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番外編

ブルーノとエーベルトの馴れ初め エーベルト視点

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『長期休みに俺の家に来ないか?』

 そう言って僕を誘ってくれたのは、ブルーノ・オルランドーニ。
 せっかく誘ってくれたのを断る理由もなく、深く考えもせずに頷いた。
 それならば、僕の家にも来ないかと誘えば、先にブルーノの家に行ってから、僕の家に行くことになった。

 ブルーノの父親は魔法使いで、子爵家の次男だと知って驚いた。
 ご両親もとても優しくて素敵な人たちだった。
 立派な家には、使用人らしき人がいて、体育会系の僕の家とは全く違うのを実感していた。

「ブルーノってすごいとこの息子だったんだね……」

 美味しい紅茶を応接室で飲みながら、しみじみと思っていた。
 どうやら、僕とは住む世界が違うらしい。

「そ、それで、少しは尊敬した?」
「尊敬はしないかな。だって、住む家もみんなブルーノの親御さんの力だもの」

 苦笑いすれば、少し落ち込んだように見える。

「そうだよな……でも、家柄だって俺のステータスだ」
「確かにそうかも……」

 家柄が良いのは悪いことじゃない。

「エーベルトは……自分より弱い男ってどう思う?」
「うーん……別になんとも思わないかな」
「なんとも……思わない……。じゃ、じゃあ、自分より強い男はどう思うんだ!?」
「僕より強い人? いないからよくわかんないや」

 苦笑いして紅茶を飲む。
 正直考えた事もない。

「いた事ないの……?」
「ないよ? 僕より強い人なんていなかったよ」
「そうなんだ……。それって、エーベルトより強ければ恋愛対象にもなるって事か!?」
「そうなのかな?」

 そういう状況にならないと、よくわからない。

「お、俺と勝負しろ!」

 ビシッと指を差された。

「え……なんで……?」
「な、なんでもいいから来い! 俺が勝ったら言いたい事がある!」
「普通に言えばいいじゃない……」
「普通に言っても聞いて貰えないからだろ!」

 ブルーノが何を考えているのかイマイチよくわからなかった。

     ◆◇◆

 軽装に着替えて道場でブルーノと組み手をする。

「手加減するなよ! 本気でやれよな!」
「はいはい……」

 本気でやったら骨を折っちゃうかもしれないので、もちろん手加減をする。

 何度か組んでは投げてブルーノを床に沈めた。
 はぁはぁと肩で呼吸をしているブルーノを見て苦笑いする。

「ちょっと休んだら?」
「まだまだぁ!」

 突撃してきたブルーノをまた放り投げた。
 ドシンと尻餅をつくブルーノにだんだんと申し訳なくなってきた。

「ブルーノ……そろそろやめようよぉ……」
「ダメだ! 俺は、お前に勝つんだ!」

 また立ち上がってきて、僕のシャツを掴む。
 どうしても僕に勝ちたいらしい。
 もうわざと負けてあげようかと思うぐらい真剣だ。
 その顔を見ていたら、胸が少しキュンとした。
 今のはなんだろう……?

「俺は、エーベルトよりも強くなるんだ!」
「どうしてそこまで……」
「お前が好きだからに決まってんだろっ!」

 え……!?

 その瞬間に自分の足に自分の足を引っ掛けてしまった。

「あっ!」
「うわっ!」

 そのままブルーノも巻き込んで後ろに倒れた。
 床に押し倒されたような格好で呆然とブルーノを見上げた。
 おかしい……ドキドキと心臓の音が全身に響いているみたいだ。

「い、今のは……」
「あ……いや……い、勢いで……」

 ブルーノは真っ赤になって視線を逸らした。

「冗談って……事?」
「そんなわけないだろっ!」

 ブルーノが僕を好きだなんて思ってもいなかった。

「もしかして……僕に勝って言いたい事って……それ?」
「そ、そうだよ……」
「まぁ、今勝ったようなものだもんね」
「え……? あ……う、うわぁ!?」

 ブルーノが僕を押し倒している事に気付くと慌てて僕から離れた。
 尻餅をついた格好で真っ赤になっている。

「ご、ごめん……!」

 へぇ……ブルーノってこんな顔もするんだ……。
 ブルーノが可愛く見えてきた。

「返事はした方がいいの?」

 今のところ、付き合うとかまだ考えてない。
 でも、ブルーノに好きだと言われて嫌じゃなかった。

「え……あ……。へ、返事はいらない……まだ振られたくない……」

 僕に振られると思い込んでいる。
 確かに今まで意識した事はなかったけれど、可能性が全くないと思われているのもなんだか面白くない。

「わかった。それじゃ、組み手はもう終わりね。僕は、ブルーノともっと違うことがしたいな」

 もっとブルーノを知りたいと思った。
 ブルーノに笑顔を向けて手を差し出せば、ブルーノはその手を取った。
 前にもこんな事があったなぁと頭の片隅で思っていた。

     ◆◇◆

 ブルーノの家にいた数日間、僕はお姫様にでもなった気分だった。
 ブルーノは、僕になんでもしようとしてくれた。
 意識するようになってから、今まで見えてなかったものが見えてきた。

『足元気をつけて』
『俺が取ってやる』
『俺がするから座っていればいい』

 僕の家に向かう移動中に、そんな風に甘やかされた事を思い出しては、ふぅとため息をこぼす。

『エーベルトはこっちの方が好きだろ?』

 どうして僕の好きなものがわかるのかと聞いたら、見ていればわかると言った。
 いつも僕を見ていたのかと思ったら、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくて嬉しかった。

 寄り合いの馬車に乗る時も、照れながらも手を差し伸べてくれた。
 僕を気遣う姿が紳士だ。

 自宅に着いて、ブルーノはなぜか緊張気味だ。
 僕には、両親と兄が三人いる。
 それも筋肉ムキムキの騎士である強い兄達だ。
 父は口髭、兄は上から坊主、角刈り、顔に傷。
 見た目はいかついけれど、みんなとても優しい。

「それで……君はうちのエーベルトとどんな関係なんだ?」

 父さんは、腕組みをしながらブルーノに詰め寄った。
 兄達も腕組みをしてブルーノを睨む。
 みんなとても優しい……はず?

「お、俺、あ、いや、僕は……その……」
「父さん、そんなに近くで話す必要ないでしょ。ブルーノがビビってるよ」

 父さんを押し返す。

「何!? ビビる……だと!?」
「いいえ! そんな! お父様にビビるなんて──」
「お父様……だと!?」

 こめかみに青筋を作って顔を引きつらせる父さんに、ブルーノの顔色が明らかに青くなる。
 
「いい加減にしてよ!」

 見ていられない。

「僕の友達なんだよ! 歓迎してくれないなら、もう帰ってこないからね!」

 そこで、ブルーノが僕の肩を掴んで僕をグイッと引っ張った。
 ブルーノが僕より前に出た。
 ブルーノの真剣な横顔を見つめて、胸がキュンとした。何これ……。

「あ、あの! 僕たちは、付き合ってもいないですし、ただの友達です」

 父さん達の雰囲気が柔らかくなった。

「でも、僕はエーベルトさんが好きです! 認めてもらいたいです!」

 真っ直ぐに僕の家族を見るブルーノに胸のドキドキが止まらない。
 これってやっぱりそういう事だよね……。
 ブルーノと過ごしている間、こんな風に胸が鳴るのを何度も聞いた。
 自分の心は嘘をつかない。

 父さん達は、柔らかい雰囲気から一気に般若になった。

「認めーーーーんっ!」
「そんな細い体でエーベルトを守れると思うのか!」
「エーベルトを婿にはやらん!」
「帰れ! 帰れ!」

 この人たちはもう……。

「い、嫌です! 認めてもらうまで帰りません!」

 家族以外で、父さん達に口答えする人を初めて見た。
 どうしよう……男らしくてかなり好きかも……。

「──それなら、俺らを倒してみろ。倒せたら認めてやってもいいぞ」

 そんな事を言い出す家族を睨む。

「そんな無茶なっ! ブルーノ、聞く必要ないよ! 行こう!」

 ブルーノを引っ張って連れてこうとしたけれど抵抗された。

「わかりました──受けて立ちましょう! その代わり、僕の気持ちを絶対に認めて下さい!」

 みんなは、僕を置いて道場へと行ってしまった。
 残されてため息をつく。
 好きにすればいいという気持ちで母さんに出されたお茶を飲んでいた。
 一部始終を見ていた母さんは、僕にニコニコと笑顔を向けてくる。

「エーベルトも好きな子ができたのね」
「どうしてそう思うの?」
「恋する乙女みたいな顔して何言ってるのよ。見てればわかるわ」

 母さんには敵わない。
 やっぱりそうなんだ。見てわかるほど顔に出ていたらしい。
 僕はブルーノのことを好きになっちゃったみたいだ。

「ほら、あの人たちを止めないと、ブルーノくん、大変な事になっちゃうわよ」
「うん! 僕も行ってくるね!」

 道場に行ってみれば、ブルーノはすでにボロボロだった。
 床に倒れて荒い呼吸を繰り返している。

「お前の気持ちなんてそんなものだろう。とっとと帰れ!」

 父の言葉に反応して、ブルーノはボロボロになった体をどうにか起こした。

「ま、まだまだ……」

 僕の時と一緒だ……。
 どうにか立ち上がって組み手をしようとして投げられた。
 ドシンと響いた音に思わず顔をしかめる。

「いい加減諦めたらどうだ?」
「………………やです……」
「なんだって?」
「嫌ですっ! 認めてもらうまで……諦めません!」

 倒れたまま叫んだブルーノに、家族はみんなちょっと気圧されていた。
 僕の為にここまでしてくれる人なんていないと思う。

「このガキがっ!」

 僕は、ブルーノに近付こうとした父さんの前に立った。

「エーベルト。そこをどけ」

 睨みを効かされる。そんなの僕には怖くもない。

「嫌だ。これ以上ブルーノに何かしたら、僕だって黙っちゃいない」

 家族をキッと睨む。

「どかないなら──力づくでどかすまで!」

 襲いかかってきた父さんを放り投げて、兄達に足払いして、捕まりそうになった腕を逆に掴んで背負い投げる。
 最後には全員を床に沈めた。

「エーベルト……相変わらずの強さだ……」

 床に寝転がったまま満足そうに何を言っているのか……。

「言っとくけど、ブルーノの片思いじゃなからね。僕の好きな人なんだから、大事にしてよね」

 父さん達は、この世の終わりみたいな顔してその場から動けなくなっていた。
 その隙にブルーノに手を差し出せば、呆然と見つめられた。

「お前……俺の事……好きなの?」
「好きだよ」
「じゃあ、俺と付き合ってくれんの!?」
「うん」
「本当に!?」
「うん」
「冗談じゃなくて!?」
「もう、そんなに信用ない?」

 差し出していた手で胸ぐらを掴んでグッとブルーノを引っ張って強引に唇を奪った。

「っ⁉︎」
「「「「エーベルトォォォ!」」」」

 外野を無視して、唇を離してブルーノにニッコリ笑った。

「信じた?」
「も、もっかい……」

 正直に言ったブルーノにクスクス笑いながら、もう一度キスを贈った。

 家族のことは放っておいて、僕はブルーノを連れて自分の部屋へ案内する。

「ところで……エーベルトって……家族で一番強いの?」

 ブルーノに満面の笑みを向けた。

「言ったでしょう。僕より強い人なんていないって」

 この時のブルーノの遠い目をした顔は忘れないと思う。

     ◆◇◆

 僕が結界ができない理由がわかった気がする。
 ずっと家族に守られてきた。だから、誰かを守りたいという気持ちより、守られる気持ちの方がわかる。

 ブルーノは、僕が強いと知っても、僕を守ってくれようとする。
 僕の前を歩いてくれるし、荷物だって持ってくれる。
 離れていると僕の心配ばかりしてくれて、僕の側に居てくれようとする。

「エーベルト? 何やってんだ?」

 休憩中にお茶を飲んでぼーっとしていたら、ブルーノが覗き込んできた。
 卒業してお店を持った今も、隣にはブルーノがいる。

「ブルーノと付き合った時のこと思い出してた」
「ああ……俺の情けない姿ね……」
「そんな事ないよ。すごくカッコよかった」
「そ、そうか……?」

 今でも照れて嬉しそうに笑う。そんなブルーノが大好きだ。
 僕もいつか、ブルーノを守るために結界が張れるようになれたらいいな……。
 そんな事を思う、平日の午後だった。
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