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本編
26.告白
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「お待ちしておりました。バートランド様」
今夜のお客様は、オレール・バートランド。
童貞卒業組の中で唯一小まめに通ってくれている常連さんだ。
オレンジ色っぽい茶髪と榛色の瞳。
見れば見るほど昼間城であった宰相さんとそっくりな容姿でありながら、持っている雰囲気は正反対。
オレールは常に人好きのしそうな柔和な笑顔と穏やかな物腰を崩すことはなく、ここを訪れた初回のこともあって一見気弱そうにも感じられる。
しかし外見の印象ではわかりづらいが、なかなか芯の通った男らしい性格をしており、人生経験を積んで世の中の荒波に揉まれるようになれば、その印象も一新されるに違いない。
人間としての深みや他者を圧倒するような眼光の鋭さ。腹の内を簡単には見せない狡猾さという点では父親の足元にも及ばないが、将来は確実に人の上に立ち、国を動かす立場の人間に成長するだろう。
俺としては今のこの素直な感じを無くしてもらいたくないんだけどな……。
今日会ったばかりの、いかにも腹に一物抱えていそうな宰相さんみたいになる可能性もあるのかと思うと、複雑な気持ちになってしまうのは仕方がない。
そんな事を考えながら内心苦笑いしつつすぐ近くまで歩み寄ると、心なしかオレールの様子がどことなくおかしいことに気がついた。
どう見ても表情が硬い。
一番最初に会った時のようにガチガチに緊張して顔色を失っているわけではないが、とてもじゃないがすぐにアレが勃つような雰囲気ではなさそうだ。
一体どうしたっていうんだ?
今日は若者のお悩み相談が先だと判断した俺は、オレールを部屋まで案内してきたハルに目配せすると、すぐに部屋を出ていってもらった。
本来ならば俺が脱がせた上着を受け取り、クローゼットに掛けるまでが案内してきた内勤スタッフの仕事なのだが、明らかに様子のおかしいオレールには無理に声をかけないほうがよさそうだと判断したからだ。
二人きりになっても硬い表情のまま一向に口を開こうともしないオレールにどうしたもんかと考えながらも、このまま二人で突っ立ってるわけにもいかず、とりあえず席を勧め俺も隣に座ることにしたのだが。
緊張を少しでも解せるようにとテーブルの上に準備されていた酒をグラスに注ごうと手を伸ばすと、それを制止するかのように不意にオレールの手が重ねられた。
そしてそのままもう片方の手で肩を抱かれ、逞しい胸に引き寄せられる。
「──今日陛下から城に呼ばれたそうですね。もしかして、父にも会いましたか?」
先程の強張った表情をそのまま表したような硬い声に、俺は静かに肯定の言葉を返した。
「はい。お会い致しました」
「やはり……」
この様子じゃオレールも父親である宰相さんから俺に繋ぎをつけてくるよう言われていたに違いない。
でもって、ある程度は俺の事情ってやつを聞かされてたんだろう。
こんな風に思い詰めたような表情でここに来たってことは、もしかして俺に申し訳ないとか思ってるってことなのか……? ホントにいいヤツ過ぎるだろ。
宰相の息子で将来国を動かす立場となるべく育てられているはずのオレールは、そのバックグラウンドを嵩に着て変に偉ぶることもなければ、身分の高い人間にありがちな傲慢さというものも全く感じられない希有な人物だ。
その証拠に、ここを訪れた初日にコリンに散々な態度をとられたにも関わらず、後日ここに戻ってきて内勤スタッフとして働いているコリンから正式に謝罪を受けた際、自分にも責任があるからと言って全てを笑って許していた。
そんなオレールだから、俺もつい兄貴のような気持ちになって他の客には感じないような親しみなんかを感じてしまっているわけだが。
俺は何の心配もいらないというつもりで広い背中に手を回すと、オレールは甘えるような仕草で俺の肩に頭を乗せた。
そして。
「実は、暫くこちらへ伺うことが難しい状況になりまして……」
いつもよりも若干低めの声で告げられた言葉に、俺は複雑な心境にさせられる。
まさかとは思うけど今日の一件で親父に何か言われたとかじゃねぇよな?
