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番外編

僕のエルド ルーベンス視点

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 幼い頃からノイシスと比べられて育ってきた。将来を約束された王太子と、所詮第二王子の僕。
 僕が勝てる事なんて、母親の財力ぐらいだろう。それなのに周りは僕に期待した。
 僕が王太子になれるだなんて誰が言ったのか──。

『兄上、王太子が嫌になった事はない?』
『ないな。私には国民を守る義務がある』

 誰がどう見ても、僕よりノイシスの方が優秀で、王太子としての技量も申し分ない。
 僕の臣下達は、僕を王太子にして僕を操り人形にでもしようと思っているのかもしれない。

 そんな奴らを信用しろなんて無理がある。
 僕は、誰も信用しない。

「ルーベンス様、何かお飲みになりますか?」

 彼を除いては──。

 最近従者になったこの男は、僕にニッコリと笑顔を向けた。
 彼に会ったのは街の視察でだった。
 クビだと言われて店主に縋っていたその男を哀れに思って拾ってしまった。
 気まぐれだったんだと思う。
 ジェイルと名乗った下働きとして働いていた何者でもない男。
 僕の周りにいる計算高い人達とは全く違う男。

「それじゃあ、紅茶を貰おうかな」
「はい」

 紅茶を美味しいと思ったのは久しぶりだった。
 少なくとも僕の中に彼に好感はあったと思う。

     ◆◇◆

 ノイシスの臣下と僕の臣下が揉める事は良くある。
 その日もいつも通り揉めているのをノイシスと眺めていた。

 道を譲るのはこっちだと思うのに、みんな僕の話を聞かない。
 やりたいだけやらせる。
 飽きた頃に終わりになるだろうと思っていた。

 すると、何やら違う事で揉め出した。

「お、お前! 殿下方に失礼だろう!」
「あまりにも堂々と通り過ぎて見過ごす所だった!」

 そのまま揉めていた奴らのど真ん中を堂々と歩いてくる金髪に赤い目の男に一瞬で目を奪われる。

「おい! 礼儀がなってないぞ!」

 呆気に取られて見ていれば、通り過ぎた頃に振り向いた。
 その顔には苛立ちが見えた。
 うるさそうに周りの言葉を甘んじて受けていた。
 そのうちにノイシスが話しかける。

「お前が今日呼ばれた最年少の四つ星魔法使いか」

 四つ星の若い魔法使い。
 胸の奥が熱くなってワクワクが止まらなかった。

 ノイシスは、この魔法使いを気に入ったみたいだった。
 僕もそうだ。
 狼みたいに牙を剥いてみんなを威嚇する雰囲気を出す彼を欲しいと思った。

「興味なんかあるわけねーだろ」

 思った通りの返答と、澄んだ声。

「へぇ……面白いやつだねぇ。城の魔法使いじゃなくてさぁ、僕の専属にならない?」

 こんな孤高の魔法使いが僕の専属になったら、つまらない毎日が色づく予感がする。
 珍しい事にノイシスも引き下がらなかった。
 
「君、名前は?」

 彼の名前が知りたかった。

『君ともっと色んな話がしたい』

 その言葉は、音にはならなかった。
 どうやら、言葉を奪う魔法を使ったらしい。
 魔法陣無しでこんな事ができるなんて!

 笑いながらその場を去ろうとする彼の腕を掴んだ。

『君、すごいよ! こんなにすごい魔法を使える人がいるなんて! 君なら僕を救ってくれるはずだ!』

 誰でもいいから僕を救って欲しかった。
 決められた道を進みながら、後継者争いに勝手に入れられてしまった。
 なによりも無力な自分が一番嫌だった。
 僕の専属になってくれたら怖いものなんてないと思った。
 この魔法使いとなら、僕はどこへでも行ける気がした。

 それから、会う度に彼を口説いた。冷たくあしらわれても諦められなかった。

     ◆◇◆

「大魔法使いになるなんて、エルドはやっぱりすごいよね」

 その日も僕は、エルドの話をオーガストにしていた。
 最年少で大魔法使いになるなんてすごい。

「エルドが隣にいてくれたら、他に何もいらないのに……」
「──ルーベンス様……」

 同じ話をジェイルにもしていた。

 エルドに対しての気持ちが何だったのかよく分からない。憧れていたし、執着していた。
 いつも彼の事を考えて恋愛感情に似た気持ちを抱いていたとも思う。

 だから僕は、周りが見えて居なかった。

「ルーベンス様、エルドが今日の月が一番上に昇る頃、西棟の一番上で待っていると申していました」
「エルドが!?」

 ジェイルに言われて喜んだ。
 今までそんな風に会ってくれた事なんてない。
 やっと僕の気持ちが伝わったのかと、夜中になるまで待ち遠しかった。

 月が高く昇った深夜。急いで高くそびえる塔の天辺へ走っていった。
 けれど、しばらく待ってもエルドは来なかった。
 月は一番高い場所からとうに通り過ぎた。
 そこで、誰か来た。エルドかと思ったが、代わりに来たのはジェイルだった。

「ジェイル……エルドは、忙しいのかもね」

 そう呟いた僕に、ジェイルは笑った。
 見た事ともないあざけるような笑い方で──。

「あははっ! あなた……本当に無能ですよね」
「ジェイル……?」

 そのまま近付いてきたジェイルに恐怖を感じて後ずさる。
 塔の一番上は、見通しが良く何もない。背後の手すりだけが僕を支えた。
 ガシッと首元を掴まれてうまく呼吸ができなくて苦しい。

「エルドが来るなんて嘘ですよ。楽しそうに待っているあなた、大変滑稽でしたよ」

 どうやら僕は騙されたらしい──。

「今まであなたの従者をしていたのは、あなたを殺す為です。思い当たるでしょう?」

 思い当たる事がありすぎだ。
 僕を邪魔だと思っている人はたくさんいる。
 ノイシスの方が国王に相応しいと僕自身も思っているのに、僕は生きているだけで邪魔なんだそうだ──。

 ジェイルは、最初から僕を信用させて殺すために近付いたのか……。
 彼の事、それなりに好きだったのに……。
 騙される事は慣れているつもりだった。
 それでも、僕を傷つけるには充分すぎる仕打ちだ。

「言い残す事はありますか?」
「──みんなっ……死ねば……いいっ……」

 僕を騙す奴も、僕を殺そうとする奴も、幸せそうな他人も──。

「それじゃ、さようなら」

 そのまま塔から突き落とされた。
 僕は空っぽらしい。死ぬのに何も思い出せない……。
 落下する感覚を味わいながら、生まれ変わるなら人になんてなりたくないと思った。
 地面に直撃する瞬間に風でフワリと体が浮いた。何が起きたのかと自分でも不思議だった。
 そのまま誰かに抱き留められた。

 目の前に見えるのは、月の光に照らされて綺麗な金髪を揺らすエルドだった。

「大丈夫か?」
「エルド……」
「お前な、なんで真夜中に殺されそうになってんだよ。あいつ、氷漬けにしてやる」

 エルドは、魔法を使ってジェイルを氷で動けなくしたらしい。

 僕は、エルドの腕の中で震えていた。それなりに怖かった──。
 エルドの首に抱きついたまま離れたくなかった。

「苦しいから離れろよ……」

 エルドはそう言いながら、僕の背中を何度も撫でて慰めてくれた。

「エルドはどうしてここに……?」
「たまたまだ──」

 プイッとそっぽを向いたエルドに、偶然だからこそ運命を感じた。
 エルドに助けられた命──それだけで、価値のあるものに思える。
 僕にはエルドだけだ。
 信用できるのも、好きなのも、そばにいて欲しいのも彼だけだ。
 普段は近付くと逃げるエルドに、ここぞとばかりにぎゅうぎゅう抱きついた。
 こんなに人を好きになる事なんてないと思う。
 僕は、エルド以外に何もいらない──。

 オーガストは、ジェイルが刺客だと気付かなかった事を謝ってきた。
 僕にはもうどうでもよかった。

「オーガストだって、いつか僕を裏切るかもしれない。僕はエルド以外を信じない」
「私は、いつだってあなたの味方です──」

 誰のどんな言葉ももう信じられない。

 後から知ったのは、ノイシス派かと思っていたジェイルは、ルーベンス派のやつだった。よくある裏切りというやつだ。
 そうやって命を狙われる事は、僕だけじゃなくノイシスにもあるようだった。
 エルドは、僕にもノイシスにも関わらない事で誰の味方もしなかった。

 エルドがノイシスのものにならないならそれでいい。
 最後には、誰のものでもないエルドが僕のものになればいい。
 ずっとそう思っていた。
 その想いは日に日に強くなり、満たされない毎日を送っていた。

 ──そして、僕の願いは永遠に叶うことはなくなった。

 オーガストからエルドの訃報を聞いた時、涙と震えが止まらなかった。

「ルーベンス様っ! エルドの代わりにはなりませんが、私があなたのおそばにいます──っ」

 オーガストは、そう言って僕を必死に抱きしめた。

 辛い……悲しい……寂しい……? 違う……この感情は……嬉しい──だ。

 僕は、また空っぽになった。永遠に満たされる事はない。
 でも、エルドは永遠に誰のものにもならなくなった。それが嬉しかった。
 二度と会えない人を想うのは、こんなにも心地いい。
 葬儀で横たわるエルドを見ながら、僕だけのものになったのだとすら思えた。

 僕だけのエルドは美しかった──永遠に叶わないと思った僕の願いは叶ったのかもしれない。

     ◆◇◆

 エルドが死んで数年経っても僕のエルドへの気持ちは変わっていない。
 そんな中で、城で四つ星になった若い魔法使いに会った。
 いくつか会話をして、特に興味もなくて通り過ぎたら、オーガストが耳打ちしてきた。

(彼は、エルドの魔法陣を描き上げたという魔法使いです──)
「え! そうなの!?」

 エルドの魔法陣が描けた魔法使いに少し興味が出た。

「君さ、エルドの魔法陣を描き上げたって本当!?」
「たまたまです……」
「すごい事だよ! エルドみたいだ! 君は、エルドみたいになれる!?」

 エルドみたいになれたら、僕の専属にしたい。

「恐れながらルーベンス殿下。僕は、エルドにはなれません。よく見て下さい。エルドとは似ても似つかないでしょう?」

 ジッと見つめて気付く。確かにエルドに比べたら全然美しくない。
 喋り方もイマイチ。胡散臭い笑顔も嫌いだ。

「そうだね──僕のエルドは、とても綺麗でカッコよくて強かった。君みたいな弱そうな人とは全然違うね」

 急に興味がなくなった。

「エルドの事、好きだったんですね……」
「好きなんてものじゃない。君にはわからないよ──」

 愛情なんて通り越している。
 この気持ちを言葉にする事なんてできない。
 もしもエルドが生きていて、誰かのものになっていたら──きっと──。

「それじゃ、また会えたらいいね」

 会えなくてもいいけどね。

「ルーベンス様、彼の事はよろしいのですか?」
「全く興味ないね。偽物じゃダメだ。僕は本物が欲しいんだ。僕のエルドはたった一人。死んでいるからこそ、僕のものでいてくれるんだ」
「そうですか……」

 エルドがいなくなった世界は確かに虚しい。
 でも、僕だけが今もエルドを想っているのだと思うと嬉しい。
 死んでいるからこそ、誰のものでもないエルドを僕のものだと胸を張って言える。

 それが僕の愛だ──。
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