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月の獣を探せ
12 奮え立つ猛者たち
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古めかしい屋敷。外界の欧州における中世領邦主人の持つ城にも劣らない絢爛かつ、不気味なそれが堂々と聳え立つ第一圏と第二圏の境界的な地域。その隠す気が微塵も感じられないヴァンプールの棲み処には彼らヴァンプール狩らんとする組織すらもその手を拱く《暴れん坊》が広い謁見室で鎮座していた。
いくら絢爛不気味な屋敷にて鎮座するヴァンプールとはいえ、ソレに格式高さや気品などは微塵もない。彼を指し示す共通語が暴れん坊というだけであり、鎮座しているその姿でさえ何か只ならぬ落ち着きのなさが隠せていなかった。
「んンんン~~~~~?????」
白髪白胴白貌の老婆とも翁とも似向いたその姿。外界の人間から見ればそれこそ少し変わった同種に見えてならないだろうが、人間と変わらぬ原型骨格と似通った構造を有しているとはいえ、彼は人間とは遥かに乖離し、なおかつ超越的な存在であることは間違いなかった。
「如何成されましたか。お館様?」
一見しただけで召使と判じられるような模範的な従者がそのヴァンプールに問いかける。
その姿を流し目に見据えているのは道行く者が誰もが彼女を見るために振り返る程の美貌を有した女性だった。彼女は、鎮座しつつも常に世話しなく唸声をあげているその《お館様》の様子をくだらなそうに眺めながら、常でさえ高く整った慎重の体躯をか細いヒールで底上げし、無窮の輝きを放つ宝石に彩られたドレスに身を据えて腕を組み謁見室の主柱に体を預けていた。
「よもや人間風情はこれほどまであからさまな世界の軋みすら感じ取れんとは!!んンん!!!常でさえ面白味の欠片もない劣等種風情が情緒も感じられぬのなら疾く失せよ!!嗚呼!!!なんと恐慌たる世界か。この役立たずの隷民共とこの軋みを生み出した生物が同じ人間とは俄には信じられんな!!!!」
「憐憫たる我が民族の羞恥を平に謝罪致します。どうか聡明で高潔たる御身に平穏あれ。如何なる人間であれ、御身がご案じあそばされる事態では決してございませぬ」
「馬鹿者が!!!全く以て貴様のような下賤な劣等種は救えぬ!!!救えぬぞッ!!!だから風情が分からぬと言っとるのだよ。儂が案じているだと!?!?蒙昧もここまでくれば滑稽よな!!!!儂は昂っておるのだ!!世を憂うものか!!この血沸き肉躍る狂瀾にこの身を据えずになんとする!!!!」
「ああ、お館様。なりません。御身はこの地にて偉大なるお役目があられる境界の守護者。御身あらずして、世界の均衡は保つことなど決して――――」
「 黙 ッ れ !!!!!」
その爆風に似た憤怒の叫びが謁見の間に響く。それと同時に召使の体が握りつぶした果実のように血を噴き上げながら膝から崩れ落ちていった。秒も要さない絶命。然る後に広がるのは血に染まったカーペットであった。
「ええい!!小汚い!!!!疾くそれを片付けんか!!!!」
お館様の命令のもとに新たな従者が駆けつけ、召使の凄惨な死体を回収し、そそくさとカーペットを慎重してみせた。その従者たちの健気な様子を見るに、高潔な風格を持った女性は口を開いた。
「まったく……」
「んンんン!?!?ああ。軋みに耳を傾けるあまり忘れておったわ!!!んンんン!!!お見苦しい所を客人にお見せしてしまったな!!!」
「ええ。《暴虐卿エデ》と呼ばれ恐れられる貴公が随分と人間の下僕にご執心なご様子で……ヒトなど扱いずらいのみの穀潰しでしょうに。嘗ての悪食王のように食用に運用する方がまだ私の矜持も乗りましょうが」
「人など喰らって何が面白い!!!お嬢ともあろうものがあの悪趣味な下衆と同じ趣味とは興が削がれるわい!!!」
