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第38話 番①
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智也は純にゼリー飲料のパックを渡した後、リビングでスマホを見ていた。意識が飛んでいるようだ。しばし、ぼんやりしていた。
画面を眺めているうちに、通知が入る。美咲からだ。通知件数は、二十だ。
時刻は十七時三十五分。今日は美咲からの連絡はない。同棲しているのだ。わざわざメッセージを送らなくとも、直接やり取りをすればいい。急用でもない限り。
智也は今日一日、何度かスマホを見ているが、美咲からのメッセージはなかった。つまり、ここ数分で立て続けに送っていることになる。しかも、一方的に。
これはただ事ではない。智也の意識がハッキリする。通知欄をタップし、メッセージを確認した。
『智くん、どういうことなの。返事してよ』
メッセージは、どれも智也に返事を求めるものだった。
美咲は怒っている。それも、かなり。
怒っていることはわかったが、生憎、心当たりがない。
スクロールする度に、智也の困惑と焦燥感が募っていく。
指で操作していくと、画像だけ貼られたメッセージが出てきた。
送り主は智也。そこには、顔に精液がかかった純の写真が貼られていた。
それを見た瞬間、全身の血が凍りつく感覚に襲われた。
何故、自分はこの写真を美咲に送っているのか。けれど、これを撮影した時、純には認識阻害がかかっている。例え、なにかの過ちで送信したとしても、美咲には見えないハズだ。
だが、現に美咲は激怒している。ということは、この写真の純が見えているということなのだ。
明らかに、純の仕業だ。送信したのは智也だが、その記憶はない。純が智也に催眠術をかけ、写真を送らせたのだ。そうとしか考えられなかった。
純を問い詰めなけれなならぬ。一方で、美咲になんて申し開きをすればいいんだ。智也の冷や汗が止まらない。
進退窮まったのか。リビングに立ち尽くす。静寂を壊すように、玄関からドアを開ける音がした。智也の心臓が跳ね上がる。
「ただいま」
何事もなかったかのように、美咲が帰宅時の挨拶をする。智也には、かえってそれが恐ろしく感じた。
足音が聞こえる。これも、普段通りの音量だ。これもまた、智也にしたら恐怖であった。
リビングのドアが開く音がする。美咲が入ってくる。智也は背中を向けて立っている。今は振り返る勇気がなかった。
同時に、部屋が明るくなる。美咲が電気をつけたようだ。それにより、美咲の存在感が増す。
「智くん、どうしたの。大丈夫」
美咲は気にかけるような口ぶりだ。だがそれは、智也のことを慮ってのことではない。
それをわかってか、智也は沈黙していた。返事をしないのは、なお悪い。頭では理解しているつもりだが、口が開かなかった。
「さっきから黙ってるけど、それって感じ悪いよね。言いたいことあるなら、はっきりした方がいいよ」
美咲なりに、冷静さを保とうとしてるのが取れる。それと反比例して、智也の不安感は増すばかりだった。
「智くんが話したくないなら、しょうがない。私からいくよ」
美咲は淡々としている。智也にすれば、そっちの方がおっかないのだが。
「そうそう。これから人が話そうっていう時に、そっぽ向いてるのも感じが悪いよね。こっちの方を見てほしいな」
言われるがまま、智也は美咲の方を向く。無表情だった。目付きはどことなく冷ややかになっている。怒りの感情を封じ込めているのか。智也にはそう見えた。
「帰りの電車でね。智くんからメッセージが来たから、なんの用だろうなって思ってね。開いたら、あの写真が出てきたんだけど」
美咲は目で訴える。どういうつもりであの写真を送ったのだと。
例の写真は、美咲の帰宅中に送ったらしい。残念ながら、全く記憶にない。とはいえ、馬鹿正直に「記憶にありません」と言ったところで、美咲は納得する筈がない。
