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第一章 転生令嬢、王都にて

10 過酷な王妃教育(2)

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 それから、さらに2ヶ月がたち、私が王妃教育を始めて4ヶ月が過ぎた。

 卒業式と結婚式まであと2ケ月ともなると、王妃教育は山場を越えた。クローディアは3年もかけたにも関わらずほとんど手つかずの状態だったが、私が死ぬ気でやったおかげで、なんとか結婚式に耐えられるところまでは来た。それに伴い、周りの私を見る目も少しだけ変化があった。

 私が女官のみんなと仲良くなったことで、今では城で働く者の多くが、私がお飾りの王妃になることを知っているし、私が殿下に婚約解消を持ちかけたことも知っていた。現在、王宮内では私の変わり様に『これまでは殿下に夢中で王妃教育に専念出来なかったのだ』とか『殿下への想いを断ち切ったから、穏やかになられて王妃教育も進むようになったのだ』と噂されていた。

 ――殿下のことが好きすぎて、王妃教育に身の入らなかった私が、殿下への想いを断ち切った途端に王妃教育が脅威的な早さで進むようになった。恋はこれほどまでに人を狂わせるのだと、噂されているらしい。

 単純に中の人が変わったというのだけなのだが、そんなことは言えないので、噂についてはそのままにしている。

 そういえば……変わったといえば、フィルガルド殿下も変わった。
 王妃教育強化期間が始まった4ヶ月前は、週に一回『クローディア、いかがお過ごしですか?』と文官や騎士、記録書記官まで連れて偵察というか監視に来ていた。私も覚えることが多すぎて余裕がなかったこともあり、『フィルガルド殿下、ごきげんよう。生憎と満足にお話はできませんが、殿下もお忙しいでしょうから、どうぞ私にはお気遣いなく』と言って追いかえしていた。
 暗に来るなと伝えたはずなのに、殿下の訪問は週に1度だったのが、週に2度になり、3度になり……最近では、文官や記録書記官は来ないが、護衛騎士を連れて毎日のように顔を見せに来る。

 フィルガルド殿下の思惑はわかっている。きっと私が『お飾りの王太子妃』という噂が、殿下の予想以上に広がっているのだろう。まぁ実際にお飾りの王太子妃になるのだから間違ってはいないのだが……。しかも殿下は最近、私が無下に殿下を追い返させないようなことを言ってくるのでタチが悪いのだ。

「クローディア、失礼します。今日は皆に配る土産のことで相談に来ました。やはり皆に配る土産は、イゼレル侯爵領の物がいいでしょう? 金細工とガラス細工はどちらがいいでしょうか?」

 今日もすぐには追い返せない厄介な問いかけと共に部屋にやってきた。

「金細工と、ガラス細工……」

 イゼレル侯爵は、昔から金細工で有名な領だ。だが、最近隣国からガラス細工の技術が持たらされた。
 伝統を取るなのなら、金細工だが……ガラス細工もいい職人が育ってきているのだ。この機会にガラス細工も宣伝したい。兄もそろそろガラス細工を流通させたいと言っていた。

「悩ましいですね……王道なら金細工ですが……これからを見据えるならガラス細工ですね」

 これはかなり難しい。
 私ではなく、兄に直接聞いてほしい内容だ。

「私も、クローディアと同じように思いました。皆に広める機会なのでガラス細工もいいですが……もし人気になって注文が殺到したら、受注が追いつかなくなるかもしれません。まだ育ったばかりの職人たちの負担を考えると……ガラス細工を選ぶのを躊躇してしまいます」

 なるほど、その視点はなかった。確かに今やっと花開いたのに、大量注文は酷かもしれない。

「確かに殿下のおっしゃる通りですわ。金細工に致しましょう。お兄様にお伝えしますわ」
「ああ、そうしてくれると助かります。カインが間に入ってくれれば間違いありませんから」

『それなら、私を通さず初めから兄にお願いします』という言葉を必死に飲み込んだ。
 殿下にとってこれは、ある種の宣伝活動なのだ。『私はお飾りの王妃ではない』とみんなに知らせるための。きっと結婚して、王家の画策するが叶うまで私はお飾りの王妃に据えられる運命にあるのだ。

