから泣きそうな声で叫んだ。
「いや! か、構わねえから走り続けろ、ノビタ! お、俺が窓を開けて上を覗いてみる! ノビタ、何があっても絶対に車を止めるなよ。」
車内で一番勇敢な剛士が、自分の横の窓ガラスを開けようとした。
「あ、危ないよ… ジャイアンツ…」
「そうよ、剛士さん。やめて!」
最前列に座る伸田と静香が口々に言った。
「生き物だったら屋根から追い払わなきゃ、そのままにしてるのは危ねえだろ。
でも、何か突っつける棒みたいなもんはねえか…?」
そう言って皆に尋ねながら自分の足元を見た剛士は、先ほどエリの見つけた赤黒いリュックに目が留まった。リュックのファスナーから、中に納まりきらない何かの黒い持ち手部分が覗いている…
「これ、使えねえかな…?」
そうつぶやいた剛士は、リュックのトップ部分の半分開いたファスナーから覗いていた持ち手を掴んでリュックから引っ張り出した。
「な、何だ、こりゃあ!」
剛士がリュックから取り出したのは、刃渡り40㎝ほどもある変わった形状の刃をした山刀と呼ぶのが相応しい刃物だった。見たところ、重さからしてもズッシリとしてオモチャではなく本物の様である。
山刀の曲線を描いた形状の刃部分をジッと見つめた剛士は叫び声をあげた。
「うわ…こ、これ! 血だ! 血が付いてるぜ! それに、肉片と毛みたいなもんもこびり付いてやがるっ!
あのヒッチハイカーの野郎、これで何を切りやがったんだ…?」
剛士の発した大声に、運転する伸田以外の全員の目が彼の手にした山刀に吸いつけられた。チラッとだが、一瞬伸田もルームミラーで剛士の手に目をやった。
車内にいる6人全員の関心が不気味な刃物に移り、一時ではあったが、凍り付いた路面上での走行に対する恐怖と屋根の上の存在を忘れていた。
「ジャイアンツ… そ、それ…獣の体毛じゃないよ。人間の髪の毛みたいだ… って事は…」
サードシートから身を乗り出して山刀の刃部分を見つめた須根尾が、ガタガタ震えながら剛士に言った言葉の意味に思い当たった車内の全員が恐怖で震えあがった。
「ああ…アイツなら、この山刀をつかって人殺しくらい…やりかねねえな。」
剛士は震えながら、手に持った山刀を取り出したリュックに恐る恐る戻した。
「この気持ち悪い山刀とリュック… すぐにでも車から放り出したいところだけど、警察に届けた方がいいな。
何かの事件の証拠になるかもしれねえ。」
そう剛士がつぶやいた時だった…
「バリーンッ!」
突然、剛士の左横の窓ガラスが破裂するような音を立てて内側に割れ、破片が車内に飛び散った。
「うわっ!」
「きゃあああっ!」
驚愕の叫び声を上げながらも剛士はスポーツマンならではの持ち前の反射神経を発揮し、何が起こったか分からないまま左手に持っていたリュックで、自分と隣に座るエリの身体を飛び散るガラスの破片から庇おうと構えた。
すると次の瞬間、破られた窓の外から大きな手がヌッと車内に伸びて入って来たかと思うと、剛士が左手に持ったリュックをいきなり掴み、ひったくる様に強い力でグッと外へと引っ張った。
何者かに掴まれたリュックのショルダーハーネスが剛士の左手首に捲き付いまま、驚くほど強い力で窓の外へと引っ張られていった。
身長185㎝で体重100kgもある巨漢の剛士の身体が強い力で軽々と引きずられ、左腕を窓外に突き出した姿勢のまま勢いよくドアにぶつかった。
「ガッシーン!」
「痛えっ!」
剛士が苦痛の叫び声を上げた。
「ジャイアンツ! そのリュックを放すんだよ!」
