ホウセンカ

えむら若奈

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愛しのホウセンカ

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「さ、おれらのビッグなラブを注入したカレー、味わうんやで!」
「変なもん入れてねぇだろうな」
「せやからビッグラブを」
「あ、美味しーい!コレットのカレーだぁ」

 相当腹を空かせていたのか、愛茉は小林を無視してどんどんカレーを流し込んでいる。
 昨日から、少し食べ過ぎじゃないのか。そもそもオレのせいで食欲を落として痩せてしまったわけだから、何も言えないが。

「んふふぅ。私たちのビッグラブ注入カレーはぁー格別に美味しいだろぉー」
「マスターが作ってくれたのをそのまま出してるだけで、別に何も入れてないけどね……」

 胸を張るヨネの横で、長岡が苦笑する。

 入学当日から小林に絡まれ、オレの近くにいることの多かった長岡が相手をしているうちに、ヨネまで加わった。そしていつの間にか周りから4人組として見られるようになり、今に至る。何なんだろうな、この縁は。

 別に馴れ合ってはいない。競い合っているわけでもない。仲が良いかと訊かれたら首を捻る。絵についてもプライベートについても、大して深い話をした覚えはないからだ。
 それなのに、何故ずっとツルんでいるのか。

 ……そうだ。オレの、オレたちのコミュニケーション手段は、言語だけではない。むしろそれより、もっと雄弁に語り合える手段を持っている。

 簡単なことだった。オレが絵を描く意味は、あまりにもシンプルなことだった。

 急に笑いがこみ上げてくる。何がツボに入ったのか、自分でもまったく分からない。突然笑い出したオレを見てポカンとする愛茉たちをよそに、ひとりで笑い続けた。

「あ、浅尾っちが……声出してわろてるで……」
「うわぁー初めて見たよぉー!たまぁに笑ってもニヒルだったのにぃー!」
「お、俺も初めて見た……」

 愛茉以外の前でこんなに笑ったのは、いつ以来だろうか。少なくとも父さんが死んでからは、一度もない気がする。

「な、なんかおれ……めっちゃドキドキすんねんけど。これってまさか……恋……?」
「ダメだよ、一佐くん。桔平くんは私のだから!」
「いやっ!即失恋っ!」
 
 愛茉と小林のくだらないやり取りでさえ、可笑しくて仕方ない。どうも昨日から、感情の波が次から次へと押し寄せてくる。

 父さんが言っていたな。感情の振れ幅が大きければ大きいほど、それが筆に乗る。だから心を磨かなければ、人の感性を揺さぶる絵は描けない。そして人間の心は、人間と触れ合うことでしか磨かれないのだと。

 絵を描くだけなら、高校にも大学にも行く必要はなかった。部屋に籠って、ひたすら孤独と向き合いながら描き続ける道もあったはずだ。しかしそれでは、自分が理想とする良い絵なんて描けるわけがなかった。

 オレはなんて恵まれているんだろうな。今ここにいるのは、父さんや周りの人達が導いてくれたからだ。自分ひとりの意思で決めたことなんて、ひとつもない。
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