フリークス・ブルース

はいか

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月の獣を探せ

13 王種

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 亜空間と繋がった扉はその重苦しさばかりは一丁前で、そこれそ身を扉にくぐらせるその瞬間には何の手応えも快感も人智を通り越えた実感が伴わなかった。これでは数年前に通り抜けたテロ組織の本部の敷居の方がよほど緊張感と焦燥感がついて回ったものだ。

 月の獣を追う秘密諜報員セノフォンテ・コルデロは巨大な力によって歪んだ空間を利用し、グラン・カニシカと共にその謎の外界襲撃者の手掛かりを掴むために禁断の惑星群と呼ばれるプラグ・S島なる人智未踏の島の第一圏にて、その圧倒的な財産からなる支配者的権威を持ったPOP財団なる組織の秘密研究棟へと侵入を果たしていた。
 空間と空間を扉を媒体として強制的に繋ぎ合わせる神業。エリゼ・キホーテなる人間が踏み鳴らした禁忌の過浸による空間のバグが成し得る力技であった。
 人間の意志に従って変質する空間など、SFにすら満たない妄言と、かつての彼ならば鼻でせせら笑っていただろう。若くもリアリズムに乗っ取った無情な諜報員がかくも感情豊かにこの新世界を渡り歩いていること自体、彼自身も予想だにしえないことであった。



 そして、セノフォンテ・コルデロは眼前の光景に目を見張る。そこは実に近代的で奥行きの明瞭な空間。清潔感もあり、同時に立体的な造りをした回廊のようなガラス張りの空間を認識して何故だか安心感を覚えた。昔、セノフォンテが所属していたICPO内部の諜報組織や工作員の所属する地下ビルもこのような装いであった。

 少しばかり放心気味であったセノフォンテでも、次の一瞬にはふと現実に立ち直った。というより、より現実離れした光景にさらに呆気にとられたといった具合に近い。

「なっ」
「落ち着け、コルデロ。それにしても……なんとも拍子抜けくらい普通にいるな。アレはこの世界の生き物ではないぞ。この世界には牛も羊も馬も鹿も熊もリスも鳥もいるにはいるが、あんなものは存在しない。無論、外界たる我々の故郷にもいるはずがない生き物だ」

 合成獣。
 外界の人間が想像するそれはわざわざ恐ろし気な異形の怪物ばかりイメージされてきたが、なかなかどうして、その合成獣は一見しただけで怪物と思わざるを得ない姿をしていた。それは熊のような体躯を持ち、貌はハイエナのようなそれ。ビックホーンのような堅牢な双角を持ち、前足は爬虫類のような鱗に覆われた蜥蜴に似たもの。尻尾は異様に細く長いものであり、鞭のように絶えず空間を世話しなく往来していた。

「人間の想像力の限界みたいな見た目してますね」
「ジョークが言えるくらい君も場慣れしてきたわけだが……その言葉はまさに核心めいていると言えよう。何しろ、POP財団とは外来人が主軸となって形成されている組織であり、おそらく君も耳にしたことがあるレベルの世界規模の研究団体が協賛して構築された巨大な寡占体系だ。財団の保有する資源や資材の量と質からすればわかることだが、奴らがこの世界に持ち込む物資の量は尋常ではない。おまけに怪しげな人工生物であるシャベナラすら町に大量に解き放って従事させている始末だからな。人間でなくてはこんな愚かな生物の創造になどは手を出さんだろうに」
「にしても悪趣味な……そもそも動物をこうもあからさまに継ぎ接ぎしたところで生命として優位な何かが誕生するとはとても思えませんがね」

 両名は身を低くしながらそれらの異形を前にしばり歓談していた。怪しげな研究棟に潜入し、実に怪しげな生命体を発見したのだからこれは潜入の成果とみてまず間違いないのだが、それでもそんな異形の回廊を歩めるほど大胆不敵ではなかった。

(視野に入らない死角を考慮しても恐らくは七匹以上。いや、最低でも十匹はいるつもりでいた方がいいか…?)

 数秒に満たない思案の最中であったが、その沈黙を破ったのは彼の背後にある従来の用途を持った扉の開閉音であった。

「へ?」

 空間を接続して疑似的な瞬間移動を成し遂げたことで念頭の外側にあった事態。あたり前のように本来の扉とは、こちらとあちらを繋ぐ部屋の仕切りであり、空間縮地のゲートではない。背後にしたその扉からヒトが出てくるなどとは考えてもいなかった両名は声を殺しつつもその自体に仰天した。

「あー……ハイハイ。……へー。………マジかぁ」

 扉から姿を現したのは女性だった。髪が短く眼鏡を斜めらせた理系然とした女性。彼女はなんとも言えない苦悶の表情で二人を流し見した後、手にしていたタブレットを少しばかりフリックした後に張り詰めた沈黙を破った。

「あー。こちらタワー・ヘイブン。えー……侵入者と思われる二名を発見しました。………ええ。どちらも人間のようです。一人は見慣れない若い男で、もう一人は確か…何だっけな……ああ…確か市民生活支援団体のなんとかっていうヒトだったと思います」

(まずい…ッ!!!!)

