【本編完結済み】朝を待っている

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それからの二人

リベンジ修学旅行の話4

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 ──太一達が風呂だと出ていってから、約三十分後。


「ただいまぁ~!! めっっちゃ良かったわ!!」

 ホカホカと湯気が立ちそうな雰囲気でそう声を張り上げて入ってきた亘に、しかし亮はお前の感想はどうでもいいんだよと言わんばかりに無視をしながら立ち上がり、亘の後ろに居る太一を見た。

「太一、どうだった? 何もなかった?」

 飼い主を待っていた犬よろしく、すかさず太一の前に立つ亮。
 しかし、浴衣に濡れた黒髪とほんのりと上気した頬という魅惑的すぎる太一のお風呂上がりの姿に、無粋ながらも小さくごくりと息を飲んでしまった。

「何もなかったって。それより大浴場ってすげーのな! 最高だった! 無駄に警戒して損するとこだったわ」
「……そ、そう。それなら良かった」

 へにゃりと見上げて微笑む太一はやはり愛らしく、そしてどこか色気があって。
 それに魅了され思わず生返事のように返してしまったが、しかしそれから亮もほっとした表情を見せ、へにゃりと笑った。

「ほんと良かったね。気持ち良かった?」
「うん」
「でも太一、髪の毛まだ濡れてるよ」
「ん? んなもんすぐ乾くからいいよ」
「だめだって。ほら、タオル貸して」

 首から下げていたタオルを取り、亮が優しく太一の髪の毛を拭っていく。
 それをされるがまま受け入れ、あまつさえ体を寄せては気持ち良さそうにしている太一に、亮は募る愛しさと幸福さに胸を締め付けられながら、そっと太一の耳元で囁いた。

「今度二人で旅行する時は部屋の露天風呂で我慢してもらうけど、一緒に入ろうね」

 そう言いながら、含んだ笑みを浮かべる亮。
 それは先ほど優吾に言われた事を言外に込めており、それを察した太一はさらに顔を赤く染め上げ一度目を見開いたあと、しかし俯きながらこくんと頷いた。

「……うん」

 ぽつりと呟く太一の声は、どこかとても甘く。途端に周りの音が消えていく感覚に陥った亮が無意識に太一の顎にそっと手をかけ、腰を屈め顔を傾けようとした、その瞬間──。

「お前らもうほんといい加減にして!! 甘い空気を所構わずばらまくな!! 亮!! 俺らも行くぞ!!」

 だなんて叫んだ龍之介の声によって、中断させられてしまった。

「っ、あ、甘い空気なんて出してねぇよ! 髪拭いてもらってただけだっつうの!」
「それが甘いっつってんだかんね!? てか亮早くしろって!」

 ハッとしたよう慌てて亮から離れた太一が顔を赤くしたまま、叫び返す。
 それに、何回邪魔されないといけないんだ。と今回の旅行でひたすらに邪魔をされてばかりいる亮は少しだけイラッとしつつも、「分かってるよ」とため息混じりに呟いたあと、太一の頬を一度撫でた。

「じゃあ行ってくるね。すぐ戻ってくるから。湯冷めしないようにあったかくしとかなきゃ駄目だよ?」
「わかったから早く行けって!」

 尚も過保護な事を言ってくる亮に、太一が笑いながら亮の腕を軽く叩く。
 それにようやく亮は後ろ髪を引かれながらも、観念したかのように龍之介のあとを追っていったのだった。


「……あいつほんと太一の親かってくらい過保護じゃん」
「……まぁ、実際太一を邪な目でチラチラ見てた奴は何人か居たがな」
「えっ」
「もちろん亘と俺で牽制した」
「そっかぁ……。……明さん、この事亮には絶対言わない方が良いですよ」
「当たり前だ」

