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無知

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 不気味にしようとしているわけではない。

 縛り付けているモノたちの禍々しさが、隠しても、隠しても、染み出て滲んで世界を染めるのだ。

「ここも……緩んでいる……」

 フェリシアは所有地の外れにある森で、今日も結界を繕う。

 祈りと共に、魔法薬を使って魔法陣を描く。

 高く茂る木々の影にあっても、魔法陣は光り輝いて地に染み込む。

 本来であれば、魔法陣さえ必要ない。

 呪文すら必要としないバラム家の力は、天から授けられた力。

 薬草をブレンドして作った魔法薬も、それで描く魔法陣も、補助でしかない。

「……疲れた……」

 フェリシアは独り言ちる。

 バラム家の敷地内といっても、森の中で令嬢が独りきりというのは異常だ。

 だが、そこに気を遣ってくれる者などいない。

 フェリシア自身も、必要だとは思っていない。

 供を連れてくれば良いといものでもないのだ。

「カァーカァー」

 高く高く育った木の上で、黒く光るカラスが鳴いた。

「ああ、ここも……」

 祈り、魔法薬を使って陣を描き、結界を繕っていく。

 強化にすらならない、応急処置。

(誰も私のしていることに意味があると思ってはいない)

 力を持たぬ者には結界緩みは見えないし、感じ取れない。

 ピシリッと響く音は聞き取ることができても、そこに意味があるとは分からない。

(それでも、間に合うのなら良いけれど……)

 フェリシアは辺りを見回す。

 バラム家の所有する土地は広い。

 飛び地ではなく、ひとまとまりの区画であることが救いだ。

 屋敷から離れた場所であっても、馬を駆れば日帰りで処理できる。

 ピシリッ。

 嫌な音が響いて、また結界が綻びる。

「誰も近寄らないのが救いね」

 バラム家所有の土地に、他人は近寄らない。

 手の行き届ない場所には草木が生い茂って入り込む隙間が無いのが幸いしているのだろう。

 誰かが入り込んで困った事はない。

 背の高い枝の張った木の上でカラスが鳴くのが不気味というくらいで、たいした特徴もない。

「ココが王都内というのが信じられないくらい」

 王都は狭い。

 広い土地を持て余しているのはバラム家くらいのものだ。

 普通の貴族は所有地を目一杯まで使って、その栄華を他者にアピールしている。

「まるで田舎の外れにある領地みたい」

 実際には王都であり、高い価値を持った土地だ。

 そして、土の下には違う価値が埋まっている土地でもある。

「他人が近寄らないのは良いことよ? あちこち結界が緩んでいるから、事故が起きないとは限らないわ」

 枝と枝の間に張り巡らされた蜘蛛の巣を避けながら進む。

 足元は湿っていた。

「でも、なんとなく釈然としない気分になるのは何故かしら?」

「カァーカァーカァー……」

 バサバサと音を立てて、カラスが何羽か飛び立った。

 黒い羽が飛び散り、揺れながら吸い込まれるように消えていく。

「私に何かあったら……ココはどうなってしまうのかしら?」
 
 どうにかされてしまうのを心配しているわけではない。

 どうにも出来なくなることを心配しているのだ。

 手に負えなくなる時を心配しているフェリシアの元に、王家からの手紙が届くことはなかった。
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