【本編完結済み】朝を待っている

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第五章

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【十一時ぐらいに家に行くね】

 そう先ほど届いたメール。
 それを何度も見ては、なんだかソワソワと落ち着かない様子で物置小屋を理由もなく歩きまわっていた太一は、そろそろ家の外で待っておこう。とダウンジャケットを羽織り物置小屋を出ようとした。
 しかしその時掛けてあるマフラーを見てはぴたりと動きを止め、いつも自分がこのマフラーだったりカーディガンを使っていると嬉しそうにする亮の顔を思い浮かべてしまい、ほんと良く分かんねぇ奴……。なんて俯きながらも、そのマフラーを手に取り鼻先までぐるりと巻いてから、太一は物置小屋を出た。


 しんしんと静まる夜は今にも雪が降りそうなほど寒く、マフラーの隙間から冷気が入り込み、白い息を揺蕩わせながら門の前で亮が来るのを待つ太一。

 今日が、約束の大晦日だった。


 携帯を見れば時刻は十時半で、早すぎたかな。なんて思いながら、太一が足元のアスファルトを見る。
 夜露に濡れ光る道は黒曜石みたいで、何の気なしに小さくステップを刻んでいれば、

「太一!?」

 なんて少しだけ驚いたような声で名を呼ばれ、太一はパッと顔をあげた。


 その視線の先には太一の存在に気付いたのか慌てて駆け寄ってくる亮の姿があり、それにくしゃりと笑った太一は、おう。と手をあげた。

「なんでこんな所に居るの!?」
「えっ、なんでって、」
「待ち合わせまであと三十分もあるよ? それなのにこんな寒いなかで待って……、なに考えてんの……」

 眉を下げ、怒ったような困ったような表情をしてそう呟く亮に、なんだかいつもと逆だなぁ。なんて太一はケラケラと笑い、それから、まぁまぁ、行こうぜ。と夜道を歩き出した。

「そういえば俺から伝えるの忘れてたけど、龍之介達とは現地集合?」
「龍之介達は両親と過ごすから」

 なんてにっこりと笑った亮のその言葉にしかしハッとし、そうだよ。と太一は表情を曇らせた。

「……もしかして、亮もほんとは家族と過ごす予定だったんじゃねぇの?」
「ん? 大丈夫だよ」

 質問には答えず大丈夫だという亮。
 しかしその返しがもはや答えであると分かりきっている太一が、やらかした。と眉を下げれば、

「……龍之介達は単純に家族が好きで仲が良いから皆で過ごすってだけだけど、俺の家は違うから」

 とまたしても気にしないで、と亮が笑った。


 ──アルファは、上流階級である。
 だからこそこういう新年だとかなんだとかの集まりは親族で集まったりパーティーをしたりして過ごす事が多く、漏れなく亮の家もそういう事をして過ごしている。
 それなので、家族団らんで過ごすっていうほんわかした珍しい龍之介の家とうちは違うから。と笑う亮に、太一は足元を見て気まずい空気を放った。
 そんな太一の可愛らしい旋毛を見つめては、

「ていうか俺がどうしても太一と一緒に新年迎えたかっただけだから」

 と、太一が気にすることなんてないんだよ。なんてまたしても目を細め笑う亮。
 その言葉にボボッと顔を赤くし、何言ってんだお前。と照れ隠しにゲシッと足を蹴った太一は、それでもその言葉に、なら、いいけど。と呟き小さく笑った。


 そうして、二人して向かった先の神社で人の波に揺られながら除夜の鐘を聞き、賽銭を投げ無病息災を願ったり、甘酒飲もうよ。なんて言った亮に人生初の甘酒を飲んでは、なんだこれ! となんとも言えない味にべぇっと舌を出した太一。
 そんな太一を見て亮は心底おかしそうに笑っていて、二人の新年は人混みと寒さにも負けないような穏やかな時間がゆっくりと流れていった。





 そんな冬休みが終わり、始まった学校。
 そこで龍之介達とも、明けましておめでとう。なんて言い合った一月が過ぎ、亮の貰ったチョコの数にドン引きした二月も終わり、桜の花が舞い踊る三月を超えて、季節はいつの間にか、四月となっていた。

 真新しかった制服もいつしかすっかり体に馴染み、今日から二年生だ。としゃんと背筋を伸ばしながら学校へと向かった太一は、一年前と同じよう校庭を歩き、それからあの桜の木の下へ足を向けた。

