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第三話 眼鏡とコーヒー
66 ただ、それだけのこと
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そんな由紀を猫を構いながら見ていた近藤が、尋ねた。
「おめぇ、なんでそんなお節介を焼いたんだ? なんの得にもなりゃしねぇのに」
こちらを真っ直ぐに見る近藤の視線に、由紀はドキリと胸を鳴らす。
「どうしてって……」
『お節介が性分なのよ』
いつもならそう言ってごまかす場面だ。他にもいくらでも言い様はあるし、煙に巻くことだってできるだろう。
けれどこの時由紀が紡いだ言葉は、別のものだった。
「見える色は、綺麗な方がいいじゃん」
そう告げる由紀の脳裏には、同時に昔の景色が過ぎる。
幼い頃、由紀には仲良しだった子がいた。この子ならば自分のことをわかってもらえると、そう信じたのだけれど。
『ゆきちゃんが気持ち悪いこと言うの』
真実を告げて帰って来たのがこのセリフだ。
それがショックで、その後のことはあまり覚えていない。とにかく外の世界が怖くなって、引きこもって泣いていたのだと思う。それから家族で引っ越しをしたので、あの子がどうなったのかはわからないまま今に至る。
けれど幼い由紀の心に傷を負わせるには、十分な出来事だった。
それからの由紀は、他人とつかず離れずの距離で付き合うようになる。ちょっと言動を怪しまれたら「占いに凝っている」と言ってごまかしているうちに、ついたあだ名が『お告げの西田』だ。
高校生になった頃になってようやく傷つかない他人との付き合い方を学んで、馬鹿話をする友人ができた。それで満足していればよかったのに。
――馬鹿ね、期待なんかしちゃダメだってば。
どんなに世の中と上手く付き合っていけるようになったと錯覚しても、世界は由紀に優しくない。どうあっても、それは由紀にとっての真実だ。けれど同時に、「自分を理解してもらえるかもしれない」と希望を抱いてしまう。
強面の不良だと思っていた近藤は、不良は卒業していて、意外と人のことを見ている気配り屋で、美味しいコーヒーを淹れる優しい人。それもまた、真実である。
――眼鏡の秘密とか、私が変なのを見ているんだとか、気付いているんでしょうに。
そういうことをなにも聞かずにいてくれて、それがどんなに嬉しいか。今もちょっと眼鏡をずらせば、近藤の纏う鮮やかな緑色が視界を染めてくれる。
「なぁんてね。今の、占い師っぽい言い方だったでしょ?」
だから由紀と近藤が互いに傷付く前に、そうやって方向修正する。意味深なことを言って気を引きたいお年頃だという風に、誤魔化し笑いを浮かべながら。
そんな由紀に、近藤は「ふぅん」と呟くと、
「そうか、わかった」
そう言って納得顔になる。「変なヤツ」でも「意味わからん」でもなく、まさかの「わかった」である。
「ナニソレ? なにがわかったのさ?」
由紀の方から聞いてしまうのに、「お前の方こそナニソレだろう」と近藤が皮肉った。
「つまり、全部お前の自己満足ってことだろう?」
「……それだけ?」
「それ以外になにがあるんだよ。それに学校始まってからが平和になりそうで、よかったじゃねぇか」
由紀の方が不審そうな顔になっているのに、近藤は平然としたものである。
「テメェが最初に言ったんだろうが。根拠は色だって。それに、『「お告げの西田」は本当のことしか言わない』んだろう?」
「……!」
「テメェと俺とじゃあ世の中の見え方が違う。それだけのことじゃねぇの?」
由紀が言ったことだけを事実として並べてみせた近藤に、由紀は呆気にとられてから、
「ふっ、ははは!」
無性に笑いが込み上げてきて、思いっきり笑うのを、近藤はなにも言わずにいてくれる。
――それだけのこと、かぁ。
そんな単純な真実が由紀にはすごく眩しくて、すごく泣きたくなった。
「おめぇ、なんでそんなお節介を焼いたんだ? なんの得にもなりゃしねぇのに」
こちらを真っ直ぐに見る近藤の視線に、由紀はドキリと胸を鳴らす。
「どうしてって……」
『お節介が性分なのよ』
いつもならそう言ってごまかす場面だ。他にもいくらでも言い様はあるし、煙に巻くことだってできるだろう。
けれどこの時由紀が紡いだ言葉は、別のものだった。
「見える色は、綺麗な方がいいじゃん」
そう告げる由紀の脳裏には、同時に昔の景色が過ぎる。
幼い頃、由紀には仲良しだった子がいた。この子ならば自分のことをわかってもらえると、そう信じたのだけれど。
『ゆきちゃんが気持ち悪いこと言うの』
真実を告げて帰って来たのがこのセリフだ。
それがショックで、その後のことはあまり覚えていない。とにかく外の世界が怖くなって、引きこもって泣いていたのだと思う。それから家族で引っ越しをしたので、あの子がどうなったのかはわからないまま今に至る。
けれど幼い由紀の心に傷を負わせるには、十分な出来事だった。
それからの由紀は、他人とつかず離れずの距離で付き合うようになる。ちょっと言動を怪しまれたら「占いに凝っている」と言ってごまかしているうちに、ついたあだ名が『お告げの西田』だ。
高校生になった頃になってようやく傷つかない他人との付き合い方を学んで、馬鹿話をする友人ができた。それで満足していればよかったのに。
――馬鹿ね、期待なんかしちゃダメだってば。
どんなに世の中と上手く付き合っていけるようになったと錯覚しても、世界は由紀に優しくない。どうあっても、それは由紀にとっての真実だ。けれど同時に、「自分を理解してもらえるかもしれない」と希望を抱いてしまう。
強面の不良だと思っていた近藤は、不良は卒業していて、意外と人のことを見ている気配り屋で、美味しいコーヒーを淹れる優しい人。それもまた、真実である。
――眼鏡の秘密とか、私が変なのを見ているんだとか、気付いているんでしょうに。
そういうことをなにも聞かずにいてくれて、それがどんなに嬉しいか。今もちょっと眼鏡をずらせば、近藤の纏う鮮やかな緑色が視界を染めてくれる。
「なぁんてね。今の、占い師っぽい言い方だったでしょ?」
だから由紀と近藤が互いに傷付く前に、そうやって方向修正する。意味深なことを言って気を引きたいお年頃だという風に、誤魔化し笑いを浮かべながら。
そんな由紀に、近藤は「ふぅん」と呟くと、
「そうか、わかった」
そう言って納得顔になる。「変なヤツ」でも「意味わからん」でもなく、まさかの「わかった」である。
「ナニソレ? なにがわかったのさ?」
由紀の方から聞いてしまうのに、「お前の方こそナニソレだろう」と近藤が皮肉った。
「つまり、全部お前の自己満足ってことだろう?」
「……それだけ?」
「それ以外になにがあるんだよ。それに学校始まってからが平和になりそうで、よかったじゃねぇか」
由紀の方が不審そうな顔になっているのに、近藤は平然としたものである。
「テメェが最初に言ったんだろうが。根拠は色だって。それに、『「お告げの西田」は本当のことしか言わない』んだろう?」
「……!」
「テメェと俺とじゃあ世の中の見え方が違う。それだけのことじゃねぇの?」
由紀が言ったことだけを事実として並べてみせた近藤に、由紀は呆気にとられてから、
「ふっ、ははは!」
無性に笑いが込み上げてきて、思いっきり笑うのを、近藤はなにも言わずにいてくれる。
――それだけのこと、かぁ。
そんな単純な真実が由紀にはすごく眩しくて、すごく泣きたくなった。
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