「あら?《悪食王ラン・インツイ》を侮辱するのであれば貴公とて少し慢心が過ぎるのでは?私めの理想はまさに彼の御方。カテゴリー4程度の暴虐卿ではあの御方の前には平伏すばかりでしょうに」
「んンんンんン!???!!儂の館で儂を卑下するとはどういった了見か!!!劣等種共が定めた基準などで我が血族を図るなどとは愚の骨頂。脅威の度合いなど、それを口伝える者らごと屠り散らせば昇ることもあるまいに!!!!!」
不穏な気配が当たりを満たす。殺意に形があるとすれば、お互いがまるでそれを拳銃の形の殺意を持って向き合っているようなものだ。
「―――いえ。確かに貴公の仰る通り。私めは御身を卑下する立場ではあらぬ分際でしたわ。どうか御赦しを。私がこの僻地の館の門を潜ったのはまさにこの軋みに関しての意見共有といった所でして」
「んンんン!?!?訳知りというわけだな。ならば宜しい!!!!儂とて劣等種の妄言ばかり聞いていては耳を腐らせてしまう所であったわい!!!!―――――――して、何事か!!!この軋みが人間の身で起こった歪であることは明瞭だ!!!しかし、これほど強烈な禁忌の門を叩くのはどのような愚者なのだ!!!!???」
「この度の怪異。空の歪を齎した人間とは即ち、我が王にして偉大な御方であるイーネの猛犬。名をエリゼ・キホーテと定める戦士にございます。ええ、本来であれば私めがこの手でその首を晒上げて然るべき王の仇。あの忌々しき白き監獄塔に我が王を鎮めた張本人でございます」
「ほう!!!!それはなんとも因果な!!!!!!」
「ええ。確かにこれは因果ともいえましょう。かつて我が王を伏した禁忌の力。それは彼の者がこれまで我が王に向けてのみ放った一度限りの刃でございました。しかし、この度エリゼ・キホーテなるイーネのヒトがその力の矛先と据えたのは我が王を打倒する際にエリゼ・キホーテが手を組んだ外界の人間であるアーカス・レイ・ワダクを元とするマキナ・ヴェッラであるとのことでございます」
そこで白髪白胴白貌の暴虐卿エデが目を剥く。
「ならばヌシの遺恨も憤怒も知れように!!!!まったく、残された者も難儀よな!!!!!!!ましてお嬢のような忘れ形見の苦渋など慮るに堪えんわい!!!!!!」
「左様。これほどまでの侮辱はございません。我が王を討ち滅ぼした災厄の星辰を、あろうことか奴の今は死した盟友に向けて放っているのですから―――――赦されるのであらば私めが出向いて即座にその身を滅ぼしたい所存であります」
「んンんンんンん!!!!!???成る程、お嬢がよもやこのような僻地で油を売っているのは気紛れではなさそうであるな!!!!して、どれほどの大儀があって我の領門を叩いたのだ!!!????その身の復讐心を満たすことより優先すべきことが儂に会うことだとは思えんがな!!《永遠の淑女エカチェリーナ》嬢ともあろう者が我に何用か!!!!??」
淑女と呼ぶにはあまりに華美で美しく、佇むだけでその高潔さと残忍さの垣間見える悪魔のような女性はそれに答えた。
「最終圏の支配者。十の権能者が一角。アンドリュー・ストローからの直接の詔を預かり、その言葉をここに届けよと私めは差し向けられました。――曰く、此度の戦乱の内で暗躍を試みている二人の外来人を亡ぼせ、と」
「んンんンんン????どういう了見か、何が楽しくてヒト如きの殺処分に我らが向かう必要がある!!!?あの妖しき絡繰り道化の首魁に指図される謂れがあるのだ!!!傲岸不遜も極まれり!!あのような痴れ者に貸す耳も手足も持ち合わせておらぬわい!!!!」
そこで淑女エカチェリーナは重々しく頷いた。やがて組んでいた腕をほどき、高いヒールから音を鳴らしながら歩み去る。
「ええ。私めも同意見でございます。しかし、これにて私めの伝達の任は解かれました故、これ以降は個人的な興味の元に我が道を歩むつもりですわ」
「んンんンんンん!!!!??令嬢が出向くには動悸がちと淡泊なものであろう??その高潔な足を掬う興味とはなんぞや!!」
