13 / 33
月の獣を探せ
12 奮え立つ猛者たち
しおりを挟む
古めかしい屋敷。外界の欧州における中世領邦主人の持つ城にも劣らない絢爛かつ、不気味なそれが堂々と聳え立つ第一圏と第二圏の境界的な地域。その隠す気が微塵も感じられないヴァンプールの棲み処には彼らヴァンプール狩らんとする組織すらもその手を拱く《暴れん坊》が広い謁見室で鎮座していた。
いくら絢爛不気味な屋敷にて鎮座するヴァンプールとはいえ、ソレに格式高さや気品などは微塵もない。彼を指し示す共通語が暴れん坊というだけであり、鎮座しているその姿でさえ何か只ならぬ落ち着きのなさが隠せていなかった。
「んンんン~~~~~?????」
白髪白胴白貌の老婆とも翁とも似向いたその姿。外界の人間から見ればそれこそ少し変わった同種に見えてならないだろうが、人間と変わらぬ原型骨格と似通った構造を有しているとはいえ、彼は人間とは遥かに乖離し、なおかつ超越的な存在であることは間違いなかった。
「如何成されましたか。お館様?」
一見しただけで召使と判じられるような模範的な従者がそのヴァンプールに問いかける。
その姿を流し目に見据えているのは道行く者が誰もが彼女を見るために振り返る程の美貌を有した女性だった。彼女は、鎮座しつつも常に世話しなく唸声をあげているその《お館様》の様子をくだらなそうに眺めながら、常でさえ高く整った慎重の体躯をか細いヒールで底上げし、無窮の輝きを放つ宝石に彩られたドレスに身を据えて腕を組み謁見室の主柱に体を預けていた。
「よもや人間風情はこれほどまであからさまな世界の軋みすら感じ取れんとは!!んンん!!!常でさえ面白味の欠片もない劣等種風情が情緒も感じられぬのなら疾く失せよ!!嗚呼!!!なんと恐慌たる世界か。この役立たずの隷民共とこの軋みを生み出した生物が同じ人間とは俄には信じられんな!!!!」
「憐憫たる我が民族の羞恥を平に謝罪致します。どうか聡明で高潔たる御身に平穏あれ。如何なる人間であれ、御身がご案じあそばされる事態では決してございませぬ」
「馬鹿者が!!!全く以て貴様のような下賤な劣等種は救えぬ!!!救えぬぞッ!!!だから風情が分からぬと言っとるのだよ。儂が案じているだと!?!?蒙昧もここまでくれば滑稽よな!!!!儂は昂っておるのだ!!世を憂うものか!!この血沸き肉躍る狂瀾にこの身を据えずになんとする!!!!」
「ああ、お館様。なりません。御身はこの地にて偉大なるお役目があられる境界の守護者。御身あらずして、世界の均衡は保つことなど決して――――」
「 黙 ッ れ !!!!!」
その爆風に似た憤怒の叫びが謁見の間に響く。それと同時に召使の体が握りつぶした果実のように血を噴き上げながら膝から崩れ落ちていった。秒も要さない絶命。然る後に広がるのは血に染まったカーペットであった。
「ええい!!小汚い!!!!疾くそれを片付けんか!!!!」
お館様の命令のもとに新たな従者が駆けつけ、召使の凄惨な死体を回収し、そそくさとカーペットを慎重してみせた。その従者たちの健気な様子を見るに、高潔な風格を持った女性は口を開いた。
「まったく……」
「んンんン!?!?ああ。軋みに耳を傾けるあまり忘れておったわ!!!んンんン!!!お見苦しい所を客人にお見せしてしまったな!!!」
「ええ。《暴虐卿エデ》と呼ばれ恐れられる貴公が随分と人間の下僕にご執心なご様子で……ヒトなど扱いずらいのみの穀潰しでしょうに。嘗ての悪食王のように食用に運用する方がまだ私の矜持も乗りましょうが」
「人など喰らって何が面白い!!!お嬢ともあろうものがあの悪趣味な下衆と同じ趣味とは興が削がれるわい!!!」
「あら?《悪食王ラン・インツイ》を侮辱するのであれば貴公とて少し慢心が過ぎるのでは?私めの理想はまさに彼の御方。カテゴリー4程度の暴虐卿ではあの御方の前には平伏すばかりでしょうに」
「んンんンんン!???!!儂の館で儂を卑下するとはどういった了見か!!!劣等種共が定めた基準などで我が血族を図るなどとは愚の骨頂。脅威の度合いなど、それを口伝える者らごと屠り散らせば昇ることもあるまいに!!!!!」
