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「出来たよー! って、作ったのはアズサだけどね」
「うん、今行くよ」

 ヨチヨチと歩き、椅子にしがみつきながら座る。
 シチューにパン、目玉焼きとサラダ。テーブルの上で、良い香りを湯気に乗せている。

「焼いてくれたんだ? いただきます」
「卵は栄養満点だからね。いただきまーす!」

 気を遣って、もう1品追加してくれたらしい。私の好きな丁度いい半熟加減だ。

「シチュー、すごく美味しいよ! 店でも開いたら?」
「あははっ。タケヤ専用食堂になりそう」

 自画自賛ではあるが、美味しくできたと思う。市販のルーのおかげだけどね。
 タケヤも喜んでくれて良かった。

 食事を終えると、もう1つの辛い時間がやってくる。……散歩だ。
 習慣化して、筋力の低下を防ぐ必要がある。

 不自由に歩く姿を、すれ違う人から変な目で見られないといけない。
 タケヤがいつも隣で励ましてくれるから我慢できるけど、一人で続けていたら心が折れていただろう。

「さて、そろそろ行こうか」
「うん。頑張る……」

 帽子を目深にかぶり、マスクとサングラスをつける。二人で外に出る時は大体この格好だ。
 タケヤの動画は平均再生数15万回。顔出し配信者だから、バレたらファンが寄って来る。
 アンチに私なんかが見つかれば、何を言われるか分からない。変な歩き方の女。それだけで荒らしコメントの燃料になるだろう。

 部屋を出て歩き出す。

 コッ、コッ……コッ、コッ……

 これが私の私の歩行音。
 両手の杖で体を支えながら、まるで四足歩行だ。

 エレベーターを降りて外へ。
 一気に緊張感が高まる。

「周りの目なんて気にしなくていいよ。僕がいるだろ?」
「……好き」
「ん? なんか言った?」
「いつもありがとって言ったの!」

 いつもと同じコースを歩く。人通りの少ない道をタケヤが選んで決めてくれた。

「明日さ、生放送しようかな? ……で、お願いがあるんだけど」
「私に出来ること?」
「アズサにしか無理。配信中、側にいてくれない?」
「いいけど……笑わせないでね?」
「あははっ。僕が冗談を言うタイプじゃないって知ってるだろ? 明日が楽しみだなぁ」

 楽しみだなんて嘘。タケヤ、心が疲れてる。
 だって、撮影中の姿を見せたくないって言ってたじゃない。
 タケヤは強い……ように見せてるだけ。
 敵意に晒されながらの生活なんて、やっぱり無理なんだよ。

 ……そっか。だから急にお風呂の話を。
 今日はたくさん甘やかしてあげよう。
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