覆面バーの飲み比べで負かした美女は隣国の姫様でした。策略に嵌められて虐げられていたので敵だけど助けます。

サイトウ純蒼

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第二章「騎士ロレンツ誕生」

14.浮気はダメだよ!

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 マサルト王国の国王は不機嫌だった。

 ロレンツが以前所属していたマサルト王国。小国ながら独自に軍備を強化し、外交を駆使して強国の中で生延びて来た。
 その強かったマサルト軍にここ数年、ほころびが出始めている。国王が報告に来た家臣を怒鳴りつける。


「もうそんな報告要らぬ!! 一体お前達は何をしておるのだ!!!」

 軍全体を預かるゲルガー軍団長。
 そしてマサルト国軍の中で最強と言われて来た歩兵団を率いるゴードン歩兵団長。
 マサルトの軍部の中心であるふたりが、国王の逆鱗に触れしゅんとなって下を向く。ゴードンが言う。


「お、恐れながら今般の蛮族共は力をつけ、武器も豊富に揃えており一筋縄ではいきませぬ。もうしばらくお時間を。必ずやこのゴードンが……」


「黙れっ!!!」

「ひっ!!」

 ゴードンの必死の弁解も国王にはうざったい言い訳にしか聞こえない。
 実際、マサルト王国の国境地帯で蛮族などが急速に力をつけ大暴れしていた。周辺の村々を襲い、次々と自らの拠点として行く。マサルトも兵を出して応戦するがほとんどの戦で破れ、実質ここ数年で国境付近の領土を多く失っていた。
 小国にとっては領土は命を懸けて死守しなければならぬもの。国王の怒りは頂点に達していた。


「もっと兵を鍛えよ!! もっと人を集めよ!! 死に物狂いで戦え!!!」


「はっ!!」

 ゲルガーとゴードンは深々と頭を下げて退室した。



「ゴードン!!」

「はっ!!」

 退室したゲルガーがゴードンに言う。


「まだ歩兵団の立て直しはできぬのか!?」

「はい、それが……」

 マサルト軍最高責任者のゲルガー。かつて最強と呼ばれた歩兵団はここ数年、敗北に敗北を重ねマサルト凋落の原因になっている。ゲルガーが言う。


「あの使いはまだ見つからぬのか?」


「……」

 マサルト軍歩兵団凋落の原因は明白であった。


(ロレンツ……、くそっ!!!)

 呪剣使いであるロレンツを追放してから目に見えて軍の崩壊が始まった。
 一騎当千の強さを誇ったロレンツ。たったひとりでも戦局を変えるだけの力があり、さらに小隊長ながら部下、そして同僚にも慕われ彼が指揮する部隊はゴードンが仕組んだ作戦以外負けなしの戦歴を誇っていた。

 ゴードンの上官であるゲルガーも認めていた呪剣使いの男。
 ただ軍則を破り、味方や民間人を多く死に追いやったとして、その責任を取って退役させていた。負けなしの軍部の驕りか、『たったひとり辞めても』とゲルガー自身あまり深くは考えていなかった。



「歩兵団長っ!!!」

 そんなふたりの元へひとりの兵士がやって来る。

「なんだ?」

 その慌てように少し驚くゴードン。兵士が言う。


「第一歩兵部が、第一歩兵部が、全滅しました……」


「なっ……」

 マサルト軍最強集団である歩兵団。その中でも最も精鋭達が集まって組織されていたのが第一歩兵部であった。


「ぶ、部隊長は……」

 青い顔をしたゴードンが震えた声で言う。


「残念ながら蛮族に捕まり、その……、処刑されました……」


「!!」

 少しずつ露になるマサルト国軍崩壊。
 蛮族にも手こずるマサルト軍。今仮に敵国であるネガーベルが攻めてきたら跡形もなく滅ぶであろう。ロレンツが言う『無能な指揮官による無謀な戦』を続けてきた結果、軍と国家の崩壊はゆっくりと足音を立てながら近付いて来ていた。





「ミセルっ!!!」

 妹からの『ジャスター家敗北』の報を受けた兄エルグは夜通し馬を走らせ、急ぎ王城へ帰って来た。

「お、お兄様!!!」

 ミセルの部屋へやって来たエルグ。普段はきちんと整えられた髪の乱れ具合からも、相当急いでやって来たことが分かる。エルグが言う。


「負けたのか、本当にキャロルが負けたのか?」


「はい、申し訳ございません……」

 下を向いて謝るミセルをエルグがぎゅっと抱きしめる。


「何もお前が謝ることはない。それよりもキャロルは一体誰に負けたのだ?」

 尊敬する兄に抱きしめられどきどきが止まらないミセルがうっとりとした顔で答える。


「それが全く見たこともないような銀髪の男で。突然『剣遊会』にやって来て、キャロルたちを……」

 黙って聞いていたエルグが尋ねる。


「そんなに強かったのか?」

「私には分かりません。ただキャロルが足も手も出なかったのは確かかと……」


「あのキャロルが、信じられぬ……」

 エルグは自分が出なかったことを今さらながら後悔した。
 頭のどこかで危惧はしていた『伏兵』の登場。全幅の信頼を置く副団長キャロルだから任せたのだが、その彼女が手も足も出ない相手とは一体?