 なんて、こっそり優吾と明が会話していたなど、亮はもちろんついぞ知る事はなかった。




 ***



「太一! ただい──」

 バンッ! と力強く部屋の扉を開けた亮が満面の笑みを浮かべそう声を出し、部屋に入ろうとした、その瞬間。
 目の前で広がる光景に言葉を切り、目を丸くしてしまった。

「明さん! もっと投げて!」
「太一お前避けんな!!」
「太一に当てようとするな馬鹿者!!」

 三人しか居ない筈なのに部屋は騒音にまみれ、枕が空中に飛び交うなか、楽しげな笑い声や罵声が響いてる。
 そのエネルギー満ちる部屋の様子に亮は少し呆けたあと、それから楽しげに声をあげて亘に枕を容赦なく投げている太一の姿にうっとりと目を細めたあと、すぐ隣へと立った。

「俺たち抜きで何楽しい事してんの!」

 トンと軽く肩をぶつけながら、足元にあった枕を掴み、亮も亘へと枕を全力でぶつける。
 そんな亮に太一はいつの間に帰ってきたのだと一瞬だけ目を見開き、それから眩しいほどの笑顔を浮かべた。

「おいっ! 亮、お前なんでそっち行くの!?」

 部屋の反対側から、明、太一、亮から総攻撃で枕を投げられている亘が情けない声をあげて抗議する。
 しかし亮は、俺が太一と離れるわけがないだろうと言わんばかりに笑うだけで、その後亮のあとから部屋へと入ってきた龍之介と優吾がすぐに亘の方へと加勢し、部屋は男六人のむさ苦しく激しい枕投げバトルへと発展していったのだった。



 そうして、全員が楽しそうに笑い声をあげ、亮が太一を守ったり敵陣に強烈な一撃をくらわせたりと、白熱した戦いをしばらく続けたあと。

「はいもう終わりだ終わり! 流石に他の客からクレームくるぞ!」

 という明の言葉により夜の突然の枕投げは終了し、未だ楽しそうに笑みを浮かべている太一を見て亮は乱れた太一の髪の毛へと手を伸ばした。

「俺初めてした」
「枕投げ?」
「うん」

 髪の毛をそっと耳の後ろへと流す亮の指を当たり前のように受け入れ、キラキラした瞳で亮を見上げる太一。
 その赤らんだ頬や柔らかな笑顔があまりにも可愛らしく、亮は心のなかで悶えながら、太一をそっと抱き締めた。

「太一、ほんと可愛いね」
「ばかにすんな」
「してないよ」

 ムッと不機嫌そうに唇を突きだし、離せ。と身を捩る太一を抱いたまま亮がゆらゆらと体を揺らせば、太一もすぐさま笑顔を浮かべていて。
 コロコロと表情が変わるようになった太一のその素直さに堪らず亮が顔を寄せてキスをしようとしたが、いきなり後ろから龍之介に頭を叩かれてしまった。

「っ! いったぁ!! は、なに?」
「もう寝るっつってんだろ!! いつまでもイチャイチャすんなこのバカップル!! あとお前ら端と端だからな!」

 呆れた顔をし、床に並べられた布団を指しては、お前はあっち、太一はあっち。と有無を言わさぬ力で亮を太一からひっぺがし、龍之介が端へと追いやっていく。

「は? なんで? 太一の隣で寝るに決まってるじゃん!」
「いやお前らを隣同士にしたら俺たちの精神衛生的に良くない結果になるのは目に見えてるから」
「何それ。ていうかお前ら食べ歩きしに行くとか言ってなかった?」
「いやもう無理。夕食で腹はちきれそうなほど食っちゃったもん。だからそこは明日行こうぜ」

 だなんて笑いながら、しかしぐいぐいと押してくる龍之介にふざけんなと亮は不満に顔を歪ませたが、太一はというと素直に反対側へと向かっていて。
 そんな太一の姿に亮は目を見開き、結局部屋の端と端とで寝ることを余儀なくされてしまった。


「はいじゃあ寝るから! 消灯~! おやすみ~!」

 龍之介がそう叫び、有無を言わさず部屋の電気を消して亮の横の布団へと寝転んでくる。
 それに亮は顔をしかめつつ、それでも太一にとっては初めての友人たちとの旅行なのだからと、今日一日ぐらいは我慢してやるか。なんて心のなかで呟いた亮も、皆に向かっておやすみと返事をしては渋々目を閉じた。




 ──そうして、朝が早かったからか誰も喋る事なく大人しく寝入り、龍之介や亘のイビキが部屋を埋め尽くしている、深夜頃。しかし亮は慣れない布団や煩いイビキのせいで中々寝付けず、何度もモゾモゾと寝返りを打っていた。