不穏な気配が当たりを満たす。殺意に形があるとすれば、お互いがまるでそれを拳銃の形の殺意を持って向き合っているようなものだ。
「―――いえ。確かに貴公の仰る通り。私めは御身を卑下する立場ではあらぬ分際でしたわ。どうか御赦しを。私がこの僻地の館の門を潜ったのはまさにこの軋みに関しての意見共有といった所でして」
「んンんン!?!?訳知りというわけだな。ならば宜しい!!!!儂とて劣等種の妄言ばかり聞いていては耳を腐らせてしまう所であったわい!!!!―――――――して、何事か!!!この軋みが人間の身で起こった歪であることは明瞭だ!!!しかし、これほど強烈な禁忌の門を叩くのはどのような愚者なのだ!!!!???」
「この度の怪異。空の歪を齎した人間とは即ち、我が王にして偉大な御方であるイーネの猛犬。名をエリゼ・キホーテと定める戦士にございます。ええ、本来であれば私めがこの手でその首を晒上げて然るべき王の仇。あの忌々しき白き監獄塔に我が王を鎮めた張本人でございます」
「ほう!!!!それはなんとも因果な!!!!!!」
「ええ。確かにこれは因果ともいえましょう。かつて我が王を伏した禁忌の力。それは彼の者がこれまで我が王に向けてのみ放った一度限りの刃でございました。しかし、この度エリゼ・キホーテなるイーネのヒトがその力の矛先と据えたのは我が王を打倒する際にエリゼ・キホーテが手を組んだ外界の人間であるアーカス・レイ・ワダクを元とするマキナ・ヴェッラであるとのことでございます」
そこで白髪白胴白貌の暴虐卿エデが目を剥く。
「ならばヌシの遺恨も憤怒も知れように!!!!まったく、残された者も難儀よな!!!!!!!ましてお嬢のような忘れ形見の苦渋など慮るに堪えんわい!!!!!!」
「左様。これほどまでの侮辱はございません。我が王を討ち滅ぼした災厄の星辰を、あろうことか奴の今は死した盟友に向けて放っているのですから―――――赦されるのであらば私めが出向いて即座にその身を滅ぼしたい所存であります」
「んンんンんンん!!!!!???成る程、お嬢がよもやこのような僻地で油を売っているのは気紛れではなさそうであるな!!!!して、どれほどの大儀があって我の領門を叩いたのだ!!!????その身の復讐心を満たすことより優先すべきことが儂に会うことだとは思えんがな!!《永遠の淑女エカチェリーナ》嬢ともあろう者が我に何用か!!!!??」
淑女と呼ぶにはあまりに華美で美しく、佇むだけでその高潔さと残忍さの垣間見える悪魔のような女性はそれに答えた。
「最終圏の支配者。十の権能者が一角。アンドリュー・ストローからの直接の詔を預かり、その言葉をここに届けよと私めは差し向けられました。――曰く、此度の戦乱の内で暗躍を試みている二人の外来人を亡ぼせ、と」
「んンんンんン????どういう了見か、何が楽しくてヒト如きの殺処分に我らが向かう必要がある!!!?あの妖しき絡繰り道化の首魁に指図される謂れがあるのだ!!!傲岸不遜も極まれり!!あのような痴れ者に貸す耳も手足も持ち合わせておらぬわい!!!!」
そこで淑女エカチェリーナは重々しく頷いた。やがて組んでいた腕をほどき、高いヒールから音を鳴らしながら歩み去る。
「ええ。私めも同意見でございます。しかし、これにて私めの伝達の任は解かれました故、これ以降は個人的な興味の元に我が道を歩むつもりですわ」
「んンんンんンん!!!!??令嬢が出向くには動悸がちと淡泊なものであろう??その高潔な足を掬う興味とはなんぞや!!」
「いえ。大したことではございませんわ。只、あのバーソロミュー・ガラデックスですら擁護せしめるその外来の男に興味あるのみ――ましてあのイーネの雷霆に守られていないその今ある矮小な魂が、一体どれほどの美味であるかと気になるので」
――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
禁断の惑星の体現。その身に許容された空間掌握と因果漂白を優に超えた権利の濫用。隔絶されし三千世界を集約した邪悪の力は、一人の人間エリゼ・キホーテの身に蒐集され、鏖を司る暴威へとその身を変貌させた。広大な宇宙すら呑み込まんというその闇の権化。戴く全てを屠らんとする闇の光。どこまでも昏く澄んだ四肢と五体はその身をヒトの形と成したまま魔人打倒という本懐を成す、ただそれだけのために世界を歪めてしまった。
