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世界統一編

第二十三話 戦勝祝宴会

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 戦争は大陸大同盟側の大勝利に終わり、私たちの陣営の国々は活気に湧いた、特にネーザン国王ウェリントンの名と私ネーザン宰相ミサの名は大陸中にとどろくようになってしまった。

 私も何故有名になったかというと、反同盟側が、私の名前を出して、カールトン会戦でのテットベリー軍の説得とエジンバラ王都降伏勧告で、あくまで私のおかげで大陸大同盟側が勝利したと吹聴ふいちょうしたからだ。

 うちの陣営は、ネーザン王の名声が高まりつつも幼女が宰相で、戦争で活躍したというのが、市民たちの間で面白おかしく語られ、ネーザン国以外ではウェリントンの名よりもミサの名のほうが有名となってしまった。

 私は方々ほうぼうでやっかみといじられ役になってしまうが、ウェリントンは私に嫉妬したりせず、何か、超然とした態度、というのかむしろ私の活躍ぶりの賞賛を素直に喜んでいた。相変わらず変なところのある陛下だ。

 まともに冗談一つも言わない人だけど、この人が、……なんというか、そう、ちょっと天然なところがあるのはそばに仕えている私は重々知っている。いい王様なんだけど、女性関係にほんと興味がないというか、女心がわかってないというか、非常に淡白な印象を受ける。

 跡継ぎ問題もあるし、わずかながら平和な時期が来そうなのでいまのうちに婚約者でも決めてもらうとありがたいんだけど、そういう浮名うきなは全く上がってこない。もしかしてこの人女性に興味ないのだろうか。

 まさか、男性のほうが!? いかんいかん、BLの読み過ぎだ。取りあえずそれとなく急かしておこう。

 今も訪れたネーザンの都市で市長家族が私たちを出迎えて、握手をし、ハグをしていくが、途中綺麗な十代の娘さんがウェリントンに抱き着こうとすると、彼は握手だけを交わしてそっぽ向いてしまった。

 当然、その娘さんは拒否されたと思って深く落ち込んでしまった。こういうことをウェリントンはたびたびする、流石に戦争も終わったし注意しとこう。

 私たちネーザン上層部は大きい客室で少し休憩していた。この後祝宴会がある、ここの都市グリニッジは魔族との戦いで勝利を収めたアレクサンダーが休んだとして伝統ある栄えた都市だ。

 宴会場も広く、祝宴会にはもってこいで、各国も集まる予定だ。それはともかく女性関係についてウェリントンに一言物申さないと。

「陛下、さっき何故、娘さんがハグをしようとしたのを拒んだんですか? 女性に対して失礼ですよ!」
「ん? そうだったか、まあいいだろう、相手は若い女性だ、私と抱き合ったというだけで騒ぐ者もいるからな、かえって迷惑だろう」

「で、ですが、その娘さんは深く落ち込んでいましたよ! 失礼ですよ!」
「……うん? 何故だ、私とハグが出来なくて、別に落ち込む必要があるのか?」

「いやだって、陛下は見た目がそのイケ……じゃなかった端正なお顔立ちで、身長も高く若くて未婚ですよ! 女性なら皆……」
「別に私などとハグしたところで、嬉しくもなんともあるまい、女性に男が寄り添ったとして迷惑がかかるではないか。相手も未婚そうだし、彼女にとってよくあるまい」

 ──げっ⁉ コイツ自分のスペックの事全然わかってない。

 若くてイケメンで身長が高くて足も長くて国王でお金持ちで優しくて立派な性格で、女なら誰もがときめくだろうと思う程、めっちゃ高額物件なのに、自分にその自覚が全くないんかい! 駄目だコイツ……早くなんとかしないと……!