食えない宰相さんの顔と今日のやり取りを思い出し、少しだけ苦い気持ちが込み上げる。
「……何か私では至らぬ点がございましたか?」
ズバリ理由を尋ねるわけにはいかず、暗に俺のせいかと尋ねてみると。
「コウキさんのせいじゃないんです」
オレールは俺を抱き締めていた腕を弛め、いつになく真剣な表情で俺と向き合った。
いつもは目が合ったと思ったらすぐに恥ずかしそうに逸らすオレールが、今日に限っては少しも逸らす気配がない。
それどころか、俺の全てを射抜くような強い眼差しに俺のほうが圧倒されそうになる。
「実は来月王立学校を卒業したら、暫く王都を離れることになりました」
「──いつ、お戻りになられるのですか?」
「いつ戻れるかは未定です」
キッパリ言い切ったその言葉に胸がザワつく。
オレールって確か騎士になるとか言ってたよな?
会社組織とかで新人のうちは地方勤務ってよくある話だけど、この世界じゃ有力貴族の息子は基本王都勤務しかしないって聞いたような……?
「……どちらへ向かわれるのですか?」
本当はこういうことは聞かないほうがいいんだろうけど、聞いとかなかったら絶対に後悔することになりそうな予感がしてならないのだ。
「北の砦に参ります」
「北の砦……」
あそこって確か、今一番魔物の動きが活性化してる上にその強さも相当なものだって聞いた覚えがあるような……。
間違っても学校を卒業したての宰相の息子が最初の勤務先として行くような場所ではない。
何故そんな所に、と聞きたい気持ちはやまやまだが、さすがにそこまで俺が踏み込んでいいのか迷うところだ。
ところがオレールは俺のその迷いを読み取ったかのように、苦笑いしながらも事情を説明してくれた。
「北の砦へ行く事は自分で志願したことなのです。
今はまだ王都まで強い魔物の脅威が迫ってきてはいませんが、それはここが『安全な場所だから』ということではなく、『安全でいられるよう尽力している人間によって護られている』ということに他なりません。
私はそんな王都で日々策を講じて誰かに命じる側の人間になるための精進するよりも、今は自ら前線に赴きそれを食い止める側の人間になりたかった。
──それが大切な人を守るために私に出来る精一杯だと思ったので」
そんな物語みたいな理由で一番危険な場所に志願するって……。
この世界に来る前から、誰か特定の相手に執着することもなく、物と金と理想どおりの人生設計という自分に関する事だけを大事にしてきた俺にとって、オレールの決意は正直理解し難いものがある。
まあ、こういう職業を生業としてる以上、簡単に大事な人が出来ても困るけど、オレールのようにある意味純粋ともいえる相手と接すると、否応にも自分の情緒面にはどこか欠陥があるんだと認識させられる。
俺、基本自分が一番大事だからな……。
目の前の若者の熱さにほんの少しだけ苦い思いを感じていると、オレールの指先がそっと俺の頬へと触れた。
真っ直ぐに俺を見つめるオレールに、俺は今感じたばかりの感情に気付かなかった振りをして、今この場面に相応しい餞の言葉を口にしようとしたのだが。
「初めて会った時からずっとあなたのことが好きなんです」
突然の告白に、俺は頭の中にあった定型的な文言が全て消え失せた。
──大切な人ってまさかの俺……?
