上 下
200 / 259
第五章 チームお飾りの王太子妃集結、因縁の地にて

212 制限時間は一日(4)

しおりを挟む
 



 あまり時間がないであろうアリスに、一番聞きたかったことを質問をした。

「アリス、レオン陛下の居場所を知っている?」

 アリスは、少し考えた後に答えた。

「レオン陛下の執務室や私室でしたら、存じております。ですが、現在の時刻に陛下がどちらにいらしゃるのかは存じ上げません」

 どうやら、女狐さんはアリスにレオン誘拐のことを伝えているわけではなさそうだった。

「そう、ありがとう」

 アリスはレオン誘拐には関わっていない。
 それを知ってほっとした。

 私は、ずっとつらそうなアリスを見ながら言った。

「ねぇ、アリス。それで、アリスはこれからどうするの?」

 アリスはきっともうハイマに戻ることはないだろう。
 今後、スカーピリナ国で再びゼノビアの元に仕えるのなら、最後にこれまで支えてくれたことのお礼が言いたかった。どんな理由があれ、アリスはいつも私のことを気遣って、誠心誠意仕えてくれた。
 あの孤独な城の中で、側にいて笑いかけてくれた。そのことには、感謝していた。

「……う……」

 さようならと、ありがとうを伝えたかったのだが、思いがけずアリスが泣き出してしまった。
 どうしたのだろうと、慌てていると、ヴェロニカ様が口を開いた。

「裏切られたのでしょう? ゼノビアに……そういう女だわ」

 ヴェロニカ様の言葉に、アリスは顔を上げ、私を見つめながら言った。

「……はい。私がハイマに行けば、我がキュレル家の借金を帳消しにするとおっしゃっていたのに……すでにお借りした分以上は働いておりますが、まだ働きが足りないと……」

 私は、アリスを見ながら言った。

「その約束、書面で残している?」

 するとアリスは、震えた声で言った。

「はい。ですが……ゼノビア様が保管されています」

 アリスの言葉にヴェロニカ様が声を上げた。

「迂闊ね。契約書をゼノビアに取られたままだなんて……」

 私は、アリスを見ながら尋ねた。

「アリスの他にもゼノビアに苦しめられている人はいるの?」

 アリスは深く頷いた。

「はい。私の他にも大勢います」

 私は、ブラッドを見た。するとブラッドは大きく息を吐きながら言った。

「ふっ、スカーピリナ国の民に恩を売るのも悪くないのではないか?」

 うん。恩着せがましくなくて、すごくブラッドらしい。

「そうよね。私は貸すんじゃなくて、売りつけることにするわ」
「!! ……クローディア様……」

 アリスが、涙を流しながら私を見た。そして深く頭を下げて「ありがとうございます」と言った。
 私はアリスに向かって言った。

「アリス。明日のお披露目式までに、ゼノビアさんの被害者を集められるだけ集めて会場に連れて来て」

 アリスは真っすぐに私を見ながら頷いた。

「はい」

 アリスはいつもの眩いほど凛とした姿に戻り頷いた。

「それではクローディア様。御前を失礼いたします」

 アリスが出て行くとガイウスが楽しそうに目を細めながら言った。

「なるほど……ディアはこんな風に……――誰かを見捨てることが出来ずに、ベルン奪還に手を貸したわけだ」

 ガイウスの言葉を聞いたアンドリューが深く頷いた。

「そうですね。こんな風に、クローディア様は私たちを助けて下さいました」
「ふふふ、お人好しなところは、ガイウス様に似ていらっしゃいますわね」

 ヴェロニカ様も楽しそうに言った。
 その後すぐに、アドラーが戻って来た。
 そしてそれから小一時間後にみんなが戻って来た。

「クローディア様、これを……」

 戻って来たネイが私に跪いて金のネックレスを差し出した。

「え? 賞品にしなかったの?」

 まさか賞品にした金のネックレスが戻って来るとは思わずに、私は驚いてしまった。
 驚く私に、ネイが少しだけ微笑みながら言った。

「私が優勝して、金のネックレスを取り返しました」
「取り返す?」

 私が困惑していると、ネイが微笑んだ。

「ハイマの副団長殿や、スカーピリナ国の参謀殿も同じことをしたと思います。それに――ベルン国はつい最近までイドレ国に奪われておりました。国際的に侮られないためにも私が優勝を栄誉を頂き、ベルンの国力回復を皆に印象付ける機会を頂きました。それだけで十分です」