「……ギルバート殿もそう思うよね?」

 側にいた王宮騎士筆頭のギルバートに振ると、静かに首を横に振る。

「あきらめなされよ、陛下は昔からああだ……私がいくら忠告しても、何も聞いてくださらぬ……!」

 涙ぐみながらギルバートがぼやいた。……まじか、女に興味ありすぎるのは問題だが、女に興味ないのも問題だぞ……。せっかく戦争が終わったのに、頭痛の種が増えてしまった……。

 こういう時男だったらよかった、しっかりびしっとウェリントンに的確に忠告できるけど、私は女だからどうしても女性に肩入れしてしまう。うーん難しいぞこれは。

 ……私が途方にくれていると祝宴会の準備が出来たそうで、私たちは会場に向かったのだった。

 会場に入ると、それはもう、きんきら金で飾られた豪華な装飾で華やかさ、贅沢、これにつくせりだった。しかも、白いテーブルにどんどん美味そうなものが並べられていく、やったーメシウマタイムだー。

 私はすぐさま皿を召使いから取って料理へと向かった。

 これはフォアグラのブラウンソース煮だな、前に食べたことがあるぞ、ナイフを通すと肉汁があふれてくる、そして迷わず口入れると、その肉汁の濃厚さと、ワインで何時間も煮込まれてコクがすごい。

 噛めば噛む肉の甘さと奥深いワインの味、キノコの芳香ほうこうな匂いが口から鼻の奥にぶあっと広がり、また、味とコリコリした食感もいい。

 うまい! 流石勝利の祝宴会、料理が豪華だぞ。戦争ばっかで美味いもの食べてなかったから余計に美味く感じる。それにフォアグラがトカイの甘口ワインに合う。

 この見るからに淡い茶色の旨そうなソースの肉は何だ? 私はそれを口に運ぶと、これはブタの足だと気が付いた。柔らかな豚の肉にフォアグラとトリュフを詰め込んで、そしてピリリとスパイシーなこのソースがまた合う!

  豪華な肉尽くしにほっぺたが落ちそうだよー。うんうん、噛めば噛むほど旨味がどんどん口の奥まで広がっていく、うめー!!!

 ちょっと肉ばっかりで胃がもたれてきたので、デザートのアイスクリームを口にするとこれがまた美味い!

 ミルキーな優しい甘さと、深いコクのある卵の味が効いていて美味しい、フワッと口の中で溶けて冷たーい食感が、あっつあっつの食事を食べてたものだから余計に甘く感じる。いやー美味かった美味かった。

 え、まだまだ料理が運ばれてくるよー私幸せで死・に・そ・う。

 そうやって料理を楽しんでいると女性の声で私に話しかけてくる人がいた。

「はろー、ミサ、久しぶり元気―?」
「やだーメアリーじゃない、来てたの!?」

「うん三日前からね、ミサを驚かそうと思って、凱旋パレードに参加しなかったけど、どう、驚いた?」
「驚いたー、手紙ではやり取りしてたけど、やっぱりメアリー本人に合うのが一番うれしいな!」

「ありがと、貴女今回の戦いで大活躍じゃない? おかげで親友の私はもう社交界で持ち上げられまくりよ、私もう鼻が高くて高くて空まで登っていきそうよ。戦勝おめでとう、ミサ」

「ありがとうー。メアリーに喜んでもらえるとすごく嬉しい、ウェリントンはもう、大活躍だよ、すでに挨拶したよね?」

「そりゃ国王だから、真っ先にあいさつするのが宮廷作法だよ、で、挨拶したけど、あいつなんか、うんしか言わないからつまんねー奴って腹の中で悪口言ってたところよ」

 いやいや口に出しちゃっている。一応弟とはいえ、国王なんだから公然と悪口を言っちゃ駄目でしょ。まあ二人の仲なら安心なんだけど。

「何であいつああなのかしらね、戦場に行くから、ほら、男って戦争があると気分が高まって女作るじゃない? と思って少し楽しみにしてたけど、全然! まったく! その噂が聞こえてこないの! ねえ、あいつ本当は女が嫌いなの? ここ十年ずっーと疑ってたんだけど」