「いえ。大したことではございませんわ。只、あのバーソロミュー・ガラデックスですら擁護せしめるその外来の男に興味あるのみ――ましてあのイーネの雷霆に守られていないその今ある矮小な魂が、一体どれほどの美味であるかと気になるので」
――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
禁断の惑星の体現。その身に許容された空間掌握と因果漂白を優に超えた権利の濫用。隔絶されし三千世界を集約した邪悪の力は、一人の人間エリゼ・キホーテの身に蒐集され、鏖を司る暴威へとその身を変貌させた。広大な宇宙すら呑み込まんというその闇の権化。戴く全てを屠らんとする闇の光。どこまでも昏く澄んだ四肢と五体はその身をヒトの形と成したまま魔人打倒という本懐を成す、ただそれだけのために世界を歪めてしまった。
博愛に縁遠かった人間が抱いた羨望と憧憬。暴走した絆が生んだ怪物は絶え間なく蒐集される闇を以てして、幾万もの無辜の生命を凌辱せんと殺戮を体現せしめる力で一人の道化騎士に向き合った。
最強の生物。単騎にして万の英雄を屠り往なすとすら言われる最終圏の剣。折れることなく命を遊ぶ白銀の刃と、一切不貫にして不沈の甲冑を纏った戦うためだけに作られた存在。最終圏の支配者アンドリュー・ストローの私兵にして下僕であり、内によりその役目は世界を彩るための使い捨ての手駒に過ぎない哀れな魂だった。
その気になれば秒間百を超える屍の山を築くことも出来るであろう邪悪の禁忌と化したエリゼ・キホーテと、その哀れな魂たるマキナ・ヴェッラ=アーカス・レイ・ワダクは互角に立ち合った。世界の在り方を変質されるまでの因果律への過干渉を以て空間を支配してなお、アーカスの持つ力は強大と言わざるを得なかった。
光線。爆発。明滅。自壊。再生。激震。死。生。
刹那の合間に繰り広げられる死闘は周囲の環境を瞬く間に荒野に変貌させた。いや、因果律に加えられた再生を司るコードが変数化された空間を常に変化させ続けている。フィールドは瞬きを待たずに四季を巡り、宇宙から降り注ぐ途の力を蒐集し、己の推進力に変えていく。彼女が意図するよりも先に空間が断裂し、それに沿うように無限の斬撃が後を追った。避けることが出来ない無限の剣戟を前にアーカスはあくまでのそれと正面から向き合い、刹那を流れる無限の剣線をその身一つで挑んだ。
邪悪を宿す悪の化身。生命の棲む世界を冒涜せしめた個体エリゼはなおも咆哮した。呪怨と怨嗟をただ一人の外来人が齎した愛のもとで増幅させ、世界に綽名す己の邪悪すらも支配した。禁忌とは即ち、世界を縛るルールを無視した邪悪であり、今の彼女は禁忌そのもの。強大な敵に立ち向かうことを宿命として背負った戦士の末路であった。
「アーカスは言ったよ。どんなに世界が辛く苦しくたって……目を背ければそこで全てが意味を失ってしまうって」
「この期に及んで昔語りとは洒落が効かんなァ!!!余興ならこの剣戟のまだ見ぬ合間にしてもらいたいものだ!!」
「アーカスの仇を取り、人類こそがこの世界の支配者たらんと見せつける。どこまでの生命を侮辱した貴様の首魁であるアンドリュー・ストローのその身を灰塵と化し、肉の一かけらすら残らぬほどに断罪するまで、私は止まってはいけないんだ」
「その修羅の途を是非とも振り返ってほしいものだ。その激情と大層な理想に巻き込まれて潰えるのは紛れもない人間の生み出した文明であり、犠牲になるのもお前の傍をゆく人間たちだ!!!その理想はお前のみが見ている幻想であり、今まさにお前が成している禁忌によって奴らは目覚めるであろうな!!俺という魔人一人と対等に向き合うために手前で禁忌を引き寄せ、その身に邪悪を宿したことで結果的に得と富を得るのはお前が忌み嫌うヴァンプールたちだろうに!!!……それとも、ヴァンプール退治などと己を慰める戦いはどこまでいっても亡くした友人を諦めきれないが故の驕りと言い訳であったか!!どちらが真の道化だろうな!!!!」
―
闇が天を貫いた。一切不貫の甲冑を穿ち、魔人の内臓を抉る。
