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第一章 転生令嬢、王都にて

47 円卓会議(2)

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 ブラッドは陛下を見ると堂々と口を開いた。

「陛下、皆に見てもらいたい物があります。側近の入室の許可を」

 ブラッドがガルドの入室の許可を求めた。周りがざわつくかと思ったが、特に驚いた様子はなかった。もしかしたら、資料などがある時はこうして側近の入室を許可されているのかもしれない。
 私が一番驚いたのは……。

 ――ブラッド……敬語使えたんだ……。

 どうやら公爵家のブラッド君はこれまで敬語が使えるにも関わらず一切使っていなかっただけらしい。一応王族だとわかっていたはずの私にも不遜な態度だったので、てっきり使えないのかと思ったが……違ったようだ。使わなかっただけらしい。
 私が少しだけ口を尖らせてブラッドを見ていると陛下が口を開いた。

「許す」

 ブラッドは許可を貰うと手元にあった呼び鈴をならした。するとガルドが円卓の間に入って来て皆に資料を配った。
 ガルドが配ってくれたのは、私がまだブラッドのことを公爵子息だと知らなかった頃に資料室で見せられたバクエラ領とロシェ領の通常の取引記録と、不正取引の記録の詳細だった。

 皆に配り終えたのにガルドの手にはまだ資料が残されていた。どうやら一度に全ての資料を見せるわけではないようだった。

 資料が配られた途端、あれほど静かだった円卓の間がざわざわとした。ロウエル公爵を見ると、一瞬強張った顔をしていたが、すぐに口元を緩めて動揺している様子はなかった。だが、騎士団を統括する フルーヴ侯爵は眉を寄せていた。無理もない。バクエラ領とロシェ領と言えば、騎士団の幹部が治める領なのだ。

「数ヶ月前、領政管理部から連絡があった。これ見て貰えればわかるようにバクエラ領とロシェ領不正取引が行われている」

 ブラッドの言葉に、最年長のテール侯爵が口を開いた。

「ふむ。なるほど……本来であればレナン公爵殿の出る幕はないが……騎士団が絡んでいると言いたいのだな」

 テール侯爵の言葉に素早く反応したのは、フルーヴ侯爵だった。

「確かに、この領を治めているのは騎士団の者だが、私もこの者……いや、この者たち以外からも領主代理と連絡が取れないと相談を受けていた。現在は領主代理を直接管理するボウワ伯爵に問い合わせているところだ。騎士を安易に疑うのは止めて頂きたい」

 真剣な様子のフルーヴ侯爵を見てブラッドは頷きながら口を開いた。

「ええ。もちろんです。こちらも騎士に確認を取ったところ、騎士も連絡が取れないと問い合わせの書状をボウワ伯爵に送ったようでした。ガルド、陛下に書類を」
「はっ」

 ガルドは、陛下に書類を差し出した。陛下は書類を見ると、眉を寄せた後に隣に座るフィルガルドに書類を見せた。するとフィルガルド殿下は書類を見た後に声を上げた。

「これは……確かにボウワ伯爵が、騎士たちの書類を受け取ったサインが入っている。しかも、バクエラ領主、ロシェ領だけではないようだ……さらに問い合わせたは、一年から半年前の物ばかりだ」

 フィルガルド殿下は、ロウエル公爵を見ながら数人分の書類を皆に見せた。
 ロウエル公爵は相変わらず余裕の笑みを浮かべながら言った。

「それぞれの領主代理が個々でしたこと、調査に時間がかかり返事が遅れるのも同然です」

 ブラッドは、ロウエル公爵を見ながら言った。

「では、ロウエル公爵は今回のことは関与していないとおっしゃるのか?」
「無論だ。私はボウワ伯爵を信頼して任せている。領主代理の個人の不正まで把握できはしない」

 ロウエル公爵は堂々と言い放った。
 するとブラッドは静かに声を上げた。

「そうですか……ロウエル公爵はこの件に関与していない。知らなかったと」
「そうだ」

 ブラッドは陛下を見ながら言った。

「陛下。これから配ります書類をご覧下さい」
 
 ブラッドの言葉で、ガルドが陛下に書類を差し出した。陛下は、ガルドに差し出された書類を見た途端に、目を大きく開け低い声を上げた。

「ほう……確かに領主代理に関してはそれぞれに任せているとしても、これは随分と不可解な決定だな。ぜひとも説明を願いたいものだ」

 怖い……。

 普段温厚なエルガルド陛下は、父の話では若い頃は相当過激だったと聞いている。それが王になり落ち着いたと聞いていたが、今の陛下を見ていると、父の言葉も素直に納得出来る。
 陛下がフィルガルド殿下に書類を見せると、フィルガルド殿下が一枚ずつ書類を確認する度に顔が青くなり、最後には驚きと怒りをにじませた声を上げた。