 考えるよりも先に手が動いていたのはグランの方であった。セノフォンテが手にしていた撃墜棍を握り直すよりさらに速くグランは手にしていた拳銃の安全装置を解除し、女性に向けてそれを掲げた。それから引き金を引くまでにおそらく躊躇いはなかっただろう。彼は手にした拳銃という凶器に怖気づくことなく発砲まで即座に移行した。
 だが、それより早かったのは通信を終えたと思われれる女性の掛け声だった。

「「 ハ ン ト 」」

――

 猛獣の唸り声。振り向くのと同時にその身に圧し掛かる凄まじい重みと大きな何か。顔のすぐ上で涎を撒き散らしながら獣の荒ぶる食欲、或いは狩猟欲がありありとその様を見せつけてきた。
 発砲したグランは既に身を翻して回避の体勢にあった。と同時にセノフォンテに襲い掛かったその合成獣の眉間に向けて空かさず第二の発砲。マズルフラッシュのあとに血の飛沫が舞い、セノフォンテが巨躯の重みから脱する隙が生まれた。

 扉の閉まる音。女性に向けられた発砲は外れていたらしく、彼女は逃げ遂せ、代わりに彼女の発した掛け声と共にその回廊内の全ての猛々しい合成獣が威嚇しながら彼らに向き直っていた。

「何がタワー・ヘイブンだよ。大した地獄絵図じゃないか」
「コルデロ。獣相手の戦闘の経験は?」
「さぁ、馬に乗るのは一度だけ経験ありますがね」
「手強いだろうが、すぐにここから抜け出さなくてはすぐにより窮地に身を置くことは確実だろう。何せ、侵入者とあれほどあっさり看破、明言されてしまってはこちらに立場はない」

 セノフォンテは改めて握った。軽すぎず、強すぎず、とにかく速度を重視する姿勢で初動につなげる。

「弾の節約は考えずにとにかく急所を狙ってサポートをお願いします」

――――――
――――――
――――――


「なによ。エリゼきゅん。…綺麗なお顔がホント台無しだわ」

 地面に大の字で転がり朽ちている、心血燃えつくした女にそのヴァンプールは声をかけた。彼女の体にあるのは傷と言えるようなものではなく、言うなればそれは魂の損傷と言っても過言ではないほどの凄烈な痛手であった。身は解れて変色し、指先から目元に至るまでに木像を抉り抜いたような深い皺と亀裂に彩られていた。足元は肉と骨と皮が濁り混ざっており、流血すら伴わない深手を前にすればかける言葉も続かなかった。
 特別美しくはないものの、それでも嘗ての成端で整った貌は闇を宿した悪魔のそれになってしまった。薄く開いた瞼の奥にあるのはエメラルドの玉ではなく、濁った暗褐色の悪の残り火のようだった。

「そういうアンタは面の皮が厚すぎるのよ」
「あら?案外元気そうね………ってのも良くないわね。よくもまぁアレだけ暴れてヒトの形保ってるわね」

 大の字になっていたエリゼは寝返りをうつ。背中から糸を引いて伸びるのは闇の残滓ともいえよう邪悪の名残であった。ヒトが過ぎたる力を求めた代償を払えと言わんばかりに、その闇の糸は彼女の背中の皮を剥いで抉った。

「アナタが逝く瞬間に立ち会えるとは思わなかったわよ」
「何言ってんの。私は死ぬつもりはないよ。本気で戦ったけど、死ぬ気で戦ったわけじゃないし」
「恵能の暴走。いえ、恵能の濫用と呼ばれる世界の禁忌。冒しがたい人間以前の生命の禁忌。捲ってはいけないページを捲ったのはアナタ自身。アナタを裁くのは人間でもヴァンプールでもなく、己を侵した世界そのものでしょうよ」
「神妙な御託なら……また別の時にして頂戴。……あー。疲れた。…ホント、何やってんだろ。私は」
「今ならアタシでもエリゼきゅんを殺せるわね」

 そこでエリゼはやれやれと言った具合に草臥れながら返す。
「そーね。やりたいなら、やりなさい。死にたくないし、まだまだ未練たっぷりだけど…生憎今の私は燃料切れ。犬の餌にされるくらいならアンタみたいなヴァンプールの手にかかって死ぬのも吝かじゃないわ」
「なんてこと。ジョーダンよジョーダン。マジにしないでよね!!失礼しちゃうわ。アタシは仲買人よ。そんでナビゲーターなの。アタシはエリゼきゅんを殺したがってるお友達たちをごまんと紹介できるけど、今はそーいう気分じゃないし。そんなことしたらフーシちゃんにブチ殺されちゃうって話よ――――」

