45 / 218
第一章 転生令嬢、王都にて
44 夜会へ(2)
しおりを挟むラウルが持ち場に戻り、私たちが控室で待機していると、ブラッドが胸ポケットから懐中時計を取り出して呟いた。
「そろそろだな……」
私たちが顔を見合わせると、ノックの音がして執事が「そろそろお時間です」と呼びに来てくれた。
「行きましょう」
そして、私たちは夜会会場に乗り込んだのだった。
夜会会場と言ってもいくつかのパターンがある。
自分の屋敷に人を招いて夜会を行う者もいれば、王都内の夜会会場を借りて行う者もいる。
ちなみに王都には、城に近い場所にあるこの夜会会場。貴族街の外れにあるここよりも少し大きな夜会会場と、王都の城内にある王国一大きな会場がある。だが、王城内の夜会会場は、国賓を招いたり、高位貴族の婚礼など主に王族や高位貴族主催の夜会で使われるので、一般的な貴族は、ここかもう一つの貴族街の外れにある会場のどちらかを借りる。
今回の会場は城に近い場所にある夜会会場だった。
私の参加する夜会は城内の会場ばかりなので、他の会場での夜会は新鮮だった。
だが、新鮮ということは普段はプライベートな夜会には参加しないということで……。
「あの方はもしかして……クローディア殿下ではなくて? どうしてここに?」
「本当ですわ……ですがエスコートされているのは……レナン様ではなくて?!」
「噂には聞いていましたが、フィルガルド殿下は側妃に夢中というのは本当ですのね……」
夜会会場に入った途端。私たちはやっぱり注目を集めてしまった。
うん。わかってたよ……。今日、フィルガルド殿下と一緒に出席しないことでさらにお飾りの王太子妃感に拍車がかかるのは……うん。大丈夫、大丈夫。あ~~もう帰りたい!!
私が針の筵のような中で凹んでいると、明るい声が聞こえた。
「クローディア様?! まさか、こちらでお会いできるなんて!!」
私は美しく着飾ったリリアに出会った。確かリリアは貴族の令嬢だったはずだ。城では爵位ある家の令嬢が働くこともよくあることだ。ましてやこの夜会はプライベートな夜会。リリアがいても全く不思議ではなかった。
「リリア!! あなたのご友人ってゲイル伯爵御子息の御婚約者様だったのね」
「はい」
リリアが頷くと、リリアの後ろからよく知っている声が聞こえてきた。
「クローディア様……お会いできて光栄です」
「……アドラー?!」
私がリリアと話をしているとアドラーに話かけられた。アドラーは妹と夜会に参加すると言ったいたが、アッシュグレーの瞳と髪……リリアとアドラーはこうして並ぶとよく似ていた。
あれ? もしかして、二人って……。
「クローディア様、兄をご存知なのですね!」
リリアが私の疑問を解決してくれた。やはり二人は兄妹だったようだ。
「え、ええ」
私は慌てて返事をした。リリアは私を見ながら何かを思いついたように少し大きな声を上げた。
「ああ!! クローディア様は今回、キャサリン様の帰国後初の夜会だったから急遽参加されたのですね!! クローディア様はお忙しいですし、夜会でもないと中々ご家族ともお会いできないですよね。もうお会いになられましたか? キャサリン様のところまでご案内いたしましょうか?」
もしかして、リリアはキャサリンの友人なのだろうか? でもリリアが突然、こんなに大きな声で私のここにいる理由を言葉にするのは意外だった。私は少し圧倒されながら答えた。
「先ほど、キャサリン様にはあいさつをしたのよ。お元気そうだったわ。それに今日はリリアだってプライベートでしょう? 私のことはいいから楽しんで」
「ふふふ。クローディア様は本当にお優しいですね。でも困ったら言って下さいね」
リリアが楽しそうに笑いながら言った瞬間、周囲の様子が激変した。
「そういえば、クローディア様はイゼレル侯爵家の……」
「なるほど、兄上の御婚約者様の帰国を知ってこの夜会にご参加されたのか。ご兄弟の仲がいいのだな」
「それにクローディア様、リリア様とあれほど仲が良さそうにしていらしたわ」
「クローディア様はご気性が荒いと聞いていたけど、優しそうな方だわ」
「そうだな……だが、これで納得した。突然のことで殿下の都合がつかずにレナン様がフィルガルド殿下の代わりにご参加されたのか」
リリアのおかげで、私が今日ここにいる事に納得した招待客から怪訝そうな視線が一気に霧散した。
やはり、普段プライベートな夜会などに全く参加しない私が突然会場に姿を現したせいで、皆、恐怖に似た驚きがあったらしい。リリアの言葉で周囲の視線が一気に変ったので、先ほどの刺すような視線がなくなってほっとした。
もしかして、リリアはこのためにわざと大きな声で説明的なセリフを言ってくれたの?