サードシートから身を乗り出した須根尾が、引っ張られる剛士の身体にしがみついて大声で叫んだ。隣に座る小柄なミチルが健気にも須根尾の身体に抱きついて踏ん張っている。
「スネオ! みんなっ! 助けてくれえっ! 腕を掴まれたんだ! 引っ張られるっ!」
剛士の隣に座るエリも、恋人を渡してなるものかと剛士の身体に抱きついて自分の方へと引っ張る。慌ててシートベルトを外し助手席から後ろ向きに身を乗り出した静香も、剛士の身体を引き出されないように必死にしがみついた。
「バツンッ!」
「うぎゃあーっ!」
何が起こったのか、気味の悪い音が聞こえたのに引き続き、けたたましい悲鳴を上げた剛士の身体が外部から引っ張られる力を突然失い、仲間達に引き戻され勢いよく反対側に座るエリの身体の上に倒れ込んだ。
「た、助かったね、ジャイ…」
須根尾が剛士に声を掛けようとした時だった。
「ぎぃやああーっ! 俺の…俺の左手があっ!」
車内に倒れ込んだ剛士は右手で自分の左前腕部を押さえ、セカンドシート上でエリの身体に重なって喚き散らしながらのたうち回っている。
「おい、ジャイアンツ! そ、その腕!」
須根尾が指さした剛士の左手首から血が噴き出していたが、そこから先にあるべきはずの左手が無くなっていた。着ていた服の袖ごと鋭利な刃物でスパッと切断された様な状態だった。
切断された左手首を押さえる剛士の右手の指の間から、押さえ切れずに迸った真っ赤な血が噴水の様に車内に降り注いだ!
転げ回る剛士の左腕から噴き出す血の雨が、下敷きになっているエリに豪雨の様に降り注ぐ。見る見るうちに剛士もエリも血だるまになっていく。
「キャーッ! 何? 何なのよコレ? 剛士っ! 冗談やめてよっ!」
「きゃあーっ!」
「剛士君!」
「ス、スネオ! とにかく、ジャイアンツの左手を止血しろ! そのままじゃ失血で死んじまうぞ!」
セカンドシートで生じた凄惨な光景に、恐怖の悲鳴を上げる静香とミチルの声を遮るように、伸田がルームミラーに映る須根尾に向かって大声で叫んだ。
「分かった!」
そう叫んで須根尾が、キョロキョロと止血するための布などを探した。
「スネオさん、これ使って!」
助手席から静香が叫んで、自分の膝にかけていたブランケットを剛士の身体に被せた。須根尾がそれを剛士の切断された左手首に被せ、自分のズボンから引き抜いたベルトを使って左上腕部をきつく縛って圧迫し、応急の止血処置を施した。
切断された手首に被せたブランケットの色が、すぐに血を吸って真っ赤に染まっていく。
エリと重なったまま、のたうち回っていた剛士の身体の動きは止まったが、今度は引き攣った様な痙攣を起こし始めていた。
腕の切断面から吹き出す血の噴水は止まったが、エリも須根尾も剛士の血を浴びて顔も身体も血まみれとなっていた。
「ダメだ、ノビタ! ジャイアンツの身体がショック状態を起こして痙攣してる。どんどん身体から体温が下がっていくみたいだ。早く病院に連れて行かなくちゃ!」
そう叫ぶ須根尾に伸田も叫び返す。
「分かってるさ、そんな事! でも、まだ何かが屋根の上にいるんだよ!」
伸田の訴える叫び声に全員が恐怖した。そうだった… 屋根に取り付き、破れた窓から突き出していた剛士の左手首を無残にも切断した何者か… スパッと一刀の元に切断された剛士の左手首の切り口からして、熊などの野生の動物では有り得なかった。
屋根に飛び乗った人間の何者かが鋭い刃物で手首を切断したのだろうと、車内の全員に容易に想像がついた。
恐らく切断には、剛士が車外に捨てようとしたリュックに入っていた山刀を用いたのだろう…そいつは何者か…? 答は簡単だった。リュックの持ち主… 全員の頭に共通して浮かんだそいつの姿があった。