 突如、何かに怯えたようにアミヤナは身を翻した。突き刺すような威圧。気魄を撒き散らす暴威の塊染みたエリゼ・キホーテとは一味も二味も違う嫌な気配だ。そして、アミヤナ知っていた。ここまで明確に己の感情や心境を色を付けて空気に放出するある種の《威嚇》や《威風》の類を発生させるのは、外ならぬ人間以外には持ちえない能力だ。 

 白い制服隊。恰好だけみればどこぞの国の勲章授与式の帰り道ですか、と問いたくなる類の華美な装飾が誂えられた絢爛なそれら。上から下まで綺麗に着こなした育ちのよさそうな人間の集団たちは、先頭を歩む優男を立てるとうに逆三角形の隊列でにじり寄ってきた。歩みを進める歩幅すらも基調的であり、手にした物騒な巨大なライフルの機体の角度すら揃っている様は大した統率力と認めざるを得なかった。

「噂をすればね。……フーシちゃん。どーしたのよ血相変えて」
「いやいや、僕はいつだってポーカーフェイスだとも。ま、仕事だよ。…それとも
「何よ。物騒なこと言っちゃってマァ。分かってるでしょ、マキナ・ヴェッラ。いえ、アーカス・レイ・ワダクとやり合ってたのよ。ここでね」
「そんなことはどうでもいいのさ。エリゼが悦び勇んで暴れるのはいつものことだからね。僕のサポートなしはまぁ良いとして、ガラデックス抜きで彼を打倒するとは夢にも思わなかったけどね。結局、その所為で仕事が増えるハメになるんだから困ったもんだよ」

 フーシは背後に並んだ部下と思われる白制服の者らに顎で合図を出し、エリゼの回収作業に入らせた。皆一言も発することなく淡々とタンカを用意して彼女を搬送しようとする様はどこか人間味に欠けている様相さえあった。

「仕事ですって?監獄塔の《看守長》ともあろう大物がこんなバザールで何の仕事があるってのよ?……って、もうバザールの面影も何もあったもんじゃないわね」
とでも言えば良いのかな。確かに本来の僕の仕事の範疇にないと言えばそうだ。これから少々《防衛線》維持のための動きが必要になる。エリゼの回収も必要だしね。―――とにかく、世界に予期せぬ歪が少なからず生じたんだ。血気盛んなのヴァンプール共をみすみす監獄に侵入させるわけにはいかないからね。中の防衛は他の職員にあたらせて、看守長様はわざわざ小隊引き連れて表に出てきたってわけ」

 フーシ・リンカン。プラグ・S第一圏において、特別収容プロトコルにおいて駆除不能封印必須と指定された上位カテゴリーの収監と封印、観測や研究までを担った特別施設である通称《白い監獄塔》と呼ばれる監獄において看守長として大任を任された対ヴァンプール組織イーネの構成員。
 思い上がったヴァンプールはまずフーシで恥をかく。と、ヴァンプールの間で慣用句染みた言い回しが浸透するほどの有名人であり、彼が任されている監獄に収監されているヴァンプールはどれも凶悪かつ強力な存在ばかりであり、それらを前に君臨している彼を相手どって無事で済むヴァンプールはまず存在しないという意味あいであった。

「まさか難攻不落かつ脱出不能の白い監獄塔に直接乗りこむ馬鹿がいるとは思えないけど……ほら?アミヤナ。君の後ろにいる彼女みたいに息巻いてココに顕れるやつもいることだしさ」
「えっ……―――」

 アミヤナは言葉を失う。アミヤナは知っている。自分が人間の女性の口調や態度を真似るのはヴァンプールに人間と同じような雌雄の区別が存在しないからであり、両性具有かつ常時的に群集体系の権能を有する上位生物にはそもそも男女を選定する必要がない。だが、フーシは今自分の後ろにいる存在に対して彼女と言った。
 アミヤナは言葉を失う。アミヤナは知っている。ヴァンプールと呼ばれる生命体は互いに認識などなくとも同種たるヴァンプールの居場所を知覚する術があり、大抵はその機能が常時発動してる。そのためよほど生まれたてか力のないヴァンプール以外ではただ生きているだけでその居場所は大抵認識されるものなのだ。

 しかし、今、アミヤナの背後に立つ存在はフーシが対処するに値する女性であり、なおかつヴァンプールのセンサーによって存在が知覚されない

―――――

「あら?我が王にして、の仇の女の姿が見えませんわ。残念ね」

 アミヤナですら畏怖する存在。いや、ヴァンプールだからこそ畏敬を持つ存在。

 いずれ君臨するとされるヴァンプールの大王もそうであるとされるのなら、彼女はまさしく候補生とでもいえよう。

 人間とヴァンプールのハーフ。尋常ならざる血族。血溜まりを干す存在。
 それは《#王種__ハーフ_#》と呼ばれる稀有な生命。


「カテゴリー4。永遠の淑女・エカチェリーナ。今ここで駆逐する――――」










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