博愛に縁遠かった人間が抱いた羨望と憧憬。暴走した絆が生んだ怪物は絶え間なく蒐集される闇を以てして、幾万もの無辜の生命を凌辱せんと殺戮を体現せしめる力で一人の道化騎士に向き合った。
最強の生物。単騎にして万の英雄を屠り往なすとすら言われる最終圏の剣。折れることなく命を遊ぶ白銀の刃と、一切不貫にして不沈の甲冑を纏った戦うためだけに作られた存在。最終圏の支配者アンドリュー・ストローの私兵にして下僕であり、内によりその役目は世界を彩るための使い捨ての手駒に過ぎない哀れな魂だった。
その気になれば秒間百を超える屍の山を築くことも出来るであろう邪悪の禁忌と化したエリゼ・キホーテと、その哀れな魂たるマキナ・ヴェッラ=アーカス・レイ・ワダクは互角に立ち合った。世界の在り方を変質されるまでの因果律への過干渉を以て空間を支配してなお、アーカスの持つ力は強大と言わざるを得なかった。
光線。爆発。明滅。自壊。再生。激震。死。生。
刹那の合間に繰り広げられる死闘は周囲の環境を瞬く間に荒野に変貌させた。いや、因果律に加えられた再生を司るコードが変数化された空間を常に変化させ続けている。フィールドは瞬きを待たずに四季を巡り、宇宙から降り注ぐ途の力を蒐集し、己の推進力に変えていく。彼女が意図するよりも先に空間が断裂し、それに沿うように無限の斬撃が後を追った。避けることが出来ない無限の剣戟を前にアーカスはあくまでのそれと正面から向き合い、刹那を流れる無限の剣線をその身一つで挑んだ。
邪悪を宿す悪の化身。生命の棲む世界を冒涜せしめた個体エリゼはなおも咆哮した。呪怨と怨嗟をただ一人の外来人が齎した愛のもとで増幅させ、世界に綽名す己の邪悪すらも支配した。禁忌とは即ち、世界を縛るルールを無視した邪悪であり、今の彼女は禁忌そのもの。強大な敵に立ち向かうことを宿命として背負った戦士の末路であった。
「アーカスは言ったよ。どんなに世界が辛く苦しくたって……目を背ければそこで全てが意味を失ってしまうって」
「この期に及んで昔語りとは洒落が効かんなァ!!!余興ならこの剣戟のまだ見ぬ合間にしてもらいたいものだ!!」
「アーカスの仇を取り、人類こそがこの世界の支配者たらんと見せつける。どこまでの生命を侮辱した貴様の首魁であるアンドリュー・ストローのその身を灰塵と化し、肉の一かけらすら残らぬほどに断罪するまで、私は止まってはいけないんだ」
「その修羅の途を是非とも振り返ってほしいものだ。その激情と大層な理想に巻き込まれて潰えるのは紛れもない人間の生み出した文明であり、犠牲になるのもお前の傍をゆく人間たちだ!!!その理想はお前のみが見ている幻想であり、今まさにお前が成している禁忌によって奴らは目覚めるであろうな!!俺という魔人一人と対等に向き合うために手前で禁忌を引き寄せ、その身に邪悪を宿したことで結果的に得と富を得るのはお前が忌み嫌うヴァンプールたちだろうに!!!……それとも、ヴァンプール退治などと己を慰める戦いはどこまでいっても亡くした友人を諦めきれないが故の驕りと言い訳であったか!!どちらが真の道化だろうな!!!!」
―
闇が天を貫いた。一切不貫の甲冑を穿ち、魔人の内臓を抉る。
朝のひばりが周囲を満たす。千変万化する情景が次に降ろしたのは夜の帳だった。
「魔人どもが見ているその世界は夢の足跡だ。…お前はアーカスじゃない」
「いいや、俺こそがアーカス・レイ・ワダクだとも。どこまでも醜く腐った人間の性を捨てられない哀れな道化さ」
「ほざけッ」
動きの鈍ったマキナ・ヴェッラの右手が消滅した。目にも留まらぬ、留まるはずもない超速の蹴りによってその肩から先が引き裂かれたのだ。
「俺は人間だとも。ああ。魔人であるのは間違いないがな。貴様が人間を捨てて禁忌に走ったのとは裏腹に、俺はアンドリュー・ストロー、己の主人に忠誠を見出したか弱い人間に過ぎない。ははっ、大した悲劇じゃないか。それとも喜劇か?…うんざりするような貴様の道化染みた復讐衝動に焼かれているのは紛れもないお前の愛したアーカス・レイ・ワダクだというのにな」
