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22.出来心(※sideジェラルド)

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 国王に即位しアリアを正妃に迎えた日常に俺は満足していた。
 アリアは従順で可愛く、公務や王妃教育にひたむきだった。信頼のおける臣下たちもいる。我が国はカナルヴァーラをはじめ天然資源の豊富な近隣諸国との関係も良好で、国政や経済は安定し、民たちは概ね高い生活水準を保ち平和に暮らしている。

 俺は先代までの国王たちが築き上げてきたこの立派な大国をこのまま守っていけばいい。美しいアリアと二人で。

(ようやく俺の時代がやって来たといったところか…)

 父が存命の間は監視の目が厳しく、大人しく過ごしているしかなかった。幼少の頃からただ押し付けられるままにひたすら勉学に打ち込み、学園でも概ね品行方正かつ真面目に毎日をやり過ごしていた。アリアを望んだ時のように自分の意見が父に通ることなどなく、俺はまるで自分が父の命じるままに動く道化のように感じることもあった。
 鬱憤を晴らすためにカイルなどの口の固い取り巻きらに女を手引きさせることもあったが、それも頻繁ではなかった。父は自分はあらゆる女たちとの時間を楽しんでいるくせに、俺の素行には厳しかった。遊んでいることがバレた時の罰は、常軌を逸した拘束時間の勉強だった。何人もの監視をつけさせ、数日間完全に部屋に閉じ込められたりもしていた。

 父が他界し、母が離宮に隠居し、そしてアリアを妃に迎えて以来、ようやく息がつける思いがした。
 何もかもが順調な日々だった。



 だが、その順調な日々が数ヶ月ほど経ったある日、俺はふいに微妙な感情を覚えた。
 アリアが可愛く幸せで満ち足りた日々であることに変わりはないのだが、ふと我に返ったとでもいうべきか、どことなく退屈な、虚しいような感覚。
 簡単に言えば、国王として妃を迎え新たに始まったこの日常に慣れ、少し飽きが来たといったところだろう。

「いかがなさいましたか?陛下」

 俺の変化を敏感に察してきたのは側近のカイルだった。
 次々に書類に目を通しながらサインを繰り返す執務に疲れ、軽い休憩を挟んで深く息をついたタイミングでそう声をかけてきた。

「…いや、何ということはない。ただ、最近物足りなくてな。単調な日々の繰り返しは平和な証拠でもあるが…。…そろそろ、子でも作るか」

 もうアリアとの蜜月は充分過ぎるほど楽しんだ。彼女が嫁いできて半年以上が経つ。いよいよ子を作るタイミングではないか。やきもきしながら待っている連中もいるだろう。カナルヴァーラのアリアの家族も気が気でないだろうしな。

 ところが、この執務室で会話を聞いていた宰相のザーディンが俺に向かって言った。

「お子については、まぁもうしばらく様子を見られてもよろしいかと。ここしばらくは単調な執務が多く、陛下もお疲れでしょう。…もし陛下がお望みでしたら、カイルや護衛たちを伴って市井の民たちの暮らしをご覧になってみてはいかがでしょうか」
「……あ?民たちの暮らしを、だと?」
「はい。お忍びで街へ出て、実際の平民たちの暮らしぶりをご自身の目で確認されるのもまた良い刺激になるのではないでしょうか。先代や先々代国王陛下も時折そうして市井の人々との交流を持っておいででした」
「父上や祖父がか」
「さように」

 ザーディンはニコニコと微笑みながらそう答えた。

 なるほど…。

(…それも悪くないかもしれんな)

 これまでの国王もそうして市井の様子を見に行っていたと聞いて俺の心は動いた。そうか。父上らが民たちの平穏な生活を守ってこれたのは、そうして自ら市井に足を運び実際の民の暮らしを観察し、改善すべき点を見つけていたからなのかもしれんな。

