ホウセンカ

えむら若奈

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愛しのホウセンカ

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「なんでオレに憧れてるんだよ。浅尾瑛士の間違いじゃねぇの?」
「間違いじゃないよ。卒展で観た浅尾の絵に感動したって言ってたから。そのおかげで試験を乗り切れたんだって」

 長岡が、やたらと嬉しそうに笑う。そういえば、卒業制作の絵は非常に評判が良かったと教授から言われたな。

 確かにあの絵を描いていた時は、いつもと違う感覚があった。今まで泳いでも泳いでも景色は同じだったのに、突然見た事のないサンゴ礁が現れた。そんな感じだ。
 出来上がった絵は満足いくものとまでは言えなかったものの、少しだけ理想の絵に近づけたように思えた。

 それでも、自分の絵が誰かのエネルギーになるなんてことは、まったく考えていなかった。わざわざ小樽から来てくれた彩ちゃんもやる気が漲ったと言っていたが、オレみたいな人間の絵に、そんな力が宿るとは思えない。

 ただ、絵に人間そのものが出るのは間違いない。人の手が加われば、必ず魂が宿るからだ。
 芸術という分野は非常にスピリチュアルなもので、目に見える物体から目に見えない“何か”を感じ取る。それが、つくり手の魂だ。

 知識はいらない。必要なのは心だけ。だから愛茉や翔流や七海ちゃんのように、絵の知識がなくてもオレの絵を好きだと言ってくれる人達がいる。
 専門家が高く評価をするから“良い絵”ではない。オレにとっての“良い絵”とはどういうものなのか。その答えが、見えた気がした。

「浅尾っちは、ホンマにみんなの憧れの的なんやで」

 オレと愛茉の前にカレーを置きながら、小林が珍しく真面目な顔をして言った。

「どないな技法で描いたんか分からんもんばっかで、信じられへんほど引き出し多いからな。集中力がケタ違いやし、色彩感覚は群を抜いとる。そんで絵に対して誰よりも誠実。みーんな知っとるんやで。せやから、自信持って描きぃ!」

 背中を思い切り叩かれた。飲んでいた水が気管に入りそうになって、愛茉が慌ててオレの背中をさする。

「き、桔平くん大丈夫?」
「だ、大丈夫……つーか励まされてんのかオレ」
「せやで!浅尾っちは、おれと似てデリケートやしな!」

 お前のどこがデリケートなんだよ……という、ありきたりすぎるツッコミを飲み込んだ。オレは今まで生きてきた中で、小林ほど厚かましい人間を見たことはない。

 思えばこいつは、入学式の日からオレの周りをウロチョロしていた。
 いろいろと話しかけられたことだけは覚えているものの、内容は一切記憶にない。ひたすらうるさかったということだけが印象に残っている。
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