一応、それらしい言い訳がないわけではない。こう言えばいいのだ。
「アカウントが乗っ取られ、勝手にメッセージを送ったらしい。その写真はAIで作られたものだ」
と。
だが、こう言ったところで何になるというのか。
AIで新たに画像を生成するにしても、元の写真が必要となる。純の写真を所持しているのは、なにも智也だけとは限らない。
乗っ取った奴が所持している可能性はないとは言いきれないだろう。
そうは言ったところで、今度は純の写真を持っている人間が、智也の知り合いである可能性の方がぐっと低くなるではないか。ないと断言できないが、限りなくゼロに近いだろう。
「ごめん」
何を言ったところで言い訳にしかならない。智也は、力なく頭を下げた。
「ごめんって何。私は、なんであの写真を送ったのか聞いてるんだけど」
美咲は笑っていた。口元は引きつっていたが。声色は怒気を含んでいる。
「言い訳にしか聞こえないだろうけど、本当に記憶にないんだ。アカウントが乗っ取られてたのかもしれない」
美咲から問い詰められた智也は、弁明することにした。記憶にないのは事実だからである。写真のことはあえて触れないようにしたが。
美咲は「ふーん」と言いながら、腕を組んだ。
「智くん。私、すごく嬉しかったんだよ。結婚のことを考えてくれたの。あの日から、指輪のことばっかり考えてたんだよ。やっぱりブランド物がいいな。でも、あんまり無茶なことも言えないな。だけど一生モノだから後悔したくないな、とかさ」
組んだ腕を解くと、こう続けた。
「でも、智くんは純さんのことが忘れられなかったんだよね。だってあんなことさせてんだもん。余っ程の信頼関係があっての事だよね。私だって、智くんが『顔射してもいいか』って言ったら、やらせてあげたのに……」
美咲の目に涙が溜まる。それにつれて、声も震えてきた。
智也の心に、だんだんと罪責感がつのってくる。
美咲もまた、智也のことを愛していたのだ。それこそ顔射を許すまでに。
二人の間には、話し合いが足りなかったのだ。話せば分かり合える。だから今は、なんとかして美咲の赦しを得ねば。
智也は美咲の足元に跪くと、両手を床に置く。そして顔を下ろし、土下座した。
画面を眺めているうちに、通知が入る。美咲からだ。通知件数は、二十だ。
時刻は十七時三十五分。今日は美咲からの連絡はない。同棲しているのだ。わざわざメッセージを送らなくとも、直接やり取りをすればいい。急用でもない限り。
智也は今日一日、何度かスマホを見ているが、美咲からのメッセージはなかった。つまり、ここ数分で立て続けに送っていることになる。しかも、一方的に。
これはただ事ではない。智也の意識がハッキリする。通知欄をタップし、メッセージを確認した。
『智くん、どういうことなの。返事してよ』
メッセージは、どれも智也に返事を求めるものだった。
美咲は怒っている。それも、かなり。
怒っていることはわかったが、生憎、心当たりがない。
スクロールする度に、智也の困惑と焦燥感が募っていく。
指で操作していくと、画像だけ貼られたメッセージが出てきた。
送り主は智也。そこには、顔に精液がかかった純の写真が貼られていた。
それを見た瞬間、全身の血が凍りつく感覚に襲われた。
何故、自分はこの写真を美咲に送っているのか。けれど、これを撮影した時、純には認識阻害がかかっている。例え、なにかの過ちで送信したとしても、美咲には見えないハズだ。
だが、現に美咲は激怒している。ということは、この写真の純が見えているということなのだ。
明らかに、純の仕業だ。送信したのは智也だが、その記憶はない。純が智也に催眠術をかけ、写真を送らせたのだ。そうとしか考えられなかった。
純を問い詰めなけれなならぬ。一方で、美咲になんて申し開きをすればいいんだ。智也の冷や汗が止まらない。
進退窮まったのか。リビングに立ち尽くす。静寂を壊すように、玄関からドアを開ける音がした。智也の心臓が跳ね上がる。
「ただいま」