「…行ってみるか。王宮の椅子にただ座っているだけでは見えてこない現実があるだろうからな」
「素晴らしいお心がけで」

 ザーディンが俺を持ち上げるように言ったが、俺は聞き流してカイルに告げた。

「近々街へ出るぞ。準備をしておけ」
「承知いたしました、陛下」

 カイルはいつもの無表情で静かに答えた。






 数日後の夕刻、地味な服の上から外套をまとい、少数精鋭の護衛らと共に俺は庶民たちの生活する街へ繰り出した。高級店が立ち並ぶ王都の大通りからはだいぶ離れたその辺りは、これまで俺が知っていたラドレイヴンとは全く違った雰囲気を醸し出していて面白くて仕方がなかった。雑然と並ぶ様々な店にはラフな格好をした男たちがたむろし、下卑た笑い声があちこちから聞こえる。一日の労働を終えた者たちが酒や食事を楽しんでいるのだろう。店の女たちはせっせと料理や酒を運んでいる。

 カイルが見繕った一軒の店に入ると、俺も周りの庶民たちと同じようにその店の料理と酒を楽しんだ。

「…なるほどな。これが平民たちの一日の締めくくりか。自由で気楽なものだ。羨ましい」
「…皆が皆楽な生活をしているわけではないでしょうが、景気の悪い国に比べればずっとマシでしょうね。ですが、我が国にも貧困に苦しむ層はまだおります。体を悪くして働けなくなった者や、その家族…、読み書きのできない者たちも職を見つけることが難しい場合もあるようです。彼らへの生活補助を今後どう改善していくか……」
「……ああ」

 カイルが何やら真剣に語りはじめたが、俺はこちらに意味ありげな目線を送ってくる色っぽい店員の女に気を取られていた。これまで俺の周囲にいた貴族令嬢やアリアのような品格溢れる美しい女たちとは全然違う。品などは欠片もないが、露出の多いワンピースや真っ赤な濃い口紅は性的な好奇心をくすぐられた。

「見ない顔ね、お兄さん。…はい、これサービス」
 
 何度も目を合わせているうちに、女が俺の席に一品料理を持ってきてコトリと置きながら言った。

「近くで見るとますます素敵だわ。…ね、どこから来たの?この辺の人じゃないわね」

 俺の様子を見ていけると思ったのか、無遠慮に話しかけてきた女にカイルや護衛の気配が殺気立った。俺は素早くカイルを手で制して返事をする。

「…ああ。この辺の者じゃない。旅の途中で立ち寄っただけだ」
「あらそう。じゃあ明日にはもうどこかへ行っちゃうの?」
「ああ、そうだ。もうすぐ国に帰る」
「なんだ。残念だわ。…ね、ここの2階、泊まれる部屋もあるのよ。今夜はここで休んでいったら?あたし、あなたともっとゆっくりお話したいな」
「……そうか。悪くないな」
「……っ、…ジェイ様」

 カイルが息を呑む気配が伝わり、咎めるような声で俺の偽名を呼ぶ。が、俺はお構いなしだった。

「ふ…、たまにはよかろう。こんな機会は滅多にない。ほんの火遊びだ。お前たちは隣の部屋を取れ」
「…危険です」
「馬鹿め。たまたま出会った酒場の女が俺に何をすると?こちらの素性も何も知らないんだぞ。よくあるただ一晩の遊びだろう」
「ねぇ、何話してるの?早く食べて行きましょうよ」

 女が小首を傾げるようにしてニヤリと笑った。

「ああ、もういい。行こうか」
 
 俺はカイルを無視して女とともに2階に上がった。



 ほんの気まぐれのはずだったその夜の女との奔放な体験を、俺は存分に楽しみ、そしてすぐに病みつきになった。後腐れのない大胆な女との情事は、煩わしい執務や面倒な会議、次々とこなしていかなければならない謁見を求める国内外の来客たちの対応など、疲れるばかりの日々の仕事から解放された非日常の刺激として俺を溺れさせた。

 俺は夜な夜な街に繰り出し、当初の目的などすっかり忘れ女たちとの時間を楽しむようになっていった。

 アリアに対するわずかな罪悪感が頭にあったのは最初のうちだけだった。



 

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