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第2章

【2-122】兄弟間の派閥

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 ◇


 ジャスミンの宣言以降も、キリエ以外──といってもライアンも黙りがちであったから、ほぼジェイデンとジャスミンが中心になっていたものの活発に意見が交わされ、終了予定時刻を大幅に押して最終討論会は終わった。

 中間討論会のときと同様にキリエの顔色が悪いことから、リアムは休憩を勧めてきたが、当の本人は早く帰宅することを望んだ。待機していたエドワードからにこやかに出迎えられて馬車に乗り込んだキリエは、ドアが閉じられるなり深い溜息を零す。

「あぁ……、頭がおかしくなりそうです」
「だから、休憩してから帰ろうと言ったのに」

 馬車が動き出し、リアムは側近仕様を解いて苦笑しながらキリエの頭を撫でてきた。よく知る感触に安心しつつ、キリエは彼の手を払わない程度に緩く首を振る。

「お城の中では、リアムがかしこまったままです。それでは僕も君も気が休まらないので、早くおうちに帰りたかったのです」
「うん、……そうか」

 リアムの声は、どことなく嬉しそうだ。不思議に思ったキリエが彼を見上げると、リアムは穏やかに言う。

「あの屋敷をキリエが『家』だと、帰りたい場所だと思ってくれているのが、嬉しいんだ」
「あ……、すみません、僕は居候なのに図々しいことを」
「謝るな。俺は、嬉しいと言っただろう? ……五年前、あの屋敷を手に入れたときには、大切な家族が増えていくだなんて予想していなかったし、今のように温かな家になるとも思っていなかった。キリエがいずれ家庭を持つことになれば新居を用意して出て行ってしまうのだろうが、それまでは、あの屋敷を『我が家』だと思って共に暮らしてくれると嬉しい」
「はい。ありがとうございます、リアム」

 互いに視線を合わせ、二人して少し照れくさくなって微笑み合った。
 そうして気分が和み、心と思考に余裕ができたキリエだったが、ふと表情を改める。

「あの……、家に着く前に、今日の討論会の振り返りをしてもいいでしょうか?」
「ああ、そうだな。明日もまた登城しなくてはならないし、帰宅したらなるべく早く休むようにしたほうがいい。考えごとは今のうちに済ませたほうがいいだろう」

 新たに発覚した不正徴収問題へどのように対処していくべきかを話し合うために、明日、宰相と名誉称号騎士の緊急集会が開かれることになったのだ。キリエもリアムと共に王城へ行き、彼が集会に参加している間は王国騎士団で保護してもらうことになっている。

 リアムの言葉に頷いたキリエは、まずは一番気になっていることを口にした。

「今日の討論会の結果、ライアンだけが孤立してしまったように思えたのですが……」
「そうだな。……今までは中立というか、次期国王になれる立場ではないとして一歩引いたところにいたジャスミン様が、キリエに賛同する姿勢を公言された。キリエに票が集まっても即位することはなくジェイデン様へ譲位するというのを承知の上での宣言だから──、最終的にはライアン様とジェイデン様の一騎打ちという形ではあるが、実質は一対三で候補者の派閥が割れたという形だ」
「なぜ、こんなことに……」

 ジェイデンもジャスミンも、貧困層の王国民へ救済の手を差し伸べるべきだと主張している。それはキリエにとっては有難いことではあるのだが、この国にとって良い展開であるのかが分からなくなってきてしまった。
 不安と混乱を同時に表情へ出しているキリエを見つめながら、リアムが説明し始める。

「キリエの願っていた国の在り方へ近づくには、今の流れは決して悪いものではない。むしろ、良い展開だ。ジェイデン様とジャスミン様はそれぞれ視点は違えど、貧困層の生活向上がウィスタリア王国には必要だと考えていらっしゃることには変わりない」

 なぜ貧民救済が必要なのかという議題が上がっていた際、ジェイデンは「貧困層も含む一般国民は国の土台であり、彼らの生活が向上しなければ国全体が豊かにはならないから」、ジャスミンは「貧困層でも最低限の教育を受けられる程度の水準の生活になり識字率が上がらなければ、これ以上の国の発展は見込めない」という意見を述べていた。

 実際に貧しい孤児として生きてきたから現状を何とかしたい、というキリエとは見ているものが異なるのだろうが、ジェイデンとジャスミンが貧民救済を重視している事実に変わりはなく、彼らの協力によってキリエの望みも叶う形になる。
 ──リアムは、そのように話した。

「なるほど……、ジェイデンもジャスミンもウィスタリア王国がより豊かになるために貧しい民の生活水準を上げていくべきだと考えているのであって、だからといって逆に富裕層の方々へ何かを無理強いするつもりでもない、ということですね」
「そうだ。御二人とも、不正徴収を行っている領主への厳罰は望んでいるが、不正とは無関係の領主や上流貴族へ減俸を迫ったりはされないだろう。だから、貧富を問わず皆に優しい国であってほしいというキリエの考えから外れていないはずだ」
「よかった。それなら、安心しました」

 キリエは、貧しい民の救済をずっと願ってきた。しかし、だからといって、現在の富裕層へ不利益を強いたいわけでもない。
 本日の討論会で意見を交わすジェイデンとジャスミンが貴族に対して手厳しい論調であったように思えて、キリエは少し心配だったのだ。

 罪を犯していた者に厳罰が処されるのは致し方ないのだろうが、そうではない貴族が巻き添えを食い、最悪の場合には善良だった貴族まで没落してしまうという事態にならないかと不安だった。
 没落貴族として茨の道を歩んできたリアムの人生を知っているからこそ、そんな憂慮を抱いたのかもしれない。

「キリエが心配するべきというか、警戒するべきなのは──ライアン様だろうな」
「えっ?」
「ライアン様、および彼の支援者となっている有力貴族には、くれぐれも注意をしてくれ」

 驚いて瞬きを繰り返す銀眼を見つめる藍紫の瞳は、怖いほどに真剣だった。
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