「これは、どういうことですか?! ……このようなことが、我が国を支える領主代理を選出する試験で……くっ!! ブラッド……これは真実なのですか?」

 フィルガルド殿下はペラペラと数枚の書類を見た後に、ブラッドを見ながら言った。

「はい」

 ブラッドが頷くと、フィルガルド殿下は「そうですか……」と言って皆に書類を見せた。
 その途端皆が一斉に懐疑に満ちた眼差しをロウエル公爵に向けた。円卓の間の空気が一気に重くなって息苦しいくらいだった。
 だがブラッドはそんな凍り付きそうな空気を破るように声を上げた。

「これは領主代理試験の答案用紙と、領主代理試験の担当者の採点結果をまとめた書類と、合格者が記された書類です。満点で合格した者がいるにも関わらずその者は不合格となり、全く点数の取れていない者たちが合格となっています」

 さすがのロウエル公爵の瞳にも揺らぎが見えた。

「これをどう説明されるのだ? ロウエル公爵」

 フィルガルド殿下が、ロウエル公爵に尋ねた。

「……管理不行き届きだったことを認め、ボウワ伯爵に処分を与える」
「管理不行き届き? ではロウエル公爵はこの事実を知らないというのですか?」

 ブラッドが、ロウエル公爵の顔を見ながら尋ねた。

「……」

 ロウエル公爵は何も答えなかった。

「黙秘ですか……では、陛下こちらを」

 ブラッドの声でガルドが新たな書類を陛下に差し出したのだ。

 そう……その書類こそ、私たちがゲイル伯爵家の夜会で手にした黒幕ロウエル公爵を落とす切り札だったのだ。






 どうやって切り札を手にいれたのか?
 ――話は、ゲイル伯爵家の夜会の日まで遡る。

 私は刺客に襲われた後に、リリアと共にブラッドたちの元に戻って刺客のことを伝えた。

「そうか……彼女を守ってくれたこと、感謝する」

 リリアに刺客のことを聞いたブラッドが眉を寄せながらリリアにお礼を言った。いつも飄々しているブラッドが珍しく凹んでいるようで、私まで沈んだ気持ちになった。だが、同時になぜ自分が狙われているということを教えてくれなかったのかと、責める気持ちも生まれた。
 だが、こんな目立つところでブラッドを問い詰めている場合ではない。

「ブラッド……後で詳しく話を聞くから」

 私が睨みながらブラッドに言い放つとブラッドは無表情に答えた。

「ああ」

 私たちがホールに戻ると丁度夜会が始まったところだった。主催のゲイル伯爵と、その御子息のあいさつと、婚約者との結婚報告などが終わり、ダンスの時間になった。

「リリア。もういいわ。リリアは夜会を楽しんで」

 私はずっと私の隣に居てくれたリリアに声をかけた。リリアは今日はお休みなのだ。それなのに私の側にいたら全くお休みにならない。

「ですが……」
 
 リリアが困った顔をすると、ガルドが微笑みながら言った。

「リリア嬢。先ほどは悪かったね。彼女の側を離れないから心配しなくていいよ」

 もう絶対にというガルドの言葉に強い意思を感じて、私は少しだけ鳥肌がたった。

「ガルド様がそうおっしゃるなら……でも、女性にしか行けない場所に行かれる時は絶対に声をかけて下さいね!!」

 リリアはそう言うと丁寧にお辞儀をして去って行った。
 私はリリアを見送ると、ブラッドを見ながら言った。

「さぁ、行きましょうか?」

 ブラッドも深く頷いた後に言った。

「ああ。そうだな」

 こうして私はラウルと待ち合わせをしている西のテラスに向かったのだった。

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