マキナ・ヴェッラの甲冑は消滅した。手にしていた剣は溶け、水泡のように光の細かい粒子となって消滅してしまった。残ったのは道化衣装のはがされた人間一匹。何が出来るはずもなく、今度は引き裂かれた右腕とは対の位置にある左足を斬り離されてしまった。勿論、血は見応えがあるまでに吹き散らかす。
「悲痛の声でもあげてくれれば。少しは手ごたえがあるんだけどな……ここまでして即死しないのに、人間を語るな化け物が」
「ははっ。痛くて涙を流せば満足か?それとも死ぬ寸前まで呪詛を吐けと?……俺はそこまで馬鹿にはなれん」
「お前は――――アーカスじゃ、ない」
「終わらぬ問答だな。世界の終焉までそうやって自問自答しているといい。ああ、お前は生き残るのだろうな。大王が全てを手に入れ、全ての生命がその無力に落涙する瞬間にもきっと立ち合えるだろう……俺は……痛みでは泣かないが……きっと……そ…には……な…る…ぁ」
魔人は死んだ。
強大な力を持つマキナ・ヴェッラを人間風情が凌ぐには、かくも邪悪に走らねばならない。
選ばれし雷霆を奮える人間であれば、今の彼女に巡る焦燥を味わうことはなかったのかもしれない。
いくら絢爛不気味な屋敷にて鎮座するヴァンプールとはいえ、ソレに格式高さや気品などは微塵もない。彼を指し示す共通語が暴れん坊というだけであり、鎮座しているその姿でさえ何か只ならぬ落ち着きのなさが隠せていなかった。
「んンんン~~~~~?????」
白髪白胴白貌の老婆とも翁とも似向いたその姿。外界の人間から見ればそれこそ少し変わった同種に見えてならないだろうが、人間と変わらぬ原型骨格と似通った構造を有しているとはいえ、彼は人間とは遥かに乖離し、なおかつ超越的な存在であることは間違いなかった。
「如何成されましたか。お館様?」
一見しただけで召使と判じられるような模範的な従者がそのヴァンプールに問いかける。
その姿を流し目に見据えているのは道行く者が誰もが彼女を見るために振り返る程の美貌を有した女性だった。彼女は、鎮座しつつも常に世話しなく唸声をあげているその《お館様》の様子をくだらなそうに眺めながら、常でさえ高く整った慎重の体躯をか細いヒールで底上げし、無窮の輝きを放つ宝石に彩られたドレスに身を据えて腕を組み謁見室の主柱に体を預けていた。
「よもや人間風情はこれほどまであからさまな世界の軋みすら感じ取れんとは!!んンん!!!常でさえ面白味の欠片もない劣等種風情が情緒も感じられぬのなら疾く失せよ!!嗚呼!!!なんと恐慌たる世界か。この役立たずの隷民共とこの軋みを生み出した生物が同じ人間とは俄には信じられんな!!!!」
「憐憫たる我が民族の羞恥を平に謝罪致します。どうか聡明で高潔たる御身に平穏あれ。如何なる人間であれ、御身がご案じあそばされる事態では決してございませぬ」
「馬鹿者が!!!全く以て貴様のような下賤な劣等種は救えぬ!!!救えぬぞッ!!!だから風情が分からぬと言っとるのだよ。儂が案じているだと!?!?蒙昧もここまでくれば滑稽よな!!!!儂は昂っておるのだ!!世を憂うものか!!この血沸き肉躍る狂瀾にこの身を据えずになんとする!!!!」
「ああ、お館様。なりません。御身はこの地にて偉大なるお役目があられる境界の守護者。御身あらずして、世界の均衡は保つことなど決して――――」
「 黙 ッ れ !!!!!」
その爆風に似た憤怒の叫びが謁見の間に響く。それと同時に召使の体が握りつぶした果実のように血を噴き上げながら膝から崩れ落ちていった。秒も要さない絶命。然る後に広がるのは血に染まったカーペットであった。
「ええい!!小汚い!!!!疾くそれを片付けんか!!!!」
お館様の命令のもとに新たな従者が駆けつけ、召使の凄惨な死体を回収し、そそくさとカーペットを慎重してみせた。その従者たちの健気な様子を見るに、高潔な風格を持った女性は口を開いた。
「まったく……」
「んンんン!?!?ああ。軋みに耳を傾けるあまり忘れておったわ!!!んンんン!!!お見苦しい所を客人にお見せしてしまったな!!!」
