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記憶
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「公爵様。ルノ様はお眠りに?」
「ああ。」
「執務室に飲み物をお持ちします。」
「頼む。」
ルノを寝かしつけて、寝室を出るとそこにはウェーゲルが待っていた。
最近は昼間でもルノを構うことが多いため、その分でできなかった業務がこうして夜に回ってくるのだ。
それは決してルノのせいではなく、ただ私が我慢できなくてルノを構いにいってしまうからである。
と言っても、眠る時間の長いルノを膝に乗せて寝顔を眺めているだけなのだが。
「しかし、気分がいい。1日起きていても全く疲れない。」
「ルノ様のお陰ですね。」
「ああ。本当に、見つけることができてよかった。」
「獣人の方々についての新たな資料は書斎の方に運んでおきました。今回は東の方の文献を多く集めております。」
「助かる。...さて、今日は徹夜だな。ルノのお陰でいくらでも頑張れそうだ。」
ルノのお陰。
それは過剰表現なのではなく実際そうだった。
まず、私のような貴族の中でも特別力が強い者は、その力によって身を滅ぼすことが珍しくない。
ある事例によれば、『神の目』を持つ者は目を酷使しすぎて若くして視力を失い、『神の声』を持つものはその声で意図せず人を傷つけた末に精神を病んでしまう。
それは全て、己の強すぎる能力をコントロールできないことに原因があった。
力が強ければ強いほど、人間の体には過ぎた力となり、いずれその埋められない差に殺される。
能力は常に全開状態で、オンオフもできないため普通の生活はまずできないのだ。
私の場合は、常に“全て”の音が耳に届き、その情報を処理し続ける頭は四六時中割れるように痛んだ。お陰で日常生活はままならず、起きてもいられないのに眠れもしないという地獄を味わう日々。無理やり薬で眠るか、気絶するかでしか休めなかった。
そんな中、我々能力者の希望となるのが“獣人”という存在だった。それも全ての獣人ではなく、自分と良く適合する者のみ。
その適合者がそばに居れば、常に全開の能力は操作可能なほどに落ち着き、むしろ繊細な操作によって能力の使い道がぐんと広がるのだ。
しかし、そもそも操作不能になるほどの能力を持った貴族自体が、数年に一度生まれるか生まれないかなので、その噂は全く広まっておらず、私も初めてルノに会うまでは、自分は一生地獄で生きていくものだと思っていたのだ。
ルノと私の初対面の詳細はおいおい説明するとして、私がルノに会った時に、私は初めて“静か”を知った。そしてその世界にはただルノの可愛らしい声が響いていた。生まれてこの方、そんなに穏やかな時を過ごすのはその時が初めてだった。能力もそうだが、家督争いで常に殺伐とした暮らしの中でのルノの笑顔がくれた癒しの時間は、私に確かな生きる希望を与えてくれた。
しかしその後すぐにルノは姿を消してしまって、今まで必死に探す羽目になったのだが、無事に見つかった今となれば離れていた時間もまたルノへの想いを募らせるのに必要な時だったのかもしれないと思えてくる。
やはり私にはルノしか居ないのだと、今改めて感じているのだ。
だから、ルノがこの屋敷に来てからの私は随分と気分がいい。
常に聞こえていた広い範囲の音は、この屋敷内のものに限られたし、聞こうと思えば今もこうしてルノの可愛い寝息と健気な鼓動だけに耳を傾ける事ができるのだ。
お陰で快眠だし、頭痛も消えた。
こんな幸せを知ってしまったら、私はもう二度とルノを手放せないだろう。
だから今は、ルノがここを出て行きたくなくなるように刷り込んでる途中なのだ。
全てを与え、全ての危険から守り、私の腕の中が一等安全で心地いいのだと信じ込ませる。
そうすればもうルノは一生私のものだ。
ここに、ルノと私の楽園が築かれる日も近いだろう。
「そうだ、今日昼の1時間、庭の東を掃除していたメイド2名は処分だ。」
ウェーゲルに短く伝えると「承知しました。」とだけ返ってくる。
今回メイド二名を処分するのは、獣人に対しての侮蔑発言が確認されたためだった。
今日の昼、庭の方から「獣人のくせに貴族の屋敷に居座るなんて」「貴族の価値が下がる」と会話をしていたのが私の耳にはっきり聞こえてきたのだ。これまでは能力が解放されすぎて、どこで話していて誰が話しているのか分からなかったが、ルノのお陰でより細かく聞き取ることができたため、もはやこの屋敷で私に隠し事はできない。
件のメイド二人(アレ)は、私とルノの楽園に必要のない動物だ。そんなものがルノと私の楽園で息をしているのは許し難い。虫唾が走る。よって、さっさと処分するに限る。
外で変に噂を撒かれても困るから、ちゃんと”処分“する形で、だ。
「...ああ、楽しみだなあ。」
楽園を築く力が自分にあり、それがすでに確約されているとワクワクが止まらなかった。
