あの子で始まり、私で終わる

ainsel

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 パン。
 ほおを力いっぱい張られた。
 口内に鉄の味が広がり、飲み込めなかった分が口端から零れた。
 熱を持ち始めたほおに手を当てれば、自身の冷えた指先が心地いい。

「なぜ、そんなこともできない?!」

 肩を怒らせ、口角から泡を飛ばす男性。整った顔立ちだが、その目は見降ろした私――幼い子どもを心の底から憎んでいる、そうとしか思えない。暴力の恐怖に、意識せずにがくがくと震える体。助けを求めようにも、逃げたくとも、すがれるものすらない。

「いつになったら、ふさわしくなれるのかしら……」

 目の前の威圧するような男の背後、きつい顔をした女が落胆したかのようにため息をついた。彼女もまた、私を救ってはくれないようだ。

 ここはどこ―――?

 そう思った瞬間、脳内を切り裂かれるような痛み。
 グッと悲鳴を堪え、もう片方の手で頭を押さえつけた。

 ずい分幼い頃から、躾と称した体罰を受けて来た。来る日も来る日も勉強の日々。そしてできなければ、食事も与えられず、睡眠時間も削られる。今張られたほおの他にも、いたる場所に傷跡や痣もある。
 幼い身体はボロボロ。
 心もすでに限界だ。

 だから、か。

 私の中に、黒いどろどろとした――煮えたぎるマグマのようなものが湧きだしてきた。気に入ってもらおう、褒めてもらおうと努力に努力を重ねた。すきっ腹を抱え、寝不足にふらつき、それでもなお打擲ではなく、いつかは愛がもらえるのではと期待していた。

 もっと?
 まだ足りない?
 これ以上、何が必要?

 内に膨れ上がった怒りが、憎悪へと変わる。
 もう、あの子の最期の糸は切れてしまった。

 もう頑張れない。

 そういって、消えてしまった。
 ここにいるのは、私。
 あの子ではない。

「ああああああああっ!!」

 私は私の心のままに、全てを解放した。
 膨大な魔力が猛威を振るい、周辺をどす黒く染めた。

 あの子を苦しめた者みんな、同じように消えてしまえばいい。

 暴走は始まりと同じように、突然終わりを告げた。
 私の意識はぷつりと途切れた。
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