不機嫌な乙女と王都の騎士

黒辺あゆみ

文字の大きさ
38 / 86
五章 ソルディング領

38話 出張依頼

しおりを挟む
ジーンの屋敷が貴族の子供の秘密の集い場と化して、二カ月が過ぎた。
その頃になると、パレットも休日の朝から子供の声に起こされることに慣れてきた。
 だがたまに、大人を連れていない子供が混じることがある。
こんな時のその子供の扱いは、子供たちの間で話をつけているようだ。
そのような場合は、アニタはなにも口を挟まず、子供たちの結論を待っているらしい。

「ひょっとしたら、派閥の違う貴族の子供なのかもな」

ジーンがアニタからこの話を聞いてそう予想していたが、おおよそ外れてはいないだろうとパレットも思う。
アニタが言うには、子供たちが考えた決まり事で、「この家の中では貴族ではない」のだそうだ。
幼い彼らなりに、どうすればみんなで仲良くできるのか考えているのだろう。


そのようにして過ごしていたある日、パレットは職場で、室長に声を掛けられた。

「パレット、コルニウス様がお呼びだ」
「コルニウス様、ですか?」

知らない名前を聞かされて、パレットは困惑する。

「おや、君は会ったことがなかったのか」

室長の方でも、パレットがコルニウスなる人物を知らないと思わなかったようで、軽く驚いていた。

「アレイヤード・コルニウス様は騎士団の副団長殿で、実質騎士団を取り仕切っておられる方だ」

室長にそう説明されて、パレットにも相手が誰なのかようやく理解できた。

 ――ああ、ジーンの上司!

 だがすぐに新たな疑問に突き当たる。
その騎士団の副団長様が、パレットになんの用事があるというのだろうか。
パレットは首を捻りながら、アレイヤードが待つとされる部屋に向かった。

「失礼します、パレット・ドーヴァンスですが。
お呼びと伺いました」

パレットが名乗ると、入室の合図があったのでドアを開ける。
室内に入って正面に座っている中年の男が、恐らくアレイヤード・コルニウスであろう。
細身ながらも引き締まった体つきが、服の上からも見て取れた。
なるほど騎士の伝統を守る家というのも頷ける、全身から威圧感の漂う男である。
 そしてその傍らに、ジーンの姿があった。
今日は王子様に付いている日ではないらしい。
ジーンはパレットが現れたのを見ても、特に驚く様子はない。
パレットがアレイヤードの机の前に立つと、ジーンもパレットの隣に並んだ。

「始めましてだな、女性文官殿。
私が騎士団副団長のアレイヤード・コルニウスだ」
「あ、はい。
よろしくお願いします」

相手に名乗られ、パレットは慌ててお辞儀をする。
アレイヤードの正面に立つと、より威圧感が増す気がする。
パレットは緊張のせいか、口の中が渇いて仕方がない。

 アレイヤードはパレットを観察するような視線を向けながら、口を開いた。

「君に頼みたいことがある」

早速本題に入ったアレイヤードに、パレットは背筋を伸ばす。

 ――騎士団を実質的に動かしている人が、一介の文官になんの頼みかしら?

 疑問に思いつつも息をのむパレットに、アレイヤードが告げた。

「そこのジーンと二人で、ソルディング領へ行ってもらいたい」

パレットは言われたことに驚いて、隣に立つジーンをちらりと見た。

「ソルディング領、ですか……」

戸惑うパレットに、アレイヤードは続ける。

「君とジーンに、ソルディング領の現状を庶民の視線で見てきてもらいたいのだよ」
「……はぁ」

パレットは思考が追い付かず、生返事を返す。

 ――庶民の視線で、ねぇ?

 一体なにが目的で、そのようなことをしなくてはならないのだろうか。
疑問顔のパレットに、アレイヤードが視線の圧力を少々和らげた。

「あまり大仰に受け取らないで欲しいのだがね。
君もジーンも、実によく働いてくれていると聞いている。
なのでこれはいわば、長期休暇の一環なのだよ」
「休暇……ですか」

パレットは戸惑う。
休暇という言葉は魅力的だが、その行き先がよろしくない。
というのも、ソルディング領は観光に適した領地ではない。
国内でも、どちらかと言えば地味な部類に入る領地なのだ。

 ――どうしてソルディング領?

 口にできない不満を、パレットは脳内で呟いていたが。

「詳しい資料はこちらに纏めてある。
読んだ後は処分してくれ」

アレイヤードはそう言って、机の上に紙の束を置く。
その紙束と、己の正面で笑みを浮かべているアレイヤードを見比べて、パレットは眉間にぎゅっと皺を寄せる。

 ――これって、危ない仕事とかじゃなでしょうね?