生まれてこの方思ったことはないのだが、今初めて貴族に生まれて良かったと思っている。
「ああ。」
「執務室に飲み物をお持ちします。」
「頼む。」
ルノを寝かしつけて、寝室を出るとそこにはウェーゲルが待っていた。
最近は昼間でもルノを構うことが多いため、その分でできなかった業務がこうして夜に回ってくるのだ。
それは決してルノのせいではなく、ただ私が我慢できなくてルノを構いにいってしまうからである。
と言っても、眠る時間の長いルノを膝に乗せて寝顔を眺めているだけなのだが。
「しかし、気分がいい。1日起きていても全く疲れない。」
「ルノ様のお陰ですね。」
「ああ。本当に、見つけることができてよかった。」
「獣人の方々についての新たな資料は書斎の方に運んでおきました。今回は東の方の文献を多く集めております。」
「助かる。...さて、今日は徹夜だな。ルノのお陰でいくらでも頑張れそうだ。」
ルノのお陰。
それは過剰表現なのではなく実際そうだった。
まず、私のような貴族の中でも特別力が強い者は、その力によって身を滅ぼすことが珍しくない。
ある事例によれば、『神の目』を持つ者は目を酷使しすぎて若くして視力を失い、『神の声』を持つものはその声で意図せず人を傷つけた末に精神を病んでしまう。
それは全て、己の強すぎる能力をコントロールできないことに原因があった。
力が強ければ強いほど、人間の体には過ぎた力となり、いずれその埋められない差に殺される。
能力は常に全開状態で、オンオフもできないため普通の生活はまずできないのだ。
私の場合は、常に“全て”の音が耳に届き、その情報を処理し続ける頭は四六時中割れるように痛んだ。お陰で日常生活はままならず、起きてもいられないのに眠れもしないという地獄を味わう日々。無理やり薬で眠るか、気絶するかでしか休めなかった。
そんな中、我々能力者の希望となるのが“獣人”という存在だった。それも全ての獣人ではなく、自分と良く適合する者のみ。
その適合者がそばに居れば、常に全開の能力は操作可能なほどに落ち着き、むしろ繊細な操作によって能力の使い道がぐんと広がるのだ。
しかし、そもそも操作不能になるほどの能力を持った貴族自体が、数年に一度生まれるか生まれないかなので、その噂は全く広まっておらず、私も初めてルノに会うまでは、自分は一生地獄で生きていくものだと思っていたのだ。
ルノと私の初対面の詳細はおいおい説明するとして、私がルノに会った時に、私は初めて“静か”を知った。そしてその世界にはただルノの可愛らしい声が響いていた。生まれてこの方、そんなに穏やかな時を過ごすのはその時が初めてだった。能力もそうだが、家督争いで常に殺伐とした暮らしの中でのルノの笑顔がくれた癒しの時間は、私に確かな生きる希望を与えてくれた。
しかしその後すぐにルノは姿を消してしまって、今まで必死に探す羽目になったのだが、無事に見つかった今となれば離れていた時間もまたルノへの想いを募らせるのに必要な時だったのかもしれないと思えてくる。
やはり私にはルノしか居ないのだと、今改めて感じているのだ。
だから、ルノがこの屋敷に来てからの私は随分と気分がいい。
常に聞こえていた広い範囲の音は、この屋敷内のものに限られたし、聞こうと思えば今もこうしてルノの可愛い寝息と健気な鼓動だけに耳を傾ける事ができるのだ。
お陰で快眠だし、頭痛も消えた。
こんな幸せを知ってしまったら、私はもう二度とルノを手放せないだろう。
だから今は、ルノがここを出て行きたくなくなるように刷り込んでる途中なのだ。
全てを与え、全ての危険から守り、私の腕の中が一等安全で心地いいのだと信じ込ませる。
そうすればもうルノは一生私のものだ。
ここに、ルノと私の楽園が築かれる日も近いだろう。
「そうだ、今日昼の1時間、庭の東を掃除していたメイド2名は処分だ。」
ウェーゲルに短く伝えると「承知しました。」とだけ返ってくる。
今回メイド二名を処分するのは、獣人に対しての侮蔑発言が確認されたためだった。
今日の昼、庭の方から「獣人のくせに貴族の屋敷に居座るなんて」「貴族の価値が下がる」と会話をしていたのが私の耳にはっきり聞こえてきたのだ。これまでは能力が解放されすぎて、どこで話していて誰が話しているのか分からなかったが、ルノのお陰でより細かく聞き取ることができたため、もはやこの屋敷で私に隠し事はできない。
件のメイド二人(アレ)は、私とルノの楽園に必要のない動物だ。そんなものがルノと私の楽園で息をしているのは許し難い。虫唾が走る。よって、さっさと処分するに限る。
外で変に噂を撒かれても困るから、ちゃんと”処分“する形で、だ。
「...ああ、楽しみだなあ。」
楽園を築く力が自分にあり、それがすでに確約されているとワクワクが止まらなかった。
生まれてこの方思ったことはないのだが、今初めて貴族に生まれて良かったと思っている。
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