「あのヒッチハイカーだわ! きっと、リュックを取り返しに来たのよ!」
痙攣する剛士の身体を抱きしめているエリが金切り声で叫んだ。破られた窓から吹き込む吹雪を伴った風の唸るような音に、大声で叫ばなければ他の者の耳に聞こえないのだ。
「みんな! 何かに掴まってろ! アイツを屋根から振り落とす!」
伸田はそう叫ぶとハンドルを左右に切って蛇行運転を始めた。剛士を除いた全員がシートベルトを掛け、座席を力を入れて掴む。剛士の身体はセカンドシートの足元に転がした。
ときおり、蛇行する車の屋根の端に上に乗った何者かの車にしがみつく手や靴の先が見え隠れした。
普段は仲間からグズでノロマと言われる伸田だったが、車の運転だけは素晴らしいテクニックを発揮した。凍結した山道での命がけの運転だった。自分を含めた6人の命が懸かっているのだ。伸田は歯を食いしばりながら必死で運転を続けた。
「ドンッ!」
大きな音を立てて、伸田の目の前のフロントガラスに何かが叩きつけられてズルズルと滑り落ち、右のワイパーに引っかかって一緒に動き出す。と同時に、物体から出た真っ赤な液体がワイパーの動きにつれてフロントガラスに塗りつけられていく。
「キャアーッ!」
伸田よりも先に、ワイパーに止まった物体の正体を認識した静香が叫び声を上げた。
「うわあっ! て、手だっ!」
静香に引き続き、伸田も叫ぶ。
ワイパーに引っかかってフロントガラス上を一緒に動いているのは、切断された剛士の左手だった。曲がったまま硬直した指先がワイパー引っかかっているのだ。
伸田は蛇行運転を続けながらワイパーの動きを一旦止め、もう一度『最強』の速さで動かした。すると、引っかかっていた指先がようやく外れ、振り落とされた剛士の左手は車の左後方の吹雪の中に飛ばされて消えて行った。
ワイパーの動きでフロントガラスに塗りたくられて広がった血が拭われていくが、すでに血の大部分がカチカチに凍結していたのですぐには拭い切れなかった。
「ダメだ… もうガソリンが無い。Eランプ(エンプティランプ)が点灯し始めた。まだ完全に走れなくなったわけじゃ無いけど、旅館までは到底たどり着けないし、あの爆発したガソリンスタンド以外の給油所まで行くのも絶対に無理だ。ロードサービスどころか、俺達には助けを呼ぶ手段も無い…」
運転者の伸田が絶望的なつぶやきを漏らした。もちろん他の者達には聞こえない様に小さな声でである。こんな状況で、恐怖に怯えている仲間達に更なる不安を追加する事など彼には出来なかったのだ。
だが、隣りの助手席に座る静香は伸田のつぶやきを聞き逃さなかった。
「ノビタさん… お願いよ、そんな事言わないで…」
「ごめんよ、シズちゃん。とにかく、もう一度あの燃えてるガソリンスタンドに向かってみよう。そのうち、必ず消防や警察が来るはずだ。それに…このままエンジンが停止したら、みんな凍えてしまう。
特にジャイアンツが失血で危ない。火の傍なら、取りあえず凍える事は避けられるだろうし、スタンドで何か通信手段も見つかるかもしれない。」
伸田は車内のみんなにそう告げた。
「僕はノビタに賛成だよ。車の事はお前に任せる。とにかく、早くジャイアンツを病院に連れて行かなきゃ…」
そう言いながら須根尾は少しでも吹雪の侵入を防ぐために、応急処置として割られた窓を車に積んであったビニールシートとガムテープで塞いでいる。 気を失っている剛士の身体はブランケットや毛布でくるんだ上に、エリが少しでも温めようと自分の身体を密着させて抱きしめていた。