 そんな不安に襲われたパレットに、アレイヤードがさらに追い打ちをかけた。

「ああ、旅先で羽を伸ばせるよう、身分証はこちらで別に用意する。
二人は国境の街から仕入れを終えて戻る、商人夫婦ということになっている」
「はぁ!? 夫婦っ!?」

パレットは思わず驚きを口にしてしまう。
その剣幕に、アレイヤードが少し仰け反る。
パレットの隣から、ジーンが咳払いをしてわき腹を肘で突いてきた。

「なにか、問題でも?」
「問題って、問題は、いえ、ない……です」

パレットはしどろもどろながら、かろうじてそう答えた。

 最近の自分には、なにか「夫婦」の呪いがかかっているのだろうか。
やたらとこの言葉が襲い掛かるのだが。

***

「ジーン、お前はパレット嬢に嫌われているのかな?」

パレットが退室した後、アレイヤードがそんなことを言ってきた。

「何故でしょうか?」

ジーンが笑顔で問い返すと、アレイヤードは困ったような顔をする。

「何故って、あんなに壮絶に嫌そうな顔をされてはなぁ、ちょっと気の毒というか」

誰に対して気の毒なのか、アレイヤードは敢えてぼかした。
 確かにパレットは、話の途中までは不満そうにしながらも素直に聞いていた。
しかし「夫婦という設定で」とアレイヤードが口にしたとたんに、最高に嫌そうな態度を見せた。
 パレットという女性は、良くも悪くも、非常に割り切った考え方をする人物だ。
度重なる不運がそうさせたのだろうが、たいていのことは「仕方がない」と諦めてしまう癖がある。
不満を全て飲み込んで、眉間に深く皺を寄せた顔で頷くのだ。
 それが最近、パレットはおかしな場面で感情を露わにする。

 ――なんかあいつ最近、妙にぐるぐる考えてるんだよな。

 あれはいつからだったか。
そう、王子殿下が魔獣の子を追い回すようになってからだ。
屋敷での食事時に、思い詰めた顔をしてジーンと戯れる魔獣の子を見つめていることがある。

「ジーン、女性に対して誠実にしていないと、後で痛い目を見るよ」
「失礼なことを言わないでください、私は誠実です。
それに誤解があるようですが、パレットとは男女の関係ではありません」

ジーンはしかめ面をして、アレイヤードに反論する。
最近よくこの議論をしている気がする。
 実はジーンは今朝方、母親からも問い詰められた。

『ジーン、パレットさんにおかしなことをしていないでしょうね?』

母親にも信用されていない。
自分は誓って潔白だというのに、みんなしてひどい話だ。
 笑顔の裏で恨み言を連ねるジーンに、アレイヤードが告げた。

「それはともかく。
よろしく頼むぞ、ジーン」
「……はぁ、仕事とあらば」

ジーンは不承不承頭を下げた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】灰かぶりの花嫁は、塔の中

白雨 音
恋愛
父親の再婚により、家族から小間使いとして扱われてきた、伯爵令嬢のコレット。 思いがけず結婚が決まるが、義姉クリスティナと偽る様に言われる。 愛を求めるコレットは、結婚に望みを託し、クリスティナとして夫となるアラード卿の館へ 向かうのだが、その先で、この結婚が偽りと知らされる。 アラード卿は、彼女を妻とは見ておらず、曰く付きの塔に閉じ込め、放置した。 そんな彼女を、唯一気遣ってくれたのは、自分よりも年上の義理の息子ランメルトだった___ 異世界恋愛 《完結しました》

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

【完結】島流しされた役立たず王女ですがサバイバルしている間に最強皇帝に溺愛されてました!

●やきいもほくほく●
恋愛
──目が覚めると海の上だった!? 「メイジー・ド・シールカイズ、あなたを国外に追放するわ!」 長年、虐げられてきた『役立たず王女』メイジーは異母姉妹であるジャシンスに嵌められて島流しにされている最中に前世の記憶を取り戻す。 前世でも家族に裏切られて死んだメイジーは諦めて死のうとするものの、最後まで足掻こうと決意する。 奮起したメイジーはなりふり構わず生き残るために行動をする。 そして……メイジーが辿り着いた島にいたのは島民に神様と祀られるガブリエーレだった。 この出会いがメイジーの運命を大きく変える!? 言葉が通じないため食われそうになり、生け贄にされそうになり、海に流されそうになり、死にかけながらもサバイバル生活を開始する。 ガブリエーレの世話をしつつ、メイジーは〝あるもの〟を見つけて成り上がりを決意。 ガブリエーレに振り回されつつ、彼の〝本来の姿〟を知ったメイジーは──。 これは気弱で争いに負けた王女が逞しく島で生き抜き、神様と運を味方につけて無双する爽快ストーリー!

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

処理中です...