「お兄様……」

「ああ、分かっている」

 貴族からの支持に影響する『剣遊会』の敗北。
 負けたところでこれまでの工作のお陰でジャスター家の支持が無くなることはないが、王家であるキャスタール家を陥れることができなかったことは痛い。


「その男が何者かは分かるのか?」

 ミセルが首を振って答える。

「今調べております。直に分かるかと……」

「うむ……、素性を調べて可能ならば我らの味方に、無理ならば消すことも考えねばならぬな」

 キャロルを倒すほどの猛者。
 何者かは知らぬが放置しておけばジャスター家の障害になる可能性が高い。



「あと、お兄様……」

「なんだ?」

 ミセルが申し訳なさそうに言う。


を少し使ってしまって……」

「そうか、分かった。だが貴重な品だ。使う場所をきちんと考えて使用せよ」


「はい、『剣遊会』の舞台で使いました。いい『聖女』へのアピールになったかと」

 エルグは頷いて言う。

「それはいい。さすが我が妹だ」

 そう言ってミセルの頭を撫でるエルグ。そしてはにかむミセルに言う。


の方はどうなっている?」

「順調ですわ。『剣遊会』も辞退させましたし、今度お茶会に誘ってありますの」

「そうか。本当にお前はよくできた妹だ」

 再び撫でられる頭に心から嬉しそうな顔で答えるミセル。兄に言う。


「お兄様、必ずやジャスター家の念願を叶えましょう!!」

「ああ、無論だ」

 ミセルは兄エルグの顔をうっとりと見つめながら頷いた。




 コンコン

「は~い!!」

 エルグはミセルの部屋を出ると直ぐに副団長キャロルの部屋へと向かった。


「私だ、エルグだ」

「はーい、開けま~す!!」

 開かれるドア。
 そこには淡いピンクの髪を揺らしながらキャロルが笑顔で迎える。エルグが言う。


「『剣遊会』のことだが……」

 キャロルが悲しそうな顔で言う。

「はい、ごめんなさい。負けちゃって……」

 エルグが首を振って言う。


「そんなことはいい。それよりも対戦相手のこと教えて欲しいのだが……」


「ロレロレのことぉ?」


(ロレロレと言うのか……)

 聖騎士団長エルグはそのまだ見知らぬ男の名前を心に刻み込んだ。





「イコぉ、帰ったぞ!!」

 その頃、ネガーベルでの仕事を終えたロレンツは、久しぶりに中立都市『ルルカカ』にある自宅に戻って来た。ロレンツの声を聞いたイコが玄関へと走って来る。


「パパぁ、お帰り!!!」

 そう言ってロレンツに抱き着くイコ。甘えたい盛りである。


「お帰りなさいませ、ロレンツさん」

 イコの後に続いて背の高い美しい女性が現れた。


「すまなかったな、ヘレン」

「いえ、そんなこと……」

 大きな胸に淑やかな振る舞い。美しい銀色の長い髪はロレンツと歩くとまるで夫婦にも見える。ヘレンはロレンツが泊りがけの依頼に出掛ける時にいつも来て貰っている家政婦。イコが尋ねる。


「お姉ちゃん、大丈夫だった?」

「ああ」

「やったぁ!!」

 そう言ってイコが再びロレンツに抱き着く。


「イコ、急で悪いんだが近々引っ越すことになりそうだ」

「え?」

 そう思わず声を出してしまったのはヘレン。イコが言う。


「イコはどこでもいいよ。あー、もしかしてお姉ちゃんのところ?」

 ロレンツは勘が鋭いなと思いながら頷く。ヘレンが言う。


「あの、ロレンツさん……」

「分かってる。給金は後で渡す、心配しないでくれ」

 ヘレンが小さく首を振って言う。


「いえ、そうではなくて……、あの、お引越しされるのでしょうか……?」

「ああ、ちょっと遠い所へ行く」

 いつも通りぶっきらぼうに答えるロレンツ。彼に抱き着いていたイコが耳元で小さな声で言う。


「ヘレンさんはね、パパのことが好きなんだよ」


「な、なに!? イコ、お前また……」

 怒りそうになったロレンツにイコが言う。


「使ってないよ。だってそんなのイコにだって分かるよ!!」

 ヘレンはロレンツの留守中、いつもイコにロレンツについて色々と聞いていた。幼くても女の子。ヘレンの恋心は十分イコに伝わっていた。


「あの……、もうこちらへは戻って来ないのでしょうか……?」

 悲しそうな顔で尋ねるヘレン。


「ああ、多分」

 それを聞き更に悲しみの色を顔に浮かべる。ロレンツは頭を搔きながらヘレンに言った。


「その、なんだ……、もしヘレンが良かったら、一緒に食事でも行くか。色々世話になった。イコも一緒に」

 ヘレンの顔がぱっと明るくなる。


「はい、是非っ!!」

 それをにこにこと笑顔で見つめるイコ。再びロレンツの耳元で小声で言う。


「パパ、浮気はだめだよ~」

「イ、イコっ!?」

 ロレンツは部屋の中へと逃げるイコを困った顔をしながら追いかけた。
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