 あ……。
 多くの国が集まる中、どの国の人間が優勝するのか?
 ずっとイドレ国だったベルン国はきっと同盟国の中でもかなり危うい立場だろう。

 でも……。
 少しでもみんなの中にベルン復活を印象付けられたら……。
 明日、予定されている各国の王侯貴族が集まる会議で、何かが変わるかもしれない。

「お二人は私に花を持たせてくれました。感謝いたします」

 ネイはラウルと、レイヴィンを見ながら言った。
 ラウルとレイヴィンは少しだけ口角を上げた。
 私は、ネイから金のネックレスを受け取った。

「ありがとう、ネイ」

 そして、また私の手に……フィルガルド殿下に貰った金のネックレスが戻ってきた。
 私はネックレスの重みを再び感じて不思議な気持ちだった。
 
「……また戻ってきてしまったな」

 ブラッドが小さく呟いた気がしたが、私の耳には届かなかった。

 私は、みんなを見渡しながら言った。

「さぁ、情報を整理してレオンを救出しましょう!!」

 みんなしっかりと頷いてくれたのだった。









 クローディアたちが、レオンを探していた頃。
 フィルガルドたちは、ダラパイス国王都の近くの街の宿に到着していた。

 馬車は使わずに、皆が馬で移動しているのでかなり歩みが早かった。

 クリスフォードを捕らえた後に、レガードは、フィルガルドを辺境伯邸に案内した。レガードは、フィルガルドが辺境伯を無視してダラパイス国を旅することは得策ではないと考えた。
 そして、ウィルファンにフィルガルドを紹介して、あいさつをした。

 フィルガルドは、今のところは一応、クローディアの夫だ。
 ここであいさつをしないということは、クローディアの夫としても、ハイマの王族としても国際的にも問題になると判断したのだ。
 ウィルファンも始めは、フィルガルドを警戒するような顔をしていたが、レガードの説明を聞いて、スカーピリナ国までのフィルガルド一行の宿泊先などを手配してくれ、ダラパイス国の王への謁見まで取り付けてくれた。
 レガードの働きで、フィルガルド一行は当初の道程では違うが、安全で快適な旅をしていた。

「レガード『あなたの意見には賛同できない』で問題ないか?」

 さらにフィルガルドは、レガードと合流してからずっとレガードから語学を学んでいた。
 今も宿で、スカーピリナ国の言語を学んでいた。
 そんなフィルガルドに向かってレガードが言った。

「はい。問題ありません」
「そうか……」

 フィルガルドは本来、物覚えがいい。
 これまで全く学んでいなかったはずの語学も、レガードが目を見張るほどの成長を見せていた。

 レガードは、ダンテ領の医師に『ダラパイス国やベルン国には、ハイマ国やスカーピリナ国の言葉を理解する人間が多い』と聞いた。だが、『ハイマとスカーピリナの人間は自国の言葉しか理解できない人が多い』らしい。
 だからこそ、フィルガルドはまずスカーピリナ国の言語を学ぶことを薦めた。

「レガード。聞きたいことがあるのだが――『無事に帰還ね。クローディアがそれを本心から望んでいるとは思えないけどな』とは、どういう意味だろうか? やはり言葉で聞いただけでは、単語を特定できない」