「ご配慮ありがとうございます」

 私は、忘れないようにメモにお土産についてと書いた。殿下から話は行っていると思うが、念のために屋敷に戻ったら兄に確認する必要がある。
 メモを書いて顔を上げて殿下を見ると、殿下は穏やかな顔で私を見ていた。

「どうされたのですか?」

 私が殿下を見ると、殿下が微笑みを浮かべながら言った。

「クローディア、今日もお茶の時間は取れないのですか?」
「はい。申し訳ございません」

 時間がなくはないが、殿下とは3日前にお茶を飲んだばかりだから、今日は断ってもいいだろう。殿下にとって私とお茶を飲むのも宣伝活動だ。毎回断っていると、『殿下の誘いをいつも無下にした』とかなんとか言われて、断罪に繋がる可能性もあるため、たまにはお茶のお誘いも受けるようにしている。

「そうですか……、それではまたの機会にしましょう」
「はい、ごきげんよう」

 私は殿下を送り出した後に息を吐いた。そして、側にいた女官のシンシアに尋ねた。

「私が『お飾りの王太子妃』って噂、そんなに広がっているの?」
「はい。つい昨日、庭師に『噂は本当なのか?』って聞かれました。王宮内で一番恋愛話に疎い、庭師にまで広がっているみたいですね」
「そう……そんなに噂が広がっているから、沈静化のために殿下も毎日顔をお見せになるのね。はぁ、~~この調子じゃ明日もいらっしゃるわね。明日、殿下からお茶のお誘い頂いたら受けた方がよさそうね。前回は中庭だったけど……他に目立つ場所はあるかしら?」

 私はシンシアに尋ねた。お茶関係ならシンシアに聞くのが一番だ。

「そうですね……東庭園は人通りも多いですし、文官たちの仕事場から見えます」
「では、明日は殿下にお誘い頂いたら、東庭園でお茶にしましょう」

 円満離婚のためには、私が殿下に対して王太子妃としての責任は必要最低限は果たしていたと、周りから思われなければならない。なので、最小限の行動で最大限の効果を得たい。殿下もそれがいいに決まっている。

 そんなわけで私は、王妃教育の傍ら、殿下とたまに城の目立つところでお茶をして、仲の良い振りをしながら、王太子妃の務めを果たしていることをアピールもするという……かなりざまぁ回避になりそうな日常を過ごしたのだった。





 そして怒涛の半年が過ぎ、私は卒業式を迎えた。
 クローディアに転生してから忙しくて、一日も学園には行けなかった。
 だから私にとっては全く知らない場所での卒業式だったので、なんの思い入れもない。

 卒業式の後に、卒業パーティーもある。
 ラノベでは、フィルガルド殿下のエスコートで派手を極めたドレスを着たクローディアが、我が物顔で殿下の隣にべったりとくっつき、殿下に近付く者を全て攻撃していた。主人公エリスは、遠くからそんな殿下を切なげに見つめて、フィルガルド殿下もまた、クローディアから離れて、エリスと話をしようと努力していたが、クローディアがずっと殿下の腕に自分の腕を絡めて離れなかったのだ。
 遠くからアイコンタクトで愛を語る2人に涙を流したものだ。

 だが、私は――卒業式の後のパーティーも強制参加ではないと聞いたので遠慮なく休んだ。
 そもそも私の知り合いはフィルガルド殿下しかいないし、そのフィルガルド殿下はエリスをエスコートしたいと思っているに決まっている。でも私が行くと殿下は『公の場では私を優先する』という約束で私をエスコートしなければならない。
 それなら、私が行かなければいい。言い訳は簡単だ。『結婚式の準備で忙しい』と言えばいいのだ。
 父も母も兄も、殿下に他に好きな人がいるというのは知っているし、半年間一日も学園に通っていないので、知り合いもいないと訴えれば、行かなくてもいいと言ってくれた。
 フィルガルド殿下も一応、社交辞令で『エスコートしますので、一緒に卒業パーティーに行きませんか?』と誘ってくれたが、『結婚式の準備で忙しいので』と、秒で断った。


 こうして私は卒業式の日は、学園で卒業証書だけを貰って、家に帰って家族で食事をしたのだった。卒業パーティーの日に家にいる私を不憫に思った兄や父が食事の後にダンスに誘ってくれて、談話室で家族でダンスパーティーをしたのも、それはそれでいい想い出になったのだった。



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