朝のひばりが周囲を満たす。千変万化する情景が次に降ろしたのは夜の帳だった。
「魔人どもが見ているその世界は夢の足跡だ。…お前はアーカスじゃない」
「いいや、俺こそがアーカス・レイ・ワダクだとも。どこまでも醜く腐った人間の性を捨てられない哀れな道化さ」
「ほざけッ」
動きの鈍ったマキナ・ヴェッラの右手が消滅した。目にも留まらぬ、留まるはずもない超速の蹴りによってその肩から先が引き裂かれたのだ。
「俺は人間だとも。ああ。魔人であるのは間違いないがな。貴様が人間を捨てて禁忌に走ったのとは裏腹に、俺はアンドリュー・ストロー、己の主人に忠誠を見出したか弱い人間に過ぎない。ははっ、大した悲劇じゃないか。それとも喜劇か?…うんざりするような貴様の道化染みた復讐衝動に焼かれているのは紛れもないお前の愛したアーカス・レイ・ワダクだというのにな」
マキナ・ヴェッラの甲冑は消滅した。手にしていた剣は溶け、水泡のように光の細かい粒子となって消滅してしまった。残ったのは道化衣装のはがされた人間一匹。何が出来るはずもなく、今度は引き裂かれた右腕とは対の位置にある左足を斬り離されてしまった。勿論、血は見応えがあるまでに吹き散らかす。
「悲痛の声でもあげてくれれば。少しは手ごたえがあるんだけどな……ここまでして即死しないのに、人間を語るな化け物が」
「ははっ。痛くて涙を流せば満足か?それとも死ぬ寸前まで呪詛を吐けと?……俺はそこまで馬鹿にはなれん」
「お前は――――アーカスじゃ、ない」
「終わらぬ問答だな。世界の終焉までそうやって自問自答しているといい。ああ、お前は生き残るのだろうな。大王が全てを手に入れ、全ての生命がその無力に落涙する瞬間にもきっと立ち合えるだろう……俺は……痛みでは泣かないが……きっと……そ…には……な…る…ぁ」
魔人は死んだ。
強大な力を持つマキナ・ヴェッラを人間風情が凌ぐには、かくも邪悪に走らねばならない。
選ばれし雷霆を奮える人間であれば、今の彼女に巡る焦燥を味わうことはなかったのかもしれない。
いくら絢爛不気味な屋敷にて鎮座するヴァンプールとはいえ、ソレに格式高さや気品などは微塵もない。彼を指し示す共通語が暴れん坊というだけであり、鎮座しているその姿でさえ何か只ならぬ落ち着きのなさが隠せていなかった。
「んンんン~~~~~?????」
白髪白胴白貌の老婆とも翁とも似向いたその姿。外界の人間から見ればそれこそ少し変わった同種に見えてならないだろうが、人間と変わらぬ原型骨格と似通った構造を有しているとはいえ、彼は人間とは遥かに乖離し、なおかつ超越的な存在であることは間違いなかった。
「如何成されましたか。お館様?」
一見しただけで召使と判じられるような模範的な従者がそのヴァンプールに問いかける。
その姿を流し目に見据えているのは道行く者が誰もが彼女を見るために振り返る程の美貌を有した女性だった。彼女は、鎮座しつつも常に世話しなく唸声をあげているその《お館様》の様子をくだらなそうに眺めながら、常でさえ高く整った慎重の体躯をか細いヒールで底上げし、無窮の輝きを放つ宝石に彩られたドレスに身を据えて腕を組み謁見室の主柱に体を預けていた。
「よもや人間風情はこれほどまであからさまな世界の軋みすら感じ取れんとは!!んンん!!!常でさえ面白味の欠片もない劣等種風情が情緒も感じられぬのなら疾く失せよ!!嗚呼!!!なんと恐慌たる世界か。この役立たずの隷民共とこの軋みを生み出した生物が同じ人間とは俄には信じられんな!!!!」
「憐憫たる我が民族の羞恥を平に謝罪致します。どうか聡明で高潔たる御身に平穏あれ。如何なる人間であれ、御身がご案じあそばされる事態では決してございませぬ」
「馬鹿者が!!!全く以て貴様のような下賤な劣等種は救えぬ!!!救えぬぞッ!!!だから風情が分からぬと言っとるのだよ。儂が案じているだと!?!?蒙昧もここまでくれば滑稽よな!!!!儂は昂っておるのだ!!世を憂うものか!!この血沸き肉躍る狂瀾にこの身を据えずになんとする!!!!」