本来ならば笑顔と共にサラッと感謝の言葉を口にするのが常なのだが、この時ばかりは咄嗟に何の反応も出来なかった。
自分の中に確実に何らかの変化が起きている事実に戸惑い感じていると、そんな俺の様子を見ていたオレールにクスリと笑われる。
「そんなに困った顔をしないで下さい。こうして告白したからといって、あなたに私と同じ気持ちを返して欲しいわけじゃないんです」
あー、感情を顔に出した挙げ句、客に気を使わせるなんて……。俺、プロ失格だな……。
こんなにスマートにいかない事はホスト時代も含めて初めてのことだ。
……俺も相当ヤキが回ったらしい。
「でも」
オレールはそこで一旦言葉を区切ると、頬に触れていた手をそっと滑らし、俺の顎を掬うように手を添えた。
「コウキさん。今日は王都を離れる前の最後の思い出に、あなたの全てを愛したい。
──今夜だけは恋人のように愛を囁きながらあなたに触れる権利を俺に下さい」
唇が触れ合うほどの至近距離で囁かれたその願いに。
最早お為ごがしの言葉など何も必要ないのだと覚った俺は、そっと目を閉じ了承の意を示すことで、彼の求めに応じたのだった。
今夜のお客様は、オレール・バートランド。
童貞卒業組の中で唯一小まめに通ってくれている常連さんだ。
オレンジ色っぽい茶髪と榛色の瞳。
見れば見るほど昼間城であった宰相さんとそっくりな容姿でありながら、持っている雰囲気は正反対。
オレールは常に人好きのしそうな柔和な笑顔と穏やかな物腰を崩すことはなく、ここを訪れた初回のこともあって一見気弱そうにも感じられる。
しかし外見の印象ではわかりづらいが、なかなか芯の通った男らしい性格をしており、人生経験を積んで世の中の荒波に揉まれるようになれば、その印象も一新されるに違いない。
人間としての深みや他者を圧倒するような眼光の鋭さ。腹の内を簡単には見せない狡猾さという点では父親の足元にも及ばないが、将来は確実に人の上に立ち、国を動かす立場の人間に成長するだろう。
俺としては今のこの素直な感じを無くしてもらいたくないんだけどな……。
今日会ったばかりの、いかにも腹に一物抱えていそうな宰相さんみたいになる可能性もあるのかと思うと、複雑な気持ちになってしまうのは仕方がない。
そんな事を考えながら内心苦笑いしつつすぐ近くまで歩み寄ると、心なしかオレールの様子がどことなくおかしいことに気がついた。
どう見ても表情が硬い。
一番最初に会った時のようにガチガチに緊張して顔色を失っているわけではないが、とてもじゃないがすぐにアレが勃つような雰囲気ではなさそうだ。
一体どうしたっていうんだ?
今日は若者のお悩み相談が先だと判断した俺は、オレールを部屋まで案内してきたハルに目配せすると、すぐに部屋を出ていってもらった。
本来ならば俺が脱がせた上着を受け取り、クローゼットに掛けるまでが案内してきた内勤スタッフの仕事なのだが、明らかに様子のおかしいオレールには無理に声をかけないほうがよさそうだと判断したからだ。
二人きりになっても硬い表情のまま一向に口を開こうともしないオレールにどうしたもんかと考えながらも、このまま二人で突っ立ってるわけにもいかず、とりあえず席を勧め俺も隣に座ることにしたのだが。
緊張を少しでも解せるようにとテーブルの上に準備されていた酒をグラスに注ごうと手を伸ばすと、それを制止するかのように不意にオレールの手が重ねられた。
そしてそのままもう片方の手で肩を抱かれ、逞しい胸に引き寄せられる。
「──今日陛下から城に呼ばれたそうですね。もしかして、父にも会いましたか?」
先程の強張った表情をそのまま表したような硬い声に、俺は静かに肯定の言葉を返した。
「はい。お会い致しました」
「やはり……」
この様子じゃオレールも父親である宰相さんから俺に繋ぎをつけてくるよう言われていたに違いない。
でもって、ある程度は俺の事情ってやつを聞かされてたんだろう。
こんな風に思い詰めたような表情でここに来たってことは、もしかして俺に申し訳ないとか思ってるってことなのか……? ホントにいいヤツ過ぎるだろ。
宰相の息子で将来国を動かす立場となるべく育てられているはずのオレールは、そのバックグラウンドを嵩に着て変に偉ぶることもなければ、身分の高い人間にありがちな傲慢さというものも全く感じられない希有な人物だ。
その証拠に、ここを訪れた初日にコリンに散々な態度をとられたにも関わらず、後日ここに戻ってきて内勤スタッフとして働いているコリンから正式に謝罪を受けた際、自分にも責任があるからと言って全てを笑って許していた。
そんなオレールだから、俺もつい兄貴のような気持ちになって他の客には感じないような親しみなんかを感じてしまっているわけだが。
俺は何の心配もいらないというつもりで広い背中に手を回すと、オレールは甘えるような仕草で俺の肩に頭を乗せた。
そして。
「実は、暫くこちらへ伺うことが難しい状況になりまして……」
いつもよりも若干低めの声で告げられた言葉に、俺は複雑な心境にさせられる。
まさかとは思うけど今日の一件で親父に何か言われたとかじゃねぇよな?