「バリーンッ!」
「キャアーッ! 助けて! スネオ君!」
今度は後部ドアのリアガラスが外から叩き割られ、サードシートに座っていたミチルの細い首が侵入して来た大きな手に掴まった。
「ぐえっ、た…助…けて…」
苦しそうな声で隣にいる恋人の須根尾助けを求めながら、小柄なミチルの身体がガラスを割られたリアウィンドーから外へと引きずり出されていく。
ミチルは自分の首を掴む大きな手を左手の爪で搔きむしりながら、右手を恋人の須根尾に向けて必死に伸ばした。思い切りバタつかせて空を蹴り続けるミチルの左足から履いていた靴が脱げ落ちて飛んた。
「うわあっ! ミチルーッ! ミチルを離せーっ!」
ミチルの上半身はすでに窓の外に引きずり出された。セカンドシートにいた須根尾がサードシートに戻り、必死にてミチルの暴れる脚に縋り付く。須根尾は恋人ミチルの両脚を自分の両腕でかかえ込み、両足で座席を踏ん張って必死で引き戻そうとする。
それはまるで、ミチルの身体を使った綱引きの様なものだったが、右腕一本だけでミチルを引っ張る力に全身の力を込めて抗おうとする須根尾の必死の抵抗も全く通用しないのだ。ミチルと共にどんどん引きずられていく。
「うわああー! 助けてくれっ! ノビター!」
「スネオーッ!」
「スネオさん!」
「スネオ君っ!」
剛士を除いた伸田に静香、それにエリの3人が須根尾の名を必死に叫ぶ。
だが仲間達の叫びも空しく、ミチルの身体はすでに車外へと消え、今では須根尾の胸までがリアウィンドーの外へと引きずり出されていた。
「バツンッ!」
胸まで外に出ていた須根尾の身体が気味の悪い音と共に一度大きく弾んだかと思うと、不思議な事に引きずり出されていく動きが止まり、代わりに車内に残ったままの須根尾の身体が激しく痙攣し始めた。
しかし、その痙攣も十数秒ほど続くと止まり、それからは全く動かなくなった。
「おい、スネオ! どうした⁉ ミチルちゃんは?」
伸田が車を走らせながらルームミラーに映る須根尾の身体に呼びかける。しかし、須根尾からの返事は無く…身体もピクリとも動く事は無かった…
「ノビタさん、私が見てくる! エリちゃんは剛士さんとそのままにしてて。」
意を決した静香が、助手席からセカンドシートを越えてサードシートまで移った。そこにはミチルの姿はすでに無く、胸から上を外に出した須根尾のぐったりとして動かない身体があるだけだった。
「スネオさん… ねえ、スネオさんってば!」
静香が須根尾の身体に手を掛けて、外に出ていた胸から上の部分を引き戻しにかかる。男としては小柄だとは言っても、動かない須根尾の身体は静香にはとても重く感じられた。
強く引き、やっと須根尾の身体を車内へ引き戻した静香が、この世のものと思えないほどの叫び声を上げた。
「ぎゃああーっ! ひいいぃーっ!」
驚いた伸田がルームミラーで覗いた時には、叫び声を上げた静香が意識を失ったのか、サードシートに倒れるところだった…
「おい! シズちゃん! どうしたんだよ⁉ エリちゃん、頼むよ! シズちゃんを見てやって!」 そう言った伸田がルームミラーに映るエリの方を見た時、すでに剛士の身体をセカンドシートに静かに横たえたエリは、サードシートに身を乗り出して静香の様子を覗き込んでいた。
そして、エリが凍り付いた様に動きを止めたままなのを、伸田が不審に思った次の瞬間…
「うげええーっ!」
突然身体を二つ折りにしたエリが、サードシートの床に向けて激しく嘔吐した。そして、そのまま何度も吐き続けた。
「どうしたんだよ、エリちゃんまで!