「ええ。《暴虐卿エデ》と呼ばれ恐れられる貴公が随分と人間の下僕にご執心なご様子で……ヒトなど扱いずらいのみの穀潰しでしょうに。嘗ての悪食王のように食用に運用する方がまだ私の矜持も乗りましょうが」
「人など喰らって何が面白い!!!お嬢ともあろうものがあの悪趣味な下衆と同じ趣味とは興が削がれるわい!!!」
「あら?《悪食王ラン・インツイ》を侮辱するのであれば貴公とて少し慢心が過ぎるのでは?私めの理想はまさに彼の御方。カテゴリー4程度の暴虐卿ではあの御方の前には平伏すばかりでしょうに」
「んンんンんン!???!!儂の館で儂を卑下するとはどういった了見か!!!劣等種共が定めた基準などで我が血族を図るなどとは愚の骨頂。脅威の度合いなど、それを口伝える者らごと屠り散らせば昇ることもあるまいに!!!!!」
不穏な気配が当たりを満たす。殺意に形があるとすれば、お互いがまるでそれを拳銃の形の殺意を持って向き合っているようなものだ。
「―――いえ。確かに貴公の仰る通り。私めは御身を卑下する立場ではあらぬ分際でしたわ。どうか御赦しを。私がこの僻地の館の門を潜ったのはまさにこの軋みに関しての意見共有といった所でして」
「んンんン!?!?訳知りというわけだな。ならば宜しい!!!!儂とて劣等種の妄言ばかり聞いていては耳を腐らせてしまう所であったわい!!!!―――――――して、何事か!!!この軋みが人間の身で起こった歪であることは明瞭だ!!!しかし、これほど強烈な禁忌の門を叩くのはどのような愚者なのだ!!!!???」
「この度の怪異。空の歪を齎した人間とは即ち、我が王にして偉大な御方であるイーネの猛犬。名をエリゼ・キホーテと定める戦士にございます。ええ、本来であれば私めがこの手でその首を晒上げて然るべき王の仇。あの忌々しき白き監獄塔に我が王を鎮めた張本人でございます」
「ほう!!!!それはなんとも因果な!!!!!!」
「ええ。確かにこれは因果ともいえましょう。かつて我が王を伏した禁忌の力。それは彼の者がこれまで我が王に向けてのみ放った一度限りの刃でございました。しかし、この度エリゼ・キホーテなるイーネのヒトがその力の矛先と据えたのは我が王を打倒する際にエリゼ・キホーテが手を組んだ外界の人間であるアーカス・レイ・ワダクを元とするマキナ・ヴェッラであるとのことでございます」
そこで白髪白胴白貌の暴虐卿エデが目を剥く。
「ならばヌシの遺恨も憤怒も知れように!!!!まったく、残された者も難儀よな!!!!!!!ましてお嬢のような忘れ形見の苦渋など慮るに堪えんわい!!!!!!」
「左様。これほどまでの侮辱はございません。我が王を討ち滅ぼした災厄の星辰を、あろうことか奴の今は死した盟友に向けて放っているのですから―――――赦されるのであらば私めが出向いて即座にその身を滅ぼしたい所存であります」
「んンんンんンん!!!!!???成る程、お嬢がよもやこのような僻地で油を売っているのは気紛れではなさそうであるな!!!!して、どれほどの大儀があって我の領門を叩いたのだ!!!????その身の復讐心を満たすことより優先すべきことが儂に会うことだとは思えんがな!!《永遠の淑女エカチェリーナ》嬢ともあろう者が我に何用か!!!!??」
淑女と呼ぶにはあまりに華美で美しく、佇むだけでその高潔さと残忍さの垣間見える悪魔のような女性はそれに答えた。
「最終圏の支配者。十の権能者が一角。アンドリュー・ストローからの直接の詔を預かり、その言葉をここに届けよと私めは差し向けられました。――曰く、此度の戦乱の内で暗躍を試みている二人の外来人を亡ぼせ、と」
「んンんンんン????どういう了見か、何が楽しくてヒト如きの殺処分に我らが向かう必要がある!!!?あの妖しき絡繰り道化の首魁に指図される謂れがあるのだ!!!傲岸不遜も極まれり!!あのような痴れ者に貸す耳も手足も持ち合わせておらぬわい!!!!」
そこで淑女エカチェリーナは重々しく頷いた。やがて組んでいた腕をほどき、高いヒールから音を鳴らしながら歩み去る。
「ええ。私めも同意見でございます。しかし、これにて私めの伝達の任は解かれました故、これ以降は個人的な興味の元に我が道を歩むつもりですわ」
「んンんンんンん!!!!??令嬢が出向くには動悸がちと淡泊なものであろう??その高潔な足を掬う興味とはなんぞや!!」