食えない宰相さんの顔と今日のやり取りを思い出し、少しだけ苦い気持ちが込み上げる。
「……何か私では至らぬ点がございましたか?」
ズバリ理由を尋ねるわけにはいかず、暗に俺のせいかと尋ねてみると。
「コウキさんのせいじゃないんです」
オレールは俺を抱き締めていた腕を弛め、いつになく真剣な表情で俺と向き合った。
いつもは目が合ったと思ったらすぐに恥ずかしそうに逸らすオレールが、今日に限っては少しも逸らす気配がない。
それどころか、俺の全てを射抜くような強い眼差しに俺のほうが圧倒されそうになる。
「実は来月王立学校を卒業したら、暫く王都を離れることになりました」
「──いつ、お戻りになられるのですか?」
「いつ戻れるかは未定です」
キッパリ言い切ったその言葉に胸がザワつく。
オレールって確か騎士になるとか言ってたよな?
会社組織とかで新人のうちは地方勤務ってよくある話だけど、この世界じゃ有力貴族の息子は基本王都勤務しかしないって聞いたような……?
「……どちらへ向かわれるのですか?」
本当はこういうことは聞かないほうがいいんだろうけど、聞いとかなかったら絶対に後悔することになりそうな予感がしてならないのだ。
「北の砦に参ります」
「北の砦……」
あそこって確か、今一番魔物の動きが活性化してる上にその強さも相当なものだって聞いた覚えがあるような……。
間違っても学校を卒業したての宰相の息子が最初の勤務先として行くような場所ではない。
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ところがオレールは俺のその迷いを読み取ったかのように、苦笑いしながらも事情を説明してくれた。
「北の砦へ行く事は自分で志願したことなのです。
今はまだ王都まで強い魔物の脅威が迫ってきてはいませんが、それはここが『安全な場所だから』ということではなく、『安全でいられるよう尽力している人間によって護られている』ということに他なりません。
私はそんな王都で日々策を講じて誰かに命じる側の人間になるための精進するよりも、今は自ら前線に赴きそれを食い止める側の人間になりたかった。
──それが大切な人を守るために私に出来る精一杯だと思ったので」
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この世界に来る前から、誰か特定の相手に執着することもなく、物と金と理想どおりの人生設計という自分に関する事だけを大事にしてきた俺にとって、オレールの決意は正直理解し難いものがある。
まあ、こういう職業を生業としてる以上、簡単に大事な人が出来ても困るけど、オレールのようにある意味純粋ともいえる相手と接すると、否応にも自分の情緒面にはどこか欠陥があるんだと認識させられる。
俺、基本自分が一番大事だからな……。
目の前の若者の熱さにほんの少しだけ苦い思いを感じていると、オレールの指先がそっと俺の頬へと触れた。
真っ直ぐに俺を見つめるオレールに、俺は今感じたばかりの感情に気付かなかった振りをして、今この場面に相応しい餞の言葉を口にしようとしたのだが。
「初めて会った時からずっとあなたのことが好きなんです」
突然の告白に、俺は頭の中にあった定型的な文言が全て消え失せた。
──大切な人ってまさかの俺……?
本来ならば笑顔と共にサラッと感謝の言葉を口にするのが常なのだが、この時ばかりは咄嗟に何の反応も出来なかった。
自分の中に確実に何らかの変化が起きている事実に戸惑い感じていると、そんな俺の様子を見ていたオレールにクスリと笑われる。
「そんなに困った顔をしないで下さい。こうして告白したからといって、あなたに私と同じ気持ちを返して欲しいわけじゃないんです」
あー、感情を顔に出した挙げ句、客に気を使わせるなんて……。俺、プロ失格だな……。
こんなにスマートにいかない事はホスト時代も含めて初めてのことだ。
……俺も相当ヤキが回ったらしい。
「でも」
オレールはそこで一旦言葉を区切ると、頬に触れていた手をそっと滑らし、俺の顎を掬うように手を添えた。
「コウキさん。今日は王都を離れる前の最後の思い出に、あなたの全てを愛したい。
──今夜だけは恋人のように愛を囁きながらあなたに触れる権利を俺に下さい」
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