「ああ、お館様。なりません。御身はこの地にて偉大なるお役目があられる境界の守護者。御身あらずして、世界の均衡は保つことなど決して――――」
「 黙 ッ れ !!!!!」
その爆風に似た憤怒の叫びが謁見の間に響く。それと同時に召使の体が握りつぶした果実のように血を噴き上げながら膝から崩れ落ちていった。秒も要さない絶命。然る後に広がるのは血に染まったカーペットであった。
「ええい!!小汚い!!!!疾くそれを片付けんか!!!!」
お館様の命令のもとに新たな従者が駆けつけ、召使の凄惨な死体を回収し、そそくさとカーペットを慎重してみせた。その従者たちの健気な様子を見るに、高潔な風格を持った女性は口を開いた。
「まったく……」
「んンんン!?!?ああ。軋みに耳を傾けるあまり忘れておったわ!!!んンんン!!!お見苦しい所を客人にお見せしてしまったな!!!」
「ええ。《暴虐卿エデ》と呼ばれ恐れられる貴公が随分と人間の下僕にご執心なご様子で……ヒトなど扱いずらいのみの穀潰しでしょうに。嘗ての悪食王のように食用に運用する方がまだ私の矜持も乗りましょうが」
「人など喰らって何が面白い!!!お嬢ともあろうものがあの悪趣味な下衆と同じ趣味とは興が削がれるわい!!!」
「あら?《悪食王ラン・インツイ》を侮辱するのであれば貴公とて少し慢心が過ぎるのでは?私めの理想はまさに彼の御方。カテゴリー4程度の暴虐卿ではあの御方の前には平伏すばかりでしょうに」
「んンんンんン!???!!儂の館で儂を卑下するとはどういった了見か!!!劣等種共が定めた基準などで我が血族を図るなどとは愚の骨頂。脅威の度合いなど、それを口伝える者らごと屠り散らせば昇ることもあるまいに!!!!!」
不穏な気配が当たりを満たす。殺意に形があるとすれば、お互いがまるでそれを拳銃の形の殺意を持って向き合っているようなものだ。
「―――いえ。確かに貴公の仰る通り。私めは御身を卑下する立場ではあらぬ分際でしたわ。どうか御赦しを。私がこの僻地の館の門を潜ったのはまさにこの軋みに関しての意見共有といった所でして」
「んンんン!?!?訳知りというわけだな。ならば宜しい!!!!儂とて劣等種の妄言ばかり聞いていては耳を腐らせてしまう所であったわい!!!!―――――――して、何事か!!!この軋みが人間の身で起こった歪であることは明瞭だ!!!しかし、これほど強烈な禁忌の門を叩くのはどのような愚者なのだ!!!!???」
「この度の怪異。空の歪を齎した人間とは即ち、我が王にして偉大な御方であるイーネの猛犬。名をエリゼ・キホーテと定める戦士にございます。ええ、本来であれば私めがこの手でその首を晒上げて然るべき王の仇。あの忌々しき白き監獄塔に我が王を鎮めた張本人でございます」
「ほう!!!!それはなんとも因果な!!!!!!」
「ええ。確かにこれは因果ともいえましょう。かつて我が王を伏した禁忌の力。それは彼の者がこれまで我が王に向けてのみ放った一度限りの刃でございました。しかし、この度エリゼ・キホーテなるイーネのヒトがその力の矛先と据えたのは我が王を打倒する際にエリゼ・キホーテが手を組んだ外界の人間であるアーカス・レイ・ワダクを元とするマキナ・ヴェッラであるとのことでございます」
そこで白髪白胴白貌の暴虐卿エデが目を剥く。
「ならばヌシの遺恨も憤怒も知れように!!!!まったく、残された者も難儀よな!!!!!!!ましてお嬢のような忘れ形見の苦渋など慮るに堪えんわい!!!!!!」
「左様。これほどまでの侮辱はございません。我が王を討ち滅ぼした災厄の星辰を、あろうことか奴の今は死した盟友に向けて放っているのですから―――――赦されるのであらば私めが出向いて即座にその身を滅ぼしたい所存であります」