何事もなかったかのように、美咲が帰宅時の挨拶をする。智也には、かえってそれが恐ろしく感じた。
足音が聞こえる。これも、普段通りの音量だ。これもまた、智也にしたら恐怖であった。
リビングのドアが開く音がする。美咲が入ってくる。智也は背中を向けて立っている。今は振り返る勇気がなかった。
同時に、部屋が明るくなる。美咲が電気をつけたようだ。それにより、美咲の存在感が増す。
「智くん、どうしたの。大丈夫」
美咲は気にかけるような口ぶりだ。だがそれは、智也のことを慮ってのことではない。
それをわかってか、智也は沈黙していた。返事をしないのは、なお悪い。頭では理解しているつもりだが、口が開かなかった。
「さっきから黙ってるけど、それって感じ悪いよね。言いたいことあるなら、はっきりした方がいいよ」
美咲なりに、冷静さを保とうとしてるのが取れる。それと反比例して、智也の不安感は増すばかりだった。
「智くんが話したくないなら、しょうがない。私からいくよ」
美咲は淡々としている。智也にすれば、そっちの方がおっかないのだが。
「そうそう。これから人が話そうっていう時に、そっぽ向いてるのも感じが悪いよね。こっちの方を見てほしいな」
言われるがまま、智也は美咲の方を向く。無表情だった。目付きはどことなく冷ややかになっている。怒りの感情を封じ込めているのか。智也にはそう見えた。
「帰りの電車でね。智くんからメッセージが来たから、なんの用だろうなって思ってね。開いたら、あの写真が出てきたんだけど」
美咲は目で訴える。どういうつもりであの写真を送ったのだと。
例の写真は、美咲の帰宅中に送ったらしい。残念ながら、全く記憶にない。とはいえ、馬鹿正直に「記憶にありません」と言ったところで、美咲は納得する筈がない。
一応、それらしい言い訳がないわけではない。こう言えばいいのだ。
「アカウントが乗っ取られ、勝手にメッセージを送ったらしい。その写真はAIで作られたものだ」
と。
だが、こう言ったところで何になるというのか。
AIで新たに画像を生成するにしても、元の写真が必要となる。純の写真を所持しているのは、なにも智也だけとは限らない。
乗っ取った奴が所持している可能性はないとは言いきれないだろう。
そうは言ったところで、今度は純の写真を持っている人間が、智也の知り合いである可能性の方がぐっと低くなるではないか。ないと断言できないが、限りなくゼロに近いだろう。
「ごめん」
何を言ったところで言い訳にしかならない。智也は、力なく頭を下げた。
「ごめんって何。私は、なんであの写真を送ったのか聞いてるんだけど」
美咲は笑っていた。口元は引きつっていたが。声色は怒気を含んでいる。
「言い訳にしか聞こえないだろうけど、本当に記憶にないんだ。アカウントが乗っ取られてたのかもしれない」
美咲から問い詰められた智也は、弁明することにした。記憶にないのは事実だからである。写真のことはあえて触れないようにしたが。
美咲は「ふーん」と言いながら、腕を組んだ。
「智くん。私、すごく嬉しかったんだよ。結婚のことを考えてくれたの。あの日から、指輪のことばっかり考えてたんだよ。やっぱりブランド物がいいな。でも、あんまり無茶なことも言えないな。だけど一生モノだから後悔したくないな、とかさ」
組んだ腕を解くと、こう続けた。
「でも、智くんは純さんのことが忘れられなかったんだよね。だってあんなことさせてんだもん。余っ程の信頼関係があっての事だよね。私だって、智くんが『顔射してもいいか』って言ったら、やらせてあげたのに……」
美咲の目に涙が溜まる。それにつれて、声も震えてきた。
智也の心に、だんだんと罪責感がつのってくる。
美咲もまた、智也のことを愛していたのだ。それこそ顔射を許すまでに。
二人の間には、話し合いが足りなかったのだ。話せば分かり合える。だから今は、なんとかして美咲の赦しを得ねば。
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