 しかしそこには先客が居て、しかもそれが亮だったものだから、太一は目を見開いた。


「え、亮?」
「ん? あぁ、太一、おはよう」
「……はよ。なんでこんなとこに居んの?」
「なんとなく。太一こそなんでここに来たの?」
「……いや、俺もなんとなくだけど」
「そっか。クラス替え、見た?」
「まだ見てない」
「ふふっ、俺も」

 桜の木の下に座った亮につられるよう、太一も隣に腰をおろす。
 気付けばお互いの肩が触れそうなほど近く、無意識だったがちょうど一年前とは大違いなその距離が、太一にはとてもなんだか可笑しく感じた。


 サァ。と流れる風が、未だ咲き誇っている桜の花弁を散らしてゆく。
 花の隙間から漏れる木漏れ日は柔らかく、温かい。
 そんな春の麗らかな陽気を染々と身に沈ませるよう顔をあげながら目を瞑る太一を、亮は微笑みながら見た。

 吹く風に晒されたおでこが可愛くて、ひらりひらりと舞う花弁が太一の上に降り積もってゆく。
 それがまるでとても美しい映画を見ているようで、亮は立てた膝に腕を乗せ、その腕にこてんと頭を乗せながら、

「きれい」

 と感嘆の息を漏らしたが、その呟きを景色と勘違いしたのか、綺麗だなぁ。なんて同意するよう呟いた太一に、思わず笑ってしまった。



「太一はどうしてこの高校にしたの?」

 何の気なしにそう聞いた亮に太一が目を開け、そういうお前は? なんて視線だけで尋ねてくる。
 その真っ直ぐ自分を見つめてくる太一の瞳にやはり表情を和らげた亮は、ここが家から近かったから。なんて笑った。

「中学校までは俺たち全員幼稚園から大学まで一貫の私立に通ってたんだけどね」
「え、優吾と亘も?」
「うん。あいつらもああ見えてボンボンだから」
「まじかよ。まぁそんな気はしてたけど。てかじゃあ別にそのまま全員その高校通えば良かったんじゃ、」
「うん。そうなんだけど、自由が欲しかったんだよ」

 そう目を伏せて足元の草を見る亮に、太一がぱちくりと瞬きをする。

「自由?」
「……アルファだからって良いことばかりじゃないってこと。まぁ要は少し羽目を外したかったんだよね。だから、高校の三年間は自分の好きにさせてくれって両親に頼んで、この学校に入学したの。そんな俺に付き合ってくれてあいつらもこの学校にしたんだと思う。まぁ龍之介は頭悪いから結局あのままあの学校に行ってたら転学になってただろうけど」

 なんて辛辣な冗談を吐き、ふっと笑ったかと思うと、

「それを決めたのがちょうど中学二年の時で、だから明も龍之介がこの学校に俺と行くならって理由で、頭良いのに龍之介に合わせてこの学校にしたんだって。腐れ縁って凄いよね」

 と言う亮に、太一は知らなかった事実を一気に聞かされ驚きながらも、そうだったんか。と呟いた。

 そんな太一に、うん。なんてふふっと笑い、桜を見上げる亮。
 その顔は相変わらず何を考えているのか分からなくて、でももう不思議と嫌な気持ちはなかった。


「……俺は、両親の通ってた学校だったから」

 ぽつり。

 そう呟いた太一の言葉が、桜の花と共に宙を舞う。
 その声を拾った亮が太一を見つめれば太一は俯いていて、それでもとても優しく微笑んでいた。

「俺の父さん、俺が産まれてすぐに死んじゃって、母さんが一人で俺を育ててくれたんだ。そんな母さんも中学の時に死んじゃって、だから何にもしてあげられなくて甘ったれてただけの自分にも何かせめて親孝行できたらって思っててさ……、そんな時ちょうどここに引っ越してきて、この学校が両親の母校だって知ったから、この学校に絶対通うって決めたんだよ」

 ……死んだ人は生き返らない。
 それでも祈る事は出来る。
 二人が誇れるような自分で生きてゆく事は、出来る。

 そう微笑む太一は息すら奪われてしまいそうなほど綺麗で、太一の生きるべく核を見た気がした亮はくしゃりと顔を歪ませ、

「……そっか」

 と泣きそうな顔で笑った。
 そんな亮に、なんだよその顔。なんて太一もどことなく泣きそうな、それでいて綺麗な顔で笑った。




 
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