覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

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第四章「姫様の盾になる男」

53.ミンファ、女として決意する。

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「あなたは馬鹿だと思っていましたが、やはり真正の馬鹿だったんですね」

 リリーは青いツインテールを左右に揺らしながら腕を組んで言った。目の前には椅子に座りつまらなそうな顔をするロレンツ。その隣には二日酔いで頭痛と戦うアンナ。リリーが続ける。


「誰も愛せなくなるって、はあ……、ちょっとは後先考えて行動なさいよ」

「ん、まあ、そうだな……」

 リリーに叱られながらも、どこか他人事のようなロレンツ。アンナが言う。


「あなた……、本当に馬鹿よね……」

 二日酔いで顔面蒼白のアンナがテーブルの上に頭を乗せて言う。ロレンツは昨日のアンナの甘えるような態度を思い出し一瞬口籠る。


「んん、まあ、確かにちょっと反省はすべきだったかな……」

 とは言えあのままミンファを放って置いたら確実に死んでいた。罪深き自分で彼女が助かるのならば、何の後悔もないと今でも思っている。


「くすん、うっ、ううっ……」

 テーブルの上に頭を乗せてロレンツを見ていたアンナが急に涙を流す。二日酔いで頭がガンガンに痛いが、やはりロレンツが引き取ったその呪いを考えると悲しくなり涙がこぼれる。


(アンナ様……)

 リリーがその様子を見て辛い気持ちとなる。
 侍女である自分が主の助けになれていない。アンナの憂いを除くのも自分の役目。リリーが立ち上がってアンナに言う。


「探しましょう」

 アンナはテーブルに頭を乗せたまま答える。


「何を?」

「その呪いを解く方法を。広いネガーベルならきっと何か手段はあるはず!!」

 アンナがすっと頭を上げて答える。

「そうね。きっとあるわよね。探しましょう!!」

「はい!」

 リリーとアンナは手を取り合って頷き合う。
 ロレンツはそんなふたりに感謝しながらも、あることずっと考えておりふたりに声をかける。


「なあ、ちょっと聞いて欲しいんだが……」

 手を握り合っていたアンナとリリーがロレンツの方を向いた。





(私、どうしたらいいの……)

 ミンファ・リービスは王城内の一番隅の小さな小部屋でずっと涙を流していた。
 意を決して挑んだロレンツへの告白。無事に成功し、そのまま自分は呪いで自分は消えてなくなるはずだった。だが、逆に彼に助けられてしまった。


(しかも私の呪いを受け継ぐだなんて……)

 想像もしていなかった事態。
 泣き続ける自分を部屋まで送ってくれたロレンツ。最後に「ゆっくり休みな」と声をかけてくれてからずっと泣いている。


「遺書……」

 ミンファは机の上に置かれたままの遺書を手にして見つめた。
 自分が呪いで死んだ後、謝罪を込めて書いた父への文章。まさかこんな形で再び目にすることになるとは思っても見なかった。


(ロレロレ様……)

 呪いの呪縛がなくなった今、ミンファの心を止めるものはなくなった。
 自分の心を、そして文字通り命を救ってくれた人。もう好きになるなと言われる方が難しい。一方で彼を『愛すことのできない体』にしてしまった罪の意識も大きい。

 そしてジャスター家。
 今回はそのジャスター家の策略でロレンツに接近したミンファだが、見事に期待を裏切る形となってその任務は失敗した。
 聖騎士団長エルグの冷たい視線、そして父親の失望する顔。潰れそうなミンファの心にそのすべてが圧し掛かっていた。



 コンコン……

 そんな彼女の狭い部屋のドアがノックされた。


(誰……?)

 ミンファが身構える。
 呪いをかけたエルグだろうか。任務の失敗を嗅ぎつけやって来たとか。ミンファが恐る恐るドアの前に立ち小さな声で答える。


「どなた、でしょうか……?」

 まともに友人もいないミンファ。
 こんな時に一体誰が尋ねてくるのだろうか。


「俺だ。ちょっといいか?」

(!!)

 それは彼女の心をぎゅっと握りしめたまま離さない銀髪の男の声であった。


(ロレロレ様……)

 その声を聞いただけでミンファの目には再び涙がぼろぼろと溢れ出した。彼女は涙を必死に袖で拭いながらドアを開けた。


「よお、すまねえな。急に」

 なんでこんな笑顔ができるんだろう、ミンファはもう訳が分からなかった。
 自分のせいで死に至る呪いをかけられ、その相手に対して笑顔で接する。理解できない。底抜けのお人好しなのか、それともそれ以上の何かなのか。ミンファは涙を拭うとロレンツに言った。


