ニケの宿

水無月

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第二十四話・熱い甘酒

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 たくさんの種族で賑わっている。

 闇が濃くなってきた神社内を照らすのは、パチパチ弾けるかがり火と穏やかな灯篭(とうろう)の輝き。行灯(あんどん)は人々の邪魔にならないよう建物の前や影に、一定間隔で置かれている。
 揺れる柿色の炎で境内は燃え上がるように明るく、その分影が深い。
 小さいお子さんを連れたヒトはしっかりとその手を握っている。
 遠くで太鼓や鉦鼓(しょうこ)、笛といった祭囃子がはやしたてる。ざわめきの隙間、かすかに鈴の音も聞こえ、不思議と心が浮き立つ。幽玄の世界。

 草履が砂利を踏むヒトの流れに従って、三人は歩く。

「ヒトが多いねー。これだけ多いと、神様も大変だろうね」
「別にこれ全員が神頼み目的じゃないさ。祭りを楽しみにやってきたヒトもいれば、ただイチャつきにきた者もいる」

 フリーの袖を掴んでいるニケは、賑わいにちょっとうんざりした様子だった。ニケの身長では景色も店も見えない。単純に退屈なうえ、誰かに蹴られないよう気を張っておかねばならない。
 そんな低身長の悩みに気づかず、フリーはひょいと背伸びする。それだけで障害物がなくなり、視界が開ける。足元でニケがイラッとしていた。

「なーなー。せっかくキミカゲ様にお小遣いもらったんだし、豪遊しようぜ! まずは甘酒あたりから攻めるのがいいと思う!」

 背伸びではなく兎みたいに跳ねていたリーンが立ち並ぶ店を指差す。彼はなかなかの跳躍力に加え、まるで月でジャンプしたときのように、滞空時間が長いのでよく見えるのだろう。
 甘酒から立ち上る湯気に、フリーは渋い顔を返す。

「この暑いのに? 俺は隣の団子がいいなぁ」

 小さく丸めた団子が五つ、長い串に刺して売られている。台に置かれた醤油の入った壺につけて食べるのだろう。お子様が口の周りをべとべとにして食べているのが見える。親は子どもの着物に醤油がつかないよう、ハンカチを握ってハラハラしている。
 フリーとリーンの間に火花が散ったが、「好きなもの食べればいいじゃないか」という声が足元から聞こえたので、二人は各々屋台へ赴く。ニケはその辺で待ってようかと考えたが、はぐれても面倒なのでフリーの足について行った。嗅覚で探せなくもないが、人が多いうえに色んな食べ物のにおいが混じっている。この中から一人のにおいを探し当てるとなると、不可能ではないが考えただけで頭が痛くなる。
 境内にある店は、まるでビーチに並ぶパラソルのような白い笠の下にあった。

「すみませーん。団子ひとつください」
「あいよ」

 店主のおっちゃんが気前よく返事をする。そこでフリーはいきなりしゃがみ込んだ。
 あまりに突然だったので、また腹が痛くなったのかと思えば、

「なぁ、ニケ。お金ってどれを渡せばいいんだ?」

 至極真剣な口調で訊ねてくる。口が塞がらなくなるかと思った。
 そうだ。一番大切なことを教えるのを忘れていた。
 おっちゃんはいきなり消えたフリーを、身を乗り出して探している。
 ニケは額に手を当てつつ、フリーの財布代わりの巾着から小銭を数枚取り出す。

「これを渡せ。あと、帰ったら金の勉強をするぞ」
「ありがとう、ニケ」

 金を渡し団子を受け取っている足元で、嘆息しながら前髪をいじる。
 自分の勉強に夢中になっていたな。これはいけない。

「おーい」

 ちょうど買い終えたリーンがこちらに歩いてくる。かがり火を反射し、ラメじみた光を振りまく彼だけは絶対に見失わない自信がある。

「食べ歩きも悪くないけど、座って食べようぜ」

 あつあつの甘酒に、串に刺さった団子。確かにじっとして食べた方が危険は少ないだろう。

「そうですね」

 とはいえこのヒトの多さだ。赤い布が駆けられた竹の長椅子(ベンチ)はどれも埋まっている。
 しばしうろうろ様子を窺っていたが空く気配がないので、三人は木の下で食べることにした。

「うわっ」

 下を見ていなかったのか誰かの足がニケの背にぶつかった。
 砂利が迫ってくる。
 だが転ぶ寸前で、誰かの腕が滑り込み身体を支えてくれた。
 白い腕。

「ニケ。大丈夫か?」
「お……おう。普段のどんくささが嘘のような反射神経だ。褒めてやろう」
「う、うん。ありがと」

 助けた側がなんでお礼を言っているのだろう。それはともかく、怪我はなさそうで一安心だ。

「おいおい! あいつ謝りもしないで行っちまったぞ」

 ひとり亀の歩みだったリーンが駆け寄ろうと走り出す。何のためにゆっくり歩いていたのか忘れたのか。走ったせいで手の中の甘酒が大きく跳ねる。
 ばちゃんと、熱い液体が少年の手に降りかかった。……当然の如く。

「いやアヅゥウウウウッ!」
「先輩しっかりィ」
「なんだ、お前さんのどんくささは伝染するのか?」

 だから走るなと。
 赤くなった手を押さえて転げ回るリーンとニケを抱えて、フリーはさっき手を洗った「洗心」という文字が彫られている水場へと急行した。
 後で知ることになるが、その水場は手水舎(ちょうずしゃ)という。けっして火傷用の水ではないのだが、緊急時なので神様も見逃してくださるだろう。……神様も呆れている気がしてならない。
 「ちょっとすいません」とヒトを押しのけ、先輩の腕を水中に突っ込ませる。
 押しのけられたヒトはよろけたが、その後ろにいた色違いの着物の方が支えていた。
 先輩が泣き言をもらす。

「いてぇ~! せっかく買った甘酒がぁ~。ひとくちも飲んでないのに!」
「言ってる場合ですか……」

 ダイナミック手水に人々はギョッとしていたが、気を利かせたニケが謝りながら説明してくれていたので、騒ぎは小さかった。

「すみません。すみません。友人が火傷しまして」
「ああ……そうなの。大丈夫?」
「キミカゲ様、呼んでこようか?」

 見失わないようニケの方を見つつ、早々に手を水から出そうとする先輩に声をかける。

「もっと冷やした方がいいですよ」
「もういいわ。手が千切れる」

 神社の水は夏でも冷たい。仕事中と違っていまは気合が入っていないのだ。びりびり痺れてツラい。
 手を引っこ抜いたリーンを支え、キミカゲのもとへ向かう。お団子を持ってくれているニケも、ちょこちょこと着いてくる。よく見ると手に持っているものが増えていた。小さな飴細工だ。さっきのヒトたちの誰かにもらったらしい。

「先輩。キミカゲさんがいるところって、どこですか?」
「知らずに歩いてたんかい!」

 突っ込まれながらも休憩所へ到着する。手水舎のすぐ近くだった。
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