「いえ。大したことではございませんわ。只、あのバーソロミュー・ガラデックスですら擁護せしめるその外来の男に興味あるのみ――ましてあのイーネの雷霆に守られていないその今ある矮小な魂が、一体どれほどの美味であるかと気になるので」
――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
禁断の惑星の体現。その身に許容された空間掌握と因果漂白を優に超えた権利の濫用。隔絶されし三千世界を集約した邪悪の力は、一人の人間エリゼ・キホーテの身に蒐集され、鏖を司る暴威へとその身を変貌させた。広大な宇宙すら呑み込まんというその闇の権化。戴く全てを屠らんとする闇の光。どこまでも昏く澄んだ四肢と五体はその身をヒトの形と成したまま魔人打倒という本懐を成す、ただそれだけのために世界を歪めてしまった。
博愛に縁遠かった人間が抱いた羨望と憧憬。暴走した絆が生んだ怪物は絶え間なく蒐集される闇を以てして、幾万もの無辜の生命を凌辱せんと殺戮を体現せしめる力で一人の道化騎士に向き合った。
最強の生物。単騎にして万の英雄を屠り往なすとすら言われる最終圏の剣。折れることなく命を遊ぶ白銀の刃と、一切不貫にして不沈の甲冑を纏った戦うためだけに作られた存在。最終圏の支配者アンドリュー・ストローの私兵にして下僕であり、内によりその役目は世界を彩るための使い捨ての手駒に過ぎない哀れな魂だった。
その気になれば秒間百を超える屍の山を築くことも出来るであろう邪悪の禁忌と化したエリゼ・キホーテと、その哀れな魂たるマキナ・ヴェッラ=アーカス・レイ・ワダクは互角に立ち合った。世界の在り方を変質されるまでの因果律への過干渉を以て空間を支配してなお、アーカスの持つ力は強大と言わざるを得なかった。
光線。爆発。明滅。自壊。再生。激震。死。生。
刹那の合間に繰り広げられる死闘は周囲の環境を瞬く間に荒野に変貌させた。いや、因果律に加えられた再生を司るコードが変数化された空間を常に変化させ続けている。フィールドは瞬きを待たずに四季を巡り、宇宙から降り注ぐ途の力を蒐集し、己の推進力に変えていく。彼女が意図するよりも先に空間が断裂し、それに沿うように無限の斬撃が後を追った。避けることが出来ない無限の剣戟を前にアーカスはあくまでのそれと正面から向き合い、刹那を流れる無限の剣線をその身一つで挑んだ。
邪悪を宿す悪の化身。生命の棲む世界を冒涜せしめた個体エリゼはなおも咆哮した。呪怨と怨嗟をただ一人の外来人が齎した愛のもとで増幅させ、世界に綽名す己の邪悪すらも支配した。禁忌とは即ち、世界を縛るルールを無視した邪悪であり、今の彼女は禁忌そのもの。強大な敵に立ち向かうことを宿命として背負った戦士の末路であった。
「アーカスは言ったよ。どんなに世界が辛く苦しくたって……目を背ければそこで全てが意味を失ってしまうって」
「この期に及んで昔語りとは洒落が効かんなァ!!!余興ならこの剣戟のまだ見ぬ合間にしてもらいたいものだ!!」
「アーカスの仇を取り、人類こそがこの世界の支配者たらんと見せつける。どこまでの生命を侮辱した貴様の首魁であるアンドリュー・ストローのその身を灰塵と化し、肉の一かけらすら残らぬほどに断罪するまで、私は止まってはいけないんだ」
「その修羅の途を是非とも振り返ってほしいものだ。その激情と大層な理想に巻き込まれて潰えるのは紛れもない人間の生み出した文明であり、犠牲になるのもお前の傍をゆく人間たちだ!!!その理想はお前のみが見ている幻想であり、今まさにお前が成している禁忌によって奴らは目覚めるであろうな!!俺という魔人一人と対等に向き合うために手前で禁忌を引き寄せ、その身に邪悪を宿したことで結果的に得と富を得るのはお前が忌み嫌うヴァンプールたちだろうに!!!……それとも、ヴァンプール退治などと己を慰める戦いはどこまでいっても亡くした友人を諦めきれないが故の驕りと言い訳であったか!!どちらが真の道化だろうな!!!!」
―
闇が天を貫いた。一切不貫の甲冑を穿ち、魔人の内臓を抉る。
朝のひばりが周囲を満たす。千変万化する情景が次に降ろしたのは夜の帳だった。