「どうぞ、お入りください……」

「邪魔するぜ」

 ロレンツはその狭い部屋へと入って行く。
 石の壁がむき出しになった部屋。小さな窓はあるが展望もほぼない。もしかしたら倉庫にでも使っていたかのような質素な部屋。簡易ベッドと可愛らしい服が数着あるだけの部屋。
 ロレンツは無言で部屋にあった椅子に腰かけた。ミンファが向かいのベッドに座って言う。


「ごめんなさい。私のせいで……」

 ミンファは手にしたハンカチで涙を拭きながら言う。
 ずっと泣いていたのだろう、目は真っ赤になり美しい銀髪も乱れたままだ。ロレンツが答える。


「いいってことよ。俺がそう望んだだけだ」

「望んだ……?」

 その言葉の意味が分からないミンファが聞き返す。


「ああ、俺は生きるに値しない罪深き人間。こんな俺で誰かの役に立つなら、それは本望よ。だから気にするな」

 意味が分からない。ミンファはロレンツの言葉の意味が全く理解できなかった。ミンファが頭を下げて言う。


「あの、私にできることなら何でもします。だから、だから、ううっ、本当にごめんなさい……」

 謝罪しながら涙が止まらなくなったミンファ。もう感情のコントロールすら上手く行かなかった。ロレンツが答える。


「そうか、何でも聞くか。じゃあ……」

 ミンファは安堵した。
 もし目の前の男が『何も要らない』と言ったら、どう謝罪すれば良いのか分からなかった。ミンファが心を決める。


(どんなことでも言うことは聞く。例え何を求められても……)

 ミンファは大人の男がひとり、未婚の女性の部屋に来る意味をちゃんと理解していた。彼が求めるならば自分は応じよう。それは私も望むこと。男性経験が皆無な彼女だがその覚悟はできていた。
 ミンファが自分の腕でぎゅっとその細い体を抱きしめる。ロレンツがミンファを見つめて言う。


「嬢ちゃんに命じたの名を、教えてくれ」


(え?)

 意外だった。
 てっきりそのまま後ろのベッドに押し倒されると思っていた。その覚悟もできていたし、逆にそうならなかったことに少しだけむっとしてしまった。
 変な勘違いをしていたミンファは顔を真っ赤にして答える。


「あの、それは……」

 何でも言うことを聞くと言った以上話さなければならない。ミンファが何かを言おうとしたより先にロレンツが口を開いた。


「言い辛いとは思うんで俺の質問に答えてくれ」

「はい……」

 ミンファがロレンツの顔を見つめる。


「雇い主は、ジャスターだな」


(!!)

 驚いた。
 驚いたが、目の前の男に関して言えばもうそれぐらいお見通しなんだと自然に思えた。ミンファがそれに応える。


「そうか、分かった」

 そう言って答えるロレンツにミンファが尋ねる。


「あの……、何か報復でもするんですか……?」

 意外な質問にロレンツが少し驚きながら答える。


「いや、そこまでは考えてはいねえ。姫さんやイコに手を出したなら容赦はしねえが、まあ、俺になら大して気にはしてねえかな」


(え?)

 ミンファは驚いた。
 自分を策略に嵌めようとしている人物、『誰も愛せなくなる体』にした人物が判明しても平気でいられるなんて。ミンファがまじまじとロレンツを見つめる。


(太い腕、短く切られた銀髪、鋭いけど優しい目。でも、その心の奥にあるのは何ですか……?)

 自分を『罪深き人間』と卑下するその男。
 彼をそこまで追い詰めてしまっているものは何だろうか。
 ミンファはそれを思うとたまらなく目の前の男が恋しくなった。


「なあ、嬢ちゃん」

 ロレンツが優しい眼差しでミンファに言う。

「はい」

 心が痺れるような声。一緒に居れば安心を与えてくれる存在感。これまでに経験したことのない心の安らぎを感じたミンファが返事をする。


「何でも言うこと聞くって言ったよな」

「え? あ、はい……」

 何だろう、次こそミンファは自分にあるもの全てを差し出そうと思った。期待と不安。恥ずかしさがミンファの白い肌を朱に染める。ロレンツが言う。


「嬢ちゃん、料理はできるか?」

「あ、はい。得意です……」


「じゃあ、子供は好きか? イコぐらいの子」

「え、ええ。好きです……」


 ロレンツの質問答えながらミンファは頭が大混乱に陥っていた。


(りょ、料理ができて、イコちゃんが好きかって……、それってまさか、私とになってくれって言われてるとか!!??)

 まだ幼いイコの面倒を見ているロレンツ。ただアンナの『護衛職』である彼は四六時中イコと一緒に居る訳にはいかない。ミンファは震えながらロレンツを見つめる。


(私、この人と一緒になって……)



「家政婦として雇いたい」



(は?)

 ミンファはロレンツの口から出た予想外の言葉に驚き、そして落胆した。
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