血よりも赤い瞳

奈々野圭

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第1話 邂逅①

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 高橋智也は終業後、いつものように自宅マンションへと向かっていた。

 彼はとある制作会社にて、ウェブデザイナーとして働いている。
 繁忙期ではないため、ここしばらくは定時で上がれている。とはいえ、仕事は仕事だ。気苦労は絶えず、どうしたって疲れを覚えてしまうのだ。

 一刻も早く帰宅して、ビールでも飲みながらゲームをする。あるいは漫画でも読んでだらだらするか。とにかく、とっとと家に帰りたい。
 今の智也はその一心であった。

 帰路の途中にある公園の前を通りかかったときのことだ。

 遊具が二つや三つほど置いてあるというような、住宅街でよく見られる小規模なものだ。智也ほどの平均的な成人男性の背丈であれば、一目で全体が見渡せるような。

 その前を通りかかるときは、朝の通勤時間か夕方の帰宅時だ。だからか、そこで遊んでいる子供や保護者といった利用者を見たことがない。智也の中では常に人がいない公園になっていた。

 だが、今日は違った。珍しく、人がいたのである。

 人気がないとて公園だ。この時間でも利用者がいたっておかしくはない。特段気に止めることでもないだろう。

 智也の目は公園の中央に釘付けになった。彼の者はそこにいたからである。

 彼の者の風貌は、以下の通り。

 まずは、服装。
 上から下まで白で、たくさんのベルトがついていた。
 まるで拘束衣だ。彼は拘束衣を直に見たことはなかったが。

 髪型は肩につくほどの長さ。金髪で、緩くウェーブがかかっている。

 背丈の詳細は分からないが、スラリとしている。立ち姿を見るに、長身と思われた。

 智也は観察していたが、その者は微動だにしない。ぼんやりと、一点だけを見据えている。智也にはそう見えた。

 どこかの施設を脱走したのだろうか。だとすると、相当な危険人物だ。なにせ、拘束衣をまとっているのだから。実際に拘束衣を見たことはないが。

 そんなものには関わらないに限る。智也はそう判断を下したが、彼の足はその者の元に向かっていた。
 関わらない方がよいと頭ではわかっていたが、好奇心が上回ってしまったのだ。

 智也はその者の目と鼻の先まで接近した。肩を並べると、その者の方が彼よりも背が高かった。身長は日本人男性平均のそれであったが、その者は一回り高いようだ。

 かなり接近したにも関わらず、その者は、智也の方を見ようともしなかった。

「あの、すみません」
 智也は、意を決して話しかける。

「…………」
 その者は反応を示すように、智也の方に振り返った。

 智也の目は、またも釘付けになった。

 歳は、智也と同年代の青年であろうか。
 顔筋と頭蓋骨が巧妙に折り合わされ、一切の無駄がない輪郭。
 眉毛と目は平行に、お互い丁度よい距離を保っている。
 鼻筋も通っており、その下に連なる口元も適度なハリと膨らみがあった。

 要するに、美人である。

 智也の性的指向は女性だ。青年はどちらかというと男性的である。智也の指向からはズレてはいたが、素直に「格好いい」と認めざるを得なかった。

 なによりも、目だ。
 適度な大きさの双眼は、赤色をしていた。

 それこそ漫画やアニメでしか見ないような目の色だ。カラコンを入れているのだろうか。
 そうとしか思えないような目の色であったが、智也は別になんとも思わなかった。

 いや、「なんとも思わない」のではない。その目はルビーのようにきらめいていた。智也はそう感じたのだ。

 青年は智也を見ていたが、まだぼんやりとしているようだ。どうにも、焦点が合っていないような雰囲気がある。

「大丈夫ですか?」

 智也は話しかけたあとで、「もしかしたら日本語が分からないかもしれない」という可能性に気がついた。外国人にも見えたからである。

 智也は内心焦りを見せる。
 ――ここは文明の利器を使おう。
 彼はスマホを取り出し、翻訳アプリを立ち上げた。

「Do you need any help ?」
 スマホから音声が発せられたが、青年は無反応であった。

 英語ではないのか。智也はますます焦燥感を募らせる。他の言語を試そうとしたとき――

「ここはどこだ」
 青年の口から流暢な日本語が返ってきた。

(日本語わかるんかい!)
 智也は心の中でツッコミを入れた。

「『ここはどこだ』と言われましても……」

 智也は青年の質問の意図を掴みかねた。ここはS区H台一丁目である。だが、青年はあえて居場所を尋ねている。地名を把握していない可能性もあるのだ。とはいえ、このまま黙りこくっても話は進まない。智也は口火を切った。

「S区H台一丁目です」

「……」
 青年は一言も声を発さず、智也の顔を見た。その整った顔は、無表情であった。青年の考えていることがまるで分からない。

 智也の困惑は深まるばかりであった。青年は相変わらず智也のことを見つめている。

「えーと、どこから来たんですか?」
 智也は質問を変えてみた。変えたところで、返事があるとは限らないが。それでも、なんとかして青年とコミュニケーションを取りたかったのだ。

「地上での作戦を終え、人口楽園に帰還したところだ」

 今度は答えが返ってきた。返ってきたのはいいが、まるで意味がわからない。

 ――あなたコスプレイヤーですか? でもここはなんのイベントもやってないですよ――
 ここまで考えたところで、「もしかしたら配信でもやっているのかもしれない」と思い至る。
 智也は周囲を見回すが、それらしき機材は見当たらなかった。

 想像以上に面倒なやつに声をかけてしまった。智也は後悔した。関わり合いにならない方が良かったのだ。やはり警察に任せた方が――

「なにか身分を証明できるものは持ってませんか?」

 警察に任せればいい、そう考えたが、「身分証明書を持っていない」となったら話は別だ。持ってないとなると、この青年はきっと厄介な目にあうだろう。身元不明となると、警察はろくなことをしないに違いない。

 そんなことを頭の中で巡らせていると、青年が口を開いた。

「身分を証明するものとはなんだ」

「ほら、あるでしょう。運転免許証とか保険証とか。あとパスポート」

「運転免許証と保険証とパスポートとはなんだ」
 青年は能面のような顔で質問した。

「それってどういう……」
 またしても反応に困る答えが返ってきた。青年は眉ひとつ動かさない。きっと真面目に答えているのだろう。だから、反応に困るのだ。

「だから、運転免許証と保険証とパスポートとはなんだと聞いている」
 青年は再度、質問した。表情もだか、声色も抑揚がない。だから、智也には青年の考えていることがまるでわからないのだ。

 考えてることがわからないにしても、言っていることは理解できる。
 とすると、青年は先に挙げたものの存在を本当に知らないのではないか?

 それに、先にした「どこから来たんだ」という質問に対してトンチンカンなことを言ってきたのだ。

 あえて分かりきっていることを説明したとて、怒るような人物でもないだろう――
 智也は、説明することにした。青年は表情を変えることなく聞いている。

「わざわざ携帯しないといけないのか。ここは文明レベルが高くないようだな」

 分かりきったことを説明されても怒らないのはよかったが、今度はしゃくさわるようなことを言い出すとは。智也は次第に苛立ってきた。

 なんで俺はこんな面倒くさいやつに話しかけたんだ。
 智也は後悔一色になっていた。
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