「魔人どもが見ているその世界は夢の足跡だ。…お前はアーカスじゃない」
「いいや、俺こそがアーカス・レイ・ワダクだとも。どこまでも醜く腐った人間の性を捨てられない哀れな道化さ」
「ほざけッ」
動きの鈍ったマキナ・ヴェッラの右手が消滅した。目にも留まらぬ、留まるはずもない超速の蹴りによってその肩から先が引き裂かれたのだ。
「俺は人間だとも。ああ。魔人であるのは間違いないがな。貴様が人間を捨てて禁忌に走ったのとは裏腹に、俺はアンドリュー・ストロー、己の主人に忠誠を見出したか弱い人間に過ぎない。ははっ、大した悲劇じゃないか。それとも喜劇か?…うんざりするような貴様の道化染みた復讐衝動に焼かれているのは紛れもないお前の愛したアーカス・レイ・ワダクだというのにな」
マキナ・ヴェッラの甲冑は消滅した。手にしていた剣は溶け、水泡のように光の細かい粒子となって消滅してしまった。残ったのは道化衣装のはがされた人間一匹。何が出来るはずもなく、今度は引き裂かれた右腕とは対の位置にある左足を斬り離されてしまった。勿論、血は見応えがあるまでに吹き散らかす。
「悲痛の声でもあげてくれれば。少しは手ごたえがあるんだけどな……ここまでして即死しないのに、人間を語るな化け物が」
「ははっ。痛くて涙を流せば満足か?それとも死ぬ寸前まで呪詛を吐けと?……俺はそこまで馬鹿にはなれん」
「お前は――――アーカスじゃ、ない」
「終わらぬ問答だな。世界の終焉までそうやって自問自答しているといい。ああ、お前は生き残るのだろうな。大王が全てを手に入れ、全ての生命がその無力に落涙する瞬間にもきっと立ち合えるだろう……俺は……痛みでは泣かないが……きっと……そ…には……な…る…ぁ」
魔人は死んだ。
強大な力を持つマキナ・ヴェッラを人間風情が凌ぐには、かくも邪悪に走らねばならない。
選ばれし雷霆を奮える人間であれば、今の彼女に巡る焦燥を味わうことはなかったのかもしれない。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。
秋田ノ介
ファンタジー
88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。
異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。
その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。
飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。
完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。
回避とサイコとツトム_第一章 始まりの手袋
いぶさん
SF
――時は2028年。どこからともなく現れた化け物、ゾムビーの手によって人々の暮らしは脅かされていた。
春、この物語の主人公、主人公ツトムは、心に傷を負い精神病棟での入院生活を送っていた。ある日、ツトムは数体のゾムビーと遭遇することとなる。窮地に立たされる事により発現されるツトムの超能力。政府公認部隊・狩人との出会い。平穏だった暮らしから、主人公ツトムは戦いの渦中へ駆り出されていく。
『神々の黄昏』中篇小説
九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)
SF
軍人たちが『魂魄接続』によって戦闘機ではなく『神神』を操縦して戦っているもうひとつの第二次世界大戦末期。
亜米利加教国は爆撃天使ラファエルとウリエルをもちいて広島と長崎に『天罰』をくだした。
つぎの目標は新潟とされる。
『撃墜王』金城浩樹太尉はスサノオノミコトを操縦して爆撃天使ミカエルを討たんとするが敗北し新潟市に『天罰』がくだされる。――。
食事届いたけど配達員のほうを食べました
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
なぜ自転車に乗る人はピチピチのエロい服を着ているのか?
