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第二章「騎士ロレンツ誕生」

13.爵位は要らない!?

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 暗き闇
 漆黒の闇
 絶望と言う名の混沌が理を覆う時
 清き乙女之流せし雫
 神に仕えし騎士を呼び覚まさん


 アンナやロレンツが住む世界、特にネガーベル地方にはひとつの伝承があった。
 意味は分からない。
 ただ大昔より伝えられている大切な言葉として、国に関係なく子供の頃から学校などで教えられている。今では子供達に対し『悪いことをしたら世界が怖い暗闇になるよ』と言った教育的な使い方もされている。




「はあ……」

 ネガーベル王城のアンナの私室にやって来たロレンツ達。
 座って話をしていたアンナが天井を見上げて大きなため息をついた。


「まさか敵国の人だったなんて……」

 アンナがぼそっとつぶやく。
 ネガーベル王国と隣国のマサルト王国は古くから敵対関係にある。強大なネガーベルに対し、外交や軍備強化で独立を守ってきた小国マサルト。今は交戦中ではないが、いつ紛争が起こってもおかしくない。ロレンツが言う。


「まあ、それについては俺も困っているところだ」

 リリーは敵国の剣術イベントに乱入して暴れておきながら、よく『困っている』などと言えたものだと呆れる。いずれにせよ彼女にとって敵国の人間を姫の護衛につけるなど言語道断。立ち上がって言う。


「アンナ様、先ほどから申してます通り、彼にはこのままお引き取り願うのが良いかと思います」

 絶対にロレンツの『護衛職』就任を認めようとしないリリー。ただでさえ王城内でのアンナの影響力が弱まっている時に、敵国の人間、それも元軍人を傍に置くなど考えられない事であった。アンナが言う。


「でも彼は『剣遊会』で勝っちゃった訳だし、カイトも顔も見せないし」

 カイトとはアンナの婚約者であり、キャスタール家の『護衛職』を務める者。ただ『剣遊会』を辞退した以上、護衛職についてはロレンツが引き継ぐことが習わしとなる。リリーが言う。


「ですが、彼は敵国の人間で……」


「軍は首になった」

「え?」

 その言葉に驚くリリー。すぐに言う。


「そ、そんなことは口だけならどうにでも言えることで、私はあなたがマサルトのスパイじゃないって証拠も……」


「彼は嵌められて軍を追い出されたの」

 アンナがリリーに言う。


「嵌められて?」

「ええ、彼と『ルルカカ』を一緒に歩いている時、偶然元上官って人に会ってね、そこで言われたの『お前を追い出した』って」

 そう話すアンナの顔をリリーは黙って見つめる。アンナが続ける。


「とっても嫌な奴だったわ。あんなのが上官だったら誰だって辞めたくなるわ。ああ、だからそう、ロレンツはマサルトに居られなくなって『ルルカカ』に住んでいたの」

 黙って聞くロレンツにリリーが尋ねる。


「本当なの? それ」

「ああ」

 ロレンツが小さく答える。リリーが言う。


「たとえそれが本当だとしても、やはり敵国の人間には変わりません。もしこのことが皆に知られたら姫様の護衛どころか、この国に居ることすら不可能でしょう」

「そういえばロレンツはどうやってネガーベルに入って来たの?」

 アンナが思い出したかのようにロレンツに尋ねる。ロレンツは懐から一枚のカードを取り出して言う。


「冒険者カードだ。これに細工をすれば大概どこへでも行ける」

 説明のつもりで言ったロレンツだったが、そのカードがリリーの危機感に更に火をつける。


「ぼ、冒険者なんですか? 何という……」

 この時代、冒険者は卑賎な職業であり、やはりそんな人間が姫の護衛職に就くなど考えられない。アンナが言う。


「リリー、そう言った偏見は良くないわよ。冒険者だって生きる為に必死で働いているの。そこに卑しいとか下賤とかそんな言葉は不要だわ」

 冒険者であるロレンツの生活を見知ったアンナ。同じように偏見を持っていた過去の自分を反省するかのようにリリーに言う。


「ですが、現実問題として……」

 そう口籠るリリーにアンナが言う。


「そうね、まずはお引越し。住居変更は『ルルカカ』からだから問題ないわよね。マサルトの軍人だって黙っていればいい訳だし。後は、そうね、『護衛職』になるためにをあげなきゃね」

 比較的大人しく聞いていたロレンツだが、『爵位』という言葉にすぐに反応する。


「おいおい、護衛するのに『爵位』を持たなきゃならんのか?」

 リリーが答える。

「当然でしょ。王族と行動を共にする護衛が平民でいい訳ないでしょ?」

 ロレンツが難しい顔をして言う。


「爵位は要らねえな……、貴族には成りたかねぇんだ」

 マサルトの軍で散々無能な貴族達を見て来たロレンツ。彼らのせいで一体どれだけの平民の兵士や民が命を落としたことか。
 権力闘争に明け暮れ民を人とも思ってもいない貴族達。そんな反吐を吐きたくなるような連中の仲間に自分がなることなど、絶対に受け入れられない事であった。リリーがむっとして言う。


「あなたは護衛職に就きたいんですよね? だったらアンナ様がお慈悲で言われていることを素直に受けなさい!」

 ロレンツは小さいくせに青髪を揺らしながら口うるさく言って来るこのリリーってガキが苦手であった。会った瞬間からそう直感する苦手意識。アンナが仲裁に入る。


「リリー、とりあえず報告は後日でも可能ですので一旦この件は置いておいて、まずは引っ越しなどやれることからやりましょう」


「……アンナ様」

 リリーは不満だった。
 自分がアンナの唯一の理解者だと思っていたはずなのに、いつの間にかこの様な得体の知れない大男が現れて『大切なアンナ様』を奪っていく。


「まあ、そう言うことだ。小さいの」

「ふんっ!!!」

 リリーはロレンツを無視するように別の方向を向いた。




『剣遊会』が行われた夜。
 皆の健闘を称え合うために開かれたパーティーを欠席したミセルは、ひとり部屋に籠り怒りに燃えていた。


「許せないわ、絶対に許せないわ。この私を馬鹿にしてっ!!!」

 万が一にも負けるはずのなかった『剣遊会』。
 全幅の信頼を置いていた聖騎士団の副団長キャロルは、何を言っても「分かりました~」と答えるだけで話にならないし、そもそもあの得体の知れない銀髪の男は一体誰なのかと考えれば考えるほどイライラが募る。


(本当に何者なのかしら? 冷静に考えてみればあのキャロルをまるで赤子のようにひねる人物がお兄様以外にいて?)

 ミセルはようやくその事実に気付く。


「調べなきゃいけないわね。そしてできればあの銀髪の男をうちに

 ミセルは王城内の裏工作で徐々に王家キャスタールの牙城を崩していることを思い出す。ひとりでもアンナの味方になる人物は取り除きたい。次期王家を目指すジャスター家には避けては通れない道である。
 ミセルは鏡台の前に座り、手入れのしっかりされた美しい赤髪を梳いていく。


「明日お兄様が戻られるわ。そうしたら一緒に新たな策を考えなきゃ」

 ミセルは赤いナイトドレスに着替え眠りにつく。



(くそっ、一体何が起こっている!? あのキャロルが負けるなど!!!)

 その頃ミセルの兄である聖騎士団長エルグは、夜通し馬を走らせていた。安心しきっていた『剣遊会』。まさかの敗北の報を受けて急遽ネガーベルへと引き返していた。
 このネガーベル最強の騎士エルグと、呪剣使いのロレンツが出会うのはもうしばらく先のことである。
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