 隣を見ればアホ面をさらし、スピースピーと鼻息を立てながら眠っている龍之介の顔があって。その安らかな子供めいた顔に思わず一瞬だけ笑ってしまった亮だったが、今日寝れるかな、俺……。と不安になりながら、もう一度目を閉じた。

 龍之介達のイビキが響く、暗い部屋。
 そのなかで不意にモゾモゾと動く音がし、誰かが立った気配がする。
 それに亮は目を瞑ったまま誰かがトイレにでも行くのかなと思っていたが、しかしその足音で誰だか気付いた瞬間、パチリと目を開けた。
 トイレには行かず、ゆっくり慎重に近づいてくるその人物が、壁側の今背を向けている亮の布団の端に座る。
 それから遠慮がちに、けれどちょんちょんと亮の肩をつついてくるその可愛さに堪らず亮はぐるりと体を回し、見上げた。


「……寝てた?」

 そう呟き、枕を胸に抱えながら見つめてくるのはもちろん、愛しの太一で。
 気恥ずかしそうに見つめてくる太一の黒髪がさらりと揺れ、夜でもキラキラと輝く太一の美しい瞳に、亮がヒュッと息を飲む。
 だがそんな亮に気付かず、

「……お前がそばに居ないと変な感じがして眠れないんだけど」

 だなんて、お前は俺がそばに居なくても寝れるわけ? と言いたげに少しだけ不機嫌そうにしながら、とてつもなく可愛いことを言い唇を尖らせている太一。
 そのあまりの可愛さに身悶え金切り声をあげそうになった亮だったが、何とか飲み込み、すぐに手を伸ばして太一の腕を引っ張った。

「っ、うぉっ、」
「俺だって寝れなかったよ……! 当たり前じゃん! でも太一は皆と寝たいかなって思って我慢してたのに……。てかもう、ほんっっっとなんでそんな可愛いの、太一」

 突然布団の中に引きずり込まれた太一がすっとんきょうな声を上げるも、問答無用とばかりにきつく抱き締める亮。
 その突然の抱擁と言葉に太一は顔を真っ赤にしながらも、力強さと暖かな体温に表情を緩ませ、小さく微笑んだ。

「俺だって皆がお前と寝たいかなと思って我慢したんだよ。俺はいつだってお前と一緒に寝れるし。……でも、寝ようとしても寝れなくて……」
「……可愛い、可愛すぎる。無理。可愛すぎる」

 太一の呟きに、すりすりと太一の頭に頬を押し付け、亮が感極まったよう独り言を呟く。
 それに太一はやはり恥ずかしさでからかうなと怒ろうとしたが結局何一つ言えず、亮に甘えるよう、浴衣の裾をきゅっと手で摘まみながら顔をすりすりと胸元へ寄せるだけだった。



「今日、楽しかった?」
「うん。すっげー楽しかった」
「俺も太一と一緒に色んな所見れて楽しかった。次はどこ行きたい? あ、次は絶対二人だけでだよ」
「念押しするように言ってくんなよ。てか別に、お前と行くなら、どこでも、良いし……」
「っ!……だからもうほんと可愛すぎる事言うの勘弁して。今ですら我慢してるのに勃っちゃうじゃん」
「ばかか」

 布団のなかで抱き合いながらクスクスと笑う二人の声が、だんだんと龍之介達のイビキがおさまった部屋に小さく響いていく。
 見つめてくる太一の顔は穏やかでそれでいてキラキラとしており、その美しさに亮はなんだか泣きたくなりながらも、楽しかったと嬉しそうにしている太一と同じよう、微笑んだ。

 それから二人はお互いの匂いに包まれ、幸せそうに何度か優しくそっと唇を触れ合わせては、今日一日楽しかったという幸せな思いのまま、いつの間にか眠りについたのだった。


(翌日、目を覚ました龍之介が自身の隣で抱き合って寝ている太一と亮を見て、リア充爆発しろと叩き起こす事になるのは、未だ誰も知る由もないのだった)



【 思い出をひとつひとつ 】




 
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