 辞書を見ながら唸るフィルガルドに、レガードは絶句した。
 そして、恐る恐る尋ねた。

「どこでその言葉を?」

 フィルガルドは、辞書を片手に答えた。

「スカーピリナ国王レオン陛下だ」

 レガードは、少し考えた後に、説明した。

「初めの文は、無事に帰還。そして、次の文は、彼女がそれを本心で望んでいるとは思えない、という意味です」

 フィルガルドは、レガードの言葉を整理しながら言った。

「そうか……。では……愛する妻とはスカーピリナ国でなんという?」

 レガードは冷ややかな目をフィルガルドを見ながら答えた。

「……一般的には……『愛する妻』です」
 
 するとフィルガルドが眉を寄せながら言った。

「そうか……ブラッドはそうは訳していないな……ブラッドはおそらく『私の妻』と訳した」

 どうやらフィルガルドは、言葉はわからないなりに、音として記憶していたようだ。
 そんなフィルガルドに向かって、レガードは苛立ちを隠しもせずに言った。

「クローディア様のことを『愛する妻』……。そんな訳……できるわけないでしょう? 私でも……ブラッド様と同じように訳します!! ただと!!」

 大きな声を上げたレガードに向かって、フィルガルドが顔を上げて驚いた顔をした。

「なぜ……だ?」

 レガードは、つらそうな顔で言った。

「スカーピリナ国の言葉の『愛する』という単語には伴侶や恋人という唯一の人という意味があります。スカーピリナ国では家族や子供や身近な物を『愛する』と、違う単語をわけて使います。みんなの前でクローディア様をその他大勢だとも訳せない!! ですが、クローディア様を蔑ろにして、側妃を迎える殿下に『愛する』唯一の人を使う資格はないのです!!」
「……え?」

 レガードの言葉を聞いたフィルガルドは呆然とした。
 そして、小さな声で呟いた。

「私がクローディアに『愛する』唯一の人は……使えない?」

 レガードは、フィルガルドを睨みつけながら言った。

「フィルガルド殿下。この旅が終わりましたら、クローディア様を解放してあげて下さい。あの方に対して『愛する』唯一の人を使うことの出来ない人間に……あの方を幸せにすることなど……できません!!」

 レガードはそう言うと、真剣な顔で言葉を続けた。

「ですが……殿下が御自分で選ばれた側妃殿に対しては、使えるのではないですか? 『愛する』唯一の人を……どうか、その方を幸せにすることだけを……考えて下さい」

 フィルガルドはレガードの言葉を聞いて、血が滲むほど強く自分の手を握りしめたのだった。





――――――――――――――――







次回更新は7月11日(木)です♪





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【書籍化決定】断罪後の悪役令嬢に転生したので家事に精を出します。え、野獣に嫁がされたのに魔法が解けるんですか?

氷雨そら
恋愛
皆さまの応援のおかげで、書籍化決定しました!   気がつくと怪しげな洋館の前にいた。後ろから私を乱暴に押してくるのは、攻略対象キャラクターの兄だった。そこで私は理解する。ここは乙女ゲームの世界で、私は断罪後の悪役令嬢なのだと、 「お前との婚約は破棄する!」というお約束台詞が聞けなかったのは残念だったけれど、このゲームを私がプレイしていた理由は多彩な悪役令嬢エンディングに惚れ込んだから。  しかも、この洋館はたぶんまだ見ぬプレミアム裏ルートのものだ。  なぜか、新たな婚約相手は現れないが、汚れた洋館をカリスマ家政婦として働いていた経験を生かしてぴかぴかにしていく。  そして、数日後私の目の前に現れたのはモフモフの野獣。そこは「野獣公爵断罪エンド!」だった。理想のモフモフとともに、断罪後の悪役令嬢は幸せになります! ✳︎ 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

壊れた心はそのままで ~騙したのは貴方?それとも私?~

志波 連
恋愛
バージル王国の公爵令嬢として、優しい両親と兄に慈しまれ美しい淑女に育ったリリア・サザーランドは、貴族女子学園を卒業してすぐに、ジェラルド・パーシモン侯爵令息と結婚した。 政略結婚ではあったものの、二人はお互いを信頼し愛を深めていった。 社交界でも仲睦まじい夫婦として有名だった二人は、マーガレットという娘も授かり、順風満帆な生活を送っていた。 ある日、学生時代の友人と旅行に行った先でリリアは夫が自分でない女性と、夫にそっくりな男の子、そして娘のマーガレットと仲よく食事をしている場面に遭遇する。 ショックを受けて立ち去るリリアと、追いすがるジェラルド。 一緒にいた子供は確かにジェラルドの子供だったが、これには深い事情があるようで……。 リリアの心をなんとか取り戻そうと友人に相談していた時、リリアがバルコニーから転落したという知らせが飛び込んだ。 ジェラルドとマーガレットは、リリアの心を取り戻す決心をする。 そして関係者が頭を寄せ合って、ある破天荒な計画を遂行するのだった。 王家までも巻き込んだその作戦とは……。 他サイトでも掲載中です。 コメントありがとうございます。 タグのコメディに反対意見が多かったので修正しました。 必ず完結させますので、よろしくお願いします。

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。