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第四章「姫様の盾になる男」

52.アンナの告白。

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 聖女への祈りの訓練を終えたアンナは、外で待っているロレンツが誰かと話をしているのが聞こえた。


(誰? 誰と話をしているのかしら?)

 アンナがドアを出て覗くとそこにはロレンツと銀髪の美女ミンファがいるのが見えた。


(な、何やってるの!? 私が一生懸命祈りを捧げているのに、あいつはナンパしてるの!? 許せないっ!!!!)

 そう思って大声をあげようとしたアンナに、ミンファの話し声が聞こえる。


「私の呪いを引き取ったって、そんなこと……」

(呪い!? 一体何の話をして……)


そんなアンナの耳に驚くべき言葉が聞こえた。


「それはあなたが誰もってことですか……」


(え!? なに、何それ……、ロレンツが誰も愛せなくなるって……、うそ……)

 そんなアンナにロレンツの声が響いた。


「俺は一度死んだ人間。多くの罪を犯してきた人間だ。俺にそんなものはもう必要ない」

 それを聞いたアンナが大きな声で言う。


「そんなのいい訳ないでしょ!!!」


 そしてゆっくりと自然とロレンツに歩み寄りながら言った。

「そんなのいい訳ないでしょ。いい訳ないじゃない……」

 アンナはロレンツの大きな胸に頭をつけて言う。


「嬢ちゃん……、聞いていたのか」

「聞こえちゃったの」

 小さな声で答えるアンナ。いたたまれなくなったミンファがアンナに頭を下げて言う。


「姫様、違うんです。悪いのは私なんです。こんな事に、こんな事になるなんて……」

 ミンファも下を向いてぼろぼろと涙を流し嗚咽する。ロレンツが困った顔をして言う。


「おいおい、お前らちょっとは落ち着け。俺が決めたことだ、誰も悪くはねえ」

 アンナが顔を勢い良く上げてロレンツを見つめる。真っ赤な目。涙で目は濡れている。


「そうよ!! あんたが悪いのよ!! あんたが馬鹿だから、馬鹿なのよ!! 馬鹿馬鹿、ばか……」

 アンナはロレンツの胸を叩きながら最後は涙声で崩れるようになって言った。ロレンツは自分の傍で涙を流すふたりの女性を見て、頭を掻きながらその対処に困惑した。





「ロレンツぅ~!! それ、一気に飲みなさいぃ~!!!」

 ミンファと別れたロレンツは、半ば強制的にアンナの部屋へ連れられてお酒の相手をさせられた。
 イライラと悔しさと悲しみが混じった複雑な感情。それを抑えることのできなくなったアンナは、その原因であるロレンツに何杯も酒を飲ませる。


「おい、嬢ちゃん。ちったぁ落ち着けよ」

 アンナがギッとロレンツを睨みつけて言う。


「これがぁ、落ち着いていらへると思って~?? あなたぁ、ばきゃでしょ!? ばっきゃなんでしょ~!!??」

(やれやれ……)

 ロレンツは目の前に置かれたグラスを手にして口に含む。アンナが言う。


「あなたぁ、わたひぃに、『しゅきだ』とか『愛ひてるぅ』とか、『結婚ひほー』とか言っておいてぇ、それなのひぃ……、ううっ……、そんなんじゃぁ、だめでひょ~、ううっ、うわーん!!」

 今までむすっと怒っていたと思ったアンナが急に泣き出す。もうこうなるとロレンツでも手が付けられない。


「おい、嬢ちゃん。ちょっとペースを落としてだなあ……」

 泣きながらもグラスを離さないアンナにロレンツが言う。アンナがロレンツの懐に入って甘えた声で言う。


「ねえ~、なでなでしてぇ~」

(おいおい……)

 金色の綺麗な長髪。
 朴念仁のロレンツでもさすがにこれが懐に来ると、それを意識してしまう。


「早くぅ~」

 うっとりした顔つきのアンナが上目遣いで甘えた声でおねだりする。ロレンツが仕方なしにそのいい香りがするアンナの頭を撫で始める。


「んん……、あんにゃ、これ、だいしゅき……」

 目を閉じて至福の顔でそれに応えるアンナ。
 そして薄目を開け、ロレンツの硬い顔の皮膚に手を添えながら言う。


「あんにゃはね、ろれんちゅのことがね、ちゅきなんだよ……」


(嬢ちゃん……)

 酒に酔ったアンナ。
 どこまで本気で言っているのかは分からない。だが腕に抱かれたその男を見つめる目は、間違いなく女の目であった。アンナが泣きそうな顔になって言う。


「だからね、だからね……、ろれんちゅは、絶対にィ、死んじゃダメなのぉ。分かるぅ? 分かるぅよねぇ……」

「ああ、分かってる……」

「うん、ろれんちゅは、いい子だよぉ……」

 アンナはそう言いながら今度はロレンツの銀髪を撫で始める。そしてそのまますーすーと眠りについた。
 ロレンツが腕の中で眠るアンナを見つめる。金色の美しい髪、甘い女の匂い、真っ白で柔らかい肌。そのすべてが自分には無いもので、男の本能を強く揺さぶる。


(嬢ちゃんは、俺を気かよ……)

 ロレンツは自分の腕の中で無防備に眠るアンナを見ながら心の中でそうつぶやいた。





「国王、報告します!! 国境を越えた蛮族の大群が王都に向かって進軍しているとのことです!!!」

 マサルト王国の国王はその報告を顔を真っ青にして聞いた。
 小国マサルト。外交と軍事力で生延びて国だが、軍事力の低下が顕著になり国境付近を中心に蛮族の侵攻を許している。国王が大声で言う。


「大臣を、団長共を呼べ!!! すぐに対策会議を行う!!!」

「はっ!!」

 国王に報告にやって来た兵士は頭を下げて退出する。



「何か良い案はあるか!!! すぐに申せ!!!」

 蛮族対策会議に出席した国王は、招集された大臣や軍を統括する団長を前に声を荒げた。国軍最高責任者であるゲルガー軍団長が発言の許可を得てから現状を話し始める。

「我がマサルト軍は既に兵力の半数以上を蛮族との戦で失っており、現時点で国を維持できるかどうかも分からぬ状況でございます。たがが蛮族と侮っていた我が軍に油断がございました」


「馬鹿共が!!!!」

 国王が顔を真っ赤にして怒鳴る。一緒に出席していた元ロレンツの上官であるゴードン歩兵団長も、身を小さくしてそれを聞く。ゲルガーが続ける。


「そこで私に提案がございます。こうなった以上、隣国であるネガーベルに救援を申し入れるのが良いかと思います」


「は?」

 そこにいたすべての者がその発言に驚いた。
 マサルトとネガーベルは昔から敵対していた間柄。今は交戦こそないものの、いつ戦争が起こっても不思議ではない関係だ。黙って聞いていた大臣が怒りながら言う。


「軍団長!! お気は確かか? あの恐ろしいネガーベルと同盟を組むと仰るのか?」

 そこにいる皆が頷いて大臣の発言に賛同する。ゲルガーが言う。


「ええ、そのつもりです」

「なっ!?」

 大臣が驚く。国王が尋ねる。


「そのような作戦を提案するには何か自信があるんだろうな?」

「はい。ネガーベルには我が国の国宝『輝石』を全て進呈します」


「!!」

 鉱山資源の乏しいマサルトにおいて『輝石』は他国よりも更に貴重な品であり、当然国宝扱となっている。使用には国王の許可が必要なほどの品。ゲルガーが言う。


「私の情報ではネガーベルは今、必要以上に『輝石』を欲しがっております。同盟を組むにはまさに最適の品でしょう」

「馬鹿なことを申せ!!! 『輝石』がどれだけの価値を持っているのか知っているだろう!!!」

 同席した大臣から罵声が飛ぶ。ゲルガーが答える。


「ではお聞きする。『輝石』と国、どちらが大切とお考えか?」

「くっ……」

 その言葉に大臣が黙り込む。ゲルガーが続ける。


「更にネガーベルは現在北部にあるミスガリアに宣戦しました。我が国との同盟は決して彼らにとっても悪い話ではないかと愚行致します」


 その話を聞いて黙り込む一同。
 国が滅亡の危機を迎える中、大国ネガーベルの救援は確かに有り難い。そしてそれを叶えるだけの条件も揃っている。国王が立ち上がって言う。


「分かった。ではネガーベルとの同盟、そして救援の依頼を正式に決定する!!!」

 一同の顔が真剣になる。国王が続けて叫ぶ。


「ネガーベルへの使者はゲルガー、そしてゴードンに任せる。必ず吉報を持って参れ!!!」


「はっ!!!」

 ゲルガーとゴードンは立ち上がって王に敬礼し頭を下げた。



「ゴードン、行くぞ!! マサルトの命運は我らの肩にかかっている!!!!」

「はっ!!! 必ずや交渉の成功を!!!!」

 ゲルガーとゴードンはすぐに馬に乗り隣国ネガーベルへと向かった。
 そしてそこでゴードンは、ネガーベルの姫並びにその『護衛職』の男に、中立都市『ルルカカ』以来の再会を果たすこととなる。
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