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33お泊まりデートその1

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年が明けて、本格的な冬が到来した頃。
友紀くんと私は都内の老舗のホテルにやってきた。結婚パーティーで彼が手に入れたディナーの招待券を使うつもりだ。
「先に荷物、預けとこうか」
「そうだね……」
ディナーをしに来たにしては大きい荷物には、一泊分の用意が入っている。
ディナーを予約する際にせっかくだからと、同じホテルに泊まることを提案されたのだった。
付き合うことになって一か月弱。初めてのお泊まりということもあって緊張してしまう。
家を出る直前まで服や持ち物、特に下着を決めかねて慌ただしく飛び出してきたから、何か忘れ物をしているかもしれない。懸念ばかりが脳裏をよぎるけれど、まずは目の前のディナーを楽しまなくては。
高層階にあるレストランのガラス窓の向こうには、東京の夜景が広がっている。
ウエイターに椅子を引いてもらうきちんとしたお店に来るのは久しぶりだ。
すでにコースを予約しているから、飲み物だけオーダーすることになった。メニューにはドンペリやらシャトーやら耳馴染みのある銘柄はあるものの、なぜか値段が書かれていない。
これじゃ選べない、と思っていると、友紀くんが口を開く。
「シャンパンにしようか」
「うん、合わせるよ」
これ幸いとオーダーを任せることにした。
すぐに背の高いグラスがテーブルにサーブされる。
グラスを軽く傾けて乾杯を済ませると、一口含む。ふわりと果物の香りが口内に広がり、ぱちぱちと弾けていった。
高級レストランでシャンパンをいただくという非日常に浮ついきながらも、食事の後のことも気になっていた。
ちら、と盗み見るようにして友紀くんに目を向けると、向こうもこちらを見ていたらしく、しっかりと視線が絡み合う。
思わず鼓動が跳ねて、それをごまかそうとしてへらりと笑ってみせる。すると、彼も目元を和らげて微笑みかけてきた。
「この後、楽しみだね」
「えっ……⁉」
動揺で指先が滑り、グラスを落としそうになってしまった。差し向かいで話しているにしては大きい声だったから、友紀くんも目を丸くしている。
「コース、どんな物が出るんだろうって」
「あ、ああ……そっちか」
変な受け取り方をして過剰反応をしてしまった。このタイミングだから食事のことに決まっている。勘違いが恥ずかしくて頭を抱えたくなる。
「二人きりになれるのも、楽しみだよ」
抑えた声で囁かれ、一気に頬が熱を持つ。言い逃れできないくらいに赤くなっているはずだ。
そのタイミングで一皿目の料理がやってきた。
「わあ、美味しそう!」
照れ隠しに、何も見ないうちから必要以上にはしゃいだ声を出してみせる。
「早速いただこうか」
話題が変わったことに安堵しながら、ピカピカに光るフォークを手に取った。
次々に運ばれてくるコース料理は見た目が良いのはもちろん、うっとりするくらい美味しかった。
ゆっくりと時間をかけてデザートまできっちりとお腹におさめ、ひと心地つく。
食事を終えて、いよいよレストランを出ることになった。
預けた荷物は部屋に運んでくれているという話だったので、身軽な状態で部屋に向かう。
あまり意識しないようにしようと思いながらも、どうしても二人きりになった時のことを考えずにはいられない。
今までも部屋に遊びに行ったりしたことはある。ただ、その時はいつも早めに帰されていた。付き合ってない時の方が遅くなっていたくらい。
そのことを聞いてみたら、「あまり遅くまで連れまわして、ご両親に悪く思われたくないから」とのこと。そこまで考えていてくれたのか、と感動を覚えた。
これは本人には言ってないけれど、嬉しく思うと同時に、ほんの少し焦れる気持ちもあったりして。大切にされすぎていることが不満だなんて、彼は真面目に考えてくれているのに、私ときたら身勝手なものだ。
今日の泊まりだって、事前に両親と電話で話して許可を得ている。そこまでしなくてもいいと言ってはみたものの、実際は正解だった。
通話を終えた後、父も母も上機嫌で二人で美味しい物でも食べなさいと言ってお小遣いまで渡された。今日、家を出る前も絶対粗相をするなと何度も念を押されたことが記憶に新しい。
この日を楽しみにしていたはずなのに、いざとなると少し怖気づいている自分がいる。
あれこれ想いを巡らせている間に、部屋に到着したようだ。先に立って歩く友紀くんが角の部屋の前で歩みを止めた。
カードキーを使って中に入ると、落ち着いたブラウンを基調にしたインテリアが迎えてくれる。奥の部屋に向かう時にちらっと目に入った洗面所は広々としていて、いかにも高級そうな大理石が使われていた。
真っ白なシーツがかかったベッドはダブル……にしては大きいような。あまりじっと見つめるのも気恥ずかしくて、目をそらす。
ひとまずコートをクローゼットにしまうこととした。
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