いったい何が起きたんだよ⁉ 落ち着いて話してくれ!」
時折りルームミラーで後方を見て運転を続けながら、何が何だか分からない伸田はイラついた叫び声を上げた。
ようやく吐き気が収まったのか、エリが蒼白な顔に涙を流しながら伸田に向かってつぶやいた。
「うう… ノビちゃん… スネオ君のく、首が… うえっ!」
エリにまた吐き気が襲ってきた様だった。
「スネオの首が…? どうしたんだよ? しっかりしろ!」
伸田がエリを叱咤しながら先を促す。
「ううう… スネオ君の… 首が無いの… おええっ!」
エリはそこまで言うと、また吐き始めた。だが、もう胃液以外に吐く物など残っていないだろう…
「スネオの? 首が無い…? そんな…」
伸田は目の前が真っ暗になった。
剛士の左手首の切断に続いてミチルがさらわれ、そして今度は須根尾が首を切断されて殺された…
「何てこった… 畜生! いったい、俺達が何したってんだよ… みんな…俺の大事な親友達なんだぞ…
くっそおおおおーっ!」
伸田は親友達の身に起こった不幸を思って泣きながら叫んだ。
須根尾には、剛士と一緒に小さい頃からよくいじめられた。でも、自分と静香を合わせた4人はずっと親友だった。みんなのマドンナである静香を射止めた自分を、剛士も須根尾も何やかや言いながら結局は祝福してくれたのだった。
「ノビタさん! しっかりして! ねえ、何か聞こえない? あれ…ミチルちゃんの泣き声じゃないかしら!」
伸田が親友を思って泣いている間に、いつの間にか静香が意識を取り戻していたのだ。
しかも驚いた事に、彼女は気丈にも首を切断された須根尾の遺体をサードシートの座席に座らせてシートベルトを掛けて固定し、予備のブランケットで首の無くなった遺体の上半身を覆ってやっていた。
自分にとっても幼少時からの親友の死で彼女自身もショックを受けているだろうに、静香はそれだけの事を一人でやってのけたのだった。何という精神力と死者に対する慈愛に満ちた行動力だろうか…
セカンドシートに戻ったエリは、剛士の身体を抱きしめて震えていた。
須根尾の遺体の処置を終えた静香が、助手席に座り直してシートベルトを掛けながら伸田に対して話しかけてきたのだった。
「ご、ごめんよ…シズちゃん。全部君にやらせちゃって…
それで、何だって…? ミチルちゃんの泣き声? じゃあ、彼女はまだ生きてるのか?」
伸田が横目で静香を見ながら、希望を込めた声で聞いた。須根尾を失った今、彼の恋人であるミチルだけでも助かってくれたなら…車内の誰もがそう思った。
「ええ… 吹雪の音に混じって、何か『パン、パンッ、パンッ!』ていう音と、ミチルちゃんの泣き声か呻くような声が聞こえた気がしたんだけど…」
はっきりとした自信が無いのか、愛らしい眉間にしわを寄せた静香は首を捻りながら言った。
「いや、シズちゃん… アタシにも聞こえたよ。
あれは、この車の屋根の上で…スネオ君を殺したケダモノ野郎が、ミチルの事を犯してやがるんだ! アイツの、あのでっかいチンポでミチルが犯されて泣いてるんだ…」
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「大丈夫だよ、シズちゃん… 大事な君を、あんな狂ったケダモノの好きにさせてたまるか!」
伸田が、静香勇気づける様に自分の決意を口にした時だった。
「バンッ!」
「うわ!」
「今度は何⁉」
鈍い衝撃音と共に、フロントガラスの上部に逆さまになったミチルの顔がへばりついた。その顔の両脇にだらりと垂れ下がった両手がフロントガラスを掻きむしっていた。かわいそうに全ての爪が剥がれて血まみれになった指先でミチルが掻きむしるため、蜘蛛の巣状にヒビの走ったフロントガラスは血でヌルヌルになり視界がさらに悪くなった。それだけでは無く、フロントガラスに張り付いたミチルの顔や両腕で前方の視界は惨憺たる状態となっているのだ。
「パンッ、パンッ、パンッ、パンッ!」
ミチルの身体は逆さまにぶら下げられたまま、背後からヒッチハイカーに犯され続けているのだろう…男にピストンで激しく突かれる度に、フロントガラスから見えている彼女の顔や手もガクンガクンと大きく跳ねていた。その度にミチルの顔がフロントガラスにベタンベタンと叩きつけられる。
声は聞こえないが、彼女の口元が血の混じったヨダレを流しながら何かを訴えかける様に動いていた…
「た・す・け・て… ミチルちゃん、そう言ってるのよ!」
静香が泣きながら自分の両手を前に伸ばして、フロントガラス越しにガラス上を跳ね動くミチルの顔を指でなぞった。
「アイツを振り落とせば、ミチルちゃんまで凍った路面に叩きつけられる… どうすればいい…? 教えてくれ、スネオ…」
伸田はルームミラーでサードシートに固定された首の無い須根尾の遺体を見て、祈る様につぶやいた。
【次回に続く…】
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