「んンんンんンん!!!!!???成る程、お嬢がよもやこのような僻地で油を売っているのは気紛れではなさそうであるな!!!!して、どれほどの大儀があって我の領門を叩いたのだ!!!????その身の復讐心を満たすことより優先すべきことが儂に会うことだとは思えんがな!!《永遠の淑女エカチェリーナ》嬢ともあろう者が我に何用か!!!!??」
淑女と呼ぶにはあまりに華美で美しく、佇むだけでその高潔さと残忍さの垣間見える悪魔のような女性はそれに答えた。
「最終圏の支配者。十の権能者が一角。アンドリュー・ストローからの直接の詔を預かり、その言葉をここに届けよと私めは差し向けられました。――曰く、此度の戦乱の内で暗躍を試みている二人の外来人を亡ぼせ、と」
「んンんンんン????どういう了見か、何が楽しくてヒト如きの殺処分に我らが向かう必要がある!!!?あの妖しき絡繰り道化の首魁に指図される謂れがあるのだ!!!傲岸不遜も極まれり!!あのような痴れ者に貸す耳も手足も持ち合わせておらぬわい!!!!」
そこで淑女エカチェリーナは重々しく頷いた。やがて組んでいた腕をほどき、高いヒールから音を鳴らしながら歩み去る。
「ええ。私めも同意見でございます。しかし、これにて私めの伝達の任は解かれました故、これ以降は個人的な興味の元に我が道を歩むつもりですわ」
「んンんンんンん!!!!??令嬢が出向くには動悸がちと淡泊なものであろう??その高潔な足を掬う興味とはなんぞや!!」
「いえ。大したことではございませんわ。只、あのバーソロミュー・ガラデックスですら擁護せしめるその外来の男に興味あるのみ――ましてあのイーネの雷霆に守られていないその今ある矮小な魂が、一体どれほどの美味であるかと気になるので」
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禁断の惑星の体現。その身に許容された空間掌握と因果漂白を優に超えた権利の濫用。隔絶されし三千世界を集約した邪悪の力は、一人の人間エリゼ・キホーテの身に蒐集され、鏖を司る暴威へとその身を変貌させた。広大な宇宙すら呑み込まんというその闇の権化。戴く全てを屠らんとする闇の光。どこまでも昏く澄んだ四肢と五体はその身をヒトの形と成したまま魔人打倒という本懐を成す、ただそれだけのために世界を歪めてしまった。
博愛に縁遠かった人間が抱いた羨望と憧憬。暴走した絆が生んだ怪物は絶え間なく蒐集される闇を以てして、幾万もの無辜の生命を凌辱せんと殺戮を体現せしめる力で一人の道化騎士に向き合った。
最強の生物。単騎にして万の英雄を屠り往なすとすら言われる最終圏の剣。折れることなく命を遊ぶ白銀の刃と、一切不貫にして不沈の甲冑を纏った戦うためだけに作られた存在。最終圏の支配者アンドリュー・ストローの私兵にして下僕であり、内によりその役目は世界を彩るための使い捨ての手駒に過ぎない哀れな魂だった。
その気になれば秒間百を超える屍の山を築くことも出来るであろう邪悪の禁忌と化したエリゼ・キホーテと、その哀れな魂たるマキナ・ヴェッラ=アーカス・レイ・ワダクは互角に立ち合った。世界の在り方を変質されるまでの因果律への過干渉を以て空間を支配してなお、アーカスの持つ力は強大と言わざるを得なかった。
光線。爆発。明滅。自壊。再生。激震。死。生。
刹那の合間に繰り広げられる死闘は周囲の環境を瞬く間に荒野に変貌させた。いや、因果律に加えられた再生を司るコードが変数化された空間を常に変化させ続けている。フィールドは瞬きを待たずに四季を巡り、宇宙から降り注ぐ途の力を蒐集し、己の推進力に変えていく。彼女が意図するよりも先に空間が断裂し、それに沿うように無限の斬撃が後を追った。避けることが出来ない無限の剣戟を前にアーカスはあくまでのそれと正面から向き合い、刹那を流れる無限の剣線をその身一つで挑んだ。
邪悪を宿す悪の化身。生命の棲む世界を冒涜せしめた個体エリゼはなおも咆哮した。呪怨と怨嗟をただ一人の外来人が齎した愛のもとで増幅させ、世界に綽名す己の邪悪すらも支配した。禁忌とは即ち、世界を縛るルールを無視した邪悪であり、今の彼女は禁忌そのもの。強大な敵に立ち向かうことを宿命として背負った戦士の末路であった。
