血よりも赤い瞳

奈々野圭

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第34話 新居②

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 廊下を出て、すぐ近くにある左側のドアを開ける。
 日差しが入りにくいのか、妙に薄暗い。そのせいか、空気が冷えているような気がする。

 智也は純の腕を引っ張りながら、中に入る。ドアを閉めると、部屋の右側にあるクローゼットの戸を開けた。

「今日から、ここに入ってろ。俺が『出ろ』って言う時だけ、中から出てくるんだ。戸も閉めとけよ」

 純は「わかった」と返したあと、クローゼットに入る。中に入ったことを確認したあと、智也は戸を閉めた。

「美咲ー、今何やってんの」
 部屋を出たあと、智也は家のあちこちを回る。

「今、寝室を片付けてるよー」
 先程いた部屋の隣から、声が返ってきた。智也は、隣のドアを開ける。

「仕事部屋の片付けは終わったの」
 美咲は手を動かしながら、尋ねる。

「まぁな。それに今日は仕事しないから、後回しにしても大丈夫かなって。寝室の方が大事だろう……二人きりで過ごすわけだし」

 智也の顔が、次第に赤くなる。そんな智也を見て、美咲はふふふと笑った。

「なんだよ。もぅ」
 智也は苦笑し、美咲の肩を叩く。

「だってぇ。照れてる智くん、可愛いんだもん」

 美咲がこう言ったあと、智也の顔がますます紅潮する。
 二人はまたひとしきり笑ったあと、作業に戻った。



***

 日が沈み、辺りが暗くなる。荷ほどきもあらかた終わった。

「そろそろ、ご飯にしようよ。何食べようか」
 美咲が尋ねる。

「そうだなー。こういうときって蕎麦食べるんだろ。引越し蕎麦ってやつ。ところで、なんで蕎麦なんだろな」

 智也は投げやり気味に答える。

「そういうアバウトなところ、好き」
 美咲は微笑しながら返す。

「なんだよー。俺だって真面目に考えてるぞ」
 智也は口を尖らせた。

「えーと、この辺りのお蕎麦屋さんは……」

「この辺なら、駅の中に蕎麦屋あるぞ。駅の東側に」
 スマホを手に取り、検索をする美咲に対し、智也は自信満々に言った。

「それじゃあそこにしようか。場所はわかるの?」

 智也は黙って頷く。二人は外に出ていった。外はすっかり暗くなっている。

「うぅ。ちょっと寒いかも」
 美咲は智也にくっつく。

「大丈夫か?」
 心配そうに声をかけるが、満更でもないようだ。口元が緩んでいる。

「智くんに体温を分けてもらっちゃった」

 美咲は智也を上目遣いで見つめる。そんな美咲に、智也は嬉しそうな顔を向ける。こうして、二人は仲睦なかむつまじく歩いていった。

 前方に蕎麦屋が見えた。中に入ると、レジ前にある席に数人、腰掛けている。
 智也は記名台に名前を書く。その前には、二人の名前が並ぶ。

「少し待ちそうだ」
「そっかぁ。ちょうど夕飯どきだしね」

 二人は待つことにした。肩を寄せ合いながら座る。

「なんかさ。俺たち、さっきからイチャついてない? 絶対バカップルだと思われてるよな」

「バカップルって思われるの、やなの?」

 美咲の顔が不安気になる。智也は首を横に振る。

「全然やじゃないよ。むしろもっとバカップルっぽいことしたいくらい」

 体を更に美咲に密着させた。

「智くんってばー」
 美咲の顔がほころんだ。

 そんな二人の後ろにいる客が、ヒソヒソ話をしているのが聞こえる。

 きっと自分らの話をしているに違いない。そう思ったが、二人は気にしないことにした。

 しばらくして、店員が声をかけてきた。二人は案内された席に座る。

「何にしようかな」

「やっぱり蕎麦にしよ。引越し当日だし。天ぷらも食いたいから、天ぷら蕎麦ね」
 智也はメニューを見るなり、即決した。

「智くんって、妙なところで律儀だよねぇ。じゃ、私は天ぷらうどん」

 美咲の食べるものも決まったところで、智也は呼び出しボタンを押す。程なくして店員がやってきたので、注文する。店員は「かしこまりました」と返し、厨房へ戻っていった。

 二人は料理を待つあいだ、雑談をする。雰囲気は、デートそのものである。炊事が面倒なので、外食にしただけなのだが。

「引越しは何度かやってるけど、どうにも慣れないな」
 智也はしみじみと語る。

「そうなんだ。まぁ、確かに疲れちゃうもんね」

 そんな会話をしているうちに、注文したものが運ばれてきた。
 智也の前に天ぷら蕎麦が置かれると同時に、美咲の目の前にも頼んだものが置かれる。

「いただきます」
 二人は手を合わせてから食べ始める。

「これうめー」

 智也はえび天を頬張る。えびはプリプリしており、程よい噛み心地だ。出汁も効いていて、味にも深みがある。
 そんな智也を、美咲は微笑みながら見ていた。

「何見てんだよ。早く食べないと、うどん、のびちゃうぞ」

 美咲の視線を感じた智也は、蕎麦をすすりながら言う。

「もう大丈夫なのかなと思って。ほら、お蕎麦をおいしそうに食べてるから」

 美咲の発言に、智也は蕎麦を勢いよく飲み込む。そのせいか、むせたようだ。ゴホンゴホンと咳き込む。

「急に話しかけてごめんね。前にディナー言った時、なんか、元気なかったから」
 美咲は申し訳なさそうにする。

「そのことは、もう大丈夫……て言うと、薄情なやつになるな……」
 智也は苦笑いした。

「そんなことないよ。智くんが辛いのはわかってるから……」

 ここまで言ったところで、美咲は口をつぐむ。勝手に人の気持ちを代弁するようなことをしたが、それでよかったのか。こんな考えが頭をよぎったからである。

「ありがとうな。でも、本当に大丈夫だから」
 智也は微笑み返した。

「さて、食うぞ。美咲も、早く食わないとのびちゃうって」
 智也は食事を促す。美咲は頷くと、うどんを食べ始めた。

「ごちそうさまでした」

 二人は食事の挨拶をすると席を立った。会計を済ませ、店を出る。

「初めて入ったお店だったけど、おいしかったね。また、来ようね」

 美咲は朗らかな顔で、こう言った。智也も「そうだな」と相槌を打つ。

 とにかく、色々なことがあった。だが、これからは美咲と一緒だ。美咲がそばにいてくれれば、大丈夫。

 智也は、漠然とした安心感を抱きながら、帰路についた。
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