あの子で始まり、私で終わる

ainsel

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「よくぞ目覚めてくれた。これでお前が次期当主だ」
「この日をどんなに待ち望んだか。ああ、やっとこれであなたを心より愛せるわ」

 ふっと戻った意識が最初に拾ったのは、二つの声。
 そして、体を包む温もりだった。
 重いまぶたを上げれば、涙を湛えた男女二人の姿が見えた。しかも男は私を抱きかかえ、女には両手を握りしめられている。思わずギョッとして、身構えた。
 どう見ても、私を殴った男とその背後で庇いもしなかった女だ。

「長かった――今までよく耐えてくれたな」
「今までのことは、本当にごめんなさい。でも、これからは親子三人仲良くやっていきましょう」

 私の意思など関係なく、べらべらとしゃべり続ける二人。
 どうやら、今まで虐げてきたのは私の魔法を発現させるためだったらしい。
 その魔法とは、黒魔法。
 心に闇を抱えるほど、負の力をため込むほど強力になるものらしい。

 まさかと思ったが、この二人は私の実の両親だった。
 黒魔法とはブレア公爵家直系の特殊魔法らしい。代々続いて来たブレア家はここ近年、その力が弱体化傾向にあった。しかし、過去には強力な力が使える者もいた。その差は何なのか。純血なのか、他家との婚姻か――長年の研究で、ついにその謎が解き明かされた。

 黒魔法使いの力の強弱とは、育ち方や環境で差が付くようだった。
 ある者は熾烈な当主争いの中で、ある者は戦争に駆り出されたことで、ある者は家族や愛する者を亡くしたことで、その力を発現させたという。特に戦時の当主の時代は、その傾向が顕著だったらしい。己や周囲の『死』を意識することで、黒魔法が強力になる傾向があるようだった。
 愛情をもって『普通に』育てても黒魔法は発現する。だが、その力はあまりにも弱く、なんとも頼りない。
 ブレア家の都合で戦争を起こすわけにもいかない。
 しかし、歴史あるブレア家には恐れられるほどの力、強大な黒魔法の使い手が必要であった。

 だから、私に対して辛くあたっていた、と二人は話を締めた。
 そしてすまなかった、ごめんなさい、と涙ながらに謝罪の言葉を紡ぐ。すべてはお前が憂いなくブレア家を継ぐため、と。

 私の頭をなでるために近づく手、それは私のほおを張ったのと同じ手だ。触れられるたびに、意識せずとも体は強張る。
 ごめんなさい、とこぼすその口からは、私を詰る言葉、尊厳を傷つける言葉しか出てこなかった。次はいつ、怒りのこもったため息に変わるのかと、落ち着かない。

 理解できない言葉を話すこの二人はなんなのだろう。
 私には、消えてしまったあの子の記憶がある。
 親だというが、私があの子ではないと気付きもしない。
 親子の絆とは、その程度のものなのだろうか。
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