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 配信事故から一ヶ月間。タケヤは動画配信を休止した。色んな意味で世間を騒がせてしまったから。
 休養も兼ねて、空いた時間に出来るからと始めたフードデリバリーの仕事も休んでいる。

 体調が戻ったからと、明日から配信を再開するらしい。生放送から始めると言い出したので、不安ではある。
 でも、何か考えがあるようで、安心して欲しいと言われてしまった。

「次は観覧車なんてどうかな?」
「あれ? 高いとこ苦手じゃなかった?」
「配信者に必要なのは挑戦だよアズサ君」
「うふふっ。なにそれ」

 今日は遊園地に来ている。

 バレちゃったしもういいでしょと言われ、あの事件から帽子もサングラスもマスクもつけていない。
 杖をついて歩く姿はどうしても目立ってしまうので、視線を向けられるのは変わらないけれど、今までと違った感情が含まれている気がする。
 嫌だなと感じる事が少なくなったのだ。多分、勘違いじゃないと思う。

「アズサ嬢、お手を」
「なんか今日のタケル変だよ?」

 観覧車の乗り口。私の好きな笑顔で、エスコートをしてくれる。こんなこと今までしなかったのに。

「ねえ、大丈夫? 2階くらいの高さでも怖いんでしょ?」
「今の僕に怖いものはないよ」

 本当に意味が分からない。
 明日の生放送が不安なのかな。

 タケヤはやっぱり怖いらしく、ゴンドラがガタンと揺れるたびにビクッと驚いている。こんなに景色がいいのに、一度も外を見ようとしないし。
 無理して乗っているのがバレバレだ。
 
「ふぅ……。よいしょっと」

 向かいに座っていたタケヤが、わざわざ私の隣に座り直す。そろそろゴンドラが頂点に達するというのに、怖くないのだろうか。

「アズサ! 僕と結婚してくれないか!」
「……へ? な、なんで。……え?」

 跪くタケヤの手のひらで指輪が光り輝いている。

 あまりに突然で、思考が追いつかない。
 ……でも、胸が高鳴り、涙が止め処なく溢れてくる。
 私、嬉しいんだ。

「私なんかで……いいの?」
「僕にはアズサしかいないからね」
「タケヤ! 大好き!」
「僕もだよアズサ」

 左手の薬指でダイヤモンドが輝いている。
 私の唇を柔らかな感触が包み込んだ。
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