「……ありがとう、リリア」
私が小声でリリアにお礼を言うと、リリアが片目を閉じながら言った。
「なんのことですか? ……クローディア様は少々無理をされているようなので、この機会にご家族と話をしたり、のんびりと食事をして夜会を楽しんで気分転換して下さいね」
「ええ。ありがとう」
私がお礼を言うと、リリアが「とんでもない」と首を振って微笑んだ後に、アドラーの方を見ながら「兄上、では後ほど」というとこの場を去って行った。するとブラッドが呟いた。
「ルラック子爵令嬢に助けられたな」
「ええ」
そして私はジーニアスを見た。ジーニアスは私の視線の意味を理解してくれたようで、私を見て頷くと、アドラーを見ながら言った。
「これは、アドラー殿。ご無沙汰しております。少々お時間よろしいでしょうか」
「もちろんです」
私がアドラーに個人的に話かけると目立つので、私はこの場をジーニアスに預けることにした。きっとジーニアスが今後の流れをアドラーに説明してくれだろう。ジーニアスは、アドラーと共に人気のない場所に向かった。
リリアに会って少しだけほっとした私はブラッドとガルドに小声で言った。
「少しいいかしら?」
これから夜会が始まったら忙しくなるので、今のうちにお手洗いなどを済ませておきたい。
ガルドもブラッドも察してくれたようで頷いた。
「途中までは一緒に行こう」
お手洗いは廊下から完全に男女に別れているので、ブラッドやガルドはそのエリアには入れない。
「いいわよ」
私は慌てて首を振ったが、ブラッドもガルドもついて来ると聞かなかったので、ギリギリ二人が入れるところまで一緒に来てくれた。
もう、過保護なんだから……。
私がブラッドたちと別れて一人で人気のない廊下を歩いていると、前から女性が歩いて来た。女性が通りすぎようとする時、どこからか甘い匂いがした。
なんの匂いかしら?
私がその匂いの事をぼんやりと考えていると、ガシャン!! と近くで金属が交わる音が聞こえた。
振り向くとリリアが、私の前に立って鉄製の扇いわゆる鉄扇を開きながら、先ほど甘い匂いを漂わせていた女性と対峙していた。
「え? リリア?」
「クローディア様。ご無事ですか。よかった!! この女は刺客です」
女性は短剣を持ってリリアを攻撃していた。リリアはというとなんと、短剣を持つ女性に鉄扇で応戦していた。
リリア……強すぎない?! 剣を扇で受け流してるんですけど?!
私はリリアと女性の攻防を両手を痛いほど握りしめて見ていることしかできなかった。
後から冷静に考えれば大声を出して人を呼べばよかったとか、私にできることはあったはずなのに、その時は咄嗟のことに身体が動かなかったのだ。
カラーン!!
「くっ!!」
女性の剣が、リリアの鉄扇で払い落された。リリアは扇一つで剣を持った女性を撃退した。リリアの実力を見て分が悪いと思ったのか、女性は自分の着ていたドレスを引っ張り脱ぎ捨てると、黒服姿になり近くの窓から外に逃げて行った。
「リリア、大丈夫?」
私がリリアに近付くとリリアが慌てながら言った。
「はい。私は問題ありません。クローディア様はお怪我はありませんか?」
「ないわ。……リリアって……強いのね……」
他にも必要な言葉があったはずだが、動揺した私の口からはそんな言葉しか出てこなかった。
リリアは困ったように言った。
「幼い頃より、兄や同門のラウル様たちと共に剣を学んでおりました。剣を仕込んでいれば逃がさなかったのですが……生憎と今日はこんな物しか持っておらずに……」
ええ~~~!! いやいや、夜会で鉄扇持ってる令嬢なんていないからね?!
でも、そうか。リリアとアドラーは兄妹。そして、ラウルとアドラーは同門だって言っていた。つまりリリアもその二人と同門な上に、アドラーやラウルと一緒に剣を学んだ?
もしかして……リリアって……この国の女性では最強なんじゃ……?
私がリリアのことを考えていると、リリアが真剣な顔で言った。
「それより、お気をつけください、クローディア様。ガルド様の元を離れる時は必ず私にお知らせ下さい。ですが……クローディア様がこの夜会に来られることは公にはなっていないはずなのに……」
リリアが鉄扇をドレスの中に隠しながら言った。
「ねぇ、今の刺客って言ってたよね? どういうこと? もしかして私って誰かに狙われているの?」
そう自分で口にした瞬間、私はガルドの言葉を思い出した。
騎士団でガルドの護衛を断った後に、ガルドはいつも以上に厳しく私に『護衛を断るな』と注意していた。リリアは言いにくそうにしながら口を開いた。
「説明は後で、とにかく今は、急いでガルド様たちと合流しましょう」
「ええ」
私はリリアに付き添ってもらってお手洗いを済ませるとガルドたちの元に向かったのだった。
応援ありがとうございます!
172
お気に入りに追加
9,137
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる