ニケの宿

水無月

文字の大きさ
上 下
23 / 260

第二十三話・待ち合わせ

しおりを挟む
 祭り当日。
 羽梨(はねなし)神社鳥居前。
 もう夜に迫る刻限ながら、オレンジから紺色へと変わる空の下はざわめきで満ちている。
 待ち合わせ時刻より少し早めに着いたニケとフリーは、邪魔にならないよう隅っこに陣取り、ヒトの往来を眺めていた。
 男女の組に、親子連れ、若い男。様々なヒトが楽しそうに通り過ぎていく。
 フリーは人々が吸い込まれていく朱色の柱を撫でる。

「ねえ、ニケ」
「ああ?」
「この赤い柱、なに?」

 ニケはちらっと赤い柱……つまり鳥居を見やり、あくびをする。

「くあぁ……。あー、それは鳥居という」
「とりい? って何? ニケ、眠いの?」
「眠くない。鳥居は神域と僕らが住む俗界を区画する……うーん、結界であり入り口であり、まぁ門だな」

 こんな風に聞かれるだろうなと予測していたニケは、すぐに答えられるようにとこっそり神社関連のことを勉強していた。そのせいで少し寝不足だ。
 フリーは分からないことはニケに聞けば良いと思っている節がある。
 我ながらなにやってんだと呆れもする。自分で調べろと突っぱねればいいだけなのに、それが出来ない理由は、これだ。

「へー。門だったのか。すごいな、ニケはなんでも知ってるな」

 金緑の瞳が自分を見てキラキラと輝いている。これ。これと少し弾んだ声で賞賛されれば、すこぶる気分が良くなるからだ。逆に「ニケでも知らないのか」とか言われたら、血管が引きちぎれそうになる。
 そのせいで無駄に色んな雑学というか、知識が増えてきた。なんだろう素直に喜べない。

「着飾ったヒトが多いような……」

 頭上で聞こえた声に、現実に引き戻される。

「なんか言ったか?」
「ん? ああ。オシャレしたヒトが多いんだけど。ここって着飾ってくる場なの?」

 確かに、若い女性などは普段より少しいい着物を身につけていたり、普段使いではないかんざしを挿したりしている。
 艶めく女性たち。ニケは興味ない顔でフリーの足にもたれる。

「あれは女性の戦闘服だ」
「えっ? 誰と戦うの?」
「違う。どあほ。いや、僕の言い方もあれだったけども。おおかた男と待ち合わせしているんだろう? 女性方は気合い入れているだけだよ」

 ここは定番の待ち合わせ場所なのか、「ごめん、待った?」「ううん。今着たとこ」という腹の探り合いがあちこちで開始されている。思わず「その方、二十分くらい前から居ましたよ」と口を挟みたくなった。ニケたちも二十分、ここで突っ立っている。

「だから、僕らが着飾る必要はない」
「ほーん」

 生返事だ。男と二人で歩くのに、なぜ着飾るのかがイマイチ分かっていないのだろう。髪の上で揺れるかんざしを物珍しげに見ている。女心が分からない恋愛幼稚園児といったところか。まあ、雪崩(で消えた)村で軟禁状態だったこやつが、誰かを好きになるなんてなかっただろうしな。もし、ひとりでも優しくしてくれたヒトがいたなら、フリーはそのヒトを必ず守っただろう。こやつはそういう奴だ。なのに、一人残らず雪崩に飲み込まれたということは……そういうことだ。
 ここにキミカゲがいれば「え? 生返事ひとつでそこまで読み取れる?」と引きながらも驚いただろうが、翁はやはり休憩所へ行ってしまった。
 ニケはやれやれと腕を組み、喧騒に耳を澄ませ、記憶したばかりの足音を探す。

「リーンさん、遅いな」
「そうだよね。あんなに張り切っていたのに。まさか……事故?」

 待ち人が来ないと不安になる。待ち合わせ場所間違えたとか、時間間違えたとか。もしかしたら事故にあっているのでは、とかとか、色んな考えが押し寄せてくるからだ。
 ニケにここで待つように言って、探しに行くべきだろうか。それだとすれ違いが面倒くさいし、そもそも人探しならニケの方が向いている気がする。
 あーだこーだ唸っていると、ニケの黒耳がピピンッと動いた。

「……ぃ。わりー! 遅れちまって!」

 ほぼ毎日耳に触れるようになった声だ。
 フリーは声の方に顔を向け、本当にすぐに見つけられた。
 人混みをかき分け、走ってくる少年。その身を包む衣は切り取った天の川のようにちらちらと煌めき、道行くヒトの視線を掻っ攫っている。
 晴天時限定日中のフリー並みに目立つ。暗くなってホッとしていたら、今度は夜になると目立つ奴がきた。ニケは頭が痛くなる気がした。
 ちなみにニケは宿にいた時の、赤地に黒の花が咲いた着物姿だ。やはり着慣れた衣が落ち着く。
 ふたりの前で停止すると、リーンは大きく両手をあげた。

「うがー! やっと着いた。ごめんな遅れちまってよー」

 リーンはバシバシとフリーの腕を叩き、ニケには深く低頭して詫びた。ニケはもたれていた身体を起こす。

「リーンさん」
「はいっ」

 こちらから誘っておいてこの体たらく。ある程度の文句は覚悟している。
 気を付けの姿勢で身構えたが、幼子から罵声は飛んでこなかった。

「こんな人混みを走ってくるのは危険です。遅刻したときほど心に余裕をもって、落ち着いていらしてください」

 思わず目を丸くする。
 隣で頷く白髪と交互に見て、リーンは肩の力を抜いた。
 にへらっと安堵した顔で笑う。

「キミカゲ様みたいなこと言うじゃん。でも……そうだな。気を付けるよ」

 分かってくれればいいんですと引っ込むニケと入れ違いに、今度はフリーが一歩前に出る。

「事故ってたんじゃないですよね?」

 リーンは言いづらそうに頭を掻いたが、遅刻した負い目から観念して口を開く。

「足くじいて、動けなくなっていた婆さんを家まで送ってたんだよ。そのあと、迷子になった子を、親御さんと探してた。……お前ら待たせてるし、申し訳ないとは思ったんだけどなぁ~」
「人命優先したんですね。リーンさんって、そういうとこありますよね。暑さで倒れた俺のことも助けてくれましたし。同じ職場の後輩として、誇らしいです」
「真っすぐ褒めるのやめろ!」

 恥じらう乙女のように、顔を覆って鳥居の向こうへすっ飛んで行く。だから走るなというのに。
 ニケとフリーはそのあとをのろのろと追いかけた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

完結·助けた犬は騎士団長でした

BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。 ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。 しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。 強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ…… ※完結まで毎日投稿します

魔女の呪いで男を手懐けられるようになってしまった俺

ウミガメ
BL
魔女の呪いで余命が"1年"になってしまった俺。 その代わりに『触れた男を例外なく全員"好き"にさせてしまう』チート能力を得た。 呪いを解くためには男からの"真実の愛"を手に入れなければならない……!? 果たして失った生命を取り戻すことはできるのか……! 男たちとのラブでムフフな冒険が今始まる(?) ~~~~ 主人公総攻めのBLです。 一部に性的な表現を含むことがあります。要素を含む場合「★」をつけておりますが、苦手な方はご注意ください。 ※この小説は他サイトとの重複掲載をしております。ご了承ください。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。

えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた! どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。 そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?! いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?! 会社員男性と、異世界獣人のお話。 ※6話で完結します。さくっと読めます。

処理中です...