そう思っていたところに、食事を届けにきたデリバリー配達員の男子大学生がピチピチのサイクルウェアを着ていた。イケメンな上に筋肉質でエロかったので、追加料金を払って、メシではなく彼を食べることにした。
ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~
空乃参三
SF
※本作はフィクションです。実在の人物や団体、および事件等とは関係ありません。
※本作は海洋生物の座礁漂着や迷入についての記録や資料ではありません。
※本作には犯罪・自殺等の描写がありますが、これらの行為を推奨するものではありません。
※本作はノベルアップ+様でも同様の内容で掲載しております。
西暦二〇五六年、地表から高度八〇〇キロの低軌道上に巨大宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」が完成した。
宇宙開発競争で優位に立つため、日本政府は「ルナ・ヘヴンス」への移住、企業誘致を押し進めた。
その結果、完成から半年後には「ルナ・ヘヴンス」の居住者は百万にも膨れ上がった。
しかしその半年後、何らかの異常により「ルナ・ヘヴンス」は軌道を外れ、いずこかへと飛び去った。
地球の人々は「ルナ・ヘヴンス」の人々の生存を絶望視していた。
しかし、「ルナ・ヘヴンス」の居住者達は諦めていなかった。
一七年以上宇宙空間を彷徨った後、居住可能と思われる惑星を見つけ「ルナ・ヘヴンス」は不時着した。
少なくない犠牲を出しながらも生き残った人々は、惑星に「エクザローム」と名をつけ、この地を切り拓いていった。
それから三〇年……
エクザロームで生まれ育った者たちの上の世代が続々と成長し、社会の支え手となっていった。
エクザロームで生まれた青年セス・クルスも社会の支え手の仲間入りを果たそうとしていた。
職業人の育成機関である職業学校で発電技術を学び、エクザローム第二の企業アース・コミュニケーション・ネットワーク社(以下、ECN社)への就職を試みた。
しかし、卒業を間近に控えたある日、セスをはじめとした多くの学生がECN社を不採用となってしまう。
そこでセスは同じくECN社を不採用となった仲間のロビー・タカミから「兄を探したらどうか」と提案される。
セスは自分に兄がいるらしいということを亡くなった育ての父から知らされていた。
セスは赤子のときに育ての父に引き取られており、血のつながった家族の顔や姿は誰一人として知らない。
兄に関する手がかりは父から渡された古びた写真と記録ディスクだけ。
それでも「時間は売るほどある」というロビーの言葉に励まされ、セスは兄を探すことを決意した。
こうして青年セス・クルスの兄を探す旅が始まった……
DiVE -ダイブ-
藻餅 夕紀
SF
Authentic Virtual Reality――略称『AVR』。それは、最新の脳科学と電子工学によって可能になった真正VR。そんなAVR技術の登場により一目脚光を浴びたのが、AVRMMOという新たなゲームジャンルだった。FPSゲームが原因で感情が希薄になってしまった少年『ナート』こと海道越也は、AVRMMOFPS『Rough Gun World』に人間性を失ってしまったことを気付かされる。この世界でなら、失ってしまった人間性、すなわち心の奥底に閉ざされた感情を取り戻せるかもしれない。そんな可能性を感じたナートは、人生初の仮想世界――銃の世界の未来都市『ベルセルク』に足を踏み入れた。その世界で出会った『アスカ』という少女をきっかけに、ナートの虚無で埋まった心は、少しずつ彩られ始める。
背後で渦巻く危機に気付くはずもなく。
※タイトルはまだ仮定です。今後変更することがあるかもしれません。
水野勝成 居候報恩記
尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。
⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。
⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。
⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/
備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。
→本編は完結、関連の話題を適宜更新。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる