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第四章「姫様の盾になる男」
50.キャロルとふたりで汗をかく。
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「ねえ」
「……」
「ねえってばぁ」
「俺に言ってるのか?」
(はあ……)
アンナの公務室。ロレンツとふたりしかいないのに、なぜ自分が呼ばれているのか分からないその銀髪の男にアンナがため息をつく。アンナが言う。
「そうよ、あなたに言っているの」
「どうした?」
いつも通りテーブルに座りコーヒーを飲んでいるロレンツが、机で仕事をしているアンナの方に視線をやる。アンナが尋ねる。
「私って姫とかそう言った地位につく器じゃないのかなって……」
「何かあったのか?」
ロレンツがコーヒーカップをテーブルに置いて尋ねる。
「うん。この間エルグを襲ったのがミスガリアの軍人だってのは覚えているよね。その報復でうちが攻め込むことになったの」
「戦争か?」
アンナが暗い顔をして答える。
「ええ。私はそんなの嫌でやりたくなかったんだけど、ジャスター卿に無理やり……」
アンナが机に視線を落として悲しそうに言う。
「ジャスター卿は『簡単な戦争』だって言ってたけど、人が殺し合う戦争に簡単なものなんてないよね。誰かが傷つき死ぬ。安寧を導く『聖女』にはやっぱりなれないよね……」
「ネガーベルの聖騎士団長が大怪我負わされたんだ。黙っちゃいねえだろう」
アンナが意外そうな顔で言う。
「あなたは戦争に賛成なの?」
「俺は元軍人。上がやれって言えばやる。それだけだ」
ロレンツは再びコーヒーカップを手にして口に含む。
「あなたはさあ、居なくならないでね……」
「ん?」
思わず出てしまったその言葉にアンナは急に恥ずかしくなる。
「い、いや、そう言う意味じゃなくて!! その、そうそう、あなたは私の『護衛職』なんだから、急にいなくなったら困るでしょ!!」
「ああ……」
(むかっ!!)
雑誌を見ながら適当に返事をするロレンツにアンナが苛立つ。
(私のこと『綺麗だ』とか『愛してる』とか、『一生傍にいる』とか言っておきながら、どうしてこうそっけない態度しかできないわけ!?)
「ちょっとあなたねえ、そもそも……」
「大丈夫だ。お前は俺が守る」
(え!?)
アンナはそのひと言で黙り込んでしまった。
普段武骨な男が時々放つ優しい言葉。これまで決してブレることなくアンナを救って来たロレンツだからこそ、その言葉は何の装飾もされずにそのまま彼女の心へ届く。アンナが言う。
「あのさあ……」
「ん?」
ロレンツが再び顔を上げてアンナを見つめる。
「その黒い剣、もう使わないでね」
ロレンツは右手甲に浮かんだ崩れた黒のハートの模様を見つめる。もう半分近く欠け、形が崩れている。
「俺は一度死んだ人間。必要だったら躊躇わずに使……」
「あなたが居なくなったら、誰が私を守るの?」
黙り込むロレンツ。アンナが続ける。
「死んだ人間なんて言わないで。あなたは生きているの。生きて私やイコちゃんを守るの。そうでしょ?」
「そうだな……」
ロレンツはアンナのその真っすぐな心がまぶしかった。そして嬉しかった。
「私、頑張って聖女になるわ。いっぱい修行して聖女になる。そしてあなたのその手の模様、多分それって呪いだと思うんだけど、私が聖女になって治してあげる。ね? いいでしょ?」
ロレンツは頷きながら答える。
「ああ、そりゃいい。是非頼む」
「よし。じゃあ、修行ね!! さ、行きましょ!!」
アンナはそう言って本日予定に入っていた聖女への修行へと出掛ける。ロレンツはそんな彼女の後につきながら心の中で感謝を述べた。
「あ、ロレロレ~!!」
『女神の部屋』で聖女の祈りを始めたアンナ。
外で待機して暇を持て余していたロレンツにそのピンクの髪の女が声を掛ける。
「お、ピンクの嬢ちゃん」
聖騎士団副団長キャロル。
その明るい性格からは想像もできない剣の使い手であり、ミセルの『護衛職』。キャロルは短い衣服からはみ出そうな大きな胸を揺らしながらロレンツの方へと歩み寄って来た。
「ロレロレは~、何してるのかな~??」
キャロルは腕を後ろに組んで前屈みになって尋ねる。
「嬢ちゃんが聖女の訓練をしててな。ここで待ちだ」
「ふ~ん」
キャロルがしっかりと閉じられた『女神の部屋』のドアを見てから言う。
「じゃあさあ~、ロレロレ暇なんでしょ??」
「いや、暇って訳じゃあ……」
キャロルはロレンツの太い腕を指でつつきながら言う。
「そっちの誰も居ない部屋でさあ~、キャロルと一緒に汗、かかない~??」
キャロルが上目遣いで恥ずかしそうにロレンツに言う。ロレンツが答える。
「ふたりっきりでか?」
「……うん」
ロレンツが頷いて言う。
「分かった。付き合ってやるよ」
「やったー、キャロル嬉しいー!!」
そう言うと彼女はロレンツの手を取り、その誰も居ない部屋へと連れて行く。
「はっ、はっ!!!」
カンカンカン!!!!
その隣の部屋、誰も居ない剣の訓練場にロレンツとキャロルが木製の剣を持って汗を流している。キャロルは得意の突きを、ロレンツはそれを避けながらカウンターを繰り出す。
「きゃあ!!」
ロレンツの剣が突きを行ったキャロルの剣を弾き飛ばす。そのまま後ろに尻餅をつくキャロル。ロレンツは剣を収めて座り込んでしまった彼女に手を差し出す。
「大したもんだ、嬢ちゃん。こんなに細いのに力強く、速い」
キャロルはロレンツの手を取り立ち上がりながら答える。
「えー、でも、出るところはちゃんと出てるんだよ~」
そう言って笑顔で話すキャロルの薄手の服は汗でしっとり濡れ、体にぴったりとくっついてその起伏がはっきりと分かる。下着もくっきりと透けてしまっているキャロルから目を逸らしたロレンツが小さく答える。
「いやぁ、俺はそう言うのはちょっと良く分からねえんで……」
ロレンツが目を逸らした方向にキャロルが移動して言う。
「え~、なんで分からないのかな?? ほら、キャロルだよ~!!」
キャロルはロレンツに触れるぐらいまで接近し話し掛ける。汗と女の甘い匂いが混ざった甘酸っぱい香り。武骨なロレンツでもさすがに意識をしてしまう。キャロルが言う。
「ねえ、ロレロレはさあ~、どうしてこんなに強いの??」
少しだけ真剣な顔になったキャロル。ロレンツが答える。
「嬢ちゃんだって十分強いじゃねえか」
「もっと強くなりたいの~」
ロレンツはこれまで行ってきた戦闘、命を削り、いくつもの死線を越えてきた過去を思い出す。そして呪剣。どれもが自分の強さを作り上げてきたものではあるが、何ひとつとしてお勧めできるものはない。
「剣を振れ。振った数だけ強くなる」
我ながらつまらぬ答えだとロレンツは思った。
「そうだね~、ベッドの上でもロレロレの剣を振って欲しいな~」
「夜は休んだ方がいい。休養も大切だ」
キャロルはロレンツの胸を軽く叩きながら笑って言う。
「ロレロレ、面白~い!!!」
(??)
何が面白のかさっぱり分からないロレンツ。キャロルは剣を片付けるとロレンツに言った。
「そろそろぉ~ミセル様がお戻りなのでキャロルは行くね~」
「ああ、また手合わせ願おう」
キャロルが笑って言う。
「どこでかな~?? きゃははっ!!」
キャロルはロレンツにウインクしながら立ち去って行った。
「どうもあの嬢ちゃんには調子を狂わされる……」
ロレンツも剣を片付け額に出た汗を拭いながら部屋の外で出る。『女神の部屋』で祈りをしているアンナはまだ出て来ていないようだ。
ロレンツが近くの椅子に腰を下ろした時、その女性が声を掛けた。
「ロレロレ様……」
それは美しい銀色の長髪の女性、首に真珠のような美しい玉を輝かせたミンファ・リービスであった。
「……」
「ねえってばぁ」
「俺に言ってるのか?」
(はあ……)
アンナの公務室。ロレンツとふたりしかいないのに、なぜ自分が呼ばれているのか分からないその銀髪の男にアンナがため息をつく。アンナが言う。
「そうよ、あなたに言っているの」
「どうした?」
いつも通りテーブルに座りコーヒーを飲んでいるロレンツが、机で仕事をしているアンナの方に視線をやる。アンナが尋ねる。
「私って姫とかそう言った地位につく器じゃないのかなって……」
「何かあったのか?」
ロレンツがコーヒーカップをテーブルに置いて尋ねる。
「うん。この間エルグを襲ったのがミスガリアの軍人だってのは覚えているよね。その報復でうちが攻め込むことになったの」
「戦争か?」
アンナが暗い顔をして答える。
「ええ。私はそんなの嫌でやりたくなかったんだけど、ジャスター卿に無理やり……」
アンナが机に視線を落として悲しそうに言う。
「ジャスター卿は『簡単な戦争』だって言ってたけど、人が殺し合う戦争に簡単なものなんてないよね。誰かが傷つき死ぬ。安寧を導く『聖女』にはやっぱりなれないよね……」
「ネガーベルの聖騎士団長が大怪我負わされたんだ。黙っちゃいねえだろう」
アンナが意外そうな顔で言う。
「あなたは戦争に賛成なの?」
「俺は元軍人。上がやれって言えばやる。それだけだ」
ロレンツは再びコーヒーカップを手にして口に含む。
「あなたはさあ、居なくならないでね……」
「ん?」
思わず出てしまったその言葉にアンナは急に恥ずかしくなる。
「い、いや、そう言う意味じゃなくて!! その、そうそう、あなたは私の『護衛職』なんだから、急にいなくなったら困るでしょ!!」
「ああ……」
(むかっ!!)
雑誌を見ながら適当に返事をするロレンツにアンナが苛立つ。
(私のこと『綺麗だ』とか『愛してる』とか、『一生傍にいる』とか言っておきながら、どうしてこうそっけない態度しかできないわけ!?)
「ちょっとあなたねえ、そもそも……」
「大丈夫だ。お前は俺が守る」
(え!?)
アンナはそのひと言で黙り込んでしまった。
普段武骨な男が時々放つ優しい言葉。これまで決してブレることなくアンナを救って来たロレンツだからこそ、その言葉は何の装飾もされずにそのまま彼女の心へ届く。アンナが言う。
「あのさあ……」
「ん?」
ロレンツが再び顔を上げてアンナを見つめる。
「その黒い剣、もう使わないでね」
ロレンツは右手甲に浮かんだ崩れた黒のハートの模様を見つめる。もう半分近く欠け、形が崩れている。
「俺は一度死んだ人間。必要だったら躊躇わずに使……」
「あなたが居なくなったら、誰が私を守るの?」
黙り込むロレンツ。アンナが続ける。
「死んだ人間なんて言わないで。あなたは生きているの。生きて私やイコちゃんを守るの。そうでしょ?」
「そうだな……」
ロレンツはアンナのその真っすぐな心がまぶしかった。そして嬉しかった。
「私、頑張って聖女になるわ。いっぱい修行して聖女になる。そしてあなたのその手の模様、多分それって呪いだと思うんだけど、私が聖女になって治してあげる。ね? いいでしょ?」
ロレンツは頷きながら答える。
「ああ、そりゃいい。是非頼む」
「よし。じゃあ、修行ね!! さ、行きましょ!!」
アンナはそう言って本日予定に入っていた聖女への修行へと出掛ける。ロレンツはそんな彼女の後につきながら心の中で感謝を述べた。
「あ、ロレロレ~!!」
『女神の部屋』で聖女の祈りを始めたアンナ。
外で待機して暇を持て余していたロレンツにそのピンクの髪の女が声を掛ける。
「お、ピンクの嬢ちゃん」
聖騎士団副団長キャロル。
その明るい性格からは想像もできない剣の使い手であり、ミセルの『護衛職』。キャロルは短い衣服からはみ出そうな大きな胸を揺らしながらロレンツの方へと歩み寄って来た。
「ロレロレは~、何してるのかな~??」
キャロルは腕を後ろに組んで前屈みになって尋ねる。
「嬢ちゃんが聖女の訓練をしててな。ここで待ちだ」
「ふ~ん」
キャロルがしっかりと閉じられた『女神の部屋』のドアを見てから言う。
「じゃあさあ~、ロレロレ暇なんでしょ??」
「いや、暇って訳じゃあ……」
キャロルはロレンツの太い腕を指でつつきながら言う。
「そっちの誰も居ない部屋でさあ~、キャロルと一緒に汗、かかない~??」
キャロルが上目遣いで恥ずかしそうにロレンツに言う。ロレンツが答える。
「ふたりっきりでか?」
「……うん」
ロレンツが頷いて言う。
「分かった。付き合ってやるよ」
「やったー、キャロル嬉しいー!!」
そう言うと彼女はロレンツの手を取り、その誰も居ない部屋へと連れて行く。
「はっ、はっ!!!」
カンカンカン!!!!
その隣の部屋、誰も居ない剣の訓練場にロレンツとキャロルが木製の剣を持って汗を流している。キャロルは得意の突きを、ロレンツはそれを避けながらカウンターを繰り出す。
「きゃあ!!」
ロレンツの剣が突きを行ったキャロルの剣を弾き飛ばす。そのまま後ろに尻餅をつくキャロル。ロレンツは剣を収めて座り込んでしまった彼女に手を差し出す。
「大したもんだ、嬢ちゃん。こんなに細いのに力強く、速い」
キャロルはロレンツの手を取り立ち上がりながら答える。
「えー、でも、出るところはちゃんと出てるんだよ~」
そう言って笑顔で話すキャロルの薄手の服は汗でしっとり濡れ、体にぴったりとくっついてその起伏がはっきりと分かる。下着もくっきりと透けてしまっているキャロルから目を逸らしたロレンツが小さく答える。
「いやぁ、俺はそう言うのはちょっと良く分からねえんで……」
ロレンツが目を逸らした方向にキャロルが移動して言う。
「え~、なんで分からないのかな?? ほら、キャロルだよ~!!」
キャロルはロレンツに触れるぐらいまで接近し話し掛ける。汗と女の甘い匂いが混ざった甘酸っぱい香り。武骨なロレンツでもさすがに意識をしてしまう。キャロルが言う。
「ねえ、ロレロレはさあ~、どうしてこんなに強いの??」
少しだけ真剣な顔になったキャロル。ロレンツが答える。
「嬢ちゃんだって十分強いじゃねえか」
「もっと強くなりたいの~」
ロレンツはこれまで行ってきた戦闘、命を削り、いくつもの死線を越えてきた過去を思い出す。そして呪剣。どれもが自分の強さを作り上げてきたものではあるが、何ひとつとしてお勧めできるものはない。
「剣を振れ。振った数だけ強くなる」
我ながらつまらぬ答えだとロレンツは思った。
「そうだね~、ベッドの上でもロレロレの剣を振って欲しいな~」
「夜は休んだ方がいい。休養も大切だ」
キャロルはロレンツの胸を軽く叩きながら笑って言う。
「ロレロレ、面白~い!!!」
(??)
何が面白のかさっぱり分からないロレンツ。キャロルは剣を片付けるとロレンツに言った。
「そろそろぉ~ミセル様がお戻りなのでキャロルは行くね~」
「ああ、また手合わせ願おう」
キャロルが笑って言う。
「どこでかな~?? きゃははっ!!」
キャロルはロレンツにウインクしながら立ち去って行った。
「どうもあの嬢ちゃんには調子を狂わされる……」
ロレンツも剣を片付け額に出た汗を拭いながら部屋の外で出る。『女神の部屋』で祈りをしているアンナはまだ出て来ていないようだ。
ロレンツが近くの椅子に腰を下ろした時、その女性が声を掛けた。
「ロレロレ様……」
それは美しい銀色の長髪の女性、首に真珠のような美しい玉を輝かせたミンファ・リービスであった。
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