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「この期に及んで昔語りとは洒落が効かんなァ!!!余興ならこの剣戟のまだ見ぬ合間にしてもらいたいものだ!!」
「アーカスの仇を取り、人類こそがこの世界の支配者たらんと見せつける。どこまでの生命を侮辱した貴様の首魁であるアンドリュー・ストローのその身を灰塵と化し、肉の一かけらすら残らぬほどに断罪するまで、私は止まってはいけないんだ」
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闇が天を貫いた。一切不貫の甲冑を穿ち、魔人の内臓を抉る。
朝のひばりが周囲を満たす。千変万化する情景が次に降ろしたのは夜の帳だった。
「魔人どもが見ているその世界は夢の足跡だ。…お前はアーカスじゃない」
「いいや、俺こそがアーカス・レイ・ワダクだとも。どこまでも醜く腐った人間の性を捨てられない哀れな道化さ」
「ほざけッ」
動きの鈍ったマキナ・ヴェッラの右手が消滅した。目にも留まらぬ、留まるはずもない超速の蹴りによってその肩から先が引き裂かれたのだ。
「俺は人間だとも。ああ。魔人であるのは間違いないがな。貴様が人間を捨てて禁忌に走ったのとは裏腹に、俺はアンドリュー・ストロー、己の主人に忠誠を見出したか弱い人間に過ぎない。ははっ、大した悲劇じゃないか。それとも喜劇か?…うんざりするような貴様の道化染みた復讐衝動に焼かれているのは紛れもないお前の愛したアーカス・レイ・ワダクだというのにな」
マキナ・ヴェッラの甲冑は消滅した。手にしていた剣は溶け、水泡のように光の細かい粒子となって消滅してしまった。残ったのは道化衣装のはがされた人間一匹。何が出来るはずもなく、今度は引き裂かれた右腕とは対の位置にある左足を斬り離されてしまった。勿論、血は見応えがあるまでに吹き散らかす。
「悲痛の声でもあげてくれれば。少しは手ごたえがあるんだけどな……ここまでして即死しないのに、人間を語るな化け物が」
「ははっ。痛くて涙を流せば満足か?それとも死ぬ寸前まで呪詛を吐けと?……俺はそこまで馬鹿にはなれん」
「お前は――――アーカスじゃ、ない」
「終わらぬ問答だな。世界の終焉までそうやって自問自答しているといい。ああ、お前は生き残るのだろうな。大王が全てを手に入れ、全ての生命がその無力に落涙する瞬間にもきっと立ち合えるだろう……俺は……痛みでは泣かないが……きっと……そ…には……な…る…ぁ」
魔人は死んだ。
強大な力を持つマキナ・ヴェッラを人間風情が凌ぐには、かくも邪悪に走らねばならない。
選ばれし雷霆を奮える人間であれば、今の彼女に巡る焦燥を味わうことはなかったのかもしれない。
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なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
Amor et odium
佐藤絹恵(サトウ.キヌエ)
ファンタジー
時代は中世ヨーロッパ中期
人々はキリスト教の神を信仰し
神を軸(じく)に生活を送っていた
聖書に書かれている事は
神の御言葉であり絶対
…しかし…
人々は知らない
神が既に人間に興味が無い事を
そして…悪魔と呼ばれる我々が
人間を見守っている事を知らない
近頃
人間の神の信仰が薄れ
聖職者は腐敗し
好き勝手し始めていた
結果…民が餌食の的に…
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流石に
卑劣な人間の行いに看過出来ぬ
人間界に干渉させてもらうぞ
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