「いやいや、そうじゃないって、……たぶん」

「それは聞き捨てならないわね、メアリー。ネーザン王家の跡継ぎが心配だわ」
「これはミシェル王妃殿下お久しゅうございます」

 メアリーのウェリントンの姉君で、ウェストヘイム王の妻のミシェル妃だ。

「あら、ミサ殿、貴女大活躍らしいわね、あとでたっぷり聞かせて頂戴、そう言えばうちの夫があんまり活躍したとか聞かないけど、どうだった?」
「……いえ、大変なお働きのおかげでネーザン国皆々、ウェストヘイムの方々には頭が上がりません」

 ──言えない、あんまり活躍しなかったって、兵も多くなかったし、士気も高くなかったから仕方ないけど。ほとんどネーザンとリッチフォードとワックスリバーが奮闘していた。ウェストヘイムの影が薄いなんて言えるはずもない……!

「そう、それならいいわ、我が国王陛下も戦争の事あまり口にしないから何事かと思ったわ。それよりも、ネーザンの跡継ぎ問題よ、メアリー貴女結婚しないの?」
「それはしますよ、姉さん、でもねえ、良い男がいないからねえ、ネーザン国は……」

 そう言ってため息をつくメアリー。いや、いい男いっぱいいると思うんだけどなあ、面食いだからなあメアリーは。まあ弟のウェリントンが超美形だから見慣れているんだろうね、そりゃ仕方ないよ。

「はあ、情けない、姉弟そろって結婚の噂すら立たないとは、どう、ミサ? 私の子どもからネーザン王家に一人養子に出そうかしら」

 実はミシェル妃は二男、一女をもうけている。

「いえ……大変喜ばしいお言葉ですが、外交上の問題もありますし、それにウェリントン国王陛下、メアリー殿下、共にまだお若いので……」
「別にそんなに若くないわよ、ふつう一人や二人子供いてもおかしくないんじゃない?」

「姉さんそれはひどい! 私まだまだいけるわ!」
「あらそう、メアリー、あの殿方とかどう? あなた好みの線が細いところがあって、シュッとした美形でまだ若いわ」

 ミシェル妃が平手を指す先はジェラードだった。あいつもウェリントンに負けず劣らず、金髪のイケメンだからなあ。

「あっちょっといいかも……ねえ、あの方、未婚なの?」
「ええそうですよメアリー姫、あの方はこの度、戦争にご助勢いただいき、新たにネーザン王家と臣下の礼を取った、テットベリー伯公でございます、よろしければ、お呼びいたしましょうか?」

 私の紹介に食いつくようにメアリーは「お願い!」と言った。ふう、これも宰相の役目だ、一働きするか。というわけでジェラードのもとに私は行った。

「ネーザン国に栄光を!」
「ネーザン国に栄光を!」

 ジェラードが乾杯を求めてきたので色付きグラスでかちりと音慣らし合ってワイン飲んだ。

「まずは、ミサ女伯、けいのおかげで、無事、ネーザン国王陛下と臣下の礼を取り交わすことができ、また、テットベリー伯の爵位継承もとどこおりなく行われ、先日、叙爵式じょしゃくしきも無事とり行われました。厚く御礼申し上げます、宰相閣下」

 実は彼はエジンバラ王家から臣下の約を取り消され、周りの諸侯はみなエジンバラ方のため、領地が危険にさらされると思い、後ろ盾が必要なので、急いで私がウェリントンに上奏して、臣下の契りを交わさせたのだ。

