転生したらいつの間にかフェンリルになってた〜しかも美醜逆転だったみたいだけど俺には全く関係ない〜

春色悠

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第二章

救出 ラインハルト視点

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 _____思えば、自身は随分と恵まれていると思う。
 好きなだけ努力のできる環境があって、何かと気にかけてくれる兄が居て。
 幼い頃から使えてくれる者が居て、慕ってくれる部下も少ないが居る。
 実力も実績も評価されて、伯爵位まで頂いた。
 好きな人もできて、その好きな人に拒絶された事は今はまだ無い。……告白もできてはいないが。
 そう思うと、俺は失う経験をしたことが無いと思う。
 元々無かったものはいっぱいある。
 自身で捨てた事も少ないがある。
 でも、何かを奪われた事、失った事は無かった。
 とんだ恵まれた人間だ。
 その事に今まで全く気づかなかったのも恵まれていた。
 本気で何かを渇望した事も何度もあった。
 その時々で死ぬほど努力をした。
 ___でも、どこか諦めている俺はいつも居た。
 冷めていた。諦めていた。諦観していた。
 心のどこかで、無理だと、どうせ、と思っていた。
 それが、正しいと、必要だと思っていた。
 _____けれど今は、違う。
 無理も、どうせも、諦めも、諦観も、全部要らない。
 ただしたい事は、成し遂げたいことは、渇望していることは、たった一つ。
 
 ルイスが無事で居てくれること。
 
 そのために、一刻も早くルイスを助けたい。
 また、あの笑顔が見たい。
 また、あの声が聞きたい。
 また、手を繋いで歩きたい。
 もしも、ルイスを救い出せたら、ちゃんと自分の言葉で、声で伝えよう。
  
 _____ルイスの事が好きだと。

 
 _____しかし、無情にもルイスが見つかることはなかった。
 森の中は広く、隅々まで探すことは不可能に近かった。
 そのため、ダートと言う少年からの情報と、リアーナ嬢からの情報を鑑みて捜索を進めたが、足跡一つ見つからなかった。
「……相手は、相当の手練れのようですね。」
 そうバーンが言う。
 本当にそうだ。これほど手練れの人攫いなど聞いたことがない。
 ……むしろ、貴族か何かの雇われだと言われた方が……、もしや……。
 ある可能性に気づき、屋敷で保護しているリアーナ嬢とエリーゼ嬢のもとへ向かう。
 丁度ドレーシア公爵夫妻も到着していたらしく、お礼を言われた。
「……単刀直入で申し訳ありませんが、エリーゼ嬢が誘拐されたことに心当たりは御座いませんか。」
「………どういうことかね。」
 現役の公爵だけあって、オーラというのだろうか、圧が強く、少し体が引けそうになる。
「……今回の件、不自然だとは思いませんか。
 エリーゼ嬢がいくらお忍びで街を散策していたと言っても、護衛の居る中で拐うのは不可能だ。
 _____それこそ、貴族に雇われた手練れ以外には。」
「…………。」
 黙る公爵に、言い訳をするように何か言い募ろうと口が開きかけるが、押し止める。
 ……これ以上は、根拠の無い憶測になる。
 ___「ふふふ、ここは話した方が得策のようよ?あなた。」
 重苦しい空気の中を、軽やかな笑いが切った。
 公爵の横でにこやかに笑う奥方は、エリーゼ嬢によく似た真緑の髪を持った方で、社交界では有名だと聞いた。……ファーリーから。
「シャーロット……。」
 先ほどとは違い少し情けない声で奥方を呼ぶ公爵。……公爵も奥方には弱いんだな。
 まあ、娘の使い魔を助け出すのに力を貸さないとなれば、娘に嫌われるのは間違いないし、使い魔が居る者には白い目で見られるからな。
 微笑んだ奥方は、ことの経緯を話してくれた。
「最近、エリーゼに婚約者ができましたの。
 あ、勿論婚約者の子自体は申し分ないほどいい子ですよ。」
「は、はあ……。」
 奥方の話に、気の抜けた様な返事しかできない。
 …め、目出度くはあるが……?
「まあ、所謂恋敵ね。その子を巡るライバルがエリーゼにも居たのだけれど、その子も公爵家の子なの。
 そして、家とあそこは仲が悪いの。うふふ。」
 にこやかに笑いながら話してはいるが、内容はまあ、可愛く無いものだ。エリーゼ嬢の年で痴情のもつれは聞きたくない……。
「今回も相手はエリーゼを選んで、あちらは選ばれることが無かったわ。随分と気に食わなかった事でしょうねぇ。
 ………エリーゼを誘拐する暴挙に出るとは思わなかったけれど。」
 そこで初めて奥方が目を逸らした。……いや、ここに居ない誰かを睨みつけた、と言う感じか。
 ……ん?
「今回“も”?」
「んふふ、夫の時代もそうなの。確か義父様の時代もそうだったかしらね。」
「……それだけが理由で仲が悪いわけでは無いがね。」
 どこか愉快そうに話す奥方と反対にどこか疲れた様に話す公爵。
 ただ、話すつもりにはなったのか、公爵は椅子に深く座り直した。
「…元々、王に仕える宰相が一人だけだったのは知っているね?」
「……はい。2代ほど前に改正されたと聞いています。」
 公爵に問いかけられ、そう答える。
 歴史の授業で聞いたことがある。2代前の賢王と呼ばれた国王が色々と改正を行った中に、宰相の増加もあるのだ。
「改正される前はね、うちか、あちらの家の当主もしくは兄妹から一人、宰相になるのが当たり前の様な状況だった。」
 それも、聞いたことがある。……そういう事か。
「……君もおそらく知っているだろうが、ある時から明らかに我が家の方が選ばれることが多くなった。」
 ……。
「一方的に敵視される様になった矢先に、3代続けて婚約者に選ばれなければ、相当堪えただろうな。今の当主は人一倍プライドの高い者だから、それもあるだろう。」
 …………動機を考えれば、その当主が一番怪しくはあるな。しかし、証拠がなさ過ぎる。
 コン、コン、コン
 ノックがなった。
「入れ。」
「失礼致します。至急お耳に入れたい事がございまして。」
 入ってきたファーリー。…何かわかったらしい。
「…なんだ。」
「行方不明者の所持していた物が市場で売られており、売った本人を確保しました。雇い主は四十代後半で黒髪、厳つい風貌の男と言う事です。
 そして、その男の居るであろうアジトも聞き出しました。どう致しますか。」
 ……それは、本当の情報だろうか。
 ファーリーが虚偽の報告をする可能性は無い、そしてファーリーがその男の嘘を見抜けないかと言われれば、限りなく可能性は低いと言わざるをえないだろう。
 ……それにしては、情報を持ったその男が簡単に捕まり、全部を話しているのがおかしい。
 誘拐犯はかなりの手練れの筈だ。
 …その手練れが、みすみす口の軽い下っ端を逃す様な真似をするだろうか……。
「……罠、だろうな。」
 公爵が呟く。苦々しげな表情で、眉間には深い皺が刻まれていた。
「娘は無事だからと助けに行かなければ、次の日には平民を見捨てたという噂が国中に周っているでしょうね。
 そして助けにいけば、きっと娘を代わりに差し出せと言われるでしょう。差し出さなければ、平民を殺す、と。」
 奥方も微笑んではいるが、どこか冷気を漂わせながらそう言う。
 ……罠、か。
 …だとしたら、場所の情報は本物の可能性が高い。どうにかして、相手に気づかれないようにルイスを救出できれば大丈夫か……? 
「……アルンディオ殿。」
 考え事をしていれば、奥方に呼ばれた。
 その瞬間、ゾッ、と背中だけとは言わずに全身に悪寒が走る。
 ___嗚呼、相手の公爵は大変な人を敵に回した。
 冷たい魔力を漂わせた奥方は、実に優しく微笑んではいた。
 しかし、笑顔の中に滲む怒りは尋常ではなかった。
「きっと、方法は乗り込む事しかないでしょう。家の精鋭をお貸しますので、お願いできませんか?」
「……私で宜しいので?」
「貴方以上に適任はいらっしゃらないでしょう。噂は聞いておりましてよ。幾千の魔物を屠り民を救ったという、『辺境の英雄』殿。」
 ……『辺境の英雄』とはまた、珍しい呼び名を出してきたな……。
 まあ、あくまでにこやかなまま話す奥方の申し出はありがたい限りだ。
「……わかりました。承りましょう。」
「感謝しますわ。さあ、あなた、早く準備しないと。」
「……そ、そうだね。シャーロット。」
 どこかステップを踏むように軽やかに立ち上がった奥方は、公爵を急かして部屋をあとにする。
 ……準備ってなんだろうな。
「では、ご機嫌ようアルンディオ殿。このお礼はまた後ほど致しますわね。」
「……私からも、必ず返すと約束しよう。……エリー、行こう。」
「……はい、父様。」
 公爵に呼ばれ、エリーゼ嬢も部屋を出る。
 しかし、扉の前で立ち止まったエリーゼ嬢は此方を振り返った。
「……アルンディオ伯爵様、お約束守ってくださいましね。」
 頼んでいるが、目はもしも違えれば許さないと物語っている。……奥方にそっくりだな。
「……必ずや守ってみせます。」
 結局、返せる言葉はそれしか無いのだが。

 バタン、と扉が閉まる。
「……ファーリー。公爵家の増援が来次第、アジトに乗り込む。主に隠密が得意な者を中心に集めろ。」
「承知しました。」

 
 決行は夜。闇に紛れてだ。
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