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6 出会い

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あれは中学の入学式だった。
新入生が並ぶ列にえらく可愛い子がいるって思ったんだ。
だけどその子は俺と同じ学ランを着ていて――それでも自分と同じ男だなんてすぐには信じる事ができなかった。
式の後、その子を同じクラスでみつけてすごく嬉しかった。
名前を国枝和成・・といった。

どうにかしてお近づきになりたいと思いながらも声をかける事ができないまま日にちだけが過ぎていった。
そして、体育の為に着替える国枝のチラリと見えた裸。
ああ、確かに男だ。
学ランを着ていても名前が男名前でもどこか信じられなかったけど、確かに国枝は男だった。

国枝は良くも悪くも目立った。そこらの女子よりも可愛い顔立ちに似合わないツン。笑顔なんて見せないし、誰が話しかけてもツンとした態度を崩さない。
それでも俺は不思議と国枝に対して悪感情を抱く事はなく、不満と言えば笑えばもっと可愛いのに、と思うくらいだった。
だけど他のヤツは違ったようで、委員会で遅くなって教室に戻るとひとりゴミ箱を漁る国枝の姿を見つけた。
何をしてるのかと近づき、声をかけた。

「何か探し物?」

顔を上げた国枝の瞳は赤く、不機嫌そうに俺の事を睨んだ。
普通はここで引くんだろうけど、俺は引かない。引いてはいけないって思った。

「――何なくなった?」

俺の言葉にぴくりと震える肩。
少し待ってみても国枝からの返事はない。だけど俺にはすぐに分かった。国枝が嫌がらせを受けてるって。

国枝の態度は確かに褒められたもんじゃない。相手が好意を持って話しかけてもツンとしてロクに返事も返さない。今も睨んだままだ。
だけど、だからといって嫌がらせをしていいという事にはならないんだ。
別に俺は正義の味方でもなんでもないし、こんな事をした犯人を探し出して懲らしめるとかそういう事をしようとは思わない。だけど、国枝の力にはなりたいと思ったんだ。
構わず一緒に無くなった何かを探していると、「靴……」とだけ小さく聞こえた。その声があまりにも頼りなさげで、さっきの睨んでいるように見えたのはやっぱり何か違うんじゃないかって思えた。

とにかく靴がありそうな場所をくまなく探した。
ゴミや埃で制服が汚れても気になんかならない。
だけど、教室中をいくら探しても見つからなくて、俺の靴を国枝に貸して俺は上履きで帰るかと思い始めていた時、「みつけたぞ」と教室のドアを開け泥で汚れてしまった国枝の靴を掲げて見せたのは、同じクラスの神楽坂 葉介だった。外のゴミ収集所に捨ててあったらしい。
俺たちの様子を見て神楽坂も探してくれていたという事だった。
三人とも泥とゴミで汚れ臭い匂いまでしていて、なんだかそれがおかしくて俺と神楽坂が笑って少し遅れて国枝も笑い出した。

初めて見る国枝の笑顔はやっぱりとても可愛くて、胸がドキドキと鳴った。
その時は気づかなかったけど、この時にはもう国枝に恋していたんだと思う。


それから俺たち三人、俺と和と葉介との付き合いが始まった。

葉介は本当に同い年か? というくらいしっかりしていて、俺たちの兄のようなそんな存在だった。和は相変わらず俺たちといる時も笑顔は見せてくれなかったけど、お高くとまったツンだっていうのは誤解だった。ただ口下手で不器用なだけだったのだ。うまく自分の言いたい事をすぐには言葉にできなくて、焦るから必要以上に緊張して表情は抜け落ち、テンパって固まってしまう。
綺麗な顔をしていたせいでそれがツンに見えてしまっていただけだった。それに気づいたのは葉介で、あの時感じた何かが違う感はそういう事だったのかと納得した。
それから俺と葉介はもう二度と和が嫌がらせを受けないように周りに対してうまく立ち回った。
そのおかげか和は周りから嫌がらせを受ける事もなくなり、変に浮く事もなかった。
俺たち三人は仲のいい友だちだった。

だからあの夏、柔らかく微笑む和の姿を見て葉介の事が好きなんだと思ってしまったんだ。殆ど笑わない和が幸せそうに笑っていたから。その笑顔が自分に向けられた物じゃなく、葉介に向けられた物だったから。

俺は和の事が好きで、好きすぎて――変に拗れてしまった。
自分も傷ついて、和も傷つけて……葉介にも心配をかけた。

俺は和の事を見ているようで見ていなかったんだ。分かっているようで分かってなかったんだ。
これじゃあ和の事を誤解してたヤツらと何も変わらない。

和はいつもただ俺の事を想ってくれていたのに――。
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