 この戦争の功労者であり、また相手からすれば恨みの対象でもあるため、私がかなり根回しをしたのだった。

 先の叙爵式も私たちミサミサ団で取り仕切ったものだ。彼にとっては私は恩人であり、私にとっては新しい親友なのだ。

「それはそれはテットベリー伯、先の見事なお働きネーザン国一同、歓喜に堪えませんぞ」

「ふっ……」
「ぷっ」

「はははは……」
「ふふふ……」

「やめようじゃないか、ミサ、お前と堅苦しい挨拶していると、笑いがこみあげてくる」
「貴方が先に言いだしたことだよ」

「そうだったかな、ははっは……」

 実は彼とはカールトンの一件とグロスターの一件でかなり親しくなり、軽口を平気で叩き合う仲となっていた。彼はウェリントンと違って気さくで話しやすく、女性の扱いに手慣れている。堅苦しい貴族社会で気の許せる友になっていた。

「そういえば、ミサ、私と極数人の騎士はネーザン王宮に顔を出すため、王都レスターに居を構えるので、許可をもらえないか?」
「ああそうだね、忘れてた、細かいこと。飛び地の領地経営になるけど大変だね」

「まあ、それはわがブレマー家は心知りたる騎士たちがいる、年に一度ぐらい、夏ぐらいかな、エジンバラは寒いゆえ、顔を出すことにする」
「そう頑張ってね、環境が変わるから色々大変だろうけど、貴方なら平然と乗り越えられると思う。ところで王都に館を建設するんだよね、王宮から費用を都合しようか?」

「ご心配なく宰相閣下、わがブレマー家は古き家柄ゆえ、縁深き者がたくさんおります。閣下のご差配なくとも貴女のようなご令嬢を厚くもてなすにふさわしい、立派な館を立てて御覧に入れましょう」

 彼は華麗に右足を引き左手を横方向水平にして、自身の腹の前に差し出し頭を下げた。

「ふふふ、頼もしいね、頑張ってね」
「ありがとう、ミサ」

「あっそういえば、貴女に紹介したい方々がいたのだった」
「どちらの方かな」

 私は平手をメアリーとミシェル妃に向けた。

「あの方々、右におわす方がネーザン国王陛下の姉君、ウェストヘイム王妃ミシェル殿下、左におわす方が陛下のもう一人の姉君、メアリー殿下です」
「それはぜひともご挨拶にうかがわなければ、ミサ案内してくれ」

 そして彼を二人のもとへ連れて行った。

「テットベリー伯、こちらが陛下の姉君ミシェル妃殿下、そしてこちらがメアリー姫殿下です」
「ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌麗しゅう」

 そしてジェラードは先ほどと同じように左平手を腹のもとに差し出し礼をした。

「お顔を拝察出来て光栄です。わたしはテットベリー伯、ジェラード・オブ・グラスモンドでございます、以後お見知りおきを」
「こちらこそ、テットベリー伯爵」

 慣例なら挨拶は身分が上のミシェル妃が受けるはずなのだが、メアリーが受け答えした。たぶん二人で打ち合わせ済みなんだろう。

 ややミシェル妃のほうに向いていたジェラードは少々面食らったが、そこはレディーの扱いになれている彼だ、ははーんと察したのだろう、すぐさまメアリーのほうに向く。

「テットベリー伯、こたびのご助勢、ならびにわがネーザン王家のためのお働き、ウェリントン国王陛下の姉として、深く御礼を申し上げます」

「身に余るお言葉でございます。先日陛下とは臣下の礼を取り、私もネーザン王家の臣の末席に置かれました、メアリー姫殿下には、堅く忠誠をお誓い致します、──マイ・プリンセス」

「まあ、心強いお言葉、これから親しくなさいましょうね、テットベリー伯爵?」
「ええ、もちろんでございますとも、マイ・プリンセス」

 ──その瞬間だった、いきなり音楽が流れ始めた。多分演奏者たちが気を利かしたのだろう、周りのネーザンのご令嬢はムードの良さにキャーとの声が上がった。気品高いやり取り、これぞ貴族の社交場という感じで私も雰囲気に酔っていた。

 そして優雅にメアリーはそっと右手を差し出した。

「──私と一曲